名前を付ける時は慎重に
使えないと思われていた<ホーム帰還>が実は結構な便利スキルだと分かり、今後の生活について決まったことなので、私はゴブリンくんの待つ洞窟に戻ってきた。
どうやら私がいない間ゴブリンくんは紙飛行機を飛ばして遊んでいたらしく、扉から私が現れると紙飛行機を飛ばすのを止めて駆け寄ってきた。
「戻ってきたよ、ゴブリンくん。一緒にご飯食べよう」
「ぎゃうー♪」
ゴブリンくんとの再会を喜びつつ扉の方を見てみると、扉は完全に閉じられると音も立てずに姿を消した。どうやら扉が完全に閉じられると扉は消えてしまうようだ。
私は卵サンドの包装を外して、つぶらな瞳で大人しく待っているゴブリンくんに手渡した。私が別の卵サンドの包装を外して卵サンドを食べれば、ゴブリンくんもそれを真似するように卵サンドを食べた。どうやら石焼き芋同様お気に召してくれたようで、嬉しそうな鳴き声を上げて卵サンドを食べる。
見た目と種族こそあのRPGゲームで定番の敵であるゴブリンなのだが、ゴブリンくんの身振り手振りがどうしても実家の犬のように見えて愛着が湧いてしまう。
ゲームの中だったらゴブリンは容赦なく魔法や剣でフルボッコだけど、このゴブリンくんは思わず食べ物を与えたくなってしまう。
何より種族が違って言葉が通じないっていうのはコミュ障の私には丁度良いのかもしれない。<オペレーター>はAIだからまだ良いけど、これがもし日本語の通じる人間だったら初対面時から逃走を図るか全力で気配を消すかのどちらかだ。
『告。ゴブリン語を理解するスキルをインストールすることが可能です』
「あ、お断りします」
<オペレーター>の提案にすげなく却下させてもらう。仕事が出来るのは非常に有難いのだが、そのスキルがあると逆にコミュニケーションが取りにくくなってしまうんだ。それほどに引きこもり系非リア女子は繊細なんだ。悪く思わないで欲しい。
卵サンドを全て食べきり、夕食というよりは軽食にちかい食事を食べ終えた私とゴブリンくん。もう夜も遅いだろうし、そろそろ安全でふかふかのベッドがあるマイホームに入ってしまった方がいいだろう。
私は再びスキルを使ってホームに続く扉を出し、今度はゴブリンくんと共に扉の中へと足を踏み込んだ。
しかし、
「ぎゃう!?」
「ありゃ?」
ゴブリンくんが扉の中に入ろうとした瞬間、まるで扉の先に透明な壁があるみたいにゴブリンくんの侵入を阻んだのだ。
私が扉の先に腕を突っ込んでみてみるが、それは何事もなく扉の先にすり抜ける。
『告。ユニークスキル<ホーム帰還>のスキルレベルが低いためスキル保持者以外の生物の侵入が許されないと推測されます』
「えぇ…」
なんてことだ。ゴブリンくんはあの地球の叡智が揃った快適なホームに入れないのか。これは流石に困った。この冷たい洞窟の中にゴブリンくん1人を残して私一人だけ暖かなベッドの中に入って眠るなんて出来ることならしたくない。
「どうにかゴブリンくんも中に入れるように出来ませんかね?」
『検索します……。結果が出ました。ゴブリンとの<契約>を推奨します』
「契約?」
<オペレーター>の説明によると<契約>というのは人型生物と魔物と使役契約を結ぶため、または人型生物が別の人型生物を奴隷にするために使う魔法の一つらしい。<契約>で使役契約を結んだ魔物及び奴隷は主人に対して攻撃することが出来なくなるが、契約によって主人の所有アイテムとして認識されるため例外的にホームに入ることが出来るとのことだ。
