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144/231

無理を可能に

『いやそれ、無理ゲー中の無理ゲーでは?』


 コインと言語表を使い、30年前の出来事を全て聞いたアイネスが最初に放った言葉はそれだった。

 『無理ゲー』という言葉の意味を知らないオロフソン公爵達は首を傾げ、コインを動かしながらアイネスに尋ねた。


「すまない、無理ゲーというのは?」

『あ、すみません。つい口に出てしまいました』

「いや、気にしないでくれ。それより、先程の言葉の意味を聞いても良いだろうか?」

『このままの状態だと、どんな真相を説明したとしても公爵夫人は絶対に納得なんてしないだろう。ということです。ただ向かっても殺されるだけです』

「なんだって?」


 その言葉にアイネス以外の全員が驚いた。

 全員、ただ公爵夫人に真相を告げればそれで良い、と思っていたからだ。

 アンヘルがコインを動かし、アイネスに尋ねた。


「何故そう思うのだい?」

『公爵夫人自身が話を聞こうとしていないからです』

「話を、聞こうとしない?」

『こう言ってしまうのも失礼なんですが、公爵夫人は駄々っ子バーサーカーになってるんですよ』

「だ、駄々っ子バーサーカー!?」

「ブフッ!」


 アイネスが放った『駄々っ子バーサーカー』という言葉に、オロフソン公爵はギョッと目を剥き、ワンコパスは思いっきり吹き出した。

 オロフソン公爵達がどういう顔をしているのか分からないアイネスはそのまま言葉を続けた。


『憎しみや怒りで頭が一杯になっていて、周囲のことなど目に入っていないと言えば聞こえは良いですけど、やってることは幼い子供が欲しい物を親に買ってもらうために「買って買って!」って店の中で大暴れしているのと同じですからね』

「だが、流石にそのような言い方は……」

「そんな幼稚な真似を母上がする訳がないですよ……」

『自分の夫であるオロフソン公爵さんと、最愛の娘のベレッタちゃんに見向きもせずに襲撃者の抹殺に向かって、その後ベレッタちゃん達に顔を合わせることもなく大広間で引きこもって侵入者達を撃退することばかりになっているのが良い証拠ですよ。普通の状態なら、談話室の襲撃者を撃退した後はベレッタちゃんの方に目を向けるはずでしょう?』

「うっ……」


 オロフソン公爵とピーターはアイネスに反論を述べようとするが、その前にアイネスによって痛い所を突かれ、沈黙した。

 オロフソン公爵達もその違和感に気づいていたのだ。

 彼らの知る公爵夫人、メルタであれば床に伏すベレッタの元に向かないわけがない。

 メルタが襲撃者を皆殺しにした後、オロフソン公爵やアンヘル達が大広間に向かって話をしようとしても、メルタは襲撃者への恨み言を呟くばかりでオロフソン公爵達の言葉に耳を傾けることはなかった。

 明らかに、普通の状態ではないだろう。


『子供が玩具を買ってもらうことに頭が一杯になっているように、公爵夫人さんも屋敷の中に足を踏み入れた者を殺す事に頭が一杯になっている。意識こそ失っていないものの、周囲の声が全く聞こえていない。そんな(ゴースト)に何を言っても、聞く耳なんて持ちません』

「なるほど。だからどんな真相を話そうが絶対に納得しない、ということか」

「はい。そもそも、相手がまともに聞いてないんですからね」


 ワンコパスの言葉に、アイネスが頷いて賛同した。

 アイネスが<鑑定>で教えてもらった条件には、こう記されていた。


“屋敷内に残された情報を基にオロフソン公爵家の襲撃を計画した人間を推測し、根拠と共にそれをダンジョンの主に伝えれば解放される。ダンジョンの主が納得さえすればそれが間違っていても大丈夫っぽいね~“


 アイネスは謎だった。

 何故、間違っていても大丈夫なのか?と。

 普通の謎解きであれば、間違った解答なんて答えても条件達成にはならない。

 正解を解き明かしてこその謎解き、ミステリーなのだ。

 にもかかわらず、間違っていてもダンジョンの主に納得してもらえれば解放される?

 そんなの、あまりに簡単すぎる。

 それで良いのなら、証拠を捏造して適当な人物を犯人として指定すれば誰でも条件達成出来てしまう。

 にも関わらず、何故以前の侵入者達は誰一人として此処から出る事が出来なかった?

