噂のダンジョンへの来訪
普段は魔物討伐依頼や薬草採取依頼を受けた冒険者しか入ることはない森の中、貴族の馬車が2つと、馬に跨り馬車を追従する三人の騎士達がいた。
貴族の馬車の一つには、金髪碧眼の身なりの整った若い青年と1人の知性の高そうな男性がいた。
若い男性は、身なりの整った青年に話しかけた。
「殿下、本当に宜しかったのですか?事前の調査で害意がないと分かっているとはいえ、殿下や姫様、それにマルク様まで…」
「良いんだ、リドルフォ。国王であるお父様からも言われたのだ。「噂のダンジョンで見解を広めて来い」と。」
「しかし…」
「それに、アルベルト団長の証言によるとそのダンジョンの主はかなりの博識だと聞いている。もしかすると、エルミーヌやマルクの呪いに関しても何か知っているかもしれない。」
「姫様とマルク様の呪いを…ですか?」
「ああ。それを確かめるには二人をダンジョンの主に直接見せる必要がある。ダンジョンの主がダンジョンから出ないのであれば、此方が赴くしかない。」
窓から後ろに付いてくる馬車を見て告げた青年の言葉に、男性は何も言えなくなる。
男性も青年の話す呪いについて知っている。
どれだけ優秀な医師も魔術師も治す事が出来なかった不治の呪い。
青年はその呪いの解呪方法を、ダンジョンの主が知っていると推測しているのだ。
「それに…」
「それに?」
男性が聞き返せば、青年は先程の神妙な表情とは打って変わって、悪戯に成功した子供のような表情を浮かべる。
「とても気になるじゃないか。冒険者たちの中で噂となっているダンジョンを管理する主が一体どんな人物なのか。あと調査にあった宮廷料理以上の料理というのも食べてみたい。」
「はぁ……そうだと思いましたよ。でも、程々に。」
「分かっているさ。リドルフォは頭が固いなぁ。」
頭を抱えた男性を見て、クスクスと笑う青年。
青年の名前は、テオドール・フォン・ケネーシア。
ケネーシア王国の第一王子にして、ケネーシア王国の王太子である青年だ。
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「あれ?扉が増えてる。」
「以前来た時は紫色の扉なんて無かったはずだが…。」
第三騎士団のような失敗はしないよう、予め看板の注意書きをきちんと読んで中に入ったテオドール達だったが、最初の部屋の変化に対し、以前ダンジョンの調査で来たことがあるアルベルト、シャロディ、デリックが首を傾げた。
赤色の扉のすぐ横に、以前の調査では存在していなかった紫色の扉があったのだ。
調査報告書にない事にリドルフォは身構えるが、部屋の中心に存在していた台の上の壺から、怪しげな声が聞こえたのだ。
『おやおやこれはこれは…。見知ったお客さんも、初めて来るお客さんもようこそいらっしゃいましたぁ。』
「なに、魔物か?!」
「いや、大丈夫だ。落ち着いてくれ。」
『あぁ、そんな武器を構えないでくださいませ。わたくしめの名前はティアーゴ。このダンジョンでお客さん達に語り屋をやっている、ちょっとお喋りなただの蛇でございます。主食は牛ヒレステーキなのでご安心くださいませ。』
胡散臭い口調で自己紹介をする壺の蛇、ティアーゴに驚きつつも、害がないと分かって杖を降ろすリドルフォ。
テオドールはそんなリドルフォ達の後ろで、声の聞こえる壺を観察する。
『さてさて、挨拶はこれくらいに致しまして早速ルールの説明を…と言いたい所ですが、お客さんの中には、この部屋の変わった点に既にお気づきな方もおられるでしょう。』
「ああ、紫色の扉だろう?あれはどうしたのだ?」
『流石はお客様、冴えておられる!今まで3つしかなかった扉が、1つ増えていることなどすぐ分かりましょう?そうなんです、実はこのダンジョン、つい先日リフォームをしたのでございます!』
「リフォーム…?」
『毎日多くのお客様がダンジョンに来られるため、ダンジョンの主様が新たにコレクションの物語を公開したのでございます。物語の構造も登場人物も他の扉とは全く別物。勿論、扉の中には豪華なお宝が置いてあります。中がどうなっているか?それは中に入ってからのお楽しみでございます。』
どうやらダンジョンの主はダンジョンに新しいルートを追加したようだ。
テオドールはその新しいルートに興味を示したが、今回の目的はダンジョンの調査ではない。
