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勇者は隣人だったけど恋愛感情とかはない

作者: 三ツ巴 マト

ノリと勢いで書いたガバガバ設定です。ご了承ください。

※誤字報告ありがとうございました

私はあまたいるであろう異世界転生者の一人である。転生先はテンプレファンタジー世界。どうせなら貴族令嬢にでもなって素敵な恋愛等してみたいところだが、残念、私は片田舎の凡人として産まれた。実は親が伝説の冒険者とかそういうのでもない、普通に二人とも同じ村で生まれて同じ村で子供を産んだ。


しょうがないのでテキトーに魔法を極めることにした。魔法を扱うこと自体は誰にでもできるのに魔法使いはレアなんだよ、なんでだよ。どうやら魔法は複雑で使う前に理解が難しいらしい、そうですか。中途半端に印刷技術は進歩してるから魔法に関する本はいっぱいある、欲しいな。


父ちゃんが魔法の本を買ってくれました。表紙きれー、といってねだりました。さっそく開いて見ましょう、フムフムなるほどなるほど。…くっそ面倒くせぇ。複雑過ぎて前世の天敵数学の問題が可愛く思えるな。こりゃぁ、田舎者には無理ですわ。とかいって簡単には諦められぬ。なんせ前世も現世も将来の夢は魔法使い。何年かかってでも理解してやろう。


私は毎日、村の学校に通い、友人達と最低限の交流をしつつ無難に過ごし、家でちょっとずつ解読作業を進めた。表向きはちょいと本の虫なだけの凡人である、私は凡人系異世界転生者。魔法の本も他の本に埋もれてるのでまさか親も私が魔法使いを目指してるとは知るまい。


そうだ、一応隣の家に住んでいたヤツの話をしておこう。所謂ご近所さんである。それこそ小さい頃はよく遊んでた仲でした。が、ヤツは男で私は女。学校に入る頃にはそれぞれ別に遊び相手がいた。それに私が凡人をしてるのに対してヤツは同級生の仲でもリーダー格に上り詰めイケイケな生活を送っていらっしゃった。しかも顔が良いのでモテる。おかげさまで話す機会も減り、結局はほぼ他人である。


では何故私がそんなヤツの話をするのか?それはヤツが勇者とやらに選ばれたからである。わー、めでたいね(棒読み)。悪しき魔の根元を絶ちに行くんだそうな。だから両親連れて王都とやらに行くんだって、へぇーそうなんだ。行ってらっしゃい。交流が減ったとはいえご近所さんなので、ヤツはわざわざ私に挨拶に来た。私は、そうかそうか、まぁ、せいぜい頑張れよ、と返しておいた。この村では勇者という存在自体が認知されてるか怪しいのでこれくらいのノリでいいのである。勇者だのなんだの騒いでるのは大抵王都だけである。地方の方ではナニソレオイシイノだ。ヤツだって神殿に選ばれたというのにイマイチ実感がなさそうな態度だった。


そうしてヤツは引っ越していった。勇者になると大声で言えば村人に変な目で見られること間違いなしなので、特に理由も言わずに引っ越して行った。村人はまた人口減少が進んだとぐらいにしか思わない。私は理由を聞いたので理由を知ってるが。


けど、昔の話は置いといて。


成長した今の私は縫い子のバイトで生計を立て暮らしている。大変困ったことに娘がまだ若いというのに両親は他界した。母は私が小さい頃に病気で、父ちゃんは過労で倒れてそのまま。もちろん悲しかったし寂しいが、いつまでも悲しんではいられない。


趣味の魔法はというと、かなり進歩した。難しい本を解読し、自分なりの解釈で理解した。転生者らしく前世の知識も混ぜて怪しい感じの魔法が出来上がった。まぁ、凡人を目指すので公に出すつもりはありません、私は目立ちたくないんで、そもそもそれを発表できるような環境がないのでこの村。


まぁ、なんだかんだ村でトラブルとは無縁な暮らしをしていたんですよ。だからね、近場の森で薬草を採って帰ってきたら村の広場にいかにも聖女な感じな実際聖女の女の子が立っていたら驚きますよね?ねぇ?