 

 その疑問が、オロフソン公爵達の話を聞いてやっと解消された。

 解答以前の問題だったのだ。

 ダンジョンの主、メルタに話を聞く耳がないのであればどんなに分かりやすい説明でも意味がない。

 説明をし終える前に、殺されてしまう。

 説明を終えたとしても侵入者の言葉だからと納得などせずに、そのまま殺される。

 条件を達成するには、真相を突きつける前にメルタを正気に戻さなければいけないのだ。

 これが判明されなかったから、この30年間ずっと侵入者達が脱出することは出来なかったのだ。


『話を聞こうとしない人は結構いますけど、話を聞こうとしない人達に話を聞かせるのはとても難しいです。そもそも、同じ『話を聞こうとしない人』でも種類がありますし、その人によって対処方法は代わってきますからね』

「へぇ、同じ人種でも色々種類があるのか。一体どんな種類があるんだ?」

『大まかに分けますと、感情高ぶりタイプ、勘違いタイプ、自戒タイプ、狂人タイプの4種類ですね。公爵夫人は一番の感情高ぶりタイプだと思うんですが……』

「どうせなら他の3つも説明してくれないかな? 興味がある」

『はぁ、分かりました。じゃあ、イラスト付きで説明しますね』


 アイネスはそう言って、<アイテムボックス>からスケッチブックを取り出した。

 そして慣れた様子でスケッチブックに絵を描き、描いた絵を全員に見えるように見せた。

 そこには、デフォルメ化された魔物達の姿が描かれていた。

 その中の一枚、ジャスパーの絵を見た時、ワンコパスが目を丸くして驚きを見せた。


「!」

『どうかしたんですか?』

「……いや、なんでもない。お嬢さんは絵が上手いなぁ」

『? あの、説明しても良いですか?』

「ああ、勿論だよ」


 ワンコパスは上機嫌にアイネスに説明を促す。

 妙に機嫌が良くなったワンコパスに首を傾げながら、アイネスは説明を始める。


『まず感情高ぶりタイプは、一つの感情、または一つの感情に囚われて周囲が見えなくなってしまうタイプの人間ですね。とても攻撃的で癇癪が激しいタイプですね。こういったタイプはその感情が収まるまで待つか、敢えて突き放すか、一気に頭を冷やさせるようなショックを与えるかしないと正気に戻らないそうです。公爵夫人はこのタイプに当てはまるかと』

「ふむ……」

「確かに、母上は襲撃者への恨み言を呟いている事があるからな…」

『次に勘違いタイプ。自分の能力を過大評価していて、自分の理想に浸っているタイプですね。相手に興味がなく自分の事ばかりを話そうとして、自分の思い通りにならないと一気に攻撃的になる一番面倒なタイプです。ショック療法か、目に見える現実を突きつけるなどしないと黙りません』

「相手なんて興味がなくて自分の理想に浸るタイプ……確かに、アレもそんな感じだったな」


 ワンコパスがポツリと小さな声でそう呟いた。

 その呟きはとても小さなものだった為アイネス達には聞かれることはなかった。

 アイネスはスケッチブックのページを進めて説明を続ける。


『3つ目は自戒タイプ。何かに対して後悔や自戒の念を募らせ続けているタイプですね。』

「ほう。自戒タイプか……」

「自戒や後悔……そんな事でも話を聞かなくなるのか」

『こちらのタイプは攻撃性が低いものの、黙々と落ち込んでばかりいるので復活させるのに時間が掛かります。周囲の人間の話は聞くものの、すぐに落ち込み始めるのでかなり面倒です。自分で行動したがらなくなるし、部屋の中に篭もられたりすると話しかけづらい上に近寄りづらくなるので、周囲がかなり手を焼くタイプです』

「「「ん?」」」


 アイネスの説明に、オロフソン公爵とオロフソン公爵の息子二人は声を上げた。

 そして、アンヘルとピーターはオロフソン公爵の方を向いた。

 オロフソン公爵も、元々顔色が悪い肌が更に悪くなる。

 3人は、思った。

 

「あれ、それって……」

「思い出してみると……」

「……この30年間の私の行動と、当て嵌まっているな」

「あ、そうなのかい?」


 30年前の事件の後、メルタが悪霊になり大広間に閉じこもるようになったのとほぼ同時期にオロフソン公爵も書斎に篭もっていた。

 書斎に篭もっている間にしていたことといえば、アイネスの説明でも出たように、事件を事前に止められなかった事への己への不甲斐なさや、ベレッタ達を救えなかった事への後悔、自分の妻が侵入者達を抹殺するのを止められない事への己の無力さを戒めることだった。

