何よりも恐ろしい
「えーっと、取り敢えず、もう一度数えさせてください」
混乱と困惑によって軽いパニックを起こしながらも、私はそっと口を開いた。
背後には戸惑いの表情を浮かべているベリアルとタンザがいる。
全員の視線が集まる中、私はそっと人差し指を目の前の魔物達に向ける。
人に指を指すのはマナー違反というのは分かるけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
私の目の前にいる魔物たちは全員全く別の種族のようだ。
「1人」
6枚の羽を持つ、白と金色の祭服を身に纏った神々しい女性の天使。
「2人」
2つの角を持つ黒い体色の勇ましい男性の鬼人。
「3人、4人」
翠と青色の翼と羽毛を持つ女性的な男性の鳥人。
紫色の液体のような髪とドラゴンの尻尾と鱗を持った男性。
「5人、6人、7人」
毒々しい赤色のキノコのような笠を被った女性。
雷と光を身に纏う白い虎。
頬から身体に掛けて海蛇と、海蛇が絡みついた錨のタトゥーを持つ男性。
「8人、9人、10人……」
人間と見間違えるような姿をした、しかし人間味のない機械人形。
マントと手袋を身に纏った、シルクハットで顔を隠す紳士。
タコの足を持つ藍色の体色の女性。
「じゅ、11人……」
そして、生首を脇に抱えた首のない女性騎士。
11人全員を数え終えると、私はそっと天を仰いだ。
「やっぱり1人多い……」
「コレハ、イッタイ、ドウイウ、コト……?」
「チンミョウ、ダナ」
「ぎゃ~う~……」
何回数えてみても、声に出して数えてみても、魔物が11人いる。
10連ガチャであるにも関わらず、だ。
そりゃあスマホのゲームアプリのガチャだと10連ガチャをしたらおまけのもう一回がつくキャンペーンもあるにはあるけど、この<ガチャ>にそんなキャンペーンなんてものがあるとは思えない。
召喚された魔物の数のこともそうだけど、<ガチャ>の結果の方も異常過ぎる。
10回やってSSRが6、SRが4、Rが1ってなんだよ。
ランクの確率が完全に逆転してるじゃないか。
これ、唯一のRランクである魔物がある意味可哀想だよ。
召喚されたと思ったら周りはSSRとSRの魔物達がいて、目の前にいるのもSSR2人とゴブリンと人間。
居心地が悪過ぎる。ゴブリンと人間以外アウェー感が半端ない。
そして完全に人選ミスとしか言いようがない新入り達の種族。
明らかにベリアル達悪魔の天敵の種族である天使みたいな方が混ざってるんですが?
ゴースト系っぽい魔物がいるんですが?
なんでこのダンジョンに来ちゃったんですかね?
そうだよ、私が<ガチャ>で召喚したからだよ。
確かに魔物的には強敵そうだしベリアル達と互角に並ぶけれど、このダンジョンにいるメンツと相性が悪すぎる。
現に、天使っぽい人と明らかに光属性の動物っぽい魔物がベリアル達を見て睨みつけてる。
ベリアル達も喧嘩腰で睨まないで。
こうなるなら験担ぎしなきゃ良かったよ……。
「アイネス**、ドウ、スル?」
「ショス?」
「処しません。えーっと、取り敢えずツッコミたい事とか説明したいこととか山程あるのですが、ひとまず、新入りの皆さんに伝えたい事があるので、私が準備する前にダンジョンマスターであるって教えて下さい」
「ワカッタ」
私は殺気立つベリアルにそう伝えると、<ネットショッピング>を開いた。
そしてベリアル達が新入り魔物達のダンジョンマスターに関する誤解を解いて驚かせるというやり取りをしている間に様々なサイズの服を注文すると、箱を開けて私とタンザ達を交互に見ている新入り達の前に出す。
<オペレーター>に頼んで私の言葉が聞こえるようにしてもらうと、一部きょとんとした表情を浮かべている魔物達の顔を見て言った。
「今、私が何をしているのか分からない魔物さん達数名……」
私がそう挙げれば、鬼人っぽい男性、海蛇のタトゥーのある男性、キノコの笠を付けた女性、機械人形、そしてタコの足を持つ女性がぴくりと反応する。
ベリアルとタンザを含めた他の魔物達は私の考えを理解したらしく、静かに傍観している。
すごいな、<契約>もなしに以心伝心出来ちゃってるよ。
テレパシーか何かかな?
そして首を傾げる5人の魔物達に対し、私は言った。
「服着てください!!! 素っ裸の状態は此方の目のやりどころに困るんですよ!!」
召喚部屋の中で私の声が大きく響き渡った。
そしてギョッと驚く5人の魔物達に対し、他の魔物達は全員首を縦に振って同意の意を見せた。
なんで召喚した魔物の半数がシャツもズボンも下着も靴下も何も付けてないんだ……!!
