絵に描いたような詐欺・悪徳商売
「講義と商売、ですか?」
『うむ、その通りよ。正直野良魔物達との契約よりも、此方の被害の方がより酷い』
てっきり他ダンジョンに対する風評被害とか野良魔物と同じコテコテの契約詐欺と思ったけれど、まさかの被害内容が講義と商売だったとは。
真っ先に思いつくのは悪質な商法や詐欺だけど……まさかこの世界にも賑わっているのだろうか?
『かのダンジョンマスターは最初、ダンジョンマスターになってまだ間もない者達を探して其奴らに声を掛けたそうなのじゃ。「チュートリアルでは教えてもらえない、ダンジョンマスターとして必要なルールを教える」とな』
「そのダンジョンマスターはどんなルールを教えてるんですか?」
『魔物が50体以上を超えれば名付け以外の<契約>が使える事やダンジョン戦争といった実際にあるルールなど、内容自体は実際に存在するルールを説明するそうだ!』
『しかも、その講義に参加した者にはその終わりにかのダンジョンマスターから魔力回復ポーションや小型のマジックバッグをなんと無償で譲渡されるそうじゃ。「これは先輩からの餞別だ」と言ってのぅ』
『貴重なポーションやマジックバッグをタダで?』
『そら、なんとも気前の良いことやなぁ』
『そこまで聞いたら、そう感じるじゃろうな。此処からが奴らの下劣な所よ』
新人ダンジョンマスターをダンジョンマスターに関する説明会に招待し、必要なルールを説明する。
そして説明会の後にはポーションや便利な魔法道具を渡す。
確かにそれだけ聞けば、新人ダンジョンマスターに優しく気前の良いダンジョンマスターとして印象がつくだろう。
だが、私はこの時嫌な予感を感じていた。
だって明らかにきな臭すぎるんだもの。
『説明会の後、彼奴は新人ダンジョンマスター達にこんな事を伝えるのじゃ。「自分の傘下となればより効率的にダンジョンポイントを稼ぐ説明会に参加する事が出来る。そのためには週に一度、1000DPを自分に支払う必要がある」「また、自分を通せば貴重な魔法道具を安く手に入れる事が出来る」「更にはトップランクのダンジョンマスターとのコネが築く事が出来る機会を作る」とな。最初の説明会で便利な情報を教えられ、更にはポーションやマジックバッグを無償で貰い恩と利益を抱いた者達はこの話を鵜呑みにして了承し、堕天使が用意した契約書を使った契約を結ぶ』
『しかし、入手出来る魔法道具は<カスタム>で仕入れるよりも高額DPで、質は劣悪な物ばかり。そして次の説明会やトップランクのダンジョンマスターと会う機会を待ってもその報せが来ることはない』
『それで文句を言いに行けば、「その説明会はまだ先だ」「あちらのダンジョンマスターはまだ忙しくて会わす事が出来ない」「劣悪に感じるのはそちらが上手く使用できてないからじゃないか?」と屁理屈を述べ、それでも文句を言う者には堕天使の『絶対遵守』の契約書を盾にされる。そこで騙されたと気が付いた時にはもう遅い、という訳じゃ』
『うわぁ……』
『なんと……』
「完全な、悪質商法の一つですね」
『聞いてて反吐が出る商売方法やなぁ……』
想像以上にコッテコテの悪質商法だった。
最初に実際に存在する権限やルールを説明することで嘘はないと見せかけて、更に使える物を渡す事で更に好印象を抱かせ、借りを作らせる。
そして次にもっと良い話があると誘って契約書を結ばせて、定期的にDPを支払わせるようにする……。
確か催眠商法、ってやつだったかな。
最初に良い印象を持っていて、恩を売られた分断りにくいだろう。
なにより契約書に書かれた長ったらしい条件を一から全て読む人は本当に少ない。
商法に関する法律も、対策も何もないだろうこの世界の人たちには最適な商法だろう。
「因みに、ミチュさんはどんな事を持ちかけられて騙されたんですか? ミチュさんは別に新入りって感じじゃないですよね?」
『美容品よ! び・よ・う・ひ・ん! 「最近肌が潤う魔法薬を製造したので無料で献上したい。もっと必要なら連絡をくれ。今なら無料で化粧品も付いてくる」って魔法薬の試供品の手紙を送られたのよ! 試しに試供品を使ってみたらびっくりする程効果があったからもっと購入する為にダンジョンに呼んでみたら、あのオークジェネラルの部下に他にも色々な物を紹介されたのよ!』
「うわぁ、これも悪質商法ですね」
『タダより怖いもんはないもんなぁ……』
「ぎゃ~う~」
ミチュさんはそう言ってプンプンと効果音がなりそうな勢いで机をドシンドシンと叩いて嘆く。
騙されて悔しい気持ちは分かるけど机を叩くのは止めて欲しい。机が壊れる。
『それでDP支払いの代わりにアタシの持ってるお宝を一時借りるだけでも良いって言われたから「それなら」って思って貸したのよ。それで購入した美容品を早速使ってみたら何の効果も出なくて、他の物も全部ガラクタ以下! おまけに貸してたお宝がいつまで経っても返されなくて……』
