第三章14 『謎が謎を呼ぶ』
「何か感じるか?」
「いえ。まだ懐かしさしか……」
「そっか」
あれから少しの間だけ遺跡の奥へ進んだ。幻想的な雰囲気を作り出す遺跡の中を歩いているとアルまで懐かしい気持ちに囚われてしまって、特にそういった過去も無いのにしみじみとしてしまう。
どうやらこの遺跡は城と言うよりかは別荘みたいになっている様で、王室がなければそれっぽい銅像とか装飾物も見当たらなかった。つい貴族のお城だと思っていたアルは例の男の子に付いて考えながらも進み続けた。
「この部屋もそれっぽい物はないか」
「何か泥棒みたいになってません?」
冷静なツッコミを受けつつもじっくり部屋を探索しては何か異常がないかを確かめる。こういう遺跡の部屋は何か仕掛けとかがあってもおかしくないのだけど、特にそう言う物もないみたいだった。
他の部屋も姿は一緒で、壁に苔が生えては埃が被ったまま。たまに小さなトカゲがいるくらいだ。
どうしてこの遺跡の周辺には魔獣が寄り付かないかなんて分からない。でも近寄らないのであればじっくりとした探索が可能だし、焦る必要もないので気になる所は全て確認する。……まぁ、本当なら急いで第二層のキャンプへ行かなければいけないのだけど、状況が状況だから仕方ない。
そうしてまたもや部屋を探っているとアリシアが問いかけて来る。
「あの、アル」
「ん?」
「戻らなくてもいいんですか? きっと、みんな急いでキャンプに行ってるはずですけど……」
「…………」
その言葉に黙り込む。そりゃ、あのみんなが全力を出せば半日もかからずに第二層のキャンプに到達できるだろう。だからこそアル達も先を急がない訳にはいかない。だから、そんな疑問が飛び出て来たのだろう。
やがてアルは言葉を探しつつも答える。
「みんなならすぐにでもキャンプに辿り着くはずだ」
「なら……!」
「でもここに遺跡があるのはおかしくないか? 魔獣が近寄らないのも、アリシアが無自覚に反応したのも。なら俺はその正体を確かめたい」
すると今度はアリシアが黙り込んだ。
きっと彼女も迷ってるんだろう。自分自身もその謎について解明したいけど早くキャンプに向かわなきゃいけない。さっきからの言動でそれが手に取るように分かる。
「確かに向かわなきゃいけないよ。けどアリシアの自分すらも分からない過去があるのなら、俺はそれを知りたい。きっとそこに何かがあるはずだから。アリシアもそう思ってるんだろ?」
「……知りたいです。凄く。どうしてこんな張り裂け層な感情を抱いてるのかも。ですけど、いくらここが安全だと言ってもずっととどまる訳には……!」
飛び出て来たのは間反対の意見。片方は本人すらも知らない過去を知りたいと望み、片方は賛同しつつも仲間の為にここを離れようと望んでいる。
アリシアのいう事も一理あった。でもここを離れたらきっと戻って来る事は出来ない。方角を覚えていたとしても途轍もない量の魔獣が来るはずだから。
「私だって知りたいですよ。でもみんな私達を信じてくれてます。それなのに、戻らないんですか」
「…………」
その言葉が胸に刺さる。
何を先にしても生存報告をするのが最優先だろう。この洞窟の中じゃいつ死んだっておかしくない。だからこそ生存報告をすれば連携も取りやすいし余計な勘違いも起きない。この洞窟で唯一の生存術となるのだ。
けれど進めば後戻りをする事はほぼ不可能。それがこの洞窟の特徴でもある。アリシアもそれを分かっているはずだ。
「進めば正規の道以外で後戻りはできない。だから俺はここの正体を知りたい。進まなきゃいけないのは分かってる。留まっちゃいけないのも。――でもここで欠けた過去を知れるのなら、俺はその可能性に賭けたい」
するとアリシアは目を皿にしてアルを見つめる。
生存報告を無視してまでやりたい事。そんなの死にそうな時くらいにしておいた方がいいだろう。でも、今はその事を何よりも知りたくて。
「根拠も何もないけど、ここはアリシアと繋がってると思うんだ。きっとここに、アリシアすらも忘れた真実が眠ってるはず。だから、それを知りたい」
彼女の事を完全に理解しようとしなかったくせに何を言う。自分自身にそう叫んだ。今まで自分の事で精一杯だったのだからそう叫ばれても仕方ない。
でも、もしもう一度アリシアを理解しようと走れるのなら、全力で走りたい。
アルの強い言葉に圧されたのだろうか。アリシアは少しだけ考えると自ら折れてくれた。やがて一息ついてから呟く。それもアルには聞こえないくらいの声で。
「……ホント、馬鹿みたいに優しい人なんだから」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
そう言ってアリシアは遺跡の探索に入った。だからアルも何か手がかりはないかって色んな所を探り始める。
脳とかの知識にか詳しくないけど、前にあまりの衝撃を受けると脳が自発的にその記憶を遮断だか消去するって聞いたことがある。覚えてないのに懐かしさを感じるって事はそういうアレなのだろうか。となるとその記憶はアリシアにとって無意識に消してしまいたくなるくらいの過去で――――。
本人がこの事を知っているかは分からない。でもそれを思い出した時、きっとアリシアは衝撃を受けるはずだ。脳が無意識に切り離す様な記憶なのだもの。衝撃を受けたって仕方ない。
でも、そんな記憶だったとしても、何かしらの真実に近づけるのは確かなはずだから。
アリシアとこの遺跡の関係――――。もし本当にアリシアがここを知っているのなら少なくとも二千年も前になるだろう。二千年なんて言う果てしない時間の中で遺跡が完全に崩れないとは思えないけど。
……いや、違う。もしこの洞窟が意図的に作られた物だとしたらどうだろう。誰が何の為に作ったのかなんてもちろん分かる訳がない。でも、仮に誰かが作った物だとするなら、何の意味があって作られたのだろうか。
“最深部には世界がある”。その噂ってどこから出たのだろうか。
誰も到達できないからこそ夢があるのは分かってる。何も分からないからこそ噂と言うのは立つものだ。でも誰がそんな事を最初に言ったのだろう。
最深部には世界が……《世界の中枢》があって、洞窟の中には建てられないはずの遺跡があって、その遺跡にはアリシアと関わりがあって、つまり《嫉妬の邪竜》とも関係があるはずで。繋がりそうで繋がらない謎に悶絶する。
――何で《深淵の洞窟》はここまで異常な世界なんだ? 普通じゃないからこそ何かの力が働いてるはず。実際に力場だって変な所があるし。じゃあ、その理由は……?
