【短編版】人生二択しか選べない呪いにかかったからどっちか選んでみた訳で
Web執筆やってみました!
もしよかったら読んでみて下さい。
一応オチがあるので最後まで読んでもらえるとなぜ二択なのかわかります!
人生において選択というのは数えきれないほど存在する訳で。
それは考える力のある人であれば当然に巡ってくる。
左を選ぶのか右を選ぶのか。それですら選択の一つだ。
お金の稼ぎ方もそう。
頭を使って仕事をするか、体を使って仕事をするか。
どっちがいいかは選ぶ本人が決めればいいし、人の選択までとやかく言うつもりはない。
でも、ちょっとした選択が人生の大事な何かを決めているのではないか。
俺はそんなことも考えたりする訳だ。
ちなみに今朝は朝ご飯を食べていない。
それは俺の選択じゃなくて仲間のヒナリが俺の分を食べてしまったから。まだ出来立てほやほやの冒険チームである俺たちにとって食糧は死活問題だ。
早急になんとかしなければ。
学院を卒業したら当然仕事に皆就くのが普通。でも未知の残る世界中を冒険すると言うこともできる。これも選択。もちろん自己責任。
一般的には定職に就かないフリーターということだが、どこぞの洞窟で【界等】等級の宝を見つけて億万長者になった人とか、四大邪王の幹部を倒して勇者になった人とか、まあそんなマグレ持ちもいる。
だから俺たち界隈の人は、そんなフリーターを格好良く『探索者』と呼んで夢を見ているのである。
俺がなぜ探索者になったのか。
実を言えば仲間のヒナリに半ば強引に連れて来られたのだが、
結局は自分の進むべき道として選んだからに他ならない。
そこに文句を言うつもりはない。
彼女に計画性があればそれこそ文句はないのだが。
「ちょっとサユウ! 置いてくよ! まだ出発したばっかりなのになーんでそんな浮かない顔してるの!」
この金髪がさっき言ったヒナリ。
良く言えば天真爛漫な美少女。悪く言えば脳筋無計画女。
短髪が特徴的な金の髪に女子の中では高めの身長が特徴的だ。人一倍の体力にやる気も満ち溢れているが考え無しに突っ走ることが多い問題児。まあ可愛いところがあるにはあるが。
太陽のような、と評される笑顔を今も振り撒いている。
一応俺を含めて三人が所属するチームのリーダーをしている。
リーダーと言っても全員同期の駆け出しだから上下とかは何もない。単に彼女が全ての発端で俺たちの冒険が始まったからリーダーになっていると言うだけ。
学院時代も困ったらすぐにこっちに聞いてくるし、自分が興味のないことは押しつけてくる。本人は頼っているから良いでしょ、の一点張りだ。
別に嫌ではないが、この冒険の旅路でも良いように使われそうな気がする。
「だから歩くのが早いって。俺は魔法学士になったからあんまり体力には自信ないって言っただろ・・・」
「そうだったけ? ごめん忘れてた!」
「ひっでぇな。さっき言ったばかりだぞ・・・」
【魔法学士】は、まあ一般的な職業な訳で。
冒険するしないに関わらず、この世界では職業と言う個性が存在する。
農業を営んでいるなら【農家】だし剣術を心得た探索者なら【剣術士】である。
職業を得ればそれに応じた自身の能力が変化する仕掛けだが、それら全てを一括に管理しているのが、この小さな本——【ロールパス】だ。
ロールパスは学院を卒業する16の時に鳳協会から与えられる。見た目は皮でできた手帳サイズの小さな本だが、これが所有者の命と結ばれることで俺たちは職業を得て自分の能力を普通以上により高めることができるのだ。
最初になんの職業がもらえるかはその人の能力次第。
学院での成績が関係しているという話もあるけど本当のところは良くわかっていない。だって俺たちの学年で一番成績が良かった奴は【英霊勇者】を目指していたのに【石材工】になった。
いや石材工をバカにしているつもりはないし、建築に必須となる大事な職業であることは知っている。しかし、彼が学院卒業から三日間まともに飯が食えなかった事実までは変えられない。
