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紫の扉 ~鏡の迷宮と当惑の物語~

鏡の迷宮の中は横幅が狭く、一人ずつしか前へ進む事が出来ない構成になっていた。

先に行ってしまったリリィを追いかけ、タケルは残った攻略部隊の魔物たちを連れ、迷宮の中に入った。

迷宮の中に入ると何処からともなくゆったりとした音楽が流れ始めた。

迷宮の中は鏡と扉で構成されており、扉は開くものと開かないものがある。

地面のあちこちには落とし穴が設置してあり、数体の魔物がその罠に引っかかって犠牲になった。

落とし穴の罠に気が付いたタケルは自分の前方に攻略部隊の魔物を歩かせて自分は落とし穴を回避するという方法を取った。

攻略部隊の魔物達を犠牲にしてタケルだけ助かるような方法に魔物達は不満げな視線を送ったが、ダンジョンマスターであるタケルの命令に逆らう事が出来ない魔物は不満を言うことなくタケルの言うとおりにした。

鏡に何度も頭をぶつけ、落とし穴に脅かされながらもタケルは迷宮の中を歩いていたのだが、暫くしてタケルはおかしなことが起きている事に気が付いた。


「ほ、他の皆は何処に行ったんだ?!」


後方を見ればいつの間にか後を追いかける魔物達の姿はなく、少し前方から目を離した隙に前方を歩いていた魔物達まで行方をくらませていた。

盾となる魔物たちの姿が消え一人取り残されてしまったタケルは迷宮の中で立ち尽くしてしまう。


「な、なんで、こんな事に…!」


普段のタケルだったら、仲間と分断されただけで怖気づく事はなかった。

しかし、レベル100を超え向かう所敵なしだったピカラとアリアの死と、ピカラ達でないにしろかなり高レベルだった攻略部隊がどんどん撃退されていった事、そしてベリアル達がどんどん自分のダンジョンを攻略していっている事により、異世界転移をして上がりに上がっていたタケルのハイ状態になっていた頭はどんどん冷やされ、現実に向かせられた。

更に一番長い間信頼していたリリィに裏で操られていた事実を知り、その目の前でリリィが本性を現した事でタケルの心はどん底状態にあった。


「皆!皆、何処にいるんだ!返事をしてくれ!頼むよぉ!」


タケルはこの世界を憧れていたラノベのストーリーの中だと思いこんでいた。

しかし今、彼の元には頼れる仲間も信じていた物も自尊心も身を挺して護ってくれる魔物さえもいない。

レベル100を超えていても簡単に死ぬという事をタケルは知ってしまっている。

この迷宮にも<マップ>封じをされているらしく、<マップ>を展開しても見えているのは一直線の道だけで使い物にならない。

他のスキルも対策されている可能性を考えると、あまり信用出来ない。

異世界転移して得られた強みを全て無くしたタケルは今、思い知った。

此処は、この世界は、自分が主人公のラノベのストーリーの世界ではないことを。


罠と魔物が何処にあるか分からない、元の世界よりも死がより近い所に存在する、未知と恐怖に満ちた世界である事を。


その時、タケルの隣の鏡からバンッと叩く音が聞こえた。

恐る恐る横を振り向いてみると、そこには今にも自分を襲いかかろうと口を開いているワイトが見えた。


「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


タケルは驚きのあまり、その場から逃げ出した。

どの方向が正しい道なのか分からず、闇雲に走り続ける。

途中鏡に打つかったり落とし穴に引っ掛かりそうになったりする度、タケルの恐怖をより増長させる。

ひたすらゴールを探して走り続けると、タケルは石造りの扉を見つけた。

扉の上部には、『夢を追う者の扉』と書かれた看板が掛けられている。


「さ、最深部か!」


タケルは扉の上部の看板など碌に見ず、灰色の扉を開いて中へと入った。

扉の先は再び真っ暗な通路に続いていたものの、前には石で出来た扉があり、そこから白い光が漏れていた。

更に<気配察知>のスキルで、前方に誰かの気配がある事を察知した。


「や、やった!最深部だ!」


タケルは急いで石造りの扉へと走り、重い石造りの扉を開いてその中へと入る。

そして、そこにいた者の姿にタケルはその目を見開いた。


「……………………え?」





「ありゃ?」

「あれれ~?なんでタケル様が此処に~?」


石造りの扉を開けて進んだ先にいたのは、タケルとアイネスのダンジョン戦争を見て実況をしていたフェスタンとバンチェットと、観戦していたディオーソスとミルフィオーネだった。