 ゴーストの言葉が聞こえないアイネスは、そのまま説明を続ける。


『このタイプに多いのは責任感の強い人とか、何か重要な仕事を任されている人とかですかね? あと、身内やパートナーに強く言えない人とか』

「ぐっ!」

「父上!?」

「父様!?」


 思い当たる節のあるオロフソン公爵は心臓に杭を貫かれるような錯覚を感じた。

 アンヘルとピーターがオロフソン公爵の方を心配すると同時に、ベレッタの耳はサユリによって塞がれた。

 アイネスは淡々と言葉を続ける。


『自分の母親と嫁が嫁姑問題で口論をしててもちゃんと制止出来なくて後で嫁に「なんで味方になってくれないのよ!」って説教されたり』

「ぐぅっ!」

『仕事で失敗した時とか売上が良くない時に、部下の人達が困っている時に明らかに自分じゃなくて他の原因があるにも関わらず「いや、俺が悪いんだ」と自分で責任を背負い込みに行ったり』

「ぐはっ!」

『自分の子供と喧嘩すると子供相手に怒鳴ってしまったって後から後悔して仕事などを入れて自分から距離を取ってしまったりとか』

「うぐぅっ!」

『そういう人が、自戒タイプに多いそうですね。こういうタイプは、一度気分転換させるか誰かが根気強く支えてあげるか、大事な人に励ましの言葉を貰えれば復活するんだそうです』

「……」

「ち、父上! 大丈夫です。俺達も父上が色々考えてくれていることは分かっていますから!」

「そ、そうですよ! ベレッタも母様も分かっていますから!」


 オロフソン公爵は顔を俯かせ、沈黙した。

 アイネスの例え話に全て思い当たる節があったのだ。

 アイネス自身に特に悪意があるわけじゃない上に、霊感がないので言葉を使わずに訴えることも出来ないので怒る事もできない。

 息子二人は慌ててオロフソン公爵にフォローの言葉を入れて励まし始めた。

 ベレッタは、サユリさんに耳を塞がれている為、ただただ首を傾げるだけだった。

 オロフソン公爵が落ち込んでいる間、一人ニコニコと微笑んでいたワンコパスがアイネスに話しかけた。


「お嬢さん、詳しいな~。誰かから聞いたのか?」

『私の両親が良くこういう話を愚痴るんですよ。「こういう男はこういった傾向が強い」とか「こういう事している人は仕事が出来る」とか。特に「話が通じない人間」系の話は耳にタコが出来るぐらい聞いています』

「へぇ……。それで、4つ目のは一体どんなのなんだ?」

『……文字通りですよ。対処方法は出来るだけ接触しないことと余計な刺激を与えないこと。以上です』

「ふぅん、そうなのか~。」


 ワンコパスは素っ気なく顔を背けたアイネスに笑みを浮かべながら甘い声を出す。

 そしてふとあることを思いついたワンコパスはアイネスの持っているスケッチブックを指差して尋ねた。


「そうだ、その絵を貰っても良いか?」

『絵? スケッチブックのですか? これ、コミュニケーション用と暇つぶし用に使っているだけなのであまりおもしろいことは描いてませんけど……』

「それで良いんだ。あと、さっきお嬢さんが持っていた『せんこー』というのも欲しい。」

『……どうぞ。どっちも水気にはあまり強くないので気をつけて』


 アイネスはワンコパスの頼まれた通りに持っていたスケッチブックとペン、それに新品の線香を渡した。

 ワンコパスはスケッチブックの絵を眺めながら愛おしむように微笑み、全て自分の革袋に入れた。

 アイネスはそんな様子を見て話を聞きたかったが、追求を止めた。

 今は“追いかけっこ”を中止して屋敷を出るために協力はしているものの、ワンコパスを全面的に信用した訳ではないし、ワンコパスがまた殺しに掛からないという確証もない。

 だから、余計な追求をして彼の機嫌を悪くすることを避けたのだ。


 アイネスはそっと咳払いをし、話題を変える。


『一応、公爵夫人さんに話す事は大体まとまっています。問題は、どうやって公爵夫人の正気を戻すか、です』

「強いショックを与えればいいなら、公爵夫人を殺さない程度に痛みを与えるというのは?」

「……可能なら、それは最終手段にしてほしい。此方も、妻が傷つく姿はあまり見たくないんだ」

『戦闘はしません。幽霊相手に物理攻撃が利くとも思えませんし、そもそも一発で正気に戻せないのであれば逆に怒りを増長させてしまいます。あと私自身が戦闘に向いてませんので』

