古代竜との対面、そして、快適過ぎる生活 (ケネーシア王国第二騎士団所属、デリック視点)
「安心するが良い、人間ども。俺様は貴様らを害するつもりはない。」
一匹でも国を容易く屠る事が出来る力を持つとされるエンシェントドラゴンとの突然の対面に動けなくなった俺達に対し、目の前のドラゴンは言った。
その瞬間、身体に纏わりついていた圧力も和らぎ、息がしやすくなった。
「最近になって漸く威圧の抑え方というものを覚えたのだ。貴様ら人間は俺様が本来の姿で少し触れただけでも潰れてしまうほどに脆い生き物だからな。話し合いの場である以上、これくらいの計らいはしてやるさ」
「…それは、寛大な配慮を感謝しよう。イグニレウス殿」
「うむ。して、貴様らはアイネスとどれほどまで話したのだ?」
「えっと、俺たちの今回のダンジョン調査に関して説明し終わった所ですね。それで、アイネスちゃ…さんが、こちらの品を俺たちにと…」
俺は目の前に立つ脅威に冷や汗を掻きながらも、先程アイネスちゃんに手渡されたスノードームを見せた。
すると、イグニレウスは目をカッと開いてスノードームを凝視し始めた。
スノードームを持つ手が震えて、俺はもう気が気でなかった。
何時間にも感じるほどスノードームを凝視した後、イグニレウスはアイネスちゃんの方を振り向いて、そして口を開いた
「アイネス!何故このように愉快な物がある事を隠していたのだ!ズルいぞ!」
「「「…………え?」」」
その迫力のある見た目とは裏腹になんとも子供のような発言が飛び出てきた事に、俺達は全員、間の抜けた声が漏れてしまった。
しかし、目の前のドラゴンとアイネスの対話は続いた。
「オルゴールといい、この水晶玉といい、何故先に俺様に見せないのだ!俺様もあの美しい水晶玉が欲しいぞ!」
「#####、イグニ##########。」
「俺様が壊すと言いたいのか!?俺様は壊さぬ!現に、貴様から教材用に貰った『カルタ』や『ツミキ』は一度も壊したことがないだろう!」
「バドミントン##########。」
「ぐっ…あ、あれはあの陰湿蝙蝠が卑怯な手ばかり使うからつい力が入ってしまっただけで…。とにかく、後であの水晶玉と同じ物を俺様も欲しいのだ!」
「####…」
器用に白い板に絵を描いて相手に見せながら騒ぎ立てる姿は、なんとも平和的というか…俺たちが想像していたドラゴンとは全く違った姿だった。
『カルタ』、『ツミキ』、『バドミントン』というのはよく分からないけれど、恐らくこのダンジョンの中で色々あったのだろう。
それにしても、絵や身振り手振りを使っているとはいえ、なんともスムーズな対話だ。
意外と仲が良いのか?
二人の間で対話し合った結果、イグニレウスにも同じ物を渡すことになったらしい。
イグニレウスは再び俺たちの方を向いた。
「…ひとまず、貴様らの目的も大体分かった。大方、このダンジョンに価値の高いものがあると知った王族どもが宝を欲しがったんだろう?」
「そうだ。それでアイネス殿が渡してくれたのがこの水晶玉だったのだが…、本当に頂いても良い物なのか?明らかに国宝級の物とお見受けするが…」
「構わん。ダンジョンの宝箱に入っている物は元々アイネスが所有していた物だ。所有者であるアイネスがそれを貴様らに渡したということは特にあってもなくても困らないという事だろう。」
「そうか…では、有り難く頂こう。」
国宝級の財宝をあってもなくても困らないとは、懐が深いのか、はたまた変わり者なのか…。
しかし、目の前のドラゴンが温厚な方で本当に良かった。
ドラゴンは王国騎士団が束になって相手をしても手も足も出ない最強の魔物の1体だ。
もしもドラゴンが「水晶玉をやらん」と言ったら、俺たちはこの国宝級の宝を差し出すしか生き残る術はない。
そんなドラゴンを従えているアイネスちゃんは、かなりの実力者と考えるべきだろう。
すると、アイネスちゃんがアルベルト団長に声を掛け、身振り手振りで何かを尋ねてきた。
「#########、###########?」
「アイネス殿はなんて?」
「ふむ…どうやら、今日はもう遅いだろうからここで泊まらないかと尋ねているようだな。」
「ここって…ダンジョンに、か?」
「このダンジョンには人型の魔物用の空き部屋が確か幾つかある。そこを使えば良かろう。」
「い、いやいやいや!命助けてくれたばかりかそんな泊まらせてくれるなんて…!」
「ダンジョンの主たるアイネスが許可しているのだ。俺様は勿論のこと、他の魔物たちも文句は言わんだろう。…あ、いや、訂正する。若干1人、厄介な奴がいたな。」
「そんな魔物もいるのか!?では駄目だろう?!」
「アイネスが許可を出しているのなら表向きでは何もしてこないだろうが…、嫌味は言うだろうな。多分会ったら貴様らは腰を抜かすだろうな」
「じゃあ駄目じゃん!」
腰を抜かす程の魔物ってどんなだ?!
