毎日勉強は大事だけど、これは酷くないですか?
「何故か歴史や地理といった社会科目だけは苦手なんですよ。毎日授業とは別に予習復習をしておけばなんとか80点ぐらいは取れるんですが、少しでも予習復習を忘れると一気にガクンッと落ちてしまうんです。」
『ベンキョーしなかったにしてもこれはヤバくね?』
『80点から19点と13点って…いくらなんでも成績が落ちすぎじゃない?』
『因みに言っておくが、それが今までやって来たテストの最高得点だ。最初の頃は3点と2点であったぞ。』
『嘘っ!?』
「今までは勉強を忘れたとしても長くて3日とかその程度でしたから、20点ぐらい落ちる程度で済んでましたけど、今回は2ヶ月も開けてしまっていましたからね…。むしろ0点取らなかったことが正直驚きです。」
『他はあんだけいい点数なのに、このツーポイントだけこんだけ悪いのって逆に凄くね?』
『むしろ、なにをどうしたら解答オール埋めてるのにこんな点数取れんのかが逆に謎では?』
「それは此方が聞きたいですよ…。」
机に突っ伏し、死んだ目をしながら私は彼らの声に答える。
昔からそうだった。
私的に見ても、客観的に見ても学力そこそこ高めの私だったけれど、唯一苦手な教科があった。
それは“社会科”。
日本史も世界史も、地理も公民も丸々全て含めた“社会科”。
どれだけ授業を真面目に受けても、毎日予習復習をちゃんとしても、この教科だけは90点以上を取ることがない。
外の社会を遮断して籠もるのが好きな私の苦手教科が社会科なんて、なんとも笑えるジョークだ。
授業の内容はちゃんと覚えているし、地名や出来事の名前、政策の動機も分かる。
だけど、何故か理解できない。
どれだけ教科書を読み返しても、どれだけ地名や出来事を暗記しても、いざ問題を解こうとすると答えが出ないのだ。
まるで問題と正答を繋ぐ一つの線がそもそも存在しないような。
正答を導き出すための何かが頭の中からすり抜けてしまっていたような。
そんな抽象的な理由。
親や教師にこの事を伝えてみたけれど、「それはただの勉強不足だ」と切って捨てられた。
なので言われた通りに必死に勉強して、なんとかテストで平均点は取れるようになった。
だけどその方法で平均点を保つには毎日の勉強を怠ってはいけない。
一日でも勉強をすっぽかせば一気にあっという間に元の低点数に落ちてしまう。
しかもそこから平均点まで戻すのが本当に手間である。
だから今まで他の科目の予習復習は忘れても社会科の予習復習は絶対にしていたのだけど、異世界転移生活ですっかり忘れていた。
その結果がこの、優秀どころか中の下とも絶対に言えない点数達である。
此処から勉強の遅れを取り戻しつつ平均点まで戻すのにどれだけ時間がかかるだろうか。
想像するだけで死んだ目になる。
「社会科も他の教科と同じように真面目に受けているはずなんですけど、何故か社会科だけは出来ないんですよ。」
『他の教科はこのような事はないのかね?』
「ありませんよ。現代文がちょっと苦手な所がありますけど、此処まで酷くないです。」
『アイネス姉さんがタンザさんに勉強を教わっている時以外に勉強してるのは僕たちも見てるし、単純に勉強不足が原因じゃないと思う。』
『じゃ、覚えんのが苦手とか?』
「教科書の内容自体は覚えてるんですよ。ただ、誰かに尋ねられた時とかテストで問題として出た時にパッと答えが出ないんです。」
『知識は蓄えられるものの、その知識を適切な場で十全に披露出来ないということか。』
タンザの言葉を聞いて、思わず私は頷いてしまう。
答えるために必要な知識は確かにあるのに、いざ答える場面になるとその答えとなる知識が引き出せない。
実に的を射た表現だった。
「毎日3、4時間しっかり勉強をしておけば答えが出るんですけど、一日でも勉強をしていないとその前まで分かっていたはずの答えがすっかり頭から抜け落ちてるんです。何度テスト後に教科書を見返して、「あ!そうだよこれが答えだよ!」ってなったことか…。」
『あー…俺も日本語の小テストの後でドリルを見返して頭抱える時ある。テスト前はちゃんと解けてたのにー!って。』