ティアーゴからダンジョンのルールの説明を受けた後、テオドール達は黄色の扉へと入っていった。
扉の中に入ればそこは切り立った崖の目の前で、横には1人の人間が丁度行けるぐらいの橋がある。
デリックとアルベルトは目を合わせると、アルベルトは大きな声で青い空の方へ向かって叫んだ。
「アイネス殿!ケネーシア王国第二騎士団団長アルベルト・デーベライナーと、第二騎士団所属騎士デリック・ドナルド!先の約束を果たすため再びこのダンジョンへと参った!つきましては、迎えのアラクネ殿をお呼びください!」
アルベルトの声が崖の上で響いた。
テオドールもリドルフォも他の二人も口を閉ざし、様子を伺う。
すると、上の方から女性の声が聞こえた。
「は~~~~い♪」
慌てて頭上を見れば、自分達の真上には茶髪のアラクネが空中に糸を垂らし、浮いていたのだ。
異常な光景に驚愕する面々。
茶髪のアラクネはそっと地面に降り立つと、アルベルト達ににっこりと笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「アルベルトさん、シャロディさん、デリックさん、お久しぶりですぅ。あれから元気にしてましたかぁ?」
「ネア殿、久方ぶりです。私どもは変わりなく…。」
「ネアちゃん、久しぶり!ネアちゃん達は調子どう?」
「そうですねぇ。みんな元気ですよぉ。つい先日もぉ、アイネス様が『バレーボール』という、ボールをポーンっと飛ばしてやる遊びを教えてくれたんですぅ。イグニレウス様やベリアル様がぁ、あまりに楽しみすぎてボールがパァンって割れたんですよぉ。」
「ぼ、ボールがパァン…」
「そ、それは楽しそうだね…。」
間の伸びたゆったりとした口調でデリックとシャロディと雑談を交わすネアと呼ばれたアラクネに、彼女の事を知らないテオドール達は呆然としている。
ネアはふと、テオドールやテオドールの後ろからおずおずと此方を伺う顔色の悪い少年と、フードを被った女性に気がつくと、友好的な笑顔を浮かべて手を振った。
「えっとぉ、そちらの方達は初めて来られる方ですよねぇ?初めまして~、ネアって言いますぅ。」
「ああ…私の名前はテオドール、私の後ろにいるのが弟のマルクと、妹のエルミーヌだ。」
「あらあら、テオドールさんに、マルクさんに、エルミーヌさんですかぁ。」
テオドールの紹介を聞いた後、ネアは足を曲げてマルクと同じ視点になるように体勢を低くして、にっこりとした笑顔で言った。
「こんにちはぁ♪」
「こ、こんにちは…」
「こんにちは…」
アラクネであるネアに挨拶されて驚きつつも、おずおずと挨拶を返すマルクとエルミーヌ。
ネアはすっと立ち上がると、テオドールの横に立つ知的な男性に声を掛けた。
「それでぇ、貴方は…」
「申し遅れました。わたくしはケネーシア王国の王宮魔術師をしているリドルフォ・ナゴーレと申します。本日は王の命により、今回の鑑定依頼へのお供をしております」
「あらあらぁ、それはお疲れさまですぅ。じゃあ、ここではなんですしぃ、居住スペースの方へ行きましょうかぁ。」
「ああ、了解した。」
おっとりと喋りながら案内をしようとするネア。
それについていくテオドール達だったが、幼いマルクはネアと大人達の歩幅について行けず遅れていることにネアは気がついた。
ネアは一度立ち止まり、胴体を降ろすとマルクに手招きをした。
「良かったらぁ、マルクさんはぁ、胴体に乗りますかぁ?」
「え…?」
「良いのか?」
「大丈夫ですよぉ。わたしと小さな子とじゃあ歩幅も違いますしぃ、アイネス様にもぉ、急用がある時はぁ、良くそうやっているのでぇ。」
にこにこと微笑みながら言うネア。
マルクはおろおろとネアとテオドールを交互に見て、戸惑っている。
テオドールは弟の心中を察して、にっこりと笑ってマルクに言った。
「マルク、お言葉に甘えて乗せてもらえ。」
「は、はい…!」
テオドールのその言葉にマルクは顔を上げるとネアの元に歩み寄り、その胴体に乗り、人間の体に手を回した。
ネアはゆっくりと胴体を上げると、マルクが振り落とされないスピードで歩き始める。
ネアの案内に従い、テオドール達が崖横を歩くと、その途中でネアは足を止めた。
テオドール達も足を止めて何をするのか見ていると、ネアは懐から黒い箱のようなものを取り出してその箱に声を掛ける