そんな具合で職業はその人の素養・素質によって現れるというのが実のところなんだとか。
俺は魔法を勉強し、習得することでそれを戦闘や生活に使える【魔法学士】になった。名前はかっこいいけど割とたくさんいる平凡といえば平凡な職だ。
魔力と知能が得意になりやすい代わりに体力や素早さは著しく低い。
三人のチームに入っていなかったら戦闘では使い物にならなかったかも。
俺は額に滲む汗を拭った。
「ねえねえねえ! 見て! 見て見て見てサユウ! めちゃんこ可愛い!!」
「なに。今度はなんだ・・・」
俺は息を落ち着かせてから目を細めてヒナリの方を睨む。
その先でヒナリはなにやら嬉しそうにぴょんぴょんしていた。
「うぅ・・・。ヒナリちゃんこれは・・・」
リカはもう一人の俺たちの仲間である訳で。
太陽の光を鈍く反射するリカの銀髪にヒナリが露店で髪飾りを付けている。
ヒナリに飾りを付けられ、恥ずかしそうにリカは顔を赤くしていた。
「まーたリカで遊んでるのかよ。好きだなヒナリは、ほんとに」
「だーって可愛いじゃん! 可愛いは正義だよ正義!」
「なに訳わからんこと言ってんだ」
ここは大樹の木陰揺れる街——リーレフト王国西部のグロスキーの街だ。
近くに職業認定が行える鳳協会の支部があるので駆け出し探索者がたくさん集まる場所——いわゆる始まりの街というだ。
街行く皆皆が新規の装備を付けたり仲間を集めたりして一喜一憂している。俺たちのそんな皆の中の一つになっていることだろう。
いつもは冷めている俺でさえ少しウキウキしているくらいだ。
なんにせよこの街は新芽の芽吹く世界樹が街の側に大きく聳えているので、初々しい良いエネルギーに包まれていた。
そんな大樹の影の下。
今の春の季節は住民たちが所々に花を飾って街を彩る花祭りが行われているそうだ。春の暖かな風に攫われた花弁が穏やかな景色を作り上げている。
緩んだ安穏とは無縁そうなヒナリが大きく叫んでいた。
「ねえサユウこれ買おう! 買うしかない!」
「だから無駄遣いしないようにってあれほど言ってるだろ」
「えー。だってだってサユウお金持ってるでしょ」
「ほれ」
「?」
俺はフトコロから銀子を取り出して手のひらの上に晒す。
これが俺の今の全財産。
——100レコル。
「これが俺の全部。認定の登録にお金取られただろ? あれで準備資金全部だ。ヒナリ、お前いくら持ってんだよ」
「えーっと。33・・・」
「リカは?」
「えっと・・・、6000レコルです」
俺たちは街の真ん中で互いの持ち金を見せ合った。
二人はため息。一人はそんな二人を不思議そうな顔で窺っている。
「リカお金持ち!!」
「そ、それでもですよ。えへへ・・・」
リカは嬉しそうに銀髪の頭を掻いているが、そこは問題ではない。
一晩宿に止まるのに大体10レコル。今すぐ焦る必要はないが一週間でなんらかの金策を考えなければ野宿だ。それは避けたい。
特にヒナリは野宿とかキャンプとか好きなタイプだけども、まだ戦闘にも慣れてない状態で寝込みをモンスターに襲われる、なんてことになれば笑えない。
強くなってから休息を取るというのが探索者たちの中では暗黙の了解だ。
「ヒナリ、お前リカから金もらおうなんて考えるなよ。それはリカが無駄遣いしないでちゃんと集めたものなんだからな」
「そ、そんなこと考えてないもん! そこまで落ちぶれてないから!」
「いいですよ。私たちチームですし・・・。お金くらい出します。そのために貯めてましたし・・・」
リカは6枚の金子を握って笑みを浮かべる。
リーレフト王国では銀と金の二枚の貨幣が使われている。1レコルは半銀子。10レコルで銀子。100レコルで半金子。1000レコルで金子。それ以上だと金子行が発行する手形とか言うものがあるらしい。まあ今の俺たちには何ら関係のない代物だ。
