第三章10 『攻略開始』
「――右前方に反応多数、来ます!」
体力を温存する為小走りで第一層の中を駆け抜ける中、アリシアの言葉で咄嗟に全員が武器を引き抜いた。そして言われた方向を見つめるとそこから低級の魔物が何匹か突っ込んできて、アル達はそれらを全て一刀両断の元に斬り伏せた。
どうやら第一層に出現する魔物は全てが低級の魔物らしく、一度魔物と戦っているのなら一人でも突破出来る程の難易度らしい。ちなみに第一層は森みたいな感じで構成されている。樹海みたいなイメージだ。
だけど、簡単とは知っても緊張の抜けきらないみんなはいつも以上の集中力で第一層を駆け抜けていた。
「しっかし暗いな。変な力場が働いて光は入って来てるらしいけど、目を凝らさなきゃ見えないぞ……」
「見えるだけでも上等って思うべきだろう。《深淵の洞窟》は斜めの構造になってるから進めば進む程暗くなるって言うしな」
「全く違うぞ」
「えっ?」
「この洞窟にゃ変な力場が働いてるからこそ進めば進む程明るくなるらしい」
クリフの言葉にクロードがそう返し、それにジルスが返す。
確かに真上から太陽の光はなく、見える光は洞窟の出入り口から微かに入って来る太陽光だけだ。それも変な力場が働いているおかげらしいけど。
本にも似たような事が書いてあった。まぁ、それは第三層まで進めば進む程力場によって光は微かに強くなるって変な説明だったけど。
定期的に止まっては逐一周囲を確認する。難易度の割には流石に気にし過ぎな気もするけど、それでも普通に行くだけでも「自殺行為だ」って言われるのだから仕方ない。少しの間ここに留まっていればそれにもなれるだろう。
やがて分かれ道に到達すると一行は立ち止まった。
「分かれ道……。右が第二層で左がセーフキャンプか」
「当然右だな」
「ああ」
看板にはこうも書いてあった。【右は近道だけど魔物が多い】と。けれどこの面々なら並大抵じゃ動じないはず。そんな確信があったからこそ躊躇わずアルは右側の通路に向かって脚を向けた。
早く最深部にまで辿り着きたい。そうは分かっていてもまだ四層もあるのだ。それに進めば進む程層の大きさは狭くなるけど敵も強くなるだろうし、騎士も来ないから第五層はまだ未知の領域。だからこそ進みたい気持ちとは裏腹にブレーキをかけなきゃと本能が呼びかける。
森の中から出て来る魔物は大体が見た事のある種類だったけど、中には初めて見るタイプの魔物も潜んでいる。だからその度に大量の魔物を見慣れたクリフとジルスが対処してくれていた。
しばらく進んでは第一層の難易度に慣れたのだろうか。大分余裕を取り戻したライゼは呟いた。
「にしても出現する魔物は思ったより弱いんだな。これじゃあ地上にいる魔物の方が手ごたえあるぞ」
「弱いからって油断するなよ。力が弱くてもとんでもない能力を持ってる奴もいるんだから」
「例えば?」
「死んだ瞬間に内臓を破裂させて強い麻痺性のガスをばらまくキノコ型の魔物とか」
「ひぇっ……」
けれどジルスの言葉を聞いて気を引き締めた。中には死んだ瞬間に体液を撒き散らして寄生する魔物もいるって言うし、どんな種類が現れるかなんて書いてないのだから気を引き締めなければいけない。
みんなもその話で鳥肌を立たせると今一度警戒を強くした。
「それに第一層は広い。だからこそどこに何がいるか分からないんだ。警戒は怠るなよ」
「今みたいな話を聞けば嫌でも警戒するって……」
ジルスの言葉にアルがウルクスが返す。
当然アルも同じ様に反射的に警戒しながらも進み続けた。
そうだ、慣れちゃいけない。危険な事に慣れてしまったらいつか足を滑らせてしまうだろうから。だからこそアルもいつ魔物が襲って来ても言い様に手を柄に持って行った。
そうしてしばらくの間ちょいちょいと会話を挟みながら進んで行く。道なりに進んで行けば第二層に到達できるのだろうけど、あまりにも長いのと景色が同じせいで一行に進んでいる気がしない。天井では所々魔鉱石が輝いて星みたいになっているけど、そこもいくら進んでも動かないから妙な錯覚に陥った。
「これ本当に進んでるんだよな……?」
「ああ。あまりにも大きすぎるから感覚が狂い始めてるんだ。気をしっかり保てよ」
心配になってクリフに問いかけるとそう言われる。だから気張って前へと進み続けた。広いとは言ってもどこまで広いのやら……。そう思いつつ進む。
進めば進む程魔物の数は減って行き、周囲は静かになって行った。森育ち……だからって理由じゃないだろうけど、それでも明らかに何かがおかしい事だけは理解出来た。だからこそ憶測の状態でジルスに問いかける。
でも返って来た言葉は残念ながら想像通りの言葉で。
「……静かすぎる。なぁジルス、低級の魔物って上級の魔物から離れたりするのか?」
「群れてない場合はな。上級が親玉になって低級が配下に付くってのはよくある事だが、今回はそういう状況じゃないみたいだ」
「って事は近くにそれなりに強い魔物がいるって事か……」
そう言うとみんなは反応して柄に手を持っていく。
魔物の生息区域なのに周囲にいないってなるとそう言う事だ。さっきの看板に書かれていた言葉を思い出しつつも気を付けながらもより警戒して歩く。
のだけど、《深淵の洞窟》が牙を剥くのはここからで。
周囲に気を配っているから全員が気づけなかった。地面からある物が迫って来ている事に。足元に妙な感覚が訪れたと思った時には地面から何か大きなものが飛び出して来て、アルを見るなりその鉤爪を思いっきり突き立てた。だからこそ驚愕しながらもその魔物を反射的に切り裂いた。
しかしそれだけじゃ終わらない。それから同じ様にして周囲にもモグラ型の魔物が出現するとみんなを囲んだ。
その瞬間に森の奥から伸びて来た触手っぽい何かに足首を掴まれる。
「しまっ――――」
「アル!?」
そのまま何の抵抗も出来ずに森の中へと引きずり込まれてしまう。だからアリシアが即座に浮遊して追いかけて来てくれるのだけど、その跡を追おうとしたみんなは次々と出現する魔物に阻まれた。
やがて体が上空へ打ち上げられると何がアルを引き込んだのかを理解する。
――植物型の魔物? それも結構デカい!?