二人で遺跡の奥に潜り込みつつも考え続けた。
考えるだけで到達できる真実じゃないのは分かっている。でも考えずにはいられなくて、考える度に謎めいた《深淵の洞窟》に疑問を抱いて行った。
――この遺跡は、どうやって作られた……?
まずは一番簡単そうな遺跡の謎から考える訳なのだけど、そもそも遺跡はこんな洞窟の中で作れるような物じゃないはずだ。それに魔獣が近づかないようになっているだなんてもっと怪しい。
何か特別な力が働いてるのは確実。じゃあその力を働かせたのは誰か。
アリシア自身もここが何なのかが分からない以上関連付ける事が難しいはずだ。現状で分かるのはアリシアが無自覚にこの遺跡に反応したという事だけ。
「アル、これ……」
「うん?」
そしてある程度まで進むと扉を開けたアリシアがある物を発見する。そこにあったのは部屋を突き抜けて外まで伸びた大きな樹木。差し込む光によって神秘的な光景が作り出されていて、その美しさに目を奪われてしまう。
のだけど、大事なのはその根元に置かれていた物で。
「古びた本……」
根が絡み付いた古びた本を手に取る。
そして顔を合わせては同時に頷く。ここに置かれているのなら何かしらの意味があるはずだ。だから、きっとこれにこの遺跡の真実が書かれているはず――――。
けれどその中に書いてあったのは遺跡とは全く関係のない言葉で。
「君が……んでいる時……はきっ……だから、お……。読めない上に訳分からないな」
「大分痛んでますからね」
あまりにもボロボロで解読どころかきちんとした文章すらも読む事が出来なかった。それに内容からしてここに迷い込んだ誰かのメモ帳だろうか。こんな洞窟じゃ迷い込んだ挙句にここに留まり死んだっておかしくないけど。
「名前もなし。いつ書かれたのかも特になし。手掛かりかと思ったけど、攻略者の遺品か……?」
「私達みたいに縦穴から落下したんでしょうかね?」
様々な憶測を立てつつ見てみるけど、この遺跡に関連している情報は無さそうだった。相当古ぼけている所からきっと数十年は経っているんだろう。遺品を身内に届けるなんてルール的なのは存在しないけど、それでも一応ポケットにしまって合掌した。
ここで死んだ訳じゃないだろう。でも、そうだとしてもこれはその人がここにいた証でもあるから。
「……他に何かないか見て回ろう」
「はい」
気を取り直して他の部屋も全て確認してみる。それからまたさっきみたいな確認する時間が始まり、いくつもの扉を開けてはその部屋を物色し続けた。
時々ボロボロになった服とか錆びついた剣とかが見つかるけど、それらは重要と言うにはあまりにも簡素で雑な物だった。
「……そう言えば、アリシアが大罪になってからも世界は大体滅んでるんだよな」
「みたいですね」
「よくこの遺跡残ってたよな」
「言われてみればそうですね……。比較的に近いソルジア領域は元々この世界の領地じゃなかったみたいですし、その他にもこの世界は最低でも八度くらい滅んでますから……」
「思えば思う程よくこの世界まだ存在してるな……」
この世界は《七つの大罪》によって七度終焉を迎えている。そして《世界衝突》によって八度目の終焉。何か、ここまで終焉を迎えているとこの世界が可哀想だと思えて来る。
遺跡がいつ建てられたかは分からないけど、アリシアが大罪になって世界を滅ぼしてからも一度は世界が滅んでいてもおかしくない。《七つの大罪》が世界を滅ぼした順番を知りたい所だけど、そこは仕方ないだろう。
やがて一つの可能性がアルの脳裏を横切った。
「崩壊……」
「はい?」
「この洞窟が何かしらの崩壊で生成された物なら、どうだ?」