タコの女性と機械人形とキノコの笠はなんとなく種族の関係だっていうのは分かる。
だけど人型である鬼人っぽい人とタトゥーのある男性魔物、君たちは駄目だ。
仮にも女性だぞ此方は。
数えてる途中にチラッと見えちゃって慌てて目線を逸らしたよ。
とにかく、<契約>や話し合いは服を着せてからだ。
そうしないと視線のやり場がない。
***** *****
「改めて自己紹介させてください。**(名前)、アイネス、****(よろしく)」
『本当に別の言葉を使うのね……』
『本当に、あなたがダンジョンマスターですの? そこの悪魔2人のどちらかではなくて?』
「**(はい)、*********(ダンジョンマスター)、*(私)。証明なら此方のゴブ郎がしてくれると思います。なんなら、<オペレーター>に説明してもらおうのでも良いですけど」
「ぎゃぁう!」
『ホントなのか……』
露出魔物に服を着させた後、タンザに頼んで目の前の最強魔物一同にこのダンジョンと私についての説明をしてもらった。
私がダンジョンマスターなのが余程意外なようで、新入り最強魔物達は私を見定めるようにジーッと観察している。
そんなに顔面偏差値の顔を近づけられて見つめられると物凄い恥ずかしいので止めてもらいたい。
どうにか<契約>や今起きている事の収拾をつけたい所なのだけど、これではどうしようもならない。
<オペレーター>の通訳機能はどちらか一方の言葉しか通じるようにしか出来ないし、ゴブ郎はそもそも言語手段がない。
数少ない頼りであるベリアルとタンザは……。
『全く、驚きました。まさか天界に屯い地上の人間や魔物を上から目線で高みの見物をするしか能がない天使族のかたと、偶々聖なる力を手にしたに過ぎない獣である聖獣を召喚するとは。アイネス様は本当に私共を驚かせてくれます』
『此方も驚きました。人間を狡猾に操り、弄んで堕落させ、挙げ句その魂を食らう邪悪な蝙蝠の上位種のお二方が、人間の下について働いているという事実を知って』
『貴殿ら……いい加減止めぬか? こうして口論をしていても何も生まぬぞ』
『フン、怖気づきおったのか? 知性と武性を誇ると自称するブラックデーモンパンサーが聞いて呆れるな』
『『『『は?』』』』
現在進行形で天使っぽい魔物と聖獣らしい魔物と舌戦を捲し立てている所だった。
普段冷静沈着なタンザも2人の新入り魔物達の挑発にあからさまに苛立ちを見せている。
さっきまではなんとか堪えてたんだけど、説明が終わった後に金髪の天使の方が何かを言ったのか、今の冷戦状態に突入してしまった。
どうにか止めに行きたい所だけど、ベリアル達も天使と聖獣も<威圧>を使っているのか、下手に近づけない。
さっきスマホでフォレスを呼ぶようにツヴァイにメッセージを送ったけど、今全体指揮が忙しいのか他の新入り魔物の相手をしているのか、返答がない。
ベリアル達は私の言葉に従って手を出しに行く様子はないし、光属性魔物2人もベリアル達に手を出す様子はない。
ちょっと放置していよう。
どうにか私とゴブ郎だけでコミュニケーションが取れないものかとホワイトボードとペンを構えると、ふと新入り魔物の数が足りない気がした。
周りをキョロキョロと探してみると、紫色の液体のような髪を持つドラゴンっぽい男性魔物とキノコの笠を被った少女が召喚部屋の端の方にいるのを発見した。
私は彼らの方を見ながら尋ねてみる。
「あの、どうしてそちらのお二方は私と距離を取られてるんでしょう? 私何かしました?」
『あン? なんつったんだ?』
『<契約>について聞いているのではないのか?』
『お腹が減った、じゃないかなぁ?』
「違います」
『ありゃ、外れちゃった』
喋る生首を持つ騎士と海の色のような青緑色の髪をした海蛇タトゥーの男性の推測を、首を横に振る事で否定する。
私はそんな食いしん坊キャラじゃない。
すると、シルクハットの人がねっとりとした口調で言う。
『恐らくでぇすが、このお可愛いダンジョンマスター殿は「そちらの端にいる御二方が何故自分と距離を取っているのか?」と言っているのではないでぇしょうか?』
『ヒィッ、ぼ、ぼく!?』
「あ、はい。そうです」
『お、今度は正解みたいだな!』
『ホッホー! 当たっていたようでナニヨリでぇございまぁす』
「それで、どうなんでしょうか? 直せる事なら出来るだけ直したいんですが」
不気味な笑い方をするシルクハットの魔物を横目に、私は再度部屋の端にいる2人に話しかけてみる。
しかし、彼らはブルブルと首を振るだけで返事を返してくれない。
すると、半鳥半人のお兄さん……もといオネェさんがため息をついて代わりに答えてくれた。
『安心なさい。あの子達は別にアンタが気に入らないからどうこうって話じゃないワ』
「あ、そうなんですか?」
『そうデショウ?』
『う、う、うん。た、ただ、毒気に当たらないように距離取ってるだけ……』
『ワタシも、同じ理由で距離を取っているだけです……』
「毒?」
半鳥半人のオネェさんの言葉に同意するように控えめに頷く2人。
そんな2人が放った言葉に、私は少し目を丸くした。
しかし毒とはなんとも物騒だ。
確かにあの2人は見た感じ毒々しい色の髪や笠を付けてるけど、もしかして有毒動物ならぬ有毒魔物か?