「ダメだぞリカ。自分のお金は大切にしろ。こいつにお金渡したら全部食費に消えるんだから」
「しっつれいしちゃうな! 私を何だと思ってるんだい!」
「今朝だって寝ぼけて俺の朝飯食べたの忘れたのか」
「あれは! あれは・・・、その・・・、うっかりだい!」
「偉そうに言うな!」
腰に手を当てて得意気な顔をするヒナリを睨んでから俺は大きくため息をついた。
深呼吸のつもりも兼ねて大きく息を吐く。呼吸は不思議と気分を晴れやかにしてくれる。再び息を吸うと首をコキコキ鳴らした。
一度大きく背伸びして、俺は着ていたローブの襟を正す。
こんなメンバーでも大事なチームメイトだ。学院では友達の少なかった俺からすればむしろ彼女に声を掛けてもらったことをありがたいと思うべきだろう。
俺の職業で戦いとなれば進んで敵の前に立てる前衛がいないと話にならない。
近接戦闘が得意な者がモンスターと闘う際に前にいてくれるから俺みたいな後衛職が安心して攻撃や支援を行うことができるのだ。そうでなければ戦わず部屋に篭ってお勉強にお研究に魔法薬調合。それじゃ面白くない。
だから俺は俺で後衛らしく、自分のすべきことをしよう。
「そんで? 金策でもあるのか?」
「ないよ? だってこのチームの方針を決めるのはサユウの役目だもん。私は世界をこの目で見て確かめるためにただ突っ走るだけ!」
「それ本気で言ってんのか・・・?」
「半分は本気! でももう半分は私が考える! ってことでリカちゃんの探してた武器を見にいこっか!」
ヒナリはそうやって張り切ると、リカの背中を押して武器屋のある方角へと向かって行った。リカの武器はリカ本人が買うとしてもヒナリは生活費も含んだ30レコルぼっちで何か買うつもりなのだろうか。
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イーステイト武具商・グローリー支店はここらでは有名な武器屋だ。国内でも有数の巨大ギルドグループ『イーステイト』の商業施設だから人気なのも納得できる。
小さな店の武器屋は品物がとにかく安いので駆け出しにはありがたいのだが、それだけ粗悪品が多いところも目立つ。初めての武器なら験担ぎの意味も込めて少々高価なものを見繕っても悪くはないだろう。
せっかくリカの初めての武器を買うと言うので前からヒナリがここへ行こう行こうと急かしていたのを思い出した。
「うーん。やっぱり迷うね。どうせなら可愛いのにしたいよね・・・」
ヒナリはわかりやすくショーケースの前で顎に手を当てて悩み顔をしている。
何にでも全力な彼女は人の武器を選んでいる時もまるで自分の武器を選んでいるような表情をしていた。
店内は人気店ということもあって人で溢れている。あちこちで新規結成のチームたちが武器選びをしているのだ。これではまるで学院の食堂の喧騒と何ら変わらない風景である。
「リカは【粉砕者】だろ。普通はごつい男がなる職業だから可愛いってかトゲトゲしいやつしかないんじゃないか?」
「えー。それじゃつまんないじゃん。せっかくなら可愛いの見つけたい。けど・・・」
ヒナリが見回すが【粉砕者】が使う砕大剣の場所にはリカの身長を軽く越すほどの剣しか置いていない。それも石をそのまま削り取ってきたような灰色とか、鉄材を炙ったような鈍色とかそんな渋いものしかなかった。
「なんかごめんなさい・・・。私なんでもいいですよ・・・。その、一緒に選んでくれるだけで嬉しいですし」
「ダメ! こういうのはちゃんと選ばなきゃ!」
申し訳なさそうに小さくなるリカとは反対にヒナリが目を光らせてケースを凝視する。俺も他に何かないかと見ていたが店頭にあるものはどれも味気なさそうだ。
【粉砕者】は攻撃を得意とする職業の中では特に破壊力の高い職業である。上位系や特殊系の職には劣るものの、駆け出しの中では破壊に特化した部類に属しているといえる。
