美味しい食べ物は言語と種族の壁を越える
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……………
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不意に顔の頬を突く感触に、私は意識を取り戻した。
どうやら私はゴツゴツとした冷たい地面の上で仰向けに眠っていたようだ。
上半身を上げて目を開けてみれば、そこは見たことのない薄暗い洞窟の中だった。
ゆっくりと周囲を見渡せば、私のいる空間はどうやら洞窟の中の行き止まりらしく、正面にある細い道以外はどこも道がない開けた場所だった。
そしてそんな洞窟の中にいる私の手の中にあるのは、まだ暖かい湯気を出す石焼き芋の入った袋のみ。一緒に持っていたスマホと本はどうやら没収されてしまったようだった。
私は一通り状況を確認した後、ゆっくり頷いて、そして手で顔を覆って心の中で思いっきり叫んだ。
(あの糞女神、マジでやったな……!!!!)
私は洞窟に来る前の事を思い返す。
あの時、女神はなにやら宙に浮かんだ液晶画面を見た瞬間に急に態度が変わった。
そして私は、拒絶する暇も与えられずにこの洞窟に送り込まれた。
こんな洞窟は元いた場所にないことから、ここは私のいた地球とは別の場所だということが分かる。
何が『私に相応しい場所』だ。ただの洞窟ではないか。今どきラノベだって王城か森の中か、草原の中から冒険が始まるんだ。こんな薄暗いジメジメとした洞窟の行き止まりで冒険を始めるなんて聞いたことがない。
何故かは分からないが、どうやら私はあの糞女神に邪魔者扱いされ何処かに飛ばされた事はわかったが、ここが何処なのかが未だに分からない。
まずはそれを調べなければいけないだろう。
私はその場に立ち上がり、今いる場所をくまなく調べようとしたその時
――――ぎゅ~~ぐるぐる……
なんとも間抜けな音が洞窟の中に響き渡った。
あまりの間抜けな音に緊張感が一気に無くなってしまう私。これは本当に冒険の始まりらしくない。
恐る恐る音の鳴った方向を見てみると、岩の陰に隠れて此方を伺う姿があった。
「ぎゃうぅ……」
「……ゴブリン?」
短い手足に、緑色の体色、尖った耳と鼻をしたそれは、RPGゲームでよく見るゴブリンそのものだった。
そんなゴブリンが、岩の陰からじっと此方の様子を伺っている。
思わず顔をそちらに向ければそのゴブリンと目が合い、ゴブリンはビクッと身体を跳ねさせ岩に隠れてしまう。
私が再び目をその岩から離せば、ゴブリンは岩から顔を出してまた此方を伺う。
その姿はまるで、知らないお客さんがやって来たので遠目で様子を伺うペットのようだ。
なんだ、この不思議生き物は。
――――ぎゅ~~ぐるぐる……
再び、先程聞いた間の抜けた音が鳴った。
横目でゴブリンの方を見れば、此方の様子を伺っていたゴブリンが腹をさすって唸っているのが見えた。
どうやらあの気の抜ける音の正体は、あのゴブリンの腹の音だったようだ。
しょんぼりと項垂れるゴブリンの姿に、私の心に訴えかけられる。
そして私の手には石焼き芋の入った袋がある…
……いや、これは大事な非常食だ。見た所この洞窟には食料らしき食料も水もない。だとすればこの手にある焼き芋は貴重な食料なのだ。ここでゴブリンに分け与えてしまえば自分の食べる分もなくなるし、もしかしたら満腹になったゴブリンに襲われるかもしれない。
そんな葛藤の中チラッとゴブリンの方を見れば、じぃっと何も言わずに此方を見るゴブリンの姿が見える。
私は大きなため息をついた後、石焼き芋を包んだ新聞紙を広げて一つを半分に割った後、自分とゴブリンの中間地点に石焼き芋の半分を新聞紙の上に乗せて元の位置に戻った。
「ぎゃ?」
キョトンとした表情で私と石焼き芋を交互に見るゴブリンを横目に、私はもう半分を口に入れた。
そう、これは折衷案だ。決してゴブリンの姿が実家で飼っているペットの犬のローローと同じように見えたわけではない。そう、負けてはいない……。
ゴブリンは私が石焼き芋の半分を食べる姿を見て、石焼き芋を食べ物だと認識したのか、恐る恐る近づいて新聞紙の上に乗せられた石焼き芋を手にとって、その熱さにオロオロしつつも、石焼き芋を口にした。
するとゴブリンの目は輝きだし、勢いよく石焼き芋を頬張り始める。
どうやらお気に召したようだった。
それを眺めながら私も石焼き芋のもう半分を食べ、腹を満たす。
腹を5分目程満たした後、ゴブリンの方を見ればゴブリンは物足りなさげに此方を見ていた。
私は何も言わずに袋の中にあった最後の石焼き芋を取り出すと、半分に分けてゴブリンの方へ差し出した。
