第三章5 『酒場での大騒ぎ』
「大丈夫か坊主、嬢ちゃん」
「え、あ、はい……」
アルと同じ赤毛の男は爽やかな笑顔