ドラゴンでも十分衝撃的なのに、まだ強い魔物がいるのか!?
その魔物が何かは分からないけど、ドラゴンの中でも最強格に当たるイグニレウスが言うのだから絶対普通の魔物じゃない。
ここは断るべきか?!
しかし、その後に告げられた言葉に、耳を傾けてしまった。
「だが、美味い飯は食えるぞ?」
「飯…ですか?」
「うむ。このダンジョンで出る飯は全てアイネスとシルキー達が用意しているのだが、どれも美味い!それこそ、人間どもの宮廷料理人なぞ足元に及ばぬほどにな!ダンジョンの宝箱にも食い物を入れているが、此方側で食える飯はアイネスの配下でないと食えぬ物ばかりよ!貴様らもクッキーと紅茶は食ったのだろう?夕飯時にはもっと美味いものがでるぞ?」
その言葉に俺たちは思わず喉を鳴らしてしまう。
確かにアイネスちゃんが差し出してくれた飲み物と食べ物は格別に美味しかった。
もしこのダンジョンに泊まればこれ以上の物が出るのか…?
今から王宮に帰ろうとしたら、途中で日が暮れて野宿になるだろう。
ドラゴンや魔物は怖いが、アイネスが許可を出している以上、危害を加えられる事はない。
なら、この誘いを受けてしまったほうが良いんじゃないか…?
シャロディ副団長も同じことを思ったようで、二人でアルベルト団長の方を見る。
アルベルト団長はそんな俺達にため息をついた後、苦笑いを浮かべて言った。
「…では、お言葉に甘えさせてもらい、今夜はこのダンジョンで泊まらせてもらおう。シャロディもデリックもそれでいいな?」
「勿論です!」
「ひゅー!さっすが、アルベルト団長!分かってるー!」
「####?#########。」
「アイネスが直々に寝室を案内してくれるそうだぞ。アイネスの後をついていくといい。それと、アルベルト…といったな?貴様はしばし此処に残れ。水晶玉について話がしたいのだ」
「ああ、了解した。シャロディ、デリック、粗相のないようにな」
「了解です!」
「はいっ!」
アルベルト団長に命令され、俺とシャロディ副団長は此方に手招きをするアイネスの後をついていく。
ダンジョンで第三騎士団の奴らに斬られて崖に落ちた時はどうなるかと思ったが、あっさり今回の調査の目的は達成できたし、美味い飯を食える事になったし、良い事尽くめだな!
俺はまだ見ぬ美食に期待を募らせながら、部屋の外を出た。
「……さて、アルベルトとやらよ。交渉と行こうではないか?」
「ああ、勿論だ」
##### #####
「いや~~、なんすかここ。最高すぎる…」
あれから部屋を出た後、アイネスちゃんとシシリーちゃんにダンジョンの居住スペースを色々案内された。
アイネスちゃん達が食事をとるための食堂に高級宿並の寝室、更には魔物たちが団らんするためのフリースペースや様々な種類の温泉のある入浴場などなど…、居住スペースがかなり充実している。
シシリーちゃん曰く、全てアイネスちゃんが用意したものだとか。
どんだけ魔物想いなの、アイネスちゃん。
部屋を出てすぐにアークデビルロードとご対面した時は本当に血の気が引いたが、イグニレウスが言ったようにどの魔物も俺たちに襲いかかるような事はしなかった。
それどころか皆親しげに挨拶を返してくれるし、アイネスちゃんと一緒にいるゴブリン(アイネスちゃんはゴブローって呼んでた)には『カステラ』という甘い食べ物を勧められた。
俺たちの知っているような野蛮で危険な魔物とは大違いだ。
夕飯時になると、皆食堂に集まって食事を食べる事になった。
出された食事は、『ハンバーグ』という肉をミンチしたものを丸くして焼いた料理とサラダと『コーンスープ』というまろやかな味わいのスープだった。
どれも初めて食べる物ばかりだったが、その味はまさに至高。王宮の騎士専用の食堂で食う飯が泥のように思える程に美味かった。
こんな料理をこのダンジョンの魔物たちは毎日食べているなんて本当に羨ましい。
かなりの高待遇な職場に、思わず転職を考えてしまいそうだ。
