第三章24 『安息の時』
「アル、今のって……」
「多分な」
ライゼ達も話を聞いていた分例の巨大な何かと地震を結びつけるのは容易だったのだろう。収まったかと思いきや駆け寄って来てそう言われる。
こうして二日続けて異変が起ると立ち止まってる暇なんてないんじゃないかって思ってしまう。早くしないと洞窟が崩壊してしまうのかもしれないのだから。でも体は休めないといけない。使い過ぎるといざと言う時に倒れてしまうだろうから。
「今すぐには向かわない。一日体を休めるんだ」
「……そうか」
そう言うとションボリしながらも頷いた。
アルだって行きたいのなら行きたい。でも第二層で体力を消耗したのは確かだし、第三層で待ち構えているのは上級の魔物とアレ以上の原生生物。そんな中で体力を消費した状態で飛び込むとどうなるかなんて子供でも予想出来る。
「でも、明日の朝になったらすぐに向かう」
言葉の最後にそう付け加えるとライゼは顔を上げた。全く、行きたいんだか行きたくないんだか。きっとどっちもどっちの感情が頭の中で渦を巻いているんだろう。
ナナも状況を理解出来ている様で、フィゼリアと一緒に頷いていた。
――すぐに向かうと言っても、到着するのがいつになるかは分からない。距離が分かっても強さが分からない以上あまりゆっくりし過ぎるのも非効率的……。
脳裏でそう考えた。
難易度は攻略者の強さによって左右される。その法則で行くのなら第三層でもきっと苦戦するはずだ。それも第二層以上に。
しかし戦闘で消耗したり忙しすぎたあまり置いてきてしまった道具も多々ある。十人分もの荷物を確認して買い足すのなら最低でも一日は掛かる。
ここは洞窟の中なのだから既に太陽の光は届いていない。だからいつ出発しても視覚には影響しないのだけど、それでも眠気も大敵となるはずだ。だからこそ休まない訳にはいかない。
気持ちが先走らない様に精一杯自制しつつもみんなに言った。
「一先ずジルスが宿を確保するまでここで待機しよう。まぁ十一人も泊まれる宿なんてそんなに無いと思うけど……。二人が来るまで覚えてる範囲で買い足さなきゃいけない物を買っておいて」
「わかった」
するとライゼ一行は四人で集まりながらも何が足りないかを確認し始めた。そして残されたクロードはこっちによって来ると呟く。
「俺は特に持ち物はねぇからそこらへんでもブラついてるぜ」
「りょーかい。来たら伝えるよ」
彼はそう言ってどこかへ歩いて行ってしまう。どこかと言ってもこの街の範囲は限られているし、そこまで遠くには行かないはずだ。だからきっと大丈夫……と思ったのだけど、《深淵の洞窟》に出発する前に言われたジルスの言葉を思い出して咄嗟にクロードを制止させた。
「――ってストーップ!」
「んおっ、どした?」
「クロードはどこか行っちゃ駄目! そこで待機!」
「えー、でも暇だし……」
「待機!!!」
「お、おう」
もうあの時の様に探し回るのは御免だ。だからこそクロードをキャンプ内に縛り付けてどこにもいかないように言い聞かせた。
そしてアリスとノエルはと言うと、何だか楽しそうにショッピングをしているので安心して放って置く。流石にクロードみたいなことはしないだろうし。
やがてアリシアは肩をつつくと言った。
「アル、ちょっといいですか?」
「ん。どした?」
「少し確認したい物があって……」
そう言うとアリシアは道具屋みたいな所を指さした。アルも特に何もする事がないから頷くと表情が明るくなっては嬉しそうにサイドポニーの部分をフリフリと左右に振り始める。……いつからそんな犬みたいな感じになったっけ。
アリシアは手を掴むと颯爽とその道具屋の中へと入り込んだ。
「じゃ、行きましょう!」
「ああ」
――――――――――
「……ここが、宿?」
「“十人”で安いトコ見つけるの大変だったんだぞー」
お金は道具を買い足す為に使うからなるべく控えなければいけない。しかし十一人で泊まるとなればそれ相応の値段となるし、だからこそ安い宿を探さなければいけなかったのだ。
しかし見つけた宿が古ぼけた宿とは―――――。
「ちょっとまって。今十人って言った?」
「ああ。十人だけど」
「……十一人なの覚えてる?」
「んなの分かってるよ」
けれどクリフは余裕そうな顔でそう言う。
まぁ理由は分からなくもない。元より十人で一気に同じ宿に泊まるとなるとかなり大きいかつ安い宿を見付けなければいけないのだから。
やがてジルスは言った。
「ナナはフィゼリアの嬢ちゃんと一緒に寝てるんだろ? なら一緒のベッドの方が良いと思ってな。それにそっちの方が一部屋分払わなくて済むし」
「ああ、なるほど」
確かに今の所ナナとフィゼリアは一緒のベッドで寝ている。どうせなら一部屋に三人分止まらせようって考えだろう。そっちの方が宿代は浮くし一石二鳥だ。
するとあまりにも見た目がボロボロな宿に対してライゼが呟く。
「一応聞くけど、これ本当に大丈夫なんだよな?」
「安心しろ。見た目はアレでも中身は本物だ」
「よくもまぁこういう所探して来るよなぁ……」
ジルスの言葉で王都での出来事を思い返す。あの時も見た目は古ぼけて誰も近寄らなさそうだった宿を見つけ出しては格安で止まったっけ。
彼の感と運の良さに羨ましく思いながらもその宿に入って行った。前回はコンセプト上の問題で古ぼけていたけど、今回はこんな状況だからこそ文字通りのボロボロだった。まぁ、洞窟の中な上に格安なのだから仕方ないといった所か。