食虫植物が大元になっているのだろう。大きな口を開けると緑のドロリとした液体を見せびらかした。生理的に無理な見た目をしている相手だけど、それでもアルは触手を断ち切ると自由落下を始めてその魔物に一直線へ落下していった。
けれど間一髪でアリシアが拾って助けてくれる。
「アル、大丈夫ですか!?」
「何とか……。それより次来るぞ!」
するとあろう事かその魔物は地面から足の様な物を出しては離れようとするアリシアを追いかけた。そして触手も伸ばして来るのだからびっくりする。
「えっ、動くの!?」
「そりゃ生き物ですからね」
「そう言う問題?」
やがて炎の弾を飛ばして燃やし尽くすと交戦しているみんなの元へ戻って行った。何と言うか、迫力の割には呆気ないと言うか。まぁ植物なのだから炎に弱いのは当たり前だろう。
そう思っていた時だった。
「――避けろ!!」
「っ!?」
突如背後から伸びて来た触手を間一髪で回避する。咄嗟に振り返ると燃えたはずの魔物は完全に炎を振り払いながらもこっちに触手を伸ばして来ていた。植物なのに火が効かない事に驚愕しているとある結論に辿り着いて。
「火が効いてない!? 何で!?」
「多分普通よりも強力なんでしょうね。こんなに魔物が蔓延ってれば当然な気もしますが」
「そう言う問題なのか……?」
魔物についてはまだ分からない事が多い。と、本に書いてあった。だからこそ魔物は何を引き起こすのかも分からないのだ。
続いてアリシアが風魔法で刃を作るとその魔物を真っ二つに切り裂いた。それから少しの間だけ様子を見る。すると今回ばかりは再生せずに謎の体液を撒き散らしながら溶けて行った。
「こ、今度は倒せた?」
「恐らく再生能力でも持ってたんでしょうね。溶けてる所を見ると自分の胃酸で溶けてるみたいです」
アリシアはそんな冷静な分析を残すと次こそみんなの元に向かう。
戻ってみるとまだ魔物の襲撃を受けていて、アルは半ば自分からアリシアの腕を振り解くと落下してはライゼの目の前にいた魔物を突き刺した。
するとアルが戻って来た事にみんなが反応する。
「アル! よかった、無事だったか!!」
「アリシアのおかげでな。で、手貸すか?」
「いいや、大丈夫だ!」
そう言うとライゼ、ウルクス、フィゼリアの三人はそれぞれで魔物を切り裂いた。まぁ、まだクリフが戦ってないって事はそう言う事なんだろう。
少しの間だけ時間が経てば周囲の魔物は相当する事に成功し、一息ついた三人は安心しながらも肩の力を抜く。……でも、まだまだ道のりは長い。だからこそアルはすぐに歩き出した。
「……行こう」
「そうだな」
第一層の攻略を開始してからまだ三十分も言ってないだろう。それでもまだ半分辺りのはずだ。こんな中半辺りでも再生能力を持った魔物が出て来るんだから、きっとこの先じゃもっと強い魔物が出て来るはずだ。
それに止まっていたらそれこそ格好の的なはずだから。
「まさかここまで足止めをくらうとは思わなかったな。歩きながら倒せる程かと……」
「第一層だからって油断しちゃいけねぇ。気張って行けって言ったろ」
「クリフの言う通りだな……」
やっぱり何度も戦って来たからこそ単体が弱くても群れれば強いと理解しているのだろう。ライゼももうやく危険をを理解したようで、表情を切り替えては大きく気張って歩き出した。
のだけど、次に見えた光景を見てそんな気張りは無意味となってしまう。
「うわぁ……」
「凄いな、これ」
森を抜けたかと思いきや次に見えたのは巨大な滝。しかも何が凄いのかって、その滝は第二層に到達してそうな深さまであったのだ。竪穴の形状をした巨大な滝は轟音をアル達に届かせながらも綺麗な光景を見せる。
ふと、前に父と見た光景に似ていて記憶を重ねた。
洞窟の中じゃ起きないはずの虹も綺麗に作られていて、その大きさにもびっくりする。ここが《深淵の洞窟》なんだって事を忘れてしまうくらい。
だけど次の瞬間からその事を思い出す。
だって、目の前に巨大な鳥が飛行して出て来たのだから。