リカ自身にそこまでの馬鹿力があるとは思っていなかった。どうやらロールパスがそう判断したということはリカに素質があるということらしい。
俺はリカのか細い腕を見てやっぱり理解に苦しむ。でも確か記憶を辿ると、前からリカは重い荷物でもスラスラ持ち上げていた気がする。普段は気にも留めないことでも思い出してみれば案外すんなりと出てくるものだ。
流石に今はあの砕大剣を振り回すほどのパワーがある訳ではなさそうだが、ロールパスに対応した武器を持っていればそれだけ成長も早くなるのですぐにリカは粉砕者としての力を発揮することになると思われる。
逆に言えば魔法学士は魔法の才覚を極めるほどにどんどん体力が落ちていく。
魔法が使えるとは言え、自動的に体力が低下していくことには心なしか恐怖に似た感情を覚えた。それが適正であり、魔法の力は手に入るので悪いことばかりではないが今あるものを失うというのにはそれなりに喪失感がある。
「あ! サユウまた別のもの見てる!」
「見てない見てない。ちゃんと探してるから・・・、って、おっと! すみません・・・」
俺はヒナリの方に気をとられて通路を歩いてきた小さなマントの人物とぶつかってしまった。思わずよろめいてショーケースに大きく手を付く。
マントの人物は俺にぶつかっても微動だにせずそのまま通路を抜けて行った。自分でぶつかってきたというのに何の謝辞もなく。何の反応もなく。
顔をマントで覆っていたのでそれが男なのか女なのかも区別がつかなかった。けども自分より身長の高い俺にぶつかってよろめきもしないということは何かの戦闘系職業なのだろうか。
そうやって考えると、下手に関わって喧嘩にでもなったら面倒になる。俺はある程度早めの段階で納得して姿勢を正した。
「何あの人。ぶつかって置いて謝りもしないなんて失礼じゃない。ちょっと私行って来る!」
「行かなくていいからトラブルメイカー。リカの武器を選ぶ方が先だろ」
「でも!」
「俺はほら、なんともないから」
言ってから俺はヒナリをくるりと回れ右させてショーケースの方に戻した。喧嘩でも平気で首を突っ込んで解決させようとするヒナリは放っておいたら世界戦争でも止めに行きかねない。
俺は半ば見張るような気持ちで毎度彼女を諫めていた。リカはそんな二人の様子をいつものことながら怯えたような目で事の行く末を観察しているのだった。
「あ、そうだ。お店の人に聞いてみるっていうのはどう?」
俺は悩んだ挙句にそう提案してみた。
このまま店頭に出ているものをテキトーに買うよりも詳しいことに通じている技師に聞いた方がいいのではないかとふと思ったのだ。
「さっすがサユウ。その手があったか!」
「サユウさん。ありがとうございます・・・」
「いやまあその方がいいかな、ってね」
丁度店員も手が空いた頃合いのようで声をすぐにかけることができた。
「これはこれはお客様! 何かお探しですかな?」
「ええっと。粉砕者用の砕大剣を探しているんですがお勧めはありますか?」
俺がそう尋ねると店員は嬉しそうな表情をして手を一度ぱちりと叩いた。
何かに期待していたような反応をするのでこちらも少し動揺する。
「丁度良いところに! お客様は運が良いですよ。実は世界樹と鉱山宝の素材から作られる初心者用の砕大剣が本日一振りだけ売れ残っていたんですよ! 本当に必要な人のためにと裏の倉庫に控えてあったんです!」
世界樹は寿命も寿命の貴重な木であるので、素材を使用することがあまりできない。それに鉱山宝というのは鉱山の中でも深部で取れる貴重な素材だ。
ここらのモンスターや地質はあまり上質ではない本当に初心者用の地域だが、それでも貴重な素材で作られる武器はそれだけ物持ちが良い。
これはラッキーだな。
「よかったじゃんリカ!」
「う、うん・・・」
リカはヒナリに頭を撫でられてくすぐったそうにしている。