『ウーノのはただ単にちゃんと覚えようとしてないだけだろ。ウーノ、宿題や復習をしてないし。』
『うっ…、そ、そうだけどそれは関係ねーだろ!とにかく、アイネス姉ちゃんの言いたい事は俺にはよーく分かる!』
どうやらウーノも似たような経験があるようだ。
その原因はちょっと自己責任な所もあるようだけど、私は思わぬ共感者の登場に、思わずウーノと握手を交わした。
そんな中、テナーが椅子にもたれ掛かりながらよく分からないという様子で口を開いた。
『へぇ~。オレはそういった経験ねーからよく分かんねーわ…。』
『そういえばテナー兄さんは<カメラアイ>っていうスキルで一度見たことは覚えられるんだったね。』
『そーそー!お陰で小テストでは大体答えられるし、マジ便利よなー!』
「ほう。」
笑いながらそんな軽率な発言を言うテナーの様子に私は静かに机から顔を上げ、立ち上がると、テナーにそれはもう優しい口調で話しかけた。
「よしテナーさん、ちょっと表出ましょうか。」
『あれっ!?もしかしなくてもアイぴっぴおこ!?なんで急にキックの練習をしてんの?!』
「ねえ知ってる?足の筋肉量は腕の筋肉量の何倍もあるんですよ。」
『へーそうなんだ~…ってなんでその事を今言ったん?!』
『アイネス姉ちゃん、俺もやる』
『ウノウノ!?』
『テナー…それは二人の前ではアウト発言だよ…。』
ジリジリと私とウーノに詰め寄られて耳をへにょりと下げ尻尾を丸くして悲鳴をあげるテナーにアマービレは苦笑を浮かべてそういった。
別にテナーの才能を否定するつもりはないけれど、現在進行系で勉強の成果を発揮出来なくて困っている人間の前で言うのはちょっとデリカシーがない。
別に本気で蹴りを入れるつもりはないけど、テナーにはくすぐりの刑にあってもらう。
精々笑い苦しめ。
『タンザさん…、おかしいと思わない?』
『ぬしもそう思ったか。』
『うん。いくら苦手な事っていっても勉強を少し忘れただけで前まで分かってたことが分からなくなるなんて変だよ。』
『あ、それボクも思った!』
『ふむ…これは一度、確かめなければならぬな。』
「え、何がですか?」
ウーノと協力してテナーをくすぐっていると、ツヴァイとタンザとアマービレが何やら不穏な会話をしているのが耳に入った。
テナーから離れ三人の方を見てみると、タンザが神妙な顔で私に尋ねてきた。
『アイネス殿、確か貴殿はダンジョンマスターの付属スキルにダンジョンマスターのいかなる質問にも答えるスキルがあったであろう?』
「ああ、<オペレーター>さんのことですか?確かにありますし、今まさに通訳を頼んでる所ですけど…」
『あるのだな。では、今からそのスキルにある質問をして欲しいのだ。』
「質問?」
『アイネス姉さんがどうして社会科だけ出来ないの?って聞いてほしいんだ。』
「え、コックリさんですかそれ?というかなんでそんな質問を?」
『あと、出来れば我らにも貴殿のスキルの声が聞こえるようにしてほしい。貴殿のスキルがどう答えるかを聞くためにな。』
「なにその公開処刑…。」
タンザ達のいる前でそんな質問をさせられるとは一体どういう事なのか。
<オペレーター>に「勉強不足です」とか言われたら普通に恥ずかしいのだけど。
しかしタンザ達の様子がどうもフザけた感じではない。
ツヴァイに至っては真剣にこちらを見て『お願い、アイネス姉さん。』と頼み込んできた。
私は<オペレーター>の通訳を切り、言われた通りに<オペレーター>の声をタンザ達に聞こえるように頼んだ。
そして私は<オペレーター>にタンザに言われた質問をする。
「<オペレーター>さん、質問したいことがあるのですが。」
『了。質問をどうぞ。』
「私は、何故社会科だけ出来ないんでしょうか?」
『…………。』
「普通に勉強不足だ、とか生まれつき社会科が苦手とかなら言って欲しいんですけど…。」
『…………。』
「あの、無視されると普通に傷つくんですが。」
『…………。』
「<オペレーター>さん?」
いつもはどんな質問にもすぐに答えてくれる<オペレーター>が中々答えてくれない。
それどころかコチラの呼びかけにも反応してくれない。
まさか、くだらない質問をしたから呆れられた?