既に受付も済ませている様で、クリフは入って早々鍵を貰ってそれぞれに投げつけると階段を駆け上って言った。
部屋は五部屋。フィゼリアとナナは一括りにしてそこから部屋の振り分けが始まる。それも結構すぐきまってしまうのだけど。
「んじゃあ、俺とアル坊が同じ部屋で、ライゼとウルクス、アリスにノエル、アリシアとクリフ、フィゼリア&ナナとジルスって振り分けはどうだ?」
「私は問題ないですけど、ナナちゃんがどうするか……」
そう言って全員でジルスを見る。
いくら神秘の森の戦闘で一緒にいたとしてもそれだけでナナがあの顔に適応するとは思いずらい。普通に見てもそれなりに怖い顔だし。
しかしナナは表情を緩ませると素直にジルスを受け入れた。
「私、ジルスおじちゃんと一緒でもいいよ?」
「おじさんって、今までそう思ってたのか。これでもまだ二十八なんだけど……」
「まぁ顔に年齢以上の人生刻んでるから……」
さり気なくおじさん認定されていた事にがっかりしながらも自分を受け入れてくれた事には喜んでいるみたいだった。
あの戦闘の中でナナがジルスを受け入れるくらいには信頼出来たって事なんだろう。彼は手練れ以上の冒険者だし、いくら大罪教徒が襲っていたとは言え一緒にいれば凄く安全だったはずだ。
「それじゃあ一旦荷物でも置こうか。それから足りない物を確認して買い足そう」
「りょーかい」
今考えてみれば全員分の荷物はクロードが運んでいるからアルの部屋はかなり窮屈になるのではないか。言い方は悪いけどこんな宿じゃ部屋も小さいだろうし。
歩く度に床がギシギシと音を立てる中進み続けた。それから部屋を開けるのだけど、案の定そこはボロボロで狭苦しい部屋。その時に二人はテレパシーでも使ったかのように互いの思っている事を察せた。
――せっま……。
外見から予想は出来てたけどまさかここまで狭いとは。畳で言うと四,五畳といった所だろうか。まぁ、宿って言うのは寝泊りするだけの建物だからベッドさえ並んでいれば形上は宿になるのだけど……。
「荷物置いただけで窮屈になるな」
「まぁ仕方ないさ。野宿しないだけありがたいと思わねぇと」
一応クロードの言う通りなので言いたい事は胸に秘めておく。
そこからみんなが集まって足りない道具をチェックする事になるのだけど、そうなればもう部屋はぎゅうぎゅう詰めになる。だからこそ時間が掛かってしまい、足りない物の確認が出来た頃にはもう夕方にまで差し迫っていた。
ちなみに太陽がない所でどうやって確認しているのかと言うと、この世界には少なからず時計が存在する。中には懐中時計もある訳なのだけど、どうやらこの世界じゃかなり高額の物らしく、普通の人には到底手に入れられないらしい。
そうしてみんなで足りない物の買い足しが始まった。
なんだか街の雰囲気もあってここが《深淵の洞窟》だという事を忘れてしまいそうな程だったけど、それでも絶対に忘れちゃいけない。いくら街中と言っても、ここも第三層である事は変わりないのだ。いつ死んでもおかしくない状況下にいる事だけは忘れないようにと頭に刻み続けた。
――――――――――
「なぁアル坊」
「ん?」
夜。
そろそろ寝ようという事で床に就いたのだけど、目を瞑った瞬間からクロードにそう喋りかけられて仕方なく目を開ける。
すると彼は小さく呟いて。
「お前は最深部にまで行って何をするつもりだ? 初めての攻略者として名が欲しいのか?」
「…………」
そう言えば彼には話していなかったっけ。メンバーの中でアルが異世界人だと言う事を知らないのはクロードだけ。せっかくの機会だし、この場でしゃべってしまおうとアルは口を開いた。
「この話は信じられないと思うけど、でも本当に起った話だ」
「ああ」
「俺は、この世界とは違う世界に生まれて、死に、そして名前を代償にしてこの世界に転生した。だから俺はその真実を探す為に最深部を目指してる」
するとクロードは少しだけ応答停止してから反応した。最初は驚くか嘘話だと噴き出すかのどっちかと思ったのだけど、クロードはその話を受け入れると軽く微笑みながらも言う。
それも今の話を信じながら。
「そうか」
「……信じるのか?」
この話をした時、特に抵抗を見せなかったのは可能性を知っていたアリシアだけだった。それにこの世界の住人は異世界転生なんて予想もしてないだろうし、アルの元いた世界みたいに空想の話だけのはずだ。それなのに彼は受け入れてくれた。
それには彼なりの理由があるみたいで。
「昔っからある英雄譚に憧れててな。異世界から転移してきた少年が英雄を目指して駆け上がる話。アル坊も知ってるだろ?」
「大英雄……」
「そう。異界から現れし大英雄。それに憧れたんだ。……だからかな、アル坊の話には驚きとかそう言うのは感じねぇんだ」
《世界衝突》にて現れた異界の英雄の物語――――。アルも憧れたっけ。
クロードもそれに憧れていたんだ。そんな事に驚きつつも目を瞑る。このまま話すのもいいけど、今は寝るのが最優先だから。
「もう寝よう。明日も早いし、続きは明日話すよ」
「……そうだな」
そう言ってクロードも目を瞑る。
気になるはずだ。でも、何も問いかけては来なかった。気を使っているのかそれとも本当に寝ようとしているだけか。アルには分からないまま夢の世界に潜り込む。
明日でどんな事が起るかも知らずに―――――。