体内に毒を持つ魔物は初めて見る気がする。
そんな私の意図を汲み取るように、半鳥半人のオネェさんは2人の種族の事を説明してくれた。
『あの子達の種族は『マタンゴ』と『エンシェントポイズンドラゴン』。体内に持つ毒の胞子や毒気を武器にする魔物達ヨ。ま、どっちも胞子や毒気を出さないように抑えれば良い話だけどネ』
『流石はかの毒妃鳥と名高い『ゼン』でぇすね。同じ有毒魔物については知っておりまぁしたか』
『このくらい知ってて当然ヨ。まあ、まさか一緒に召喚されてるとは思っていなかったけど』
マタンゴ、エンシェントポイズンドラゴン、そしてゼン。
どれもあまり聞き慣れない種族名だけど、全員毒や状態異常攻撃に特化した魔物だという事は分かった。
というか、エンシェントポイズンドラゴンって……。
エンシェントの名がつくドラゴンが一人増えちゃったよ……。
『ゼン』呼ばれたオネェさんは、呆れた様子で肩を竦めて私に告げた。
『エンシェントポイズンドラゴンの方は別に本来の姿な訳じゃないんだし、マタンゴも攻撃された訳じゃないから胞子も毒気も出ていないデショウ? 人間相手だからってそんなに距離を取る必要もないワヨ』
『そ、そ、そうはいってもさぁ、じじ、実際に試した訳じゃないんだし分からないだろう……?! ぼ、ぼ、ぼくもついさっき召喚されたばっかなんだし……。こう、ちょっと息を吐いた拍子に毒気も出てるかもしれないし……』
『そんな事ある訳ないじゃない。考えすぎヨ』
『なんだ、ただネガティブ思考を働かせているだけかよ』
『気になって損したわ……』
マタンゴとエンシェントポイズンドラゴンが私と距離を取っている理由が単なる過剰な心配だったと知ると、タコ足の女性魔物と黒い鬼人の男性魔物は呆れた声を上げた。
まあ、ただ此方の体調の心配をして距離を取っていただけなら良かった。
隣で種族的相性の悪さを原因に一触即発の口論をしている4人の魔物達よりは全くもってマシだ。
しかし、このまま部屋の端でいられては話がしにくいし、ホワイトボードも見えにくいだろう。
私は顎に手を添えて考える。
「つまり、胞子や空気状の毒を吸い込んだりしたら危ないんですね」
『え?』
「****(ちょっと)、***(待って)」
そう言って、私は再び<ネットショッピング>を使い、数多ある商品の中から『防毒』と名前が付いたフェイスマスクと、ゴム手袋を注文する。
そして箱からマスクを取り出し、自分の顔と両手に装着した。
ベリアル達と光属性系魔物以外は私が装着したマスクを変な物でも見るように見ている。
いや確かにこの世界じゃ実際変な物でしかないけれど。
「ゴブ郎、ちょっと此処で待っててね」
「ぎゃうぎゃう!」
『何をするつもりなのだ?』
ゴブ郎に待機するように指示を出し、私はマタンゴとエンシェントポイズンドラゴンのいる方向へと歩いていく。
私が近づこうとしている事に気が付くと、マタンゴとエンシェントポイズンドラゴンは途端に慌てだす。
『ちょっ!?』
『それ以上近づくのは!』
『おやおやぁ、これはこれは』
『正気の沙汰じゃないね~』
「***(大丈夫)、**(多分)」
『多分じゃ駄目だからね!?』
安心させる為に言ってみたけど、どうやら駄目だったらしい。
だからといって近づくのを止めるつもりもないのだけど。
防毒マスクの効果があるからか、そもそも毒気も胞子も出なかったからかは分からないけど、私がどれだけ近づいても体調を崩すなんてことはない。
部屋の端で縮こまる2人の目の前に到着する。
こうして間近まで近づいてみると、二人共ちょっと変わっているものの見目は良い。
やはり魔物は皆顔面偏差値カンストか。
『え、あ、え』
「うん、やっぱり此処まで近づいても全然大丈夫そうですね」
『あ、あの、なんで、胞子……』
「異世界テクノロジーの力……ですかね? 取り敢えず2人共、部屋の真ん中の方に行きましょうか」
『うえぇぇ……?!』
『お、おお、毒が放出されいないとはいえ、エンシェントポイズンドラゴンの手を躊躇なく掴むとは……』