店員の怪しい売り文句のようにも聞こえたが、どうやら様子から察するにそういうわけでもあるまい。それに怪しい個人店ならまだしもここまで大きなグループの支店でそんな詐欺紛いな行為はされるはずがない。
俺の期待は少々ながら本物だ。
店員が奥から持ってきた砕大剣は刀身に鉱山宝をふんだんに含有させた煌めきのある鉄鋼色。その中へ世界樹の堅い素材で作り上げた柄が入れられており、所々に木の枝葉が生えている見た目をしている。
まるで木そのものを持っているような感じだ。
リカはその砕大剣を持ってはじめは重そうにしていたものの何度が握って見て気に入ったようだった。
「これがいい・・・」
「リカが自分から言うなんて珍しいよな」
「え・・・。そうかな?」
「サユウってば失礼なこと言わないの。リカだって自分で選べる子なんだから! ね?」
「うん」
そんなリカの肯い一つで購入は即決された。
ちなみに価格は初心者用としては破格の3000レコルだったが、リカは何の躊躇もなく剣を手にして笑顔を浮かべていた。案外武器のコレクションとかが好きな子なのかもしれない。
俺はリカの少し意外な一面を見て軽く口許を笑わせた。
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俺たちは店を出るとそのまま街の大通りに戻った。相変わらず多くの人が往来しているのでずっといると気疲れしてしまいそうだ。元からあまり人混みは得意でない。俺は前を行く女子二人にとぼとぼとついて行きながらふと疑問を投げかけた。
「そう言えばさ。ヒナリは何を目的に冒険に出ようって考えたんだ? 世界が見たいとかいつも言ってるけど、まさか爺さん婆さんになるまで歩き回るわけじゃないよな・・・」
俺はその姿を想像して少しギョッとする。どこまで歩いたらそんな年月が経過するのだろうか。でも世界は広い。すべて歩き回った人などいないかもしれない。
「それもいいかもねえ」
「まじでか?」
「さーすがに冗談だよ、さすがに。でも。きっとこうやって進んでいれば新しい仲間も見つかるんだろうし、みんなで何か大きなことを達成できるかもしれないじゃん? もしかしたら四大邪王を倒すのは私たちかもしれないよ? そうやって考えたら夢広がってしゃーないよね!」
「いやいやさすがに四大邪王は言い過ぎだろ」
「そうかもしれないです・・・。私なんか見ただけで腰抜かしちゃうかも・・・」
リカは怖そうに震えながら両頬に手を当てて俯きがちになる。
四大邪王とはこの世界のどこかにいるとされる四人の邪神の力を持った王だ。
数多くの手下を従えており、そこここにいるモンスターたちは皆邪王たちの眷属だとも言われている。今までの長い歴史の中で勇者と呼ばれる強者はたくさん存在していたがその誰も邪王を倒したことはない。
そもそも存在自体確認されていないので存在するのかすら怪しいが、少し前に邪王の手下幹部を倒したと言う勇者が現れた。それによって近年はさらに邪王対戦への気運が高まりつつあるのだった。
ヒナリもそんな流れに絆されているのだろうか。いや、彼女の冒険好きは昔からだ。幼い頃から共に育ったと言っても過言でない彼女の我儘は昔から健在だった。
山に行けば武器もないのにモンスターと戦いたがるし、危険なものでもすぐに触ろうとするし、命がいくつあっても足りない。
いつも彼女を止めているのは俺の仕事だ。でも冒険に行きたいと意気込む彼女を止めるつもりはなかった。いずれはそう言い出すものだと予測できた。誰にでも夢はあるし、そんな夢を持った人間が近くにいるなら応援してやりたいと思ったのだ。だから俺は今こうしてこうやって歩みを進めている。
「サユウもリカもなに今から怖気付いてんだか。これからでしょ! これから!」
「まあやる気はあるとしても俺たちが辿り付く前に四大邪王なんか誰か倒しちゃいそうだけどな——」
その時、足を前に出して。そのおかしさを知覚した。
止まっている?
