人避け3段構え
「ウルフは水を飲み込もうと屈み込むと、腹に入った重い石のせいで川に落ちてしまいました。」
「………」
「『あっぷあっぷ、助けてくれぇっ!』腹の中の石のせいでどんどん沈んでいくウルフはそのまま溺れてしまいました。」
「ニャ……。」
「ウルフが溺れる様を見ていた7匹の子ゴートは大きな声で叫びました。『ウルフは死んだ!ウルフは死んだ!』と。子ゴート達はあまりの嬉しさに踊りを舞いました。」
「………ソ、ソレデ、ドウナッタ?」
「こうして、子ゴート達はお母さんゴートと幸せに暮らしましたとさ。おしまい。」
「**…オモシロカッタ…。」
「ツギ、ツギ、ハナシ、タノム!」
「毎度毎度思うんですけどそんなに面白い話ですかね、童話って。」
ケネーシア王国に向かう道中、私は揺れる馬車の中で暇つぶしに何故か童話の読み聞かせをさせられていた。
ただ読み聞かせをしているのは図書室に置いてある童話ではない。
あ、図書室にはちゃんと「オオカミと七匹の子ヤギ」の童話の絵本は置いてあるよ。
私がマリア達に語っているのは改変前の童話……、残酷な描写があった頃の昔の童話だ。
赤ずきんにかちかち山など、子供にはちょっと描写が過激すぎだと内容が改変されている童話は多い。
図書室に置いてある童話はそういった改変がされた後の童話だ。
なんでも知識の豹たるタンザさんから聞いた話だと、この世界の童話や伝説というと血なまぐさい描写は殆どなく、グッドエンドで終わるのが基本らしいのだ。
元いた世界にあった有名な昔話や童話のような、兎が狸の背中を燃やしてカラシ塗って泥の船で溺れさせるという結構えげつない描写の多い童話も、悪役が王子様に見初められる為にかかとやつま先を切って最終的に目が抉られて終わる童話もない。
悪い魔物を退治して幸せになりましたとさ、がこの世界の昔話の殆どだ。
正直言って単調すぎて面白みがない。
だからこそ色んなエンディングのある私のダンジョンは人気があるのだろうけれどね。
それは魔物達も同じなようで、元の世界の物語は彼らに結構気に入られている。
こういった改変前の童話は大人の魔物達にも人気なぐらいだ。
図書室は子供コボルト達が見るから改変前の童話の載った本を置けないけれど、たまに私の気が向いた時に読み聞かせで聞かせてあげている。
…一応、トランプとか用意していたんだけどなぁ。
マリア達がこれで良いなら私は気にしないけどさ。
ふとそっぽを向いて窓の方を見てみると、城壁のような物が見えた事に気がついた。
「あ、あれがケネーシア王国ですかね?」
「ホントウ、ダ!」
「アレ、ケネーシア……」
窓の外から見えるケネーシア王国の外の様子は悪いものではない感じだ。
人が賑わっているし、周辺にゴミが散らかっている様子はない。
門の前には門番をしている騎士たちもいるし、入国しようとしている人たちも全員整列している。
これは国がしっかりと治安を守っているからだろう。
アルベルトさんと対面した時からなんとなく察してたけど、国王様は良い国王のようだ。
「そういえばマリアさんは一度ケネーシア王国に行った事があるんですよね?どんな感じだったとか覚えていないんですか?」
「ウーン、アノトキ、ハ、サッテイッテ、ヨウジダケ、スマセタラ、カエッタ、カラナー。マチハ、アンマリ、ミテナイ。」
「あ、そうなんですか。まあ、あまり長居して王国の人にバレたら大変なことになりますからね。」
「ソウソウ。ダカラ、コンカイノ、マチタンサク、タノシミ!」
そう言ってウキウキと鼻歌を歌うマリア。
マリアは社交性高いし、どちらかというと街でウィンドウショッピングを楽しむ系の女子だから城下町の探索は彼女にとっても胸が躍るイベントなんだろう。
そんな会話をしていると、アルベルトさん達が騎士に話をしてケネーシア王国へと入っていった。
城門に入ってすぐ、アニメで見るような中世ヨーロッパの町並みが見えた。