マジ美少女でした。サラサラの銀髪に白地に銀糸で聖なる紋章が刺繍された独特なデザインの服。大きな錫杖を持っていてとても可愛いらしい。可愛いのだが、村の中では浮いている。プッカプカに浮いている。聖女ちゃんはおどおどと村人に話しかけようとするけれど、神殿とは縁のないここの村人から見て明らかに怪しい聖女ちゃんは避けられている。だが私は優しい村人なので、話しかけて見ることにしましょう。


「もしもし、こんにちは。村に何かご用?」

「あっ、こんにちは…。」


滅茶苦茶声可愛いんですが????小鳥さんかな?癒しですな。小鳥さんはもじもじしながら私にこう言った。


「あのっ、私、勇者様のことでここに来たのですが…。」


うん、知ってた。聖女な時点でヤツと関わりがないことはないのはわかってた、アイノウ。


「だと思った。…もしよろしければ私の家に来ないかしら?私これでも勇者様の元隣人なの。」

「本当ですか!よろしくお願いします!」


笑顔最高ですか、可愛いですね×100。でも、お嬢さん、知らない人にヒョイヒョイついてくのはあぶないぞ?今回に限っては都合がいいけど。


という訳で聖女様を我が家にご案内。来客の準備なぞしてないのであちこちに薬草が干してあったり繕い物が転がってたりはするが、人に見せられないほどではないので、テキトーに片して聖女様には居間の椅子に座ってもらい、お茶を出してあげた。


「お茶、ありがとうございます。」

「王都からでしょ?長旅お疲れ様。」

「えっ、なんで私が王都から来たと分かったんですか?」

「だってあなた、聖女様でしょ?新聞で見た。」

「…ご存知だったんですね。他の方には気付いていただけなかったのですが…確かに私は聖女です。」

「この辺の人がとってる新聞は王都のことなんて載ってないから村人が知らなくて当然さ。新聞とは言ってるが、村の誰が死んだの生まれたの、誰々さん家が新しく鶏小屋を建てただの、せいぜいそれくらいのことしか書いてない。…私みたいな物好きだけが王都の新聞を取り寄せているのさ。」

「物好きなんて、そんな。」

「薬師でもない人間の家の中に草が干してあるんだ、この辺りでは十分物好きだよ。ところで、本題さ、勇者様、ヤツがどうかしたのか?」


私が話題を切り替えると、聖女ちゃんの表情が曇った。


「…これは、内緒でお願いしますね。実は勇者様が目覚めないんです。この前の戦闘から戻ってきてからずっと。」

「…ふーん、それで?」

「ご存知かもしれませんが、勇者様には、勇者様をお支えする仲間がいます。私もそのうちの一人です。それで、他のメンバーの方に頼まれてここに来たんです。もしかしたら故郷に勇者様が目覚める手掛かりがあるかも知れないと。」

「そうなんだね、お疲れ様。だけど、残念だけど手掛かりはここにはないと思う。」

「へ?」

「ヤツが住んでいた家は売り払われて今は別の人が住んでいる。それに、ヤツは確かにここで育ったけど、引っ越したのは10年も前。子供の時に王都に連れていかれて行ったんだ、知っているだろう?それに村人はヤツのことを覚えているかも知れないけれど、勇者だとは知らない。だから強い印象にも残っていない。だからここには手掛かりはないさ。」

「そうですか…そうですよね。無駄足でしたかぁ。」


そうだ、ここには手掛かりなんてない。この村はヤツが生まれた村だけど、ヤツが育ったのは王都と言って良いだろう。


「ねぇ、聖女様、ヤツのことどう思ってるんだい?」

「とっ、突然なんですか!」

「あ、言っとくけど私はヤツのことなんにも思ってないよ?勇者だとは知ってるけど他人だし。」

「はぁ、そうですか。…私は勇者様は格好良いと思います。…とっても格好いいです、とっても。」


握った手を膝の上で握りしめ、耳まで顔を赤くしながら聖女ちゃんはそう言った。…初心だなぁ。


「ちなみに、あなたにここに来るように言った人って誰?」

「賢者様と弓使い様ですが?」

「ふーん、まぁ、いいや、それで、この後聖女様はどうするの?帰るの?」

「そろそろ日が暮れますし、何処かに宿を取ろうかと…。」

「じゃ、此処に泊まってきなよ。ここら辺の宿屋は男ばかりでオマケに雑魚寝だ、可愛い女の子1人で行かせる訳にはいかないよ。どうせ元々私一人だし、宿代もいらないし。」

「でも、そんなにしていただかなくても!!」

「聖女様が一晩居てくれるだけでも十分ご利益があるってもんだよ?」

「そうですか…ではご好意に甘えて一晩お世話になります。」

「了解!すぐに部屋を用意してあげるね。」


部屋は死んだ両親の部屋を提供した。夕食を食べ、風呂を済ませると、聖女ちゃんはお休みを言って部屋に入った。良い子らしい。早寝は良いことだ。


私は彼女が寝ると、気付かれぬように納屋から隠し部屋の地下室へと降りて行った。言わずもがな我が魔法の研究室である。換気扇を静かに回し、燭台に火をつける。薄暗い室内の中央に魔法陣のラグを敷く。この魔法陣ラグは研究の末、すでにあるこの世界の魔法と我が前世の知識により完成したオリジナルのもの。他にも植物をよく使うのも私の特徴である。ラグの周りに結界を張り、私はラグの中心で胡座をかく。呪文を書いた木札と、さっき拾った聖女様の髪を一本持って、呪文を唱えながら私は魔法を発動した。


