第三章8 『深淵の洞窟』
「王都から目的地までどれくらいか分かるか?」
「え~っと、大体二日辺りだな」
馬車の元で待っていた二人の元まで戻った後、アルは地図を開いていたクリフの背後からそう問いかけた。でも大体同じ距離なのに二日と言われて少しだけ驚く。神秘の森から王都に来るまでは半日だけだったのに。
「二日? でも来る時は半日で着いたじゃん」
「馬車じゃ森の中は突っ切れないからな。それに《深淵の洞窟》に行くのならそれなりの装備も持ってかなきゃならねぇ」
「それ早く言ってよ……」
ついてっきりまた半日で《深淵の洞窟》へ辿り着けると思っていたから時間が掛かる事にがっくりする。そうしているとアリシアが背中をさすって慰めてくれるのだけど、更に畳み掛ける様にジルスが追い打ちを仕掛けて来て。
「ちなみに色んな荷物を積むから更に遅くなるぞ」
「ぐっ……!」
「アルが沈んだ!?」
その言葉で思いっきり倒れ込む。まぁ、これも安全の為だから仕方ないと言えば仕方ない。備えあれば憂いなしってヤツだ。
安全を重視する以上念入りな準備は怠れない。だからその現状に納得して立ち上がる。
「ち、ちなみに他に運ぶ荷物は?」
「これで全部だな。三人が言ってる間に二人で荷物は全部乗っけたし。今すぐにでも出発できるが」
「ならすぐに出発しよう。なるべく早い事に損はないはずだ」
「りょーかい」
するとジルスは色々と手続きをする為に歩いて行った。今思ってみれば手続きをしなきゃいけないんだし、いくら王都と言っても他の街と比べれば規制が強めなのかもしれない。
やがてクリフはフテラの首を撫でていると呟いた。
「そーいや何でクロードも《深淵の洞窟》に行きたがるんだ? 自殺行為だって事分かってんのか?」
「今の言葉をそっくりそのまま返したい所だけど……まぁ、前々から憧れててさ」
「《深淵の洞窟》に?」
「ああ」
そう聞いた瞬間から三人でクロードを見る。何と言うか、この世界で初めて当たり前の反応を出来たような気がする。
そしてクリフは小さく言った。
「……お前大丈夫か?」
「クリフだけにゃ言われたくねーよ!」
クロードは即座に言い返しつつも咳き込んで話題の修正を促す。
でも今回に限ってクリフの反応は正しい。マットも何もない紐無しバンジージャンプに憧れてたって言ってるような物だし、遠まわしで捉えれば自殺に憧れてたって事にもなる。だからそれを理解した瞬間からアルとアリシアも若干引いた。
「えっ、そこまで引く? だって誰一人攻略した事ないんだぞ? そんなんワクワクするよな!?」
「いや俺達は憧れって言うかそこに用があるから行く訳でそこまでは……」
「ショック!!」
さり気なくショックという言葉が伝わってる事に驚きつつもその反応を見る。まぁ、どれに憧れたって“そういう人”で片付くのだから仕方ない。アルに至っては“そういう人”どころの話じゃないけど。
やがて手続きを終わらせて戻って来たジルスの言葉で全員は荷台に乗り込んで出発の準備を完璧に整えた。
「手続き済んだぞ~」
「よし。じゃあ行くとすっか」
「だな」
そうしてクリフが手綱を握るとドラファとフテラは意気揚々よ返事をして足を前に動かす。確かに普通よりも足が遅いけど、それでも徒歩で行くよりかは遥かにマシだと言い聞かせて納得させた。
早く《深淵の洞窟》へ行きたい。そんな思いとは裏腹に時間だけが過ぎていく。
長い間馬車に揺られて外を眺めつづけるけど、その光景はそんなに変わる事はなく、同じ場所を繰り返し回っているんじゃないかとも思ってしまう程だ。
王都に向かうまではあんなにも意気込んでいたのに、いざ長い時間を必要とするとここまでじれったくなる物なのか。
それはアルの真実を知っているクリフとアリシアも同じみたいだった。二人とも早く《深淵の洞窟》へ向かいたいんだろう。さっきからモジモジとして落ち着かない様子。
けれど道のりは長い。だって、あと二日もあるのだから――――。
――――――――――
二日後。
体感的には一週間に感じた二日はようやく過ぎ去り、クリフが入口を見たのと同時にアルは馬車から転げ落ちそうなくらいの勢いで顔を出した。
「あ、あれじゃねぇか?」
「本当!?」
そうしてガバッと顔を出しては目の前の遺跡っぽい物を見つめる。役所みたいな所でも遺跡が入口みたいな事を言っていたし、あそこなのだろうか。
しばらく進むとある建物と同時に巨大な穴も見え始めた。そこへ向かっていくと建物から人が現れては両手を広げて馬車を止める。
「はいは~い止まって」
指示通りに馬車を止めては男の横に付けた。
すると男は荷台を引いているのが地竜とフリューハな事に驚きながらもクリフに話しかける。
「君達、《深淵の洞窟》へ入りに来たの?」
「ああ。ちょっとした用事があってな」
「へぇ~。変わった人もいたモンだ」
そりゃただの冒険者がここに来るだなんて変わった人と捉えられても当然だろう。
やがて洞窟に入るまでの手続きが始まると、交渉係として前に出たジルスが色々と話を付けては入っていい許可が下りた。
そして一冊の本を渡されるとクリフは洞窟の中に入って行く。
「じゃ、これ洞窟内のルール本だから。これに従ってれば特に問題も起こらないよ」