更に良く周囲を見渡せば、そこは最初にタケル達がいた戦闘禁止エリアの真っ白な空間だったのだ。


「い、一体何が…!?」

「こ、これはどういう事でしょう!?先程までアイネス様のダンジョンを探索していたはずのタケル様が初期地点まで戻ってきました!」

「プッ、アッハッハッハッハ!!」


戸惑いの声を上げるタケルの姿を見て首を傾げながら実況するフェスタン。

そんなタケルを見て何かを理解したのか、ミルフィオーネは吹き出して笑い声を上げた。

その間にバンチェットは自分の持つスキル、<千里眼>で何かを確認したのか、「なるほど~。」と声を上げた。


「何が分かりましたか?バンチェット!」

「えっと~。僕たち皆アイネス様のダンジョンをそれぞれのフロアが一直線に繋がってるんだと思ってたけど、違った。」

「ほほー、では一体どんな形になっているんですか?」

「壺のある部屋から崖の部屋までは一直線なんだけど~、謎解きの部屋に続く通路が段々外に外れるように左にズレるように緩いカーブの形になってー、謎解き終わった時の廊下で右に向かって真っ直ぐ行ってー、迷路では崖の部屋と直角になるように横になっててー、最後にタケル様が行った道を通ると真っ直ぐ此処に戻るようになってる。」

「なるほど!全然分かりません!」


バンチェットの説明にハキハキと意味不明と告げたフェスタンに対し、笑い声を上げていたミルフィオーネが説明の付け足しをした。


「つまりはダンジョンに入った者が分からぬ内に、行って戻ってくるような形になってるということじゃろ?」

「うん、そういう事~。」

「ククク…なるほどのぉ…。<マップ>封じと黒い通路は相手にこの事を悟らせぬ為という訳か。面白い、実に面白いやり方じゃ!」

「ど、どういう事なんですか!?」

「見て分かるじゃろう。小僧はまんまと『ハズレ』を引き当てたという訳じゃ。」

「な…!?」


そう、<マップ>封じはこの大掛かりな罠の為に作り上げられた対策だったのだ。

中にいたタケル達はそれぞれの間が真っ直ぐ一直線に繋がっていると思っていたようだが、これは大きな間違いだった。

実際のアイネスのダンジョンの構成を上から見ると、黄色の扉の間から青の扉の間をつなぐ通路までは真っ直ぐ前方に進むものの、途中から直角に横に曲がり、最終的にタケルが先程通った道を通ると白い空間に戻ってくるようにUターン状になっていたのだ。

部屋と部屋を繋ぐ通路を真っ黒な物にしたのはタケル達が進むごとに徐々に空間把握能力を狂わせるため。

そして黃色の扉の間の出だしで<マップ封じ>殺しを使ったのは、タケルに<マップ>は使えないと判断させてその後の攻略で<マップ>を見ないように仕向けるためのカモフラージュだったのだ。