「もしもしぃ、黃ルート02番担当のネアでぇす。アルベルトさん達が前のお約束で来たのでぇ、隠し扉を開けてくださぁい。」
『分かりました。今そちらにスケルトンを送ります』
「!?今、箱から声が…!?」
「びっくりしましたぁ?これもぉ、アイネス様が所有している魔道具の一つなんですよぉ。」
暫くすると、ネアの目の前に突然白い鉄の扉が姿を現し、扉が開いた。
驚きを見せるテオドール達だったが、アルベルト達は既にこれを知っていたからか、驚く事はなかった。
開いた扉の先にはスケルトンが立っており、ネア達を手招きした。
ネアは「お疲れさまですぅ~」とスケルトンに返すと、中へ入っていく。
テオドール達も慌てて中に入る。
扉の中にはスライムやウルフ達が闊歩しており、皆テオドール達を見ると会釈をする。
少し歩いた先には食堂らしき場所があり、そこには桃色の髪の美少女が、ツインテールの女性に料理を教わっていた。
「ではマリアさん、ここでお塩をひと摘み入れてください」
「ひ、ひとつまみね!このくらいでいいかしら?」
「ま、マリアさん、それはひと摘みではなくひと掴みです!そんなに塩を入れたら折角のお菓子がしょっぱくなりますよ!」
「え、ええっ!」
「マリアさ~ん、シシリーさ~ん。お客さんですよぉ~。」
「お客様ですか?」
「このダンジョンにお客…?ってそれ人間じゃない!」
ネアが声かけた事で気がついた二人の少女がテオドール達のいる方向を振り向いた。
その時、テオドール達はツインテールの女性がシルキーであり、桃色の美少女がリリスであることに気がついた。
どうやらリリスの方は人間の来訪を知らなかったのか、驚愕の表情を浮かべている。
しかしシルキーの方はさして驚きもせず、アルベルト達に声を掛けた。
「なんだ、アルベルトさん達ではありませんか。今回はアイネス様の財宝の鑑定の件ですか?」
「ああ、本当は俺とデリックだけでこのダンジョンに来るつもりだったんだが、陛下が聞かなくてな…」
「ドナルド卿も<鑑定>スキルを持ってはいるけれど、高レベルの<鑑定>スキルを持つ者や魔法道具に関して詳しい人間はいた方が良いだろうと私のお父様…もとい国王陛下が言ってね。突然の大人数での来訪、申し訳ないね。」
「いえ、此方もダンジョンの管理以外には特に何も起きていませんので。アイネス様はただいま別室で仕事をしているので、少しお待ちしてもらうことになりますがよろしいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!なんで人間が来ているのにそんな平然としているの!?」
驚きのあまりにシルキー達に叫ぶリリス。
そんなリリスに対し、後ろで見ていたリドルフォもウンウンと頷いた。
先程は流してしまったけれど、普通にダンジョンで魔物にもてなしを受けたらそう叫びたくなる。
「あ~、そういえばぁ、アルベルトさん達が来た時マリアさんはまだこのダンジョンにいらしてなかったからぁ、アルベルトさん達の事を知りませんでしたねぇ。」
「え、なに?もしかして前も人間がこの中に来たことがあるの?」
「それに関しては長い話になるので後で話しますね。待たせている間に今お茶とお菓子をお出ししましょう。紅茶でよろしいですか?」
「ああ、頼むよ。」
「それと、坊っちゃんや女性には『オレンジジュース』をお出しする事も出来ますがどうされますか?」
「オレンジジュース?」
「はい。アイネス様曰く、オレンジという橙色の甘酸っぱい果実を絞って出来た甘い果汁だそうで…。ゴブローさんやイグニレウス様が気に入っていられるのですが、いかが致しますか?」
「あ…ではわたくしはその『オレンジジュース』を…」
「ぼ、僕も…」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
シシリーはアルベルト達に会釈をすると調理場へと去っていった。
アルベルト達の件を知らないマリアは訝しげにテオドール達を見ているけれど、襲ってくる様子はない。
リリスは夢魔達の長にあたる存在で、その美しい容姿と幻惑魔法を操って男達を惑わし、死ぬまで精力を搾り取ると言われているが、異性であるテオドール達を見ても何かする様子はない。
やがて、シシリーが人数分の飲み物を持って戻ってきた。