「ありがとなおっちゃん!」
受け取るなり早速走らせる。手を振られながらも見送られると、ついに待ちわびた《深淵の洞窟》の内部へと侵入していく。
洞窟は思っていたよりも遥かに巨大で、洞窟と言うよりかは斜めに掘られた穴の様な形をしていた。本の一ページ目に書いてあった情報によるとそれだけでも第一層らしいのだから驚愕する。
最初は光が当たっていた坂道も進んでいく内に影で暗くなって行き、相対的に魔石等の光で通路が照らされていた。真上から太陽の光が差し込んでいるのに少し進めば夜の様な光景が繰り出されるから不思議な感覚に陥った。
しかし螺旋状に坂道が構成されていて、第一層の安全地帯は太陽の光が差し込むから時間が分かり易い物の、魔物が生息する区域には光がささないからずっと夜だと錯覚させられるらしい。
「ここが《深淵の洞窟》か。何か、そんな無法地帯みたいな雰囲気はしないんだな」
「むしろ開放感がある様に感じるぜ、俺」
みんなも無法地帯を聞いていたから警戒していたのだけど、そんなに重苦しい雰囲気も無く妙な開放感がある事に顔をしかめていた。
そんな風にして進んで行くとようやく第一層に着いたらしく、斜めの感覚から解放されると同時にまたもや思っていたのとは違う光景が繰り広げられた。
「うわ……。これ最早普通の街だろ……」
その光景にジルスもそんな感想を零す。
数々の建物が建てられては内部から光を出していて、地上と何ら変わらない光景が作り出されていたのだ。だからこそそんな光景を見てアル達も呆然とする。
しかしページをめくると次の指示に従って。
「……えっと、まず第一に坂を下ったらすぐ右側にある洞窟内ギルドに行けだって」
「あれの事だな」
すると右側の教会みたいな所へ馬車を向かわせた。その最中で見える人の中には少なからず亜人達も存在していて、話し通り亜人達の逃げ場所みたいになっているみたいだった。まぁどこの国にも属さないからこそ差別されない様にここへ逃げて来るのだろう。
そしてギルド教会へ辿り着くと一人の女性が出て来て軽く頭を下げた。
「いらっしゃいませ。攻略者の方でございますか?」
「こ、攻略者……?」
「《深淵の洞窟》を攻略しに来た人達の総称らしい」
「そう言う事か。えっと、攻略者だ」
「では、ご案内いたします」
女性はそのまま二つある通路の内右側へ入って行く。だからゆっくり馬車を引きながらもアルは荷台から上半身を出しつつも本を読んで解説した。
「この洞窟の中は攻略者と避難者で区別されるらしい」
「避難者? 要するに亜人の事か?」
「そうみたい。ここは亜人達が辿り着く最終地点。本当の本当に逃げ場が無くなった時に逃げ込む場所みたいだ」
ここ以外にも逃げ場はいくらかある。それも辺境の小さな村とか亜人を受け入れている街とかになってしまうのだけど、中には領主が悪い性格だったりする事もあるとかないとか。それらに耐え切れなくなった亜人達が辿り着くのがここだ。
普通の人にしてみれば地獄でも亜人にしてみれば一番最後の逃げ場である天国っていう認識になるらしい。
「それで避難者は安全区域で生活し、その中で住む代金として食べ物や道具を生産して危険区域に留まる攻略者を支援するんだって。要するに共存関係ってヤツ」
「オレは強かったからある程度の地位も保ててたけど、弱い奴は上の指示に従うしかないからなぁ。そう考えるとここも奴らにとっては天国なのか」
そんな会話をしていると攻略者が集うキャンプに到着する。
アル達の他にも数々の冒険者らしき人が集っていて、中にはまだ来たばっかりの様な人まで、大勢の人がキャンプの中に集っていた。
その中へ馬車を走らせると全員がクリフを見てびっくりする。そりゃ、そんな中にいきなり鬼族が攻略者として現れればびっくりもするだろう。
やがて馬車を止める場所に辿り着くと即座に手続きが始まり、一時的にだけど貸してくれる宿の説明とかをされ、全員は荷物を持ってはキャンプへ戻って行った。
そうして改めて見回すと今までとは一風違った光景が作り出されていて。
「何か、全員冒険者……あいや、攻略者なのって新鮮だな」
「そりゃこの区域は攻略者だけが集められた区域だから当然だ。ほら見ろ、中にはあんな奴もいるぞ」
クリフの言葉にクロードが反応しつつも指さした先を見た。するとそこには全身ムッキムキの筋肉モリモリマッチョマンがいて、その身体に刻まれた傷跡で激戦の猛者なんだって理解する。
その他にも言葉は悪いけど細い人だったり太ってる人だったりと、ギルドに集まってる冒険者達とはまた違った人たちが集っていた。
そして指定された宿に向かおうと足を動かした時、ちょんちょんと肩をつつかれて。
「……?」
反射的に振り向いた。でも、その先で予想外の人がいて驚愕する事になる。だって、振り向いた先にいたのは別れたはずのライゼだったのだから。
彼がいるだなんて思わなかったからこそ驚愕して声を上げた。
「――らっ、ライゼ!?」
「えっ!?」
すると反射的にアリシアもびっくりして振り向いた。
そんな反応を見て軽く噴き出すと、ライゼは何も変わらないままの笑顔で言う。それも道端で偶然会ったかのような仕草で。
「よっ」