「じゃあ、僕たちが母様を説得するのは?」

『現段階で公爵夫人がオロフソン公爵さん達とまともに会話をしていないのであればそれも難しいかと』

「じゃあ、キミは何か良い案があるかい?」

『あまり良い案が思いつきません。あったとしても、身体的ダメージは一切出しませんが精神的ダメージはかなり酷くなります。別に私、誰も彼も全員正論並べてえげつない方法で仕返ししたい訳じゃないですし』

「え? そうなのか?」

『え? むしろ何故そう思ったんです?』

 

 アイネスの言葉に首を傾げたワンコパスに対し、アイネスが冷静に問い返す。

 そうして色々話し合っていると、アイネスの背後で口を開かず傍観していたサユリがコインに手を伸ばした。

 そして、三つの文字の上でコインを止めた。


ほ の お


『炎?』

「あっ」


 サユリが示した言葉をアイネスが読み上げると、ピーターがハッとした表情を浮かべた。

 それに気がついたアンヘルが、ピーターに尋ねた。


「何か、気づいた事があるのかい?」

「大した事じゃないんですが、一つ気になることがあって」

「じゃあ、それを教えてみればいいんじゃないかな?」

「ピーター、彼女にも分かるように話して上げなさい」

「は、はい」


 オロフソン公爵に促され、ピーターはコインを手にとった。

 そしてコインを操作しながら、ワンコパスとアイネスに説明する。


「僕、この中で一番多く母様のいる大広間に赴いて母様の様子を見ているんですが、母様が身にまとう炎に関してちょっと気づいたことがあって」

『気がついたこと、ですか』

「侵入者が屋敷の中にいる時といない時、あとは母様が侵入者と対面している時で母様の炎の勢いが違うような気がするんです」

「具体的にはどう違うんだい?」

「なんというか、侵入者達がいる時の方がいない時よりも炎の勢いが激しいんです。一番激しくなるのは侵入者達と対面している時で、その時は屋敷を燃やしてしまいそうな勢いで炎を放ってるんですよ。」

『時と場合によって勢いが変わる炎、ですか』

「これ、何かのヒントになりませんか?」


 ピーターの言葉を聞いて、アイネスは静かに思考を巡らせる。

 そして顎に添えた手をそっと離し、「如何にも有りそうな話なので、間違っているかもしれませんが」と前置きをしてから自分の推測を告げた。


『もしかすると、公爵夫人さんの怒りの感情と公爵夫人を燃やす炎が連動しているんじゃないでしょうか?』

「連動、だと?」

『公爵夫人さんが怒りの感情を強める度に彼女の炎もより強く、より激しく燃える。逆に侵入者がいない時は彼女の炎は強くならない。』

「じゃあ、もし母上の炎を全て消せれば……」

『若干冷静を取り戻す可能性はありますね』


 その言葉を聞いて、オロフソン公爵達は顔に喜色を浮かべた。

 炎を消す事ができれば、メルタを正気に取り戻す事が出来るかもしれない。

 それだけでも、彼らにとっては喜ばしい話だった。

 しかし、ワンコパスは苦笑を浮かべて難色を見せる


「でも、それだけじゃあ話を全部聞かせる程落ち着きはしないんじゃないか? 怒りで連動しているなら、怒り自体をどうにかしなければすぐにでも炎が復活するだろうし」

「では、その度に火を消すのはどうだろうか? 水は、屋敷の中庭にいけば井戸の水がまだ残っているかもしれない」


 ワンコパスの言葉に、オロフソン公爵は井戸の話をして提案をあげる。

 しかしワンコパスは首を横に振ってはっきりと言った。


「無理だな。井戸水には限りがあるだろうし、炎が出る度に中庭から水を持ってきて消火なんて時間が掛かりすぎる。下手をすると、水では消火しきれない程炎が強まる可能性もある」