『人間にしては、勇気があるんだな! ハッハッ!』
おどおどと言葉を詰まらせる2人の手を掴み、部屋の中心へと連れて行く。
2人を連れて行くのが余程驚愕の光景なのか、他の魔物たちが騒いでいるのが聞こえる。
足の重い2人をなんとかぐいぐい引っ張りながら他の魔物達がいる方へと連れて行こうとしていると、エンシェントポイズンドラゴンの男性が声を掛けてきた。
『き、き、君、毒が怖くないの!?』
「**(いえ)、**(怖い)」
『じゃあ、なんで……?!』
「***(だけど)、**(それ)、**(より)、****(恐ろしい)、*(もの)、**(ある)」
『ど、毒より恐ろしい物?』
『なんですか、それ?』
マタンゴとエンシェントポイズンドラゴンが恐る恐る私に問いかけてきた。
私は2人の方に顔を向け、静かに息を吐いた。
毒より恐ろしい物?
そんな物は当然決まっている。
「****(知らない)、*(人)、****(囲まれる)、**(浮く)、****(気まずさ)」
『ただのコミュニケーション下手じゃん!? あとぼくら人じゃないし!』
「***(君たち)、**(とは)、***(仲良く)、**(なれ)、**(そう)」
『なんでです?!』
「**(さあ)、***(一緒に)、***(行こう)」
『こ、こここ、この子、目が本気だ……!』
毒なんかは<ネットショッピング>で防衛することが出来る。
だけどコミュ障ばかりは治せない。
ベリアル達の助けもなしに新入り魔物たちの対応をしようとしたら絶対に浮く。
知らない魔物たちに囲まれて一人で対応するなんてゴブ郎ありでも遠慮したい。
どうしてもしなきゃいけないんなら、見た感じ同種の気配を感じる魔物達も一緒に連れて行って負担を減らす。
マタンゴとエンシェントポイズンドラゴンとは、種族の相性は別にしても性格的な相性は合うと思う。
毒も状態異常もその気になれば回復魔法で治せるんだから無理にでも連れて行く。
全ては、気まずい空気に一人取り残さない為に。
その時、横からフワッと浮かび上がるように誰かの腕に抱えられた。
『アイネス様』
「うおっ」
『『ヒィッ!』』
腰を持ち上げられ、思わず手の伸ばされた方向を見てみると、そこには先程まで天使と聖獣と一触即発の空気だったはずのベリアルが立っていた。
いつの間にか側にいたベリアルの姿に驚愕して後ずさるエンシェントポイズンドラゴンとマタンゴ。
『遅れて申し訳ありません、少々会話が弾んでしまいました』
「会話が弾んでたって雰囲気じゃ……いえ、なんでもないです。もう終わったんですか?」
『はい、アイネス様のお陰で』
そう言いながらベリアルは私を地に降ろし、私が付けているマスクを外しつつ私に笑顔を向ける。
一体何が私のお陰なんだろうか?
私はそちらには全く関わっていないのだけれど。
チラッと天使たちの方を見てみれば、2人共ベリアル達に絡んでくる様子はない。
タンザさんが話の収拾をしてくれたのだろうか?
「取り敢えず、そちらの会話が終わったのでしたら少々話し合いませんか? 確率云々もそうですけど、10連ガチャで11体の魔物が出てくるなんてあまりに可笑しすぎますし。あとどの魔物がどの種族かを教えて欲しいです」
『畏まりました。すぐに行いましょう。さぁ、そこの御二方もどうぞ此方へ』
『え、いや、ぼ、ぼくらは……』
『その、胞子が……』
『うん?』
『アッ、何でもないです……』
ベリアルの笑顔の威圧に負け、マタンゴとエンシェントポイズンドラゴンはしょんぼりしながら他の新入り魔物達がいる方向へと向かっていく。
哀れマタンゴとエンシェントポイズンドラゴン。イケメンの威圧には耐えられなかったか……。
『では、アイネス様も』
「はい、分かってますよ」
ベリアルに勧められ、私もマスクを片手に持ってタンザのいる方へと戻る。
ベリアル、何でもないように促してるけどそもそも君とタンザが光属性魔物2人と冷戦状態になったのが原因だからね?
本当、これからの事を考えると頭が痛くなってしまいそうだ。