そういえば夕飯時に、アーシラちゃんというアラクネと会話をした。なんでも、俺たちが崖から落ちた時にアイネスちゃん達に連絡をしたのは、彼女だったらしい。
シャロディ副団長がアーシラちゃんに対し、ある質問をした。
「私達が崖から落ちた時、そのまま襲おうとは思わなかったのか?」と。
確かにシャロディ副団長の気持ちも分かる。
魔物っていうのは俺たち人々の敵であり、脅威でもある。
普通の魔物だったら瀕死の状態の俺たちを見たらすぐ襲いかかっていたはずだ。
しかしここのダンジョンの魔物たちは最初に俺たちを助けてくれたアーシラちゃんや真っ先に今回の宿泊を了承してくれたイグニレウスも含め、俺達の姿を見ても襲おうとはしない。
疑問に思って当然だった。
そしてアーシラちゃんはシャロディ副団長の質問に対して、こう答えた。
「アイネス様はアンタ達と同じ人間なんだけど、訳あってこのダンジョンの主になったらしいの。他のダンジョンがどうしてるかは分かんないけど、アイネス様はダンジョンにやって来る人は『出来るだけ生かしておくべき存在』と定めた。ダンジョンの魔物達にとってダンジョンマスターであるアイネス様は絶対。しかも、このダンジョンにいる魔物たちは皆、アイネス様のお陰でこうやって充実した暮らしをさせてもらっている。だから、アタシ達もそんなアイネス様の考えに従うのさ。アンタ達を見捨てて殺しちまったら、アイネス様のダンジョンに泥を塗る事になるだろう?そんな事をしたら、うちの最強格二人組に怒られちまうさ。」
その回答を聞いて俺とシャロディは納得した。
このダンジョンの魔物たちは、アイネスちゃんの事を本当に大事にしているのだ。
それはそうだろう。
人間であるにも関わらず全く違った風貌を持つ魔物たちに変わらず接して、美味い食事も居心地の良い寝床も用意してくれる。
王国の中でもエルフや獣人といった亜種族に対して未だ種族差別があるが、アイネスちゃんはドラゴンやゴブリン相手にも態度を変えない。
そんな平等な考えを持つアイネスちゃんを、魔物たちが慕うのも当然だった。
快く回答してくれたアーシラちゃんにシャロディがお礼を言うと、アーシラちゃんは「今度来た時はちゃんとクリアしておくれよ!」と笑って返していた。
アイネスちゃんが用意してくれた広々とした寝室のふかふかのベッドの上で就寝した日の翌日、俺たちは王国まで戻る事になった。
ダンジョンを出る前に美味しい朝ごはんまでご馳走になり、アラクネ達の糸で作られた精巧なレースや長期保存が出来る食べ物などスノードーム以外にも貴重な物を色々貰ってしまった。
しかも、俺は宝の鑑定のためにまたこのダンジョンに来ることが許されている。宝の鑑定にもちゃんと報酬をくれるというのだから、アイネスちゃんはとても懐が深い。
アルベルト団長とイグニレウスは離れた場所でなんか話をしていたが、俺とシャロディは一夜で親しくなった魔物達に挨拶をして、そのダンジョンを離れることになった。
もちろん武器も鎧も返してもらった。それどころか、スケルトン達によってピカピカに磨き上げられていた。本当に良い魔物たちだ。
そうして、俺達は『物語のダンジョン』ことアイネスちゃんのダンジョンを離れた。
王宮には、俺たちを斬り掛かったハーホーフ達が待っている。
恐らくハーホーフ達は色々嘘を言っているだろうが、俺たちの持って帰る財宝の山を見たら驚くだろう。第三騎士団の驚く顔が待ち遠しい。
「いやぁ…、本当良い所でしたね…」
「ああ…そうだな。今度はちゃんとダンジョンに挑戦してみたいな」
「同感だな。だが、まず俺たちがすることはアイネス殿から頂いた財宝を国王の所まで運ぶ事だ。シャロディ、デリック、気を抜くなよ」
「「了解です!」」
『物語のダンジョン』、その実態は俺達の想像を遥かに越えるぐらいに良い場所だった。
機会があるのだったら、またアイネスちゃんやあそこの魔物たちと語り合いたい。