「おいヒナリ。リカどうしたんだ」
おかしさはそれだけでなかった。
ヒナリとリカが笑い合って前を進みながらまるで凍ってしまったように動きを止めている。その周りでも街ゆく人々は足を止め、声を止め、鳥の囀りすらも止まっている。街に舞い散る花弁たちでさえ空中でその動きを止めていた。
そう。世界樹も凍結したように。世界が凍結したように。
止まっていた。
「お、おい! どうなってんだ。何がどうしたんだよ。ヒナリ! リカ!」
その場を動こうとしたが足が前に出ない。俺の足は周囲の人々と同じように、石になってしまったかのように動きを止めている。
俺の中ではこの状況を当然理解することができず心臓は足の代わりに動きを加速さ続けていた。
「ほう。面白い。私を、私たちを誰かが倒せると。そう言うか」
背筋を撫でるような優しげで妖艶な声がした。
それは俺の背後から。足が凍ったようになっているせいで振り向くことができないが確かにその声は後方から聞こえてくる。
背筋にゾッとした悪寒が走り抜けて爪先までも伝って行った。
後ろに何がいるのだ。必死に確認しようと身を捩るが、腰元までもがあまり言うことを聞いてくれず、ヨタヨタと上半身を揺らすだけになっている。
かちり、かちりと鼓動は時計のように小刻みな拍を打っていく。
「だ、誰だ!」
「私が誰かだって? それはお前が一番熟知しているではないか。いや、私らが倒されるかもしれないなどと無知蒙昧を吐き出すのだから名前すら知らなくとも仕方がないことか」
女の声だった。大人ではなく子どものような。
しかし幼いわけではない。尋常でないほどに落ち着き払っていて、俺の中のすべてを知って見透かしているような圧倒的優位を感じさせる。この止まった世界の中で唯一自由に動くことのできる存在がそれに思えた。
「私に見覚えがあろうな」
少女が歩くと靴で蹴られた石畳が不気味な反響音を奏でていく。
そして、眼前に現れた。
「お前は・・・」
あの時武器屋でぶつかった少女だった。
フードを目深にかぶり、不適な笑みを浮かべる薄い美麗な口唇だけが赤々とした紅を纏って煌めいている。今は先ほどとは違い、全身から不気味な気配を漂わせていて、まさかとは思うが少しばかり気温も下がったような。そんなはずもないが、俺の総身には間違いなく鳥肌が立っている。
彼女だけがこの場でたった一人自由に動いている。
それはなぜか。
「私は四大邪王が一人。時司のコヨミだ。人間、いや、サユウ。お前は私らが誰かに倒されるとそう申すのか」
きひひ、と不穏な笑い声でコヨミがフードを取って問いかける。
俺にとってそれは未知との遭遇と言って差し支えない。邪王の姿がなんであるのか。それは見咎めたことがなかった。いかなる歴史書、伝承を記した伝記を読み漁ったところで肖像画すら描かれていない存在。名前だけが歩いていく存在。
そんな架空ともいえる者が、今の俺の眼前に立っていたのだ。
「それは・・・」
俺は自分の軽口を呪った。まさか邪王本人がこんなにも近くにいるとは思わなかった。いざ対峙してまさかの女の子の見た目では邪王と言われても信じきれない自分がいることは頷ける。けれども侮れるはずもないくらいに彼女の雰囲気は殺人的な狂気に満ち溢れていた。
「私が聞いていないとでも思うたのか。聞かれたとわかってから怖気付くとは。まるで情けない」
「し、仕方ないだろ。第一なんでこんなところに・・・。その、邪王本人がいるんだよ」
疑うまでもなく俺の全身は恐怖に戦慄しているのだが、それでも声が出ないほどではなかった。普段通り問題なく言葉だけは発せられる。いやそれも、彼女が話せるようにしてくれているだけなのだろうか。
「私がここにいたらまずいのか?」
「そりゃあそうだろ・・・。邪王は普通、その、危険な場所とかで待ち構えてるものじゃないか」