そしてこの罠は、今のタケルには致命的なものだった。


「じゃ、じゃあ、また最初からやり直しということか…!?」

「いや、今の小僧にはやり直しすら出来んじゃろうな。」

「な、何故!?」

「ユーは崖の部屋の内容を覚えてるかな?あれは一人では絶対に攻略できぬものだ!」

「!!!」


そう、黄色の扉の間を通るには指示役と移動役、二人以上で挑まなければ行けない。

罠の位置を全て把握しているほど優れた記憶力はタケルにはない。

例え罠の位置を把握していなくても、アラクネ三姉妹の妨害で攻略は限りなく難しい。

攻略部隊の魔物達は連絡が取れず、自分のダンジョンから新たに魔物を呼ぼうにもベリアル達の手によって殆どが討伐されてしまっている。

もし呼べたとしても、その間にベリアル達が攻略を進めてしまう。

何より精神的苦痛が多かったアイネスのダンジョンにもう一度立ち向かうだけの勇気を、タケルは既に持ち合わせていなかった。

タケルが1から攻略をやり直して最深部に行くというのは実質不可能なのだった。


タケルは慌てて白い空間に戻る時に使った扉から戻ろうとしたがダンジョンの入り口と合わせて作られた岩造りの扉は既に固く閉じられており、どれが扉なのか分からない。

タケルはもう、アイネスのダンジョンに攻略に向かう事は出来なかったのだった。


「クソ…クソ、クソ、クソ!!!」


タケルは悔しさのあまり、地団駄を踏む。

怒りで歯を軋ませ、血が出る程拳を握った。

その姿はまるで、ゲームに負けた幼い子供のようだった。


「そっちがその気なら僕だって…!」


やがてタケルは何を思ったのか、顔を上げて自分のダンジョンへと向かっていく。

そんなタケルの後ろ姿を、観戦していたミルフィオーネ達は訝しげに見ていたのだ。


##### #####


一方その頃、リリィは鏡の迷宮を彷徨い歩いていた。

所々ある落とし穴を躱しつつ、マリアへの怒りを募らせながら先を進んでいた。


「クソ…クソ…!よくもやりやがったなあの女!絶対に見つけ出してぶっ潰してやる!」


リリィにとって、周囲の者は自分の餌と駒でしかなかった。

自分の主であるタケルも、自分に嫉妬の視線を送る他の女幹部達も、自分の演技に騙された他の魔物や人間たちも等しくそうだった。

彼女が召喚された直後、頭の良いリリィはタケルの愚かさをすぐに悟り、早々に脱走してやろうと考えていた。

しかし、自分の姿を見て顔を赤らめあからさまに動揺し、服を着せたタケルを見てその気は変わった。

更にタケルから色々な話を聞いたリリィは、こう思ったのだ。


「あ、コイツ使えそうだな」と。


リリスは悪魔やドラゴンとは違い、攻撃に優れていない。

それでも人間が100人束になって挑んできても容易く屠る事は出来るだろうが、食事の手間や万が一強敵が現れる事を考えると、脱走するのは多少不安があった。

しかし、タケルの知識と異世界への憧れを上手く利用すれば、良い隠れ蓑になるかもしれない。

更に、リリスは魔物の中でもっとも異性を誑かす事に長けた魔物。

側に仕えていれば、ゆくゆくはタケルからダンジョンマスターの称号を奪う機会だって巡り会えるだろう。

そう考えたリリィは、タケルの元に留まり、配下になる事を決めたのだった。


タケルはリリィの想像していた通り、かなり都合の良い隠れ蓑になった。

リリィが献身的に仕える振りをして少し誘導するだけで冒険者になる事を決意し、<誘惑(テンプテーション)>をすぐに習得してアリア達女の魔物や駒に使えそうな人間の女性を自身の虜にしていった。