シシリーがマルクとエルミーヌに差し出したガラスのコップには、正方形の小さな氷がいくつも入っている。
(氷魔法…?いや、なにか氷を生み出す魔法道具でもあるのだろうか…。)
「毒味の方は必要ですか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう。」
リドルフォがマルク達の飲み物の中の氷を見て魔法道具の存在を考えている間に、テオドールとエルミーヌとマルクは自分達の出された飲み物を口にした。
すると、驚いた様子で声を上げた。
「冷たい…、それに甘くて美味しいですわ…!」
「僕、こんな飲み物初めて飲みました…!」
「はは、こんなに香りの良い紅茶は初めて飲んだ。これらも、全部このダンジョンの主が?」
「ええ。このダンジョンで出される飲食物はアイネス様がスキルを使って用意しております。」
「アルベルト達が持ち帰ったパンやスープも食べた事があるのだけど、これらは持ち帰る事が出来ないのかい?」
「申し訳ありませんが、『オレンジジュース』の方は常温での長期保存が出来ないためお持ち帰りは難しいです。紅茶の茶葉の方も、アイネス様かベリアル様に聞いてみないと…。」
「そうか……それは残念だ」
シシリーに何を言っても茶葉の譲渡は難しいと判断したテオドールは大人しく引き下がり、紅茶を楽しんだ。
丁度紅茶を一杯飲み終えた頃に、4人の人影と一体のゴブリンが此方にやって来た事に気がついた。
そして、その顔触れにテオドールは目を丸くした。
(ドラゴン、悪魔、それに妖精王…!)
3体の魔物達は人間の姿に変身しているものの、身体的特徴と身体から滲み出るオーラから、すぐに人間ではない事は分かった。
3体の魔物は、1人の少女の周囲で何か騒いでいる。
(エンシェントドラゴンとアークデビルロードの存在についてはアルベルト達の報告から知っていたものの、妖精王までいるとは思わなかったな…。)
「だから、あそこは奴らが来た時点で仕掛けを作動するべきだったであろう!」
「いいえ、そのタイミングで仕掛けを作動させてしまっては冒険者が歩みを弱めて不発だった可能性がありました。冒険者が宝箱のために足を止めるあのタイミングでの仕掛け発動が最善でした。」
「何をいうか!その結果冒険者の1人が雪で滑って不発だったではないか!」
「ですが、そのお陰で冒険者達が近くに襲撃者がいると勘違いし警戒心と恐怖心を募らせたでしょう?あれが最善です」
「カッ!何を抜かすかこの陰険蝙蝠が!」
「脳筋な羽とかげが…」
「まあまあ、お二人共落ち着いてください」
「フォレス!貴様も貴様だ!何をどう操作したら仕掛けが故障などするのだ!」
「急いでスケルトンさん達が修理に走ったから良かったですが…、次はその背中の虫の羽を毟りますからね?」
「それはすみません…。どうやらわたしは、ああいった魔法道具は不得意なようで…。」
(………仲が良いのか悪いのか、よく分からないな。)
最強の一角と名高い3体の魔物達の、まるで子供のような口論にテオドールは笑いそうになったが、そっと我慢をした。
そしてふと、彼らの中心にいる少女の方を見た。
この近辺では見ないような珍しい黒髪に、見たことのない服装。
見た目は幼いけれど、どこか何百年も生きた賢者のような雰囲気を感じる。
まさに『異質』と言っていい程ミステリアスな少女は、此方の姿を確認すると、服の裾を両手で掴み表情を変えずに此方に会釈すると、テオドール達に言った。
「ハジメマシテ、コンニーチハ。ナマエ、アイネス。」
まるで、此方の言語を初めて使うかのように不格好な口調。
しかし、ダンジョンの管理人が先に挨拶をしてくれたのだ。
この歓迎に対し、皇太子としてこれに返さねばならないだろう。
そう思ったテオドールは椅子から立ち上がり、目の前の黒髪の少女に名乗りを上げた。
「私の名前はテオドール・フォン・ケネーシア。ケネーシア王国王位第一継承候補者の皇太子です。ケネーシア王国の国王、アルフォンス・フォン・ケネーシアの命により貴方の所有する財宝の<鑑定>と、とある相談をしに来ました。」
テオドールは目の前の異質なダンジョンの主、アイネスに深々と頭を下げて会釈した。
この少女なら王宮の抱えている問題を解決してくれるかもしれない、そんな淡い期待を胸に抱いて。