「むぅ、確かに……」

「だから消火のチャンスは一回。それも炎がそれ以上再燃しないように封じないといけない。そんな方法が、思いつくならの話だがな」


 ワンコパスの冷静な分析と反論に、オロフソン公爵は黙る。

 またも振り出しに戻った。

 しかしその時、アイネスがポツリと呟いた。


『……なくはないですよ』

「え?」

『怒りを一気に抑え込む方法はあまりありませんが、それ以上怒りを再燃させないように凍りつかせる方法なら一つ、良い案があります』

「ほ、本当か?」


 アイネスの言葉に、オロフソン公爵は希望を瞳に宿す。

 アンヘルとピーターも顔を見合わせ、期待に満ちた表情でアイネスの方を見た。

 そんな彼らとは裏腹に、アイネスは渋々、といった様子で話す。


『ただ、あまり勧めたくないです。精神的にショックを与えますし、この案はベレッタさんに動いてもらう必要があります』

「わたし?」


 突然名前を呼ばれ、ベレッタは目を丸くする。

 そんなベレッタの頭をそっと撫でながら、オロフソン公爵はもう片方の手でコインを動かしながら尋ねた。


「それは、一体どんな作戦なんだろうか?」

『……先に言っておきますけど、あくまで提案でしかないですからね』


 そう告げた後、アイネスは作戦の内容を話す。

 最初は真剣に聞いてたオロフソン公爵達だったが、話を聞いていくにつれて顔を青ざめさせ、最終的にはアイネスとベレッタ以外が身体を震わせることとなった。


「そ、それは……!」

「あまりにも、残酷過ぎはしないか?」

「そんなの、逆に怒りを買うことになるんじゃ……!」

「確かに、一瞬で凍りつかせることは出来そうだけどね……」

『姿が見えなくても言葉がわからなくてもどんな反応しているかは分かりますよ。私もどれだけ酷いことを提案してるのかは分かってます。だからあまり勧められないんです。こんな作戦、しない方が良いんですから』


 頭を掻きながら、アイネスはため息をついた。

 アイネスが提案した作戦は、確かに名案ではあった。

 だが同時に、残酷なことでもあった。

 だから提案したアイネス自身も勧められないのだ。

 全員がその作戦に提案出来ないでいると、困った表情を浮かべていたベレッタが覚悟を決めた表情で言った。

 

「わたし、やるよ!」

「ベレッタ?」

「サンタのお姉ちゃんの言ってたの、わたしやる!」

「……本当に出来るのか? もしかすると、ベレッタの身に危険が及ぶかもしれないぞ」

「でもそれで、お母様がまた前のやさしいお母様にもどるかもしれないんでしょ? だったら、やるよ! わたし、お母様のためにがんばる!」


 拳を握り、涙を瞳に潤ませながらベレッタはオロフソン公爵に自分の決意を伝える。

 そんな娘の姿に、オロフソン公爵は一瞬目を伏せた後、アイネスに自分の意志を伝える。


「分かった。その作戦で行こう。ベレッタも協力するそうだ」

「父上?!」

「本当に、やるんですか……?」

「今なら、引き返せるはずだが?」

「これ以上に良い作戦はもう出てこないだろう。ならば、やってみるべきだ。」

「だけど……」

「これ以上、メルタを苦しませる訳にはいかない。いい加減、メルタに目を覚まさせるべきだ」


 オロフソン公爵の堅い意志の篭もった瞳が、反対するアンヘル達を貫く。

 そして無言になった後、静かに首を縦に振り、作戦の実行に賛成したのだった。

 暫くしても反対意見がない事を確認したアイネスは、静かに頷いた。


『……決まりですね。じゃあ、消火用の道具は此方が用意します。オロフソン公爵さん達はそれらを運ぶための袋の提供を。ワンコパスさんとゾンビAさんBさんは運搬をお願いします』

「「分かった」」


 アイネスの指示に従い、各自が作戦実行の準備に掛かる。

 アイネスは<ネットショッピング>を操作しながら、そっとため息をついた。

 そして、ポツリと呟いた。


『早く、出られると良いなぁ』


 屋敷の外にいるであろう、イグニレウス達の事を思いながら。




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― 新着の感想 ―
[一言] そら目を背けるよなー、 4パターン目(の中ではまだ通じるけど)とは今話してる訳だしw
[一言]  消火器でブシューはアカンのか…。あと、公爵、ドンマイ?
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