第三章6 『恐怖』
「いや、お前何言ってんの?」
「だって《深淵の洞窟》に行くんだろ? なら俺も連れて行ってくれよ!!」
普通なら止めて当然のはずだ。そこに行くって事は自殺行為な訳だし。
来る途中で聞いた話によるとどこの国にも属さないからこそ差別対象の亜人達にとっては天国の様な場所らしいのだけど、それでも無法地帯なのは変わりないらしい。
どの情報も上辺だけで調査もされないから今はどうなってるか知らないらしいけど。
アルとアリシアもその反応に困惑しているとジルスは困った様な表情を浮かべながらも彼がどんな性格なのかを教えてくれる。
「こいつはあれだ。軽く言うと戦闘狂だから魔物とかが沢山いる場所とか好きなんだ」
「ああ、そう言う……」
爽やかな笑顔の裏にとんでもない背景があった事に驚いていると、次にアルに視線を向けてはじ~っと視界を合わせて来る。
それから肩をガッシリと掴むと何度か揺らしながらも言う。
「って事は君達も《深淵の洞窟》に行くのか!?」
「ま、まぁそうだけど……」
「凄いじゃないか! その年でもう《深淵の洞窟》へ行こうとするだなんて!」
クロードはまだこっちの事情を知らない。だからこそ彼の認識は“《深淵の洞窟》へ向かおうとしているただの冒険者”なのだろう。
何度も言う様だけど、普通の冒険者がそこへ向かうのは正真正銘の自殺行為。だからこそ戦闘狂の彼はここまで興奮しているんだ。さっきの戦闘も相まってそこそこ評価されたのだろうか。
「俺達は別に構わないが、お前はいいのか? 何か依頼とか来てたり……」
「ないッ!」
「そ、そうか」
彼にとっては意気揚々になるくらい凄い事なんだろう。普通の冒険者はそこまで強くないし、ましてや冗談でも「《深淵の洞窟》に行く」だなんて言わないはずだから。
きっとライゼの行っていた「冒険者の一部が憧れる」とは彼の事だろう。
つまりクリフとジルスを除いたみんなから見ればアルは異常な存在と言う事になる。度胸があるのかただのバカなのかはさておき。
やがてジルスは話を付けると言った。
「なら話は速い。俺達は明日にでも出発するつもりだから、そのつもりでな」
「ああ。分かったぜ」
そうするとクロードはグッドサインで返しながらも酒場を後にした。本当にツケを男達に付ける気だ……。
これからどうするべきなのだろうかと困惑しているとジルスは肩をポンポン叩くと言った。それも何故か顔は合わせないで。
「これが普通だ。流されるなよ」
「は、ハイ」
明日には出発するらしいからきっと大丈夫なはずだ。それまでの間に何かが起らなければ。
クリフはタイミングを見てカウンターから離れては酒場を出ようと手を引っ張る。にしてもこのまま出て行って大丈夫なのだろうか。何か色々ありそうだけど。
でもそんな事は気にしないとクリフは最後に言い残して酒場を出た。
「おっちゃん、ツケはこいつらでな~!」
「ちょっ、本当にいいのか?」
「いいのいいの。あいつらは無駄に稼いで昼から飲み合ってるような連中だからな。ああやってしつけてやらねぇと何しでかすかわかんねぇから」
「しつけるって……」
さり気なく怖い事を言うクリフに少しだけ引く。
やがて酒場を出れば騒ぎを聞きいて駆けつけた衛兵とすれ違う。その瞬間に理解した。クリフ達は誤解されないように早めに出たんだって。
街中で大罪教徒に襲撃された時みたいになるよりかはこっちの方が遥かにましだ。そして少しだけ道を進むとジルスは立ち止まって言う。
「宿はこっちの方で用意してある。ちょうどあそこだな」
「何か妙に古そう……」
そうして親指で指した建物を見ると少し古そうな建物が目に入る。ちなみに【遺跡の宿】とかいう妙な名前がある様子。
だから大丈夫なのかって不安になるのだけど、ジルスは小さく微笑むと自慢げに言って。
「王都は宿が沢山ある。だが中には見た目に反して中々いい宿もあるんだ。それがあの宿って訳だな」
「ジルスは王都に関して結構詳しいのか? 何か色々知識が出て来るけど」
「そりゃ、前までは何年も王都に住んでたからな。寄り付かなくなったのはクリフと組んでからだよ」
さり気なくクリフのせいだと遠回しに言いながらも宿屋の方へ歩いて行く。まぁ、言われた本人も気にしてないみたいだしいいか。
そしてギシッと音が鳴る扉を開けた直後にその内装を見てびっくりする事になる。
「うおっ……」
「凄いですねこれ」
石垣にはびこった苔。それは遺跡の様な雰囲気を醸し出して神秘的な雰囲気を作り出していた。これなら【遺跡の宿】と言っても差支えないだろう。何と言うか、ここまで遺跡の雰囲気を作り出せるのは凄いと思う。
そんな二人を置いてけぼりにしてクリフはカウンターで部屋を取っていた。のだけど、そこでジルスからまたうんちくが飛んで来て。
「ここの宿主は正直者みたいだが、他の宿じゃ普通に詐欺ってくる奴がいるから注意しておけよ」