下位種族の魔物を使ってのパワーレベリングも思いつき、リリィのレベルを上げる事が出来た。

他のダンジョンマスターからはタケルのその横暴さから評価は悪かったが、タケルや他の女性達を諌める事で自身の株を上げる事が出来た。

このまま行けば、タケルを洗脳してダンジョンマスターに成り代わるチャンスが回ってくる。

そう思っていた。


しかしそこで、リリィは見つけてしまった。

もう一人の異世界転移者、アイネスを。


そこまで美しいとは言えないような見た目、しかし何処か此方を引き寄せる異質さを漂わせていた少女。

死んだ魚のような目をしているけれど、相手の心を見抜く優れた観察眼の持ち主。

更にはタケルよりも異世界の情報を持っているときた。

自分の思惑がバレる可能性もあるけれど、タケルよりも使えそうな駒だった。

アイネスを自分の手の届く所に置いておけば、自分がダンジョンマスターになった時に大きな足掛かりになる。

だからリリィはいつもならタケルとアリア達の暴走を止める所を、敢えて止めなかった。

案の定タケルはアイネスにダンジョン戦争を挑み、アイネスを手に入れるチャンスを作った。

しかし、実際にダンジョン戦争をしてみればアイネスとアイネスの配下達は自分の想像していた以上に厄介だった。

自分以外の女幹部は下位種族にやられ、戦力もドンドン削られていく。

更にはマリアによってリリィの本性を暴露されてしまったではないか。

こうなれば、リリィは絶対にこのダンジョン戦争に勝たなければいけない。

勝たなければ、二度と自分が成り上がる機会が回ってこなくなってしまうから。


リリィはそんな事を考えながら扉のノブに手をかけようとしたが、そこでふと止まった。

扉をじっと見つめ、あることに気が付いたのだ。


「…扉の飾りの形が違う?」


鏡の迷宮を進んでいく内にリリィは何度か扉を開けていったが、扉についている六角形の飾りに違う物がある事に気が付いた。

最初に開けた扉に着いていた飾りは真下の三角形が欠けていた。

今リリィの目の前にある飾りは左下の三角形が欠けている。

この事を疑問に思ったリリィは、そっと扉を開け様子を見る。

扉を開けてみれば、直ぐ側にもう一つの扉が見えた。

扉の飾りは、左上の三角形が欠けていた。

その時、ある異変が起きた。


「っ!?扉が動いた!?」


突然、もう一つの扉が左へ移動し、姿を消したのだ。

それを見た時、リリィは扉が動いたのだと思った。

しかし、すぐにそれが勘違いである事を気が付いた。

扉が消えると、スライドするように鏡が見えた。

そして、立ち止まってふと感じる程度の地面の揺らぎ。


「まさか…、この迷路自体が動いている?」


暫くすると開いた扉の向こうに新しい扉が見えるようになり、地面の揺らぎが収まった。

新しく現れた扉の飾りは、右上の三角形が欠けていた。


「は、ハハハ…アーッハッハッハッハ!そうか、そういう事ね!この迷宮のギミックは!」


鏡の迷宮は6つの三角形に構成されているのだ。

そして、全てのエリアが時間に合わせて移動するようになっている。

時間が来るとそれぞれの三角形はその中にいる者ごと動き出し、構成が変化する。

開かない扉と開く扉があるのはただ行き止まりだったという訳ではない。

扉が壁側に存在する位置にあるか丁度その時エリアの移動が行われていて、このギミックがバレないようにする為だったのだ。

迷路に入った瞬間流れ始めた音楽も、エリアの移動の際に出てしまう物音を隠すため。

なんとも手の混んだギミックである。

道理で最深部に続くゴールが全然見つからない訳だ。


「そうなると、このエリア移動の法則を読んでゴールに到着する位置へ移動すれば…!」


迷路のギミックを見抜いたリリィは思わず口角を上げ笑う。

ギミックさえ分かってしまえば攻略方法はすぐに分かる。

ギミックが発動する時間と動きの法則さえ掴んでしまえば良い。

リリィは扉を良く調べてみた。

ギミックの正体を知る事が出来たのは扉の飾りからだったから、そこに何かしらのヒントがあると見ていたからだ。


すると案の定、それは見つかった。

エリアとエリアを繋ぐ通路側の扉の飾りの裏に隠されていた。

そこには、右の側面が赤く塗られた逆三角形の絵が記されていた。

つまり、上の三角形が欠けた扉の飾りのあるエリアに行けばゴールに辿り着くことが出来る。

リリィは持ち前の頭脳を駆使してギミックの法則を予測し、目的のエリアへと向かった。

エリア移動が終わってから次のギミックが発動するまでにある時間は5分。

移動は真上、左下、右下のが時計回りに、真下、右上、左上が逆時計に回る。

それぞれのエリアは移動中に回り、移動する前とは繋がる扉が変わる。

それらの法則から計算して真上のエリアに移動して時を待てば、動かずともゴールに向かうことが出来る。


リリィは鏡の壁を切り抜け、目的の扉の前まで辿り着いた。

途中でタケルが白い空間に戻ってしまった事がフェスタンの実況で分かったが、リリィは特になんとも思わなかった。

やがてエリアが移動する時間になり、エリアが動き始めた。

念の為扉を開けて、ちゃんとゴールに辿り着くかを確かめる。

エリアの移動が止まった時、リリィは漸く見つけた。


空間と空間を移動する際に開けた扉と同じ、黒い扉を。


「此処がゴールか…!」


リリィはすぐさま黒い扉へと走って向かい、扉に手をかけた。

アリア達のことがあるため、慎重に扉を調べた後、恐る恐る扉を開いて顔だけ出して除いて罠がない事を確認した。

罠がないと分かると、リリィは扉の中へと入っていった。扉の先は黒い通路になっていて、先の方にまた扉が見える。

通路を通って同じように罠がないか確認した後、リリィは扉を開けて中を覗いた。

そこには、アイネスらしき後ろ姿が見えた


「フフフ…やっと此処まで来たわ。」


リリィは気配を消してゆっくりとアイネスの背後まで接近すると、アイネスに向かって手を振り下ろした。

アイネスが振り返り、リリィに気が付いたが、もう間に合わない。


「私の勝ちだ!!!」




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