『返してもらうためにそのダンジョンに向かったら、「そんな物借りてない」って言われた……とか?』
『そうなのよ~~!! 他にも「そんな部下はいない」だとか「自分達は試供品を送ってそれ以降連絡はなかった」だとか言って有耶無耶にしやがったのよ! 確かにあのオークジェネラルの部下だって分かってるのに~~!』
『しかも、ミチュとのやり取りには堕天使の契約書などは一切使われてなかったそうだ。なので、そのダンジョンマスターの関与を結ぶ証拠が何処にもないのだ』
『こら、証拠を残さん為にわざとやったんやろうな』
『外道でござるな……! 魔物の風上にも置けぬでござる!』
話を聞いているだけでも、そのダンジョンのやり方は明らかに悪質だと分かるようで、ツヴァイ達は顔を顰めてその悪徳商売を非難した。
顔と声には出さなかったけれど、私もその完全詐欺なやり方に嫌悪を通り越して呆れていた。
この感じだと、他にもやっていそうな気がする。
『ミチュだけではない。他のダンジョンマスターも何人か同じような方法で騙されているそうじゃ。軽く10人くらいは騙されるんじゃないかのぅ』
『いやいや、流石にそら言い過ぎやろ! 騙してる相手はダンジョンマスターやけど、騙されてる相手もダンジョンマスターなんやろ!?』
『ハーッハッハッハ! 実にストレートな意見だ! だが、残念ながら本当なのだよ』
『ダンジョンマスターが全員、わっちらやアイネスみたいに賢いわけではないからのぅ。むしろ目先の利益に囚われ愚行を起こす者の方が多いくらいじゃ。何より、彼奴らの手際が良すぎる』
『手際が良い、でござるか?』
『うむ、そのやり口や方法、話術もそうじゃが、どうも彼奴らは商売を持ちかける相手を選んでいるようなのよ』
「騙されやすいダンジョンマスターを選んで商売を行っているという事ですか?」
『エギザクトリー!! 現に、ワタシやミス・ミルフィオーネにはそういったコンタクトがない。クールガールにもそういった連絡が来たことはないだろう?』
言われてみれば私も新入りダンジョンマスターの中に入るのに、ダンジョンに誰かからの怪しい手紙が届いた事はない。
ベリアルや他の皆からも、そういった手紙が届いたなんて報告は届いていない。
ターゲットを選んでいると見ても可笑しくなさそうだ。
だが、それに対し文句を言ったのは、他でもないミチュさんだった。
『ちょっと! それってアタシが騙されやすいお馬鹿なダンジョンマスターって言いたいの!?』
『現にあのオークジェネラルの奴に一杯食わされたじゃろう』
『ハーッハッハッハ! ミチュは美容と聞くとそれで頭がいっぱいになるからな!』
『何よ! ディオーソスだってそんな変わらないでしょ! 基本パーティーやイベントの事しか考えてないんだし! アイネスちゃんはそうじゃないって分かってくれるわよねぇ?』
「ミチュさんは馬鹿とかではないと思いますよ。多分ミチュさんがターゲットとして選ばれたのはミチュさんの欲しい物がハッキリ分かってたからだと」
『アイネスちゃ~~ん!』
私がフォローの言葉を掛ければ、ミチュさんが机に乗りかかって私を抱擁した。
ちゃんと力加減はされているので窒息したり潰されたりすることはなかった。
ミチュさんの胸筋はとっても逞しかった。
「まあ、良くも悪くも騙し合いが基本多めな人間としての立場から言いますと、ただ頭が悪いイコール騙されやすいって訳ではないですよ。私がもしもその男たちと似たような事をするなら、ミチュさんだけでなくグライドさんを狙うと思います」
『む、そうなのかぇ?』
「こういう詐欺まがいの商売って、意志の強弱が関係してきますから。ミチュさんのように特定の部分を突かれたら弱い方や人の言葉に意志が左右されがちな方は加害者側にとって一番騙しやすいですけど、「自分は絶対に騙されない」なんて思って自分自身に過信している方も警戒心が少ないからかなり扱いやすいんですよ。ディオーソスさんの所の挑戦者の中にもいませんか? 自分の能力に過信してて、ちょっと誘導すればすんなり思い通りの行動をしてくれる方」
『うむ、そういう人間も少なくないな! そういう人間は負けた時に盛大にDPを落としてくれるのだよ!』
『そういうやつは、自分が騙されたぁ分かってもその事実が認められへんから、誰かに相談とか出来へんもんなぁ。此方の言葉を鵜呑みにしてくれる客の次に都合がええ客やな』
ダンジョンをカジノにしてしまっているディオーソスさんや召喚されたてとはいえ客商売のノウハウが脳に刻まれてるシガラキは、私の言葉を理解できるようだ。
グライドさんは最初会った感じ、尊厳高くて間違っている事は間違っているとハッキリ言えるダンジョンマスターなんだけど、ちょっとその意志が固すぎる感じがしたのだ。
そう考えると、グライドさんも狙われる可能性が……え、まさか既に被害に遭っているなんて事はないよね?