そう思っていると、<オペレーター>が突然声を上げた。
『回答。不明。』
「え?」
『ダンジョンマスターの情報を調査しましたが回答となる要素を発見できませんでした。』
「**?」
「<オペレーター>さんになぞなぞ以外で分からないことがある…だと…?」
優秀AIスキルである<オペレーター>からのまさかの「分からない」発言が返された。
<オペレーター>の所有者である私どころか、初めて間近で<オペレーター>に質問をするのを初めて見るタンザ達まで驚いてしまう。
なにせ、一部の質問を除いてなんでも答えて対応してくれる<オペレーター>からの発言だ。
私達の誰かが言うよりも衝撃的だ。
この回答に一番衝撃を覚えたのは<オペレーター>自身だったようで、<オペレーター>は私が言葉を返す前に声を上げた。
『ダンジョンマスターの情報を再調査します。告。回答となる要素を発見できませんでした。』
「え、<オペレーター>さん?」
『ダンジョンマスターの情報を再調査します。告。回答となる要素を発見できませんでした。』
『あのー…』
『ダンジョンマスターの情報を再調査します。告。回答となる要素を発見できませんでした。ダンジョンマスターの情報を再調査します。告。回答となる要素を発見できませんでした。ダンジョンマスターの情報を再調査します。告。回答となる要素を発見できませんでした。ダンジョンマスターの情報を再調査します。告。回答となる要素を発見できませんでした。ダンジョンマスターの情報を再調査しま……』
いや、どれだけ納得いかなかったの?
<オペレーター>は自分が答えを導き出せなかった事が余程悔しかったのか、どうにか私の尋ねた質問の回答を突き止めようと何度も何度も再調査を行う。
これだけ<オペレーター>が調べて答えを見つけられないって私が社会科を苦手とする原因って単純な勉強不足や能力の問題じゃないの?
まさか呪いか何かとかだろうか?
え、なにそれ怖い。
私が社会科を苦手なのって中学や高校そこらの話ではない。
魔法も魔物もいるこのファンタジー世界で呪いを掛けられたと言われるより、魔法も魔物もない元の世界で呪いを掛けられたって方が恐ろしいんですが。
<オペレーター>は私がそんなツッコミをしている間にも再調査のトライ・アンド・エラーを行っている。
<オペレーター>が凄い勢いで働いているからかは分からないけれど、段々頭が痛くなってきた。
私は慌てて<オペレーター>を止める。
「ストップです!もう大丈夫です!そろそろ「ダンジョンマスターの情報を再調査します。告。回答となる要素を発見できませんでした。」がゲシュタルト崩壊起こすんでこれ以上の調査は結構です!」
『……了。調査を中止します。』
私が必死に制止の言葉を掛ければ、<オペレーター>は何処か悔しげな様子で了承の言葉を返して調査を止めてくれた。
頭に掛かっていた負担が突然収まったことで、私は軽く目眩がしてその場に座り込む。
近くにいたテナーが心配した様子で手を差し伸べてくれたのでその手を取って立ち上がった。
「アイ***、ダイジョブ?」
「はい…。ちょっとクラクラしていますが…。」
「ドウヤラ、ヒトスジナワ、デハ、イカナイ、ヨウダナ。」
「なんか、段々怖くなってきたんですけど…。私が社会科苦手な理由って単純な勉強不足じゃないんですか?え、純粋に怖い。」
「ダイジョブ?ニクキュー、サワル?ウルフ、タチ、ニ、ヤッテル、ヤツ。」
「それは有り難いんですが、なんで私がウルフの肉球を揉んでることを知ってるんですかね?」
誰もいないのを見計らってこっそりウルフ達の部屋に訪れては肉球を揉んでるのはウルフ達しか知らないはず…。
何故バレているのだろうか?