「はは、世迷言を。私らがどこにいようとそれは私らの自由だ。しかし」
コヨミはそう言って俺の目の前へとぐっと近づいた。
彼女の息が掛かりそうなほど接近する。けどコヨミはそもそも息をしていなかった。邪王はモンスターそのものなのだから息をしていなくとも何ら不思議はないが、モンスターに慣れていない俺からすればそれだけでも十分末恐ろしいことだ。
どうも俺に近づいたコヨミは凄まじいくらいに不機嫌そうだった。
「——誰かが倒す、と言う他人行儀が気に入らん」
「え?」
「お前は言ったろう。いずれは誰かが私らを屠ると。おかしくはないか? 自分で挑もうとは思わんのか」
「・・・」
無理だ。それが現実だ。
駆け出しで邪王を本気で倒そうと思えなど無理にもほどがある。
「情けない情けない。しかし、見上げた心掛けだ。お前は私を見ても心底恐怖していない。いい度胸をしている」
——だがな。
コヨミはそう言うと動けない俺の周囲を時計回りに歩いて回り始めた。
その瞬間。俺は全身の生気が失せていく気配に囚われた。
「お前の発言が私の機嫌を損ねたことは事実だ」
コヨミが歩く。その歩いた場所から色が褪せて削がれていく。
華々しい街は廃れ切って崩壊し、灰と黒が沈殿した世界に変貌する。
元気そうに笑顔だったヒナリが。恥ずかしそうに笑っていたリカが。
干からびた遺体へと変わり果てていく。
「私は時司。時を進めるも巻き戻すも自由。しかし、時には分かれ道が存在する。これはその道の一つに過ぎない」
コヨミが俺の周囲を一周回り切ると、先ほどまでの停止世界ではなく、完全に崩壊し全てが失われた絶望だけが残滓となって積み重なっていた。
彼女がその場にいた全ての時を奪ってしまった。世界樹ですら、大きく伸びていた枝枝のほとんどが折れて葉は散り、幹も痩せ細っている。
世界が、いとも簡単に失われた。そんな気がした。
「安心しろ。これは現実ではない。まだな」
コヨミは元の位置に戻ると俺の眼前に歩み寄り、俺の顎を持ち上げる。
「だがお前の選択次第では遅かれ早かれ現実となろう」
「やめろ・・・。こんなこと・・・」
「私に慈悲が問えると思っているのか? 哀れなものよ。しかし、私はお前が気に入った。だから、『誰か』ではなく『お前』が私らを屠りに来い。それができぬなら今すぐにこの景色を現世にしてやる」
それは何があってもダメだ。
ヒナリ、リカだけではない。この場にいる全員。もしかすれば俺も含めた世界中の人々が一瞬で殺されるかもしれない。
では俺がこのコヨミに挑むのか。果たしてそんなことができるのか。余りにも現実的ではない。けども俺の中にコヨミの申し出を断る選択肢は存在しなかった。
ヒナリとリカが仲良しである理由を俺は知っている。彼女はいつも不遇に扱われていたリカを真っ先に全力で助けていた。ヒナリは危険を顧みず、自らの利益を優先させず、ただ真っ直ぐに怯え悲しんでいたリカを助けていた。人望があろうと仲間に恵まれようと、不幸に見舞われた者がいればヒナリが助けていた。それがヒナリなのだ。
俺は見ていることしかできなかった。
傍観することは誰にでもできる。しかし、行動することは勇者しかできない。
何もしないのはもうやめよう。
今度は俺がヒナリとリカを助ける番だ。
「わかった・・・」
「よかろう。お前には私なりの祝福を与えてやる。お前はこれから先二つの選択に呪われた人生を送るのだ。せいぜい選べ。そして苦しむがいい人間よ。この呪いは私とお前だけの二人だけの秘密」
コヨミが指を一度鳴らす。
すると、俺の腕には金に輝く天秤が付いた大杖が握られていた。
そして、未来への選択を迫られる。
—— 世界を救う OR 世界を見捨てる ——
これからが本当の始まりだ。