「にしても、そのダンジョンマスターは一体どうやってターゲットを選ぶ為の情報を得たんでしょうか? <オペレーター>に聞けば大体のことは分かるとはいえ、あくまでプロフィールのようなものでしょう?」
『わっちらが分からぬのはそこじゃよ。アイネスの言う通り、スキルで分かる事にも限りがある。故に別の方法で情報を得るしかなかろうが、並大抵の諜報班では到底可能ではない。アイネスならば何か手がかりを見つけられぬかと思ったのじゃが、どうやら分からぬようじゃな』
「実際にそのダンジョンマスターに対面すればベリアルさんとか連れてこれるので分かったかもしれませんけど、又聞きでは流石に……そもそも情報収集自体、私のダンジョンでは怠っていたようなものですから」
ダンジョンマスター達は十人十色といえど、皆それ相応の力を持ってダンジョンマスターとしての肩書を保っているはずだ。
ただ諜報班を送り込むだけではターゲットを選ぶ為の情報を手に入れるのは難しい。
『では、何か気になった事はないかね? 些細な事でもなんだって構わない!』
「気になったことですか。話を聞いてて思ったのは、どうもやり口が人間くさいんですよね」
『人間臭い?』
「ベリアルさんのような悪魔やマリアさんのようなリリスとかだと純粋に話術や色仕掛けで相手を騙す感じですけど、このやり方はどうも相手の考え方を先読みして色々な力を使った泥臭い感じなんですよ」
『言われてみれば……』
『確かに、悪魔やサキュバス、堕天使達が考えつく事には思えぬな』
「ていうより、私の故郷にいる犯罪者が実際にやっている商法ですよ、これ」
『『『『『えっ?』』』』』
遠回しな言い方の契約書に催眠商法に無料で相手を釣る商法。
どれか一つだけならまだたまたま考えついたで話が付くけど、流石に私の世界で良くあるような詐欺や悪質商法が続くと偶然とは言い切れない。
これはもしかすると、誰か異世界転移者からこういった商法があると聞いて、それを元にしたのかもしれない。
そう考えると結構しっくり来てしまう。
それでも、詐欺行為をよりにもよってこの世界のダンジョンマスターに教えるなんてそんな軽率な事をする人がいるだろうか?
この商売をしているのがダンジョンマスターな以上、普通の異世界転移者ではないだろう。
それこそ、問題のダンジョンマスターと同じダンジョンマスターでなければ。
「ミルフィーさん」
『うむ、なんじゃ?』
「何故でしょう。問題のダンジョンマスターと関係を結べそうで、この悪質極まりない商売方法を知っていて得意げに他のダンジョンマスターに教えそうな、私と同じ故郷生まれの人間のダンジョンマスターが一人思い浮かんでいるんですが」
『奇遇じゃな。わっちも一人思いついておる』
『ハッハッハ! その言葉で漸く思い出したぞ! そういえばかのダンジョンマスターが珍しくワタシのパーティーに参加した際、ミス・ミルフィオーネとクールガールが思い浮かんでいるであろう人間のダンジョンマスターと接触していた気がするな!』
『あの子の性格なら、正直有り得そうね』
どうやら、ミルフィーさん達も同じ人を思い浮かべたらしい。
3人共、呆れ顔を見せている。
ツヴァイもそれは同じようで、ミルフィーさん達と同じく呆れた表情を浮かべている。
唯一この空気についていけてないのは、彼に会った事がないシガラキとハンゾーのみだ。
私達5人は大きくため息をついて、同じ名前を呟いた。
『『『『『「タケル(さん)め……」』』』』』
「ぎゃーうー……」
うん、そうだよね。
詐欺とか悪徳商売って、結構ニュースとかで見たりするし、幾つかの学校だと詐欺防止啓発運動として教えられたりする。
あのタケル青年が知っていて、悪気なくそれを他のダンジョンマスターに教えていたとしても可笑しくはない。
むしろ、何故今まであの人の事を思い浮かばなかったのか不思議なくらいだ。
『なんや? 誰やねんそのたけるぅ言うやつは?』
『拙者達以外は全員知っているようでござるが……』
『ごめん、おじさんたち。その事については聞かないで』
『お、おう、なんや急に本気になっとるな……』
シガラキとハンゾーがタケル青年について聞きたそうにしていたが、それをツヴァイが真顔で制止した。
そうだよね。最大の被害者だったツヴァイにとってタケル青年はトラウマと嫌悪の対象だからね。
話題にするだけでも嫌だろう。
本当あの人、碌な事してないな。