差し出された石焼き芋を見たゴブリンは私の意図を理解したのか私の隣に移動するとそこに座り、私の手から石焼き芋を受け取って私の隣で頬張った。
美味しそうに目を細めているのを見届けた後、私も残りの焼き芋を食べる。
「焼き芋、美味しい~……」
「ぎゃう~……」
美味しい食べ物は、種族と言語の壁を越える。その事を身に沁みて感じた瞬間だった。やっぱり美味しい食べ物は生き物の生活に必要不可欠なのだ。
最後の石焼き芋を完食し、ひとまず腹が膨れた私。
ゴブリンと絆を築けたのは良かったが、根本的な問題が未だ解決していない。
餓死してしまう前にこの非常事態から脱する必要がある。
まず必要なのは、情報収集。特に私の持つスキルを知りたい。
女神が見ていた液晶画面、あれは恐らくゲームでよく見るステータス画面だ。恐らく鑑定スキル的なもので私のステータスを勝手に見たんだろう。
そして、私のステータスが彼女の望むものよりも下回った。下回っていたから、適当な場所に捨てた。不幸中の幸いで、私と遭遇したのが隣で喜びの舞を舞っている平和的なゴブリンだったから良かったけれど、これがもし平和的じゃないゴブリンだったら寝ている間に即冒険終了だった。
あ、段々女神に対しての怒りが蘇ってきた。今度会う機会があったらぶん殴ろう。
それはさておき、自分のステータスって一体どうやって見れば良いんだろう。ラノベで定番なのは、『ステータス』と叫んでみる事だが…
「……ステータス」
試しにポツリと唱えてみたが、やはり現実とラノベは違うようで何も起きることはない。
「鑑定!ステータス画面!メニュー!コマンド!」
色々思いつく単語を叫んでみるが、何も変化が起きる事はない。もしもこれがゲームか何かならクソゲーと評価されるだろうなぁ、と現実逃避気味にしみじみ思った。
「ぎゃう?」
そんな私の様子を見て不思議に思ったのか、ゴブリンくんが服の裾を引っ張って首を傾げてきた。その目には敵意は一切感じられず、純粋に私を心配しているのが分かる。
ラノベの中では主人公達がステータスを見ることはよくあったが、ゴブリンやスライムといった魔物がステータスを見る描写は見ない。けれど此処は現実で起きている事だし、もしかしたらなにか知っているかもしれないんじゃないだろうか……
体感時間にして一分程考えた後、私はゴブリンくんの方を向いた。
近くに落ちていた石を拾い、石焼き芋を包んでいた新聞紙に女神が出した液晶画面っぽい黒い四角を描いた後、描いた物を指差してゴブリンくんに尋ねてみる。
「君、こういう画面の出し方知らない……?」
「ぎゃう?」
「なんか四角くて、黒くて、その人のスキルとか能力値とか分かるやつ……」
「ぎゃうー……」
「って、何やってんだろ私……。そもそも言語が違うから此方の言葉分からないじゃん……」
自分の馬鹿さに思わず頭を抱え、落ち込んでしまう。
ゴブリンくんは首を傾げながら新聞紙に描かれた落書きをマジマジと見つめる。
そして新聞紙を手にとって色んな角度からその落書きを見た後、何かを理解したのか大きく頷いてみせた。
ゴブリンくんは新聞紙を片手に持って立ち上がると、なんと私の服の裾を引っ張りどこかへ導こうと試み始めたのだ。
「ぎゃう!」
「え、もしかして分かったの?」
半ばやけになって尋ねてみたのだが、どうやらゴブリンくんは私が四角くて黒い画面的なものを探していると理解したようだった。
ゴブリンくんに誘導されるままに洞窟の中を歩いていくと、洞窟の最深部らしき場所にやって来た。
そこは先程いた場所よりも開けた空間で、その中心には白色に輝く水晶玉が設置された仰々しい台が堂々と鎮座していた。
ゴブリンくんは水晶玉の乗った台にまで近づくと、水晶玉を指差して何かを訴え始める
「ぎゃうぎゃう!」
「ええっと……、これ?」
「ぎゃう!グガガ!」
「この水晶玉に触ればいいの?」
「ぎゃう!」
水晶玉を指差してゴブリンくんの方を見れば、ゴブリンくんが大きく頷いてみせた。どうやら水晶玉を触るので合っているらしい。
私は恐る恐る台に乗った白い水晶玉に手を乗せてみる。
すると水晶玉は強い光を放ち始めた。
「眩しっ……!!」
あまりの輝きに私は思わず目を瞑ってしまう。
それでも水晶玉は光を放つことを止めず、洞窟全体に行き渡るほどの輝きを見せた。
『*****』
『*****』
『*****』
その間、聞いたことのない言語の羅列が私の頭に直接響き続ける。
やがて光が収まり、ゆっくりと目を開いてみれば水晶玉は海に入った時のような美しい青色へと色を変えていた。
そしてその水晶玉の頭上には女神が見ていたような液晶画面が浮かんでおり、日本語でこう書かれていた
『【ダンジョンマスター】の称号を手に入れました』
「…………は?」