アマービレの肉球を揉みながら考えていると、答えはすぐに分かった。
「オレラ、グレーターワーウルフ。アイツラ、ウルフ。オーケー?」
「あ、ウルフ系の魔物だからウルフの言葉が分かるんですね…。で、普通にウルフ達から聞いたと…」
「「イエース!」」
まさかの本人から聞いた情報だった。
ウルフ達は言語能力がないからと油断していた。
くっ…バレてしまったからには仕方ない。
こうなったら後でレジェンドウルブスもウルフ達同様、肉球マッサージとブラッシングをやってやる。
モッフモフのサラッサラに仕上げてやる。
「タンザ**、****?」
「****、アイネス***************。****************、**************************。」
「***。ベリアル********?」
「************。*****、***************。」
心配の言葉を掛けてくるウーノやテナー達を横目にタンザとツヴァイの方を伺ってみると、何か会話しているのが聞こえている。
ベリアルの名前を出しているということは、ベリアルにこの事を言うつもりなのだろうか?
自分の欠点を晒すようで恥ずかしいのだけど…。
「デモ、ヤッパリ、ヘン、ダネ。」
「変、ですか?」
「アイ***、、シャカイカ、デキナイ、コト。」
「あー…確かに此処まで来ると、なんか可笑しいですよね。流石に分かります。」
「アイ***、ココロアタリ、ナイ?」
「心当たり…ですか。」
アマービレがこちらを伺うように私に尋ねてきた。
心当たりと言われても、それらしいものは思いつかない。
私の社会科のみに対する壊滅的な学力は最初からのものだったし……
いや。
本当に最初からだっただろうか?
確か、小学3年の時は社会科も他の教科と変わらないぐらいだった気がする。
それどころか学校の小テストで100点を取ったことがあったはずだ。
今のように猛勉強もしていないにも関わらず、だ。
それなのに、何故私は此処まで壊滅的に苦手になったんだ?
一体いつから、私はこうなった?
中学に入った頃から?
いや、確かそれより前だったはずだ。
社会科のテストで一桁代を取るようになったのは確か…
確か…。
――――――――「####。」
…………。
あれ、全く思い出せない。
そんな何十年も前ではないから思い出せると思ったけれど、全く思い出す事が出来ない。
どうにか思い出そうと記憶を辿ろうとすると、また目眩がしてきた。
<オペレーター>による通訳と、<オペレーター>が調査しまくったからだろうか?
今日はもう<オペレーター>の通訳は頼らない方が良いだろう。
「残念ですけど、心当たりは思いつかないですね。」
「ソッカ…。」
「ま、このままタンザさんに勉強を教わっていれば点数を元に戻せると思いますよ。」
「ソダネ。アイ***、ガンバ。」
「アイネス*****、ガンバレ!」
私がアマービレにそう答えれば、アマービレは少ししょんぼりしながらも応援の言葉を掛けてくれた。
ウーノもそれに続くように応援の言葉をくれた。
その言葉に少し和やかな気持ちになっていると、テナーがある提案をしてきた。
「ナンナラ、アイ***、オレ、スキル、オボエル?」
「テナーさんのスキルというと、<カメラアイ>ですか?」
「イエース!キョウカショ、ゼンブ、アンキ、スル。テスト、デ、キョウカショ、ナイヨウ、ゼンブ、オモイダス。オーケー?」
「スキルで教科書の内容を暗記して、テスト中に教科書の内容を全部思い出す…。要は頭の中で教科書を読み返す感じですかね?」
「ソソ!ソレ、ダッタラ、ノープロ!コタエ、モンダイ、ピント、クル!」
確かに教科書を読みながらテストの問題を答えるのであれば、問題の答えが思い浮かばないということもない。
しかし、それは軽くカンニングになるのではないのか?
あくまで事前に記憶した教科書なのだけど、周囲に言ったらズルだと言われそうだ。
「テナーさん……」
「モ、モシカシテ、ダメ、ケイ?」
「天才ですか?是非それ試してみましょう。」
「マジ!?」
「アイネス*****?!」
「早速獲得条件を教えて下さい。」
「オーケー!オレ、オシエル!ウェーイ!」
「ウェーイ。」
だがしかし、なりふり構っていられない。
傍からズルだインチキだと言われようが関係ない。
私はテナーの提案に乗ることにした。
勉強を続けて遅れを取り戻し、<カメラアイ>を習得する。
幸い異世界特典でスキルは習得しやすいみたいだし、どうにか<カメラアイ>を獲得してやる。
全ては、社会科克服のために!
「アイネス、ソレ、ハ、ダメ。<カメラアイ>、ハ、サイシュウシュダン。」
「あ、はい。」
始める前から中止に追い込まれた。
解せぬ。