道中に見える街道や建物の外装は清潔だし、獣人らしき人や人間で賑わっていて、皆が楽しく暮らしているというのが良く分かる。
皆外からやって来た王宮の馬車に興味津々なのか、馬車の方を見ている人たちが多い。
馬車は街道の真ん中を通り、立派なお城の見える門の中へと入っていった。
馬車が止まる直前、シャロディさんから指摘されないようこっそり席に敷いてたクッションを<アイテムボックス>に戻した。
馬車の扉を開くと、シャロディさんは此方に手を出してくれた。
「アイネス**、******。」
「あ、ありがとうございます。」
シャロディさんの手を取り、段差に転ばないように馬車から降りると、前の方の馬車からイグニ達が降りてくるのが見えた。
馬車は結構揺れていたのに、イグニとジャスパーはピンピンしている。
前日に酔い止めを渡してあったしちゃんとそれを飲んだのだろうか、と思っていたけれど、そうではなかったようだ。
イグニ、ジャスパーの後に続くように馬車からマサムネが降りてきたのだけど、彼の顔はすごい真っ青だった。
今にも吐きそうである。
「***…」
「…イグニさん、酔い止めの薬をマサムネさんに渡さなかったんですか?」
「ワタシタ、ゾ。デモ、「クスリ、ナンテ、ニガイ、モノ、ノマナクテモ、ヘイキ」ト、イッテ、ノマナカッタ。」
「子供ですか。」
服用拒否の理由が苦い薬が嫌だからって、あまりにも幼稚である。
今どきそんな理由で薬を飲みたがらないの、小学生ぐらいしかいないんじゃないか?
一応飲みやすいように粉薬じゃなくて錠剤のものを選んだというのに…。
私はため息を付きながらも、念の為持ってきていた某漢の梅飴を差し出した。
「はいこれ。梅飴です。乗り物酔いには梅干しとか飴とか食べるとマシになるらしいんでどうぞ。これでこの後酔い止めを飲めば治るはずですよ。」
「ア、アリガト…」
「帰る時は乗る前に酔い止め飲みましょうね。」
「バシャ、コンナ、ユレル、キク、ナイ…。」
「ダンジョンから王国に来るまでの道は整備されてないですからね。」
「***、バシャ、ユレ、ナオス、タイサク、ナイ?」
「馬車の揺れを防止する方法ですか?私はあまり詳しくはないですけど、確か馬車にバネかなんか使うことで揺れが少なくなるとかなんとか…。」
私の言葉を聞きながら、マサムネは無言で梅飴を噛み砕き、酔い止めの薬を水と一緒に飲み込む。
そして天を仰ぎながら、決意を固めた表情で口を開いた。
「コレ、カエル、アト、バシャ、ツクル。ユレ、スクナイ、バシャ…。」
「いや、そもそも外出する機会自体殆どないんで作る必要ないですよ。」
「ジャア、ヒロメル!!セイゾウ、ホウホウ、ヒロメル、ソシテ、コッチ、ヨウイ、サセル!」
「別に良いですけど…、製造方法とかに関しては私のいた場所とは違いますのでマサムネさんが一から見つけて記録するしかないですよ?」
「ソレ、デモ、ヤル。バシャ、カイリョウ、スル、ゼッタイ。」
バーテンダーになる為に酒やつまみのレシピを覚えた時のような意気込み具合を見せるマサムネ。
マサムネだったらあっという間に製造方法を編み出してしまうだろうとは分かっているけれど、ダンジョンの中にいたままどうやって広めるつもりなんだろうか。
後でマリアかイグニにテオドールさんあたりに馬車の改良の件を伝えて貰って、どうにかマサムネさん作の馬車の製造方法を広めるルートを確保してもらおう。
「アイネス**、*****。」
マサムネがこの世界の馬車の改良を決意しているのを見ていると、エントランスからテオドールさんが姿を現した。
テオドールさんが姿を現したのを見て、イグニとマリアが対応してくれる。
「アイネス*、**************。」
「*****!***アーシラ**********!」
「**********。」
「***************。」
通訳はオフにした状態なので具体的な内容はわからないけれど、アーシラ姐さんの名前が出たということはドレスのことを褒められたのだろうか?