本来なら魔物使いか奴隷商人でなければこの魔法を使えないのだが、職業が【ダンジョンマスター】である私なら奴隷商人や魔物使いとは違った方法での<契約>が可能らしい。
正直この世界の唯一の友であるゴブリンくんを所有物扱いするのは拒否感があるが、ゴブリンくんをホームの中に入れるためにはこの方法しかない。
私はしばらく悩んだ後、ゴブリンくんに目を合わせ、話し掛ける。
「私、こういう重大な判断を相手に任せるのはなんか責任転嫁しているようで嫌なんだけど、君自身の今後に関係することだから聞くね」
「ぎゃう?」
「ゴブリンくん、私とこの世界で出逢った初めての友として、契約してくれないかな?」
「ぎゃぅ……」
私はゴブリンくんに右手を差し出して、握手の意を見せる。これでゴブリンくんが手を取らないようなら、素直に諦めると決心した上でゴブリンくんに尋ねた。
言葉も外見も、種族さえ違う私とゴブリンくん。
本来ならこうやって親しくなれないであろう間柄だけれど、意外と知性的である彼は私の意図を察したのか、暫く差し出された右手を見つめて考えた。
暫く考えた後、ゴブリンくんは大きく首を縦に頷いて私の手を握って握手をした。
どうやら、<契約>を受け入れてくれるようだった。
時間にしてたった数分の対談だけれど、それは私とゴブリンくんには確かな絆を結んだとても大事な瞬間だった。
ゴブリンくんに承諾をもらった為、あとは<契約>するだけだ。<オペレーター>から聞いたダンジョンマスター流の<契約>の方法は実に単純だった。
<契約>する相手に名前を付けてあげるだけ、ただそれだけだった。
これが魔物使いや奴隷商人の場合だと、使役される対象に主人となる人の魔力の籠もった枷か奴隷紋を付ける必要があるそうなのだとか。
奴隷紋や枷を付ける必要がなくて心底良かったと思う。
「ゴブリンくんの名前か……」
ペットであれば簡単にシロとかポチだとかにすればいいが、ゴブリンくんはペットじゃないのでどうせならそれっぽい名前を付けたい。しかし、いざ付けるとなると中々迷うものだ。
ゲーム内での自分のハンドルネームを付けるのはよくあったが、他の誰かの名前を付けるのは初めてだ。精々実家に飼っていた犬にローローという名前を付けた程度だ。
あ、だったら元いた世界の誰かのハンドルネームを引用しようか?と真っ先に思い浮かんだ父(40代、仕事はITエンジニア兼黒魔道士)にハンドルネームを聞いた時のことを思い出す。
『ゲームでの俺のハンドルネームか? よく使うのは✛紅蓮の皇帝✛だな』
あ、駄目だな。控えめに言って超絶ダサい。
別に人がどんなハンドルネームを付けるかに口出しする気はないけれど、こんな名前をゴブリンくんに付けたら後々ゴブリンくんに怒られる。というかゴブリンくんをそんな名前で呼ぶのは私が嫌だ。逆に私がそんな名前を付けられたら父の息の根を止める。
ふと私の足元で大人しく待っているゴブリンくんの方を見てみる。やはり此処は定番に乗っとって名前の最初に『ゴブ』と付けるべきだろうか? そうした方が名前を決めやすい。名前の最初にゴブを付けるとするなら、ゴブタ、ゴブイチ、ゴブスケ、ゴブタロー…ゴブ…
「ゴブ郎」
思いついた名前をポツリと零した。ちょっと安易な名前かもしれないが、無難な名前じゃないだろうか? 難しすぎなくてとても呼びやすい名前だ。最近良くあるキラキラネームよりかはマシな名前だと思う。
どうやらゴブリンくんもそれが自分の名前であると分かったのか、嬉しそうに喜びの舞を踊る。どうやら気に入ってくれたようだ。
「じゃあ、改めてよろしくね、ゴブ郎くん」
「ぎぎゃ!」