意識が体から離れる。意識は離れて家をすり抜け村を出て王都に飛ぶ。幽体離脱というやつだ。その間は結界が私の身体を守ってくれる。私は髪の毛から聖女様が通った痕跡をたどり、ヤツの寝ている場所にたどり着いた。


広い部屋に豪華なベッド。案の定、ベッドの周りには賢者と弓使い。賢者は黒髪の妖艶な美女で、弓使いは金髪でボンキュッボンで。…なんか負けた気がするのは気のせいでしょうね、うん。二人はベッドに横たわる勇者を甲斐甲斐しく世話をしている、…ペタペタ触り過ぎでは?勇者を見ると久しぶりなだけあってかなり成長していて顔も大分大人びている、…滅茶苦茶イケメンなんだが?壁際には剣士と幻獣使いが立っている、…男が二人で何とも言えない表情でだ。取り寄せていた新聞には勇者を支える者達は全員で6人いると書いてあった、ここにいる面子+聖女ちゃんでも1人足りない。確か魔法使いだったはずだが…。


探すと魔法使いは建物の外にいた。私の意識体は一般人には見えないはずだけど、魔法使いなだけあって近づいた私の意識体に気が付いたようだった。意識体では発声が出来ないので、私は体をくねらせて言葉を綴った。


『こんばんは。』


魔法使いくんは驚いた様子だった。


「君、何者?」

『私の村に聖女様が来た。』

「あぁ、それか。賢者と弓使いは聖女のことが気に入らないらしい、勇者は聖女のことを気に入っているからな。今までは勇者がいたから良かったものの、いないから今はあんなんだよ。聖女は人の悪意に疎いからいいように追い出された。俺らだってあの二人がいるから勇者に下手なことはできないよ。…やれやれ、賢者と弓使いはあれで勇者の心が手に入ると思ってんのかね。」

『知らない。』

「君は、随分優秀な魔法使いなようだけど、そんな人が勇者がいた村にいたんだね。」

『優秀?』

「優秀だとも。そうやって意識体を飛ばせる魔法使いは中々いない。」

『私は魔法を使えることを隠してる。』

「何故?もったいない。」

『私の魔法は私のためのもの。目立つつもりは毛頭ない。』

「そう、でもなんでわざわざこんなところにまで意識体を飛ばしているのかい?」

『気まぐれ。』

「気まぐれ?」

『自分の力を試して見たくなった。』

「目立ちたくないのに?」

『バレなきゃいい。』


魔法使いくんは納得したようなしてないような顔をした。


「ここで俺が独り言をずっと言ってても怪しい。場所を変えよう。」


そう言って魔法使いは私を自分の部屋だというところに案内してくれた。その部屋は勇者が寝ている部屋と同じ建物にあった。


『あなたは他の人達と一緒じゃなくていいの?』

「いてもいなくても代わりはないさ。俺はあの場の空気が嫌だからここにいる。他のやつらも逃げ出したいだろうが、いなくなったらあの女達が勇者に何をするかわからんからな。必ず誰かはいるようにしてる。俺達だって勇者が心配なのさ。」

『ふーん、それで?勇者は目覚めないままだけど?』

「…あの女達が、私達がなんとかするの一点張りなのさ。」


『でも、あなたは原因をわかっているでしょう?』


さっき一目見てわかった。私と同じ魔法使いのこいつがわからないわけがない。


「…負のエネルギーが勇者を抑え込んでいる。」

『…それだけ?』

「あの女達が媒介になってる…。わかるだろ?」


魔法使いは手で髪の毛を掻き上げながら苦しそうにそう言った。おそらく負のエネルギーは例の魔の根元とやらが賢者と弓使いの感情を媒介にすることで勇者に強い影響を与えているのだろう。二人は操られているようなものだ。だから簡単な話、あの二人を潰せば解決してしまう。だけど、だからと言ってあの二人を排除して良い訳ないし、あの二人も優秀だからいなくなれば勇者の旅はより困難になる。そして、どんなにあの人達が迷惑でも、一緒に戦っている仲間だからこそあまり強く出られないのだそうな。仲間を人質に取られていてどうすればわからないといったところか。


「あの二人だってこうなる前は聖女とも仲良くやってたんだよ。だけど今じゃ二人とも聖女を目の敵にしているんだ。操られているのかと思うと余計にな…。」

『感情って面倒。』

「ああ、本当に面倒で厄介なやつだよ。」


他に良い案も浮かばず、事態は平行線のまま。でも、それでは何時までたっても勇者が役目を果たせないじゃないか。仕方ない、


『手伝おう。』


魔法使いは私の申し出が少し意外だったようだ。驚いてはいたけど、すぐに打ち合わせをしてくれた。やることはすぐに決まったので、私はさっさと意識をもとの体に戻すと、下準備をして寝た。




数日後、私は聖女ちゃんが王都に到着する頃を見計らって、再び意識体を飛ばした。


先日と同じように勇者の眠るところに向かう。聖女ちゃんはまだ到着していない。私は勇者を見守る魔法使いのそばでその時をじっと待っていた。

しばらくすると廊下をバタバタ走る音がして、聖女様が現れた。


「た、ただいま戻りました!!」


ゼーゼーと呼吸をする聖女様はベッドの上の勇者を見ると、


「良かったぁ、勇者様まだ生きてる!」


彼女はとても安心したみたいだ。


「ちょっと聖女!?ドタバタとやかましいわ!」

「それで?ちゃんと役に立つもの持って帰って来たんでしょうね?」


賢者と弓使いが聖女ちゃんを怒鳴る。


「すみません、決定的なものは見つかりませんでした。だけど勇者様の故郷のハーブで作った匂袋をいただいたので、少しでもふるさとを感じていただけるのではないかと…!」

「そんなわけのわからないものを!!」

「この役立たず!」


二人が詰め寄るので聖女ちゃんは勇者に近づくことが出来ないようだった。まぁ、得たいの知れない匂袋なのは確かだからな疑うのは間違っていないとは思うけどね。


「やめないか二人とも。」


ずっと静かにしていた魔法使いが声を発したのはその時だった。


「二人が心配するのもわかるが、どうだろう?せっかくのお土産だ、勇者の枕元に置いといてやれよ。その前に俺が安全かどうか鑑定してやるからさ。」


そう言って魔法使いは聖女の手から匂袋を取ると鑑定魔法でそれをチェックした。そして匂袋を聖女に渡すと、


「せっかくだから聖女様の浄化の奇跡でもかけておいてやれ。」


と言った。そして聖女ちゃんは素直に頷いて匂袋を浄化し始めた。


「あれ?」


彼女が何か違和感を感じたようで、可愛らしく小首を傾げたその時、


「ちょっと!?ちんたらしてないで!浄化したならさっさと渡してよ!」


叫ぶようにして弓使いが聖女の手から匂袋をもぎ取った。


その途端、彼女の手に握られた匂袋から強烈な光が発しられた。


光は球となり賢者包み込んだ。そしてそのままその体積を増やして近くにいた弓使いや聖女ちゃんまでをも飲み込んだ。魔法使いは直前に離れて、壁際の剣士と幻獣使いは強すぎる光に目を瞑った。意識体の私も身(?)をよじり、何も反応しないのは寝ている勇者ただ一人だけだった。


部屋が真っ白になった。


まぁ、シンプルな仕掛けだ。あの匂袋は私が聖女に持たせたもの。そして中身は魔法を吸収するように仕込んである。もちろんやたらめったら魔法を吸収されても困る、魔法を使える者が少なくても街には魔道具も含め様々な魔法が飛び交っているのだ。だから鍵となる魔法を感知するまではその効果を発しないようにプログラムしてある。そしてその鍵には魔法使いの鑑定魔法を設定した。そして、夜更かしして作った自信作の匂袋は聖女ちゃんの浄化をするする吸い込んだ。彼女が違和感を感じたのは力が吸い取られていたから。最後に賢者にかけられた負のエネルギーによる縛りに匂袋が反応し、内部の術式で力を増幅して浄化の力を放出した。それがあの光なのだ。


そう、それだけ。想像したシナリオ通りに事が進んだだけ。私は彼らが必要なものを作って渡しただけ。


普通に聖女ちゃんに説明をして二人を浄化させようとしても二人はそれを回避するだろう。ならば不意を突いて浄化すれば良い。聖女ちゃんに出し抜く能力がないのなら他の方法を。なんだ簡単なことじゃんと思うかも知れないけど、多分身内で解決するには事態が複雑になってしまったのだろう。


気がつけば光はおさまっていた。


賢者と弓使いが床に倒れていた。さっきの光をみる限り二人は十分浄化されたのではないか。強すぎる浄化の奇跡は体に負担となるからしばらくは倒れているんじゃないかな、その力の具現化みたいな聖女ちゃんは別として。


「えっ、ちょっと今何が起こったんですか…?」


戸惑いを隠さずキョロキョロしている彼女はピンピンしているとはいえ、さっきの衝撃で床に座り込んでいた。魔法使いは突っ立ったまんまびくともしないし、予め魔法使いが私の存在をぼかしてシナリオを伝えていたので剣士と幻獣使いは慌てることはないが、顔を見合わせたまま一言も発しない。おまけに女二人は倒れている。…聖女ちゃんの頭の中は大混乱なんだろうね。


見た感じ、勇者を抑えていた力も消えたし、彼が目覚めるのも時間の問題であろう。やりたいことはやったから帰っていいかな?ここにいて万が一面倒事に巻き込まれても嫌だし、長居せずに帰ろう。


そうして私はさっさと帰ったのだった。


心残りはないと言えばないが、強いて言えば魔法使いくんに挨拶してから帰ればよかったなぁ。



※※※




いつの間にかあの存在がいないことに魔法使いは気が付いた。そして事を残念に思った。彼は先程までに起こったことが未だに現実として受け止めきれていなかった。先日、現れた正体不明の意識体は自分達が抱えている問題を気まぐれだと言って見事解決したのだ。おまけになんだ、あの匂袋は。事前に中身を聞いていたけれども、あの中に詰め込まれた術式は非常に緻密で決して素人が出来るものではなく、熟達した技術によるものだった。彼女が自分の力を隠していると言っていたことを思い出し、妙に納得したところで彼の意識はようやく思考の海から元の世界に戻ってきた。


そういえばと、自分を少々訝しげに見つめる聖女を横目に彼は勇者のベッドに歩み寄った。抑え込んでいたエネルギーから解放された勇者の寝顔からは以前のような寝苦しさは感じられなかった。


そして、とうとう勇者は目覚めた。突然パチリと目を開くと彼の目は魔法使いをとらえ二人の視線が重なった。


「おはよう、ようやくお目覚めか。」


ニヤッと魔法使いは勇者に声をかけた。


「あぁ、おはよう。」


久しぶりに出た勇者の声は少しかすれていた。そしてその事で勇者が目覚めたことを知った聖女は言葉を失い、彼女は知らぬうちに両頬に大粒の涙をこぼしていた。魔法使いが彼女に勇者が目覚めたことを外に知らせて来いと言うと、彼女は慌てて部屋を走り出ていった。魔法使いは勇者が起き上がるのを手伝った。剣士と幻獣使いはずっと黙っていた。


「勇者、お前はずっと呪いにかかっていたみたいなものだったんだよ。」

「そうかそれでか。…なぁ、魔法使い。俺、ずっと嫌な夢を見ていたんだ、だけどあんなに嫌だったのに内容は少しも覚えていないんだよ。」

「嫌なことだったのなら忘れて良かったんじゃないか?」

「それもそうか…。だけどな、一つだけ覚えているんだ。夢の最後、目覚める直前、遠くに見覚えのある人がいて手招きしていたんだ。それでそれに近づこうとしたら目が覚めたんだ。誰だったんだろう、知っている人だとは思うんだけど…。」


勇者は宙を見つめながらそう言った。魔法使いはきっとあの意識体のことだろうと思った。


「そうか…、まぁそんなことより忙しくなるぞ。お前が寝ていた穴は大きいからな。」


魔法使いは気が付けば勇者の話を反らしていた。なんとなく心がモヤモヤしていた。その後彼は勇者が目覚めた後処理に忙しくなった。そしてそれもようやく落ち着いた頃、彼は気が付いた。

彼は羨ましかったのだ。彼は自分が出会ったあの存在を知ってはいるがあったことはない、姿を知らない。だけど聖女と勇者はそれを知っている。勇者の故郷に住んでいると言っていたからかつて知り合いだったとしてもおかしくない。勇者が覚えていなかっただけで、彼の夢の最後に現れたのはきっとあの存在だろう。あれの持つ技術が凄いことを知っているのは自分だけなのに彼は本当の姿を知らない。知っている二人が羨ましかったのだ。


彼はあの意識体でやって来た同じ魔法使いという存在である人物に会ってみたいと思った。一体どんな人物だろうかと。



彼はまだ知らない。その存在が若い娘だということを。



※※※



私はまだ知らない。あれから魔法使いがうちに意識体で遊びに来ることを。


私はまだ知らない。まだ勇者一行との関わりが終わっていないことを。


私はまだ知らない。この時の魔法使いとの縁がこの先ずっと続いていくことを。

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