「えっ、どういう事?」
「例えば千リラで一泊って言われるとするだろ? 実際には三泊くらい出来る可能性があるんだ」
「何故!?」
「宿ってのは寝床を貸すだけの所だ。食事が付くのなら千リラで一泊じゃ安い方だけど、食事が付かないのなら客から取る金は布団とかを洗う代金だけだからな」
「なるほど……」
今まで宿屋の事をホテルだと思い込んでいたからそんな考え何て抜けていた。まぁ、食事代が引かれた冷蔵庫も電気も何もない宿何だし、必要なのは洗剤料だけなのだろう。
そう言われると今まで散々詐欺られた気がして来た。王都だからって理由もあるのだろうけど。
やがて部屋を取り終わるとクリフは部屋の鍵を指先で回しながらも言った。
「んじゃ、もう寝るとするか」
――――――――――
それからしばらくして、二人は床に就くとふわっふわのベッドに体を沈めながらもその感覚を味わっていた。流石王都。辺境の街じゃ比べ物にならないくらいの寝心地の良さだ。
……本来ならこのまま寝たと思う。でも、アリシアはふと喋りかけて来た。
「アル、まだ起きてますか?」
「起きてるよ。どうした」
体を半回転させると向かいのベッドに寝ているアリシアを見る。だけど視線の先には不安そうな表情をしながらもこっちを見るアリシアがいて、何か不安に駆られているんだとすぐに察する事が出来た。
やがて彼女は問いかける。
「アルは、怖くないんですか」
「…………」
そう聞かれて早速黙り込んだ。
自分でも言い聞かせていた事だから、反射的には答えられなかった。きっと本心を言えばこれから先弱腰になってしまうから。
でも、アリシアの不安を掻き消せるのならと話し出す。
「怖いよ。凄く怖い。でも知りたいんだ。この世界がどうなっているのかを」
「この世界が、どうなっているのか……」
「きっと異世界から転生して来た俺だからこそこんな気になってるのかもしれない。この世界に住む人達にとっては、俺の気になる事は当たり前の事だから」
裏を返せば前の世界の当たり前もこの世界の住人にとっては気になる事になる可能性もあるのだ。当たり前って言うのは一種の洗脳なんだって思ってる。全ての事を疑問に思っていれば絶対に生きられないから。
アルもこの世界の当たり前には十分馴染んでる。でも当たり前に染まる基板が違うからこそ当たり前に違和感を感じていた。それらを全て確かめられるかも知れないのだ。
「好奇心……って奴ですか?」
「そうかもな。アリシアを救えたからこそ、今まで溜めこんでた好奇心が暴走してるのかもしれない。きっと今の俺は、この世界の全てを知りたがってるのかもな」
自分でもよく分からない。心の底から何を望んでいるのかが。
英雄になりたい。それは変わらない憧れだ。でも今は世界の真実を知りたいって考えが浮かんで来てしまって、その憧れが押し潰されている気がする。前世からの憧れが塗り潰されてしまいそうな程世界の事が気になってるんだ。
「恐怖と好奇心は紙一重。恐怖が好奇心を塗り替えるか好奇心が恐怖を塗り替えるか。多分今の俺は後者だ。確かに怖いはずなのにそれを知る為ならって理由で恐怖を片付けられる」
「…………」
そう言うとアリシアは黙り込んだ。この世界の住人である彼女にとっては理解し難い事なはずだけど、それでもアルの話を聞いてくれていた。
やがてアリシアは低い声で言う。
「好奇心は身を滅ぼします。気を付けないと、私みたいに……」
アリシアが教えてくれた教訓。彼女の過去はまだ大罪の話でしか知らないけれど、きっとその他にも何かがあるんだろう。
今の自分はどうにかしてるはずだ。前までは大罪以外でもアリシアの過去を知ろうとしていたのに、今となっては微塵もそんな考えが浮かばないだなんて。
「でも、どんなに危険だとしても俺は死なない。アリシアと一緒にいたいし、英雄にもなりたいんだから」
「……欲張りですね」
最終的にそんな結論へ辿り着くとアリシアが小さく言う。
そうだ。欲張りなままでいい。望み過ぎるとどうなるかは知っているけれど、だからって何も望まないんじゃ何も変わらないんだから。
「明日も早い。今日はもう寝よう」
「分かりました」
そう言うと大人しく従ってくれた。布団にもぐりこんでは沈黙するのでアルも同じ様に毛布を持ち上げる。
やがて部屋の中にはまた静寂が流れ込んだ。……いつも通りのはずなのに、その静寂が今は心に突き刺さっていた。アリシアの過去から出る言葉は全てが重い言葉なはず。なのにその言葉を軽く受け流せている現状が嫌だったから――――。
だから逃れる様に夢の世界へ入り込んだ。
すると一人先に眠ったアルを残してアリシアは色んな感情を含めた視線でアルを見つめる。それも寝ているから意味はないのだけど。
そうしてアリシアは更に起きていなきゃ意味のない言葉を呟いた。それも自分すらも気づかない程の小さな声で。
「……もう少し気にしてよ。話したいんだから」