ゴブリンくん、改めゴブ郎くんをそう呼べばカチリと心の奥で何かが繋がった気がした。どうやら無事に<契約>が出来たようだ。
私は改めて<ホーム帰還>を使って扉を出し、ゴブ郎くんと一緒に扉の中に入る。すると、先程はゴブ郎くんの侵入を拒んでいた扉がゴブ郎くんを受け入れ、一緒に扉の先にあるマイホームに簡単に入ることが出来た。
明るい照明に照らされた綺麗な部屋にゴブ郎くんは興味津々なのか、キョロキョロと部屋を見回す。
私は履いていた靴を脱ぎ捨て、足を踏み入れたのだが、そこでふとゴブ郎くんが裸足である事に気が付いた。
「あ、ちょっと待ってて」
「ぎゃ?」
首をかしげるゴブ郎くんを制止して、私は<ネットショッピング>を使って足拭き用のウェットシートと、子ども用スリッパを購入した。今まで裸足でいたのなら足の裏はかなり汚れているだろうと思っての買い物だ。
注文ボタンを押せばすぐにスリッパとウェットシートは届き、私はウェットシートを数枚取り出してゴブ郎くんの片足を借りて足の裏を拭いて見せた。
「これで足拭いて綺麗になったら、こっちのスリッパ履いてね」
一つずつ指差ししてジェスチャーで説明すれば、ゴブ郎くんは分かってくれたようで私がやってみせたようにウェットシートで足を拭き始めた。
その間に私はベッドルームに入ると、<ネットショッピング>を使ってシャンプーとリンスとタオルといった入浴グッズ二人分、男児用パジャマ、子ども用布団を一つ注文した。流石にゴブ郎くんと一緒のベッドで寝るわけには行かないからね。
机をどかし、ゴブ郎くん用の布団を広げ終えた所で足を拭き終わったゴブ郎くんがペンギンの顔のプリントがされたスリッパを履いて部屋に入ってきた。ゴブ郎くんは私が広げていた布団を見てキャッキャと嬉しそうな声を上げていた。
その後私はゴブ郎くんをシャワーで身体の汚れを落とさせた。シャワーからお湯が出た時ゴブ郎くんが凄い驚いていたけど、徐々に慣れてお湯で身体を洗う快適さに気が付くと目を細めて気持ちよさそうにしていた。私的には、一度ボディーシャンプーを使ってゴブ郎くんの身体を洗った際、泡が真っ黒になったのが衝撃的だったが。
ゴブ郎を洗い終わった後はゴブ郎くんにパジャマを渡しベッドルームに行かせて私もシャワーを浴びた。本当はお風呂に入りたかったが、精神的に疲れていたので早く眠りにつきたかった。
シャワーを浴びて身体についていた埃っぽさがなくなり、ベッドルームへと戻ってみると、ゴブ郎くんが布団の上で眠たそうに船を漕いでいた。このまま放っておけば眠ってしまいそうだ。
私はゴブ郎くんに掛け布団を掛けてあげた後、ドライヤーで髪を乾かさずにそのまま照明を落としてベッドの中へとダイブした。布団の中にくるまり、私は今日あったことを思い出す。
まさかラノベの主人公のような展開に私が巻き込まれ、早々に切り捨てられるなんて昨日までの私は予想だにしていなかった。
ゴブリンのゴブ郎くんと一緒に石焼き芋を食べて、そのままダンジョンマスターになって、更には異世界転移一日でマイホームが手に入って、と前の世界じゃ絶対に経験しなかった濃い一日だった。
そうだ、明日になったら<オペレーター>にダンジョンマスターについての説明を聞かなければいけない。私を切り捨てた女神の為に何かをするのは気に食わないが、ダンジョンマスターになったおかげで有能スキル<オペレーター>を獲得できたのだ。それに、折角異世界に来たのだから異世界っぽさを楽しんでおきたい。
そんな事を考えていると段々と瞼が重くなり、そのまま眠りについてしまった。
そうして、私は異世界転移初日を無事に乗り越えたのだった。