流石は王族というか、挨拶と共にお世辞とは見事なイケメンぶりである。
背後のお城も相まってイケメンオーラがとんでもない。
周囲にはアルベルトさん達以外の騎士もいるから、段々緊張してきた。
コミュ障オーラが出ているのか、近くにいる騎士達がギョッとした様子で遠巻きにしているのが見える。
「**…、アイネス***********?」
「**、***。********。」
私がコミュ障を発揮していることに気がついたジャスパーが気を利かせてイグニ達に声を掛けてくれた。
礼を言おうとジャスパーさんの方を見てみると、ジャスパーさんが私のすぐ横で恐ろしい表情で周囲を睨んでいるのが見えた。
イケメンが眉間に皺寄せて睨みつけていると凄い怖いんだね。
周囲の騎士達が妙に怯えているのってジャスパーも理由の一つじゃないだろうか?
というかジャスパー、君私のコミュ障オーラで人が寄り付いて来ないのを利用してわざと私の側にいるね?
無差別に襲いかかられるよりはマシだから良いけどさ…。
リュックサックをマサムネに任せて、私はテオドールさんに案内されながら王宮内を歩く。
時々貴族や大臣らしい人や、使用人らしい人と遭遇するけれど、皆私のコミュ障オーラとイグニのドラゴンのカリスマオーラ、それとジャスパーの人嫌いオーラに圧倒されて話しかけてこない。
それどころか「ヒッ!」と悲鳴を上げるほどだ。
最初は風変わりな私に気がついて声をかけようとしてその「話しかけんな」というコミュ障オーラで上手く話しかけられず、次にイグニの持つ人を圧倒させるカリスマオーラで言葉を失い、トドメにジャスパーの「人間憎い」オーラで怯えさせるという3段構えになっている。
因みに全員、<威圧>は使っていない。
「***…*********。」
「*********、***********…。」
「…******、***************?」
「*****…。****、アイネス****ジャスパー**************。」
私達を見ながら苦笑いを浮かべるマリア達の話し声が聞こえる。
ごめんね、4人とも。でもこのコミュ障はちょっと治せそうにないんだ。
王宮の人たちに悲鳴を上げられ避けられながらも、国王が待つという謁見の間の前まで辿り着いた。
此処で私はこっそり心の中で<オペレーター>を呼んだ。
(<オペレーター>さん、テオドールさん達の声を理解できるようにしてください。)
『了。<オペレーター>による通訳作業を開始します。』
これで国王様の話が分かるようになった。
別に分かっても分からなくても元々此方の言葉が話せないことには変わりはないけれど、意思疎通が幾分か楽になった。
ベールのお陰で私が目を逸らしてても分かりにくいし、テオドールさんを通して私が緊張で人と会話が出来なくなるのは連絡済みだ。
想像できる質問の回答はイグニとマリアが代わりに答えてくれる事になっているし、穏便に謁見を進められるはずだ。
『第二騎士団団長アルベルト・デーべライナーでございます!物語のダンジョンのダンジョンマスターとその御一行様が参られました!』
『通せ。』
『ははっ!』
アルベルトさんが謁見の間の前で声を上げると、謁見の間の扉が開かれた。
謁見の間の中には玉座に座る国王と王妃らしき人たちの他に、訝しげに此方を見る大臣らしき人達と厳つい鎧を身にまとった騎士達の姿が見えた。
謁見の間の中へと入ると私はドレスの裾を引いて一礼し、顔を上げずそのまま立っている。
普通なら国王の前では膝を突かなきゃいけないんだけど、私は王国の人間ではなく魔物達のトップに立ち王族相手に対等に取引をするダンジョンマスターだ。
謁見の間で膝を突いてしまうと国王の下について忠誠を捧げていると認めることになるため、顔は上げなくても膝を突くのは駄目だと貴族のマナーを教えてくれたベリアルに言われていたのだ。
本当、コミュ障に腹の探り合いとか無理ゲーすぎる。
謁見なんて、早く終わってくれないかなー…。