君の親友でよかった
世界が終わる。
明日が消える。
そんな日が来るなんて、誰も考えやしなかった。誰もが今しか見えてなくて、今を生きることに精一杯で、未来を見てるなんてただの思い込みで……
「私は……」
・・・
8月17日
私はいつもと変わらない夏休みを過ごしていた。
「ねぇ夏海、課題終わった?」
「もちろん!7月中に終わらせたよ」
「マジか〜。私まだ真っ白」
「それは……さすがにそろそろまずいんじゃない?」
私は、一緒に買い物に来ていた友人と他愛もない話をしながらショッピングモールを散策していた。
今日は普通の日で、少し暑いこと以外は平凡な日常だった。
「大丈夫大丈夫!夏海が終わってるなら私はそれを写せるから!」
「それ……穂乃夏のためになるの?」
「さぁ?でもテストの点なら取れるよ?」
「天才は言うことが違うな〜」
「何何?褒めても何も出ないよ?」
「褒めてない褒めてな……あ!お昼あそこで食べよ!」
私は、目の前にお気に入りの喫茶店を見つけた。話の途中だったけど、話そうとしてたことなんて飛んじゃったし、なんかどうでも良くなって穂乃夏の腕を引っ張って喫茶店に入った。
「もう……!ちょっと強引すぎない?!」
「え?あ!ごめんつい」
「別に大丈夫だけど。それで何食べる?」
「う〜ん、私はこれ!」
机の上に開かれたメニュー表のパンケーキを指さしてそう言うと、私の方を見ていた穂乃夏がニヤリと笑った。
「私もそれ頼もうと思ってた!それじゃ、店員さん呼ぶね」
穂乃夏は慣れた感じで店員さんを呼び、私の分の注文もしてくれた。私は人と話すのが苦手だから、こういう時はいつも穂乃夏がやってくれる。
「ありがとう」
「大したことないわよこれくらい。いつも課題写させてもらってる分!」
「なんだろう、なんか複雑」
「ちょっと〜!それどういう意味?」
「さぁ?」
私たちはパンケーキが来るまでの間、他愛もない話に花を咲かせていた。
そんな中、穂乃夏がふと思い出したか口調で1つの話題を口にした。
「そういえばさ、今日、世界が終わるらしいよ」
「え〜?ただの迷信じゃないの?」
「それが、意外と有力説らしいよ。なんか、巨大隕石がどうとか」
「そんな漫画の世界みたいなことありえないって。それに、もし仮に隕石が来るにしても、日本に落ちる可能性の方が低いって」
「そっか……そうだね。ちょっと気にしすぎちゃった」
「……?」
私は、穂乃夏の表情に違和感を覚えた。初めて見る表情だった。
「お待たせしました」
「お、きたきた!」
でも、その正体を確認することが出来ないまま、机の上にパンケーキか運ばれてきた。
また後で確認すればいいや。
そう思って、私はパンケーキに意識を集中させることにした。2度と来なくなってしまった、「次」に期待して。
・・・
私たちがパンケーキを食べ終わった時、空間に巨大な警報音が響き渡る。
『隕石接近!隕石接近!直ちに避難せよ!』
真っ赤な光に沈んだ空間。その空間を支配する悲鳴、怒号、困惑。世界中に響いているのではないかと感じるほど巨大な警報音。
「……え?」
「夏海逃げよう!早く!!」
そんな中心で私は、非情な現実を受け入れられないまま呆然としていた。そんな私の手を引いて、穂乃夏は出入口に向かって走り始めた。
「やっぱり……!」
「穂乃……夏?」
「本当だったんだ……!あの……夢は!」
穂乃夏の顔は後悔に歪んでいた。出口が近づくにつれ、私の手を握る力が強くなる。
「絶対離さないで!私と一緒に!」
「う……ん!絶対離さないよ!」
私は精一杯笑った。正直、もう走るのは限界だった。でも、穂乃夏がいたら、まだ頑張れる気がした。その矢先だった。
「……痛?!」
「夏海!!!」
上から降ってきた何かが、私の顔の右側に衝突した。鈍い衝撃。私は、あまりの衝撃に耐えられなくなってその場に倒れてしまった。
「夏海……!顔が!顔がぁぁぁ!!」
「……ぇ……?」
「右側が……もう……」
私は、言われるがままに右手で顔の右側を確認しようとした。でも、動かない。視界が少しずつ歪み始める。意識が少しづつ落ちていく。
「私のせいだ!私の……私の、せいで!!」
意識の端で、穂乃夏が悲痛な叫びを上げながら泣いている姿が見えた。
泣かないで。私は大丈夫だから。
その言葉を、届けることが出来なかった。
・・・
目の前で親友が死んだ。上から降ってきた天井の破片が顔に直撃して。
「あ……あぁ……」
私は、まだ時間があると思ってた。警報音が流れてから私たちが逃げ切れるくらいには。でも、甘かった。起こっていたのは、隕石だけじゃなかった。
「夏海……ごめん……本当にごめん!」
私は、自分の見通しの甘さに腹が立って仕方なかった。どうしようもなかった。
目の前で力尽きた親友を見て、立ちあごることが出来ない私のところに、容赦なくガラス片が降り掛かってきた。
「あぁ!!?」
体中を何かが貫く感覚。全身から何かが流れ出る感覚。そして、そこが火傷しそうなくらい熱くなる感覚。
「うぅ……」
私は、意識が朦朧とし始めるのを感じながら、地面に倒れた。隕石の警報音は、まだまだ鳴り響いている。
今日、世界が終わる。今まで当たり前のようにあった明日が消える。平凡だった1日が、本当に世界の終わりになるなんて思いもしなかった。予知夢のような夢を見た私でさえ、今を生きるのに精一杯で、未来を知ってるつもりになってただけだった。
「私は……」
意識が消えゆく間際、僅かに動く手を親友まで伸ばした。
「私は……君の親友で…………」
その先の言葉は、声にならなかった。夏海の頬に手が触れた瞬間、私の意識は完全にこの世界から消えた。
・・・
私の最後の一言は、ちゃんと夏海に届いたのかな?
届いてると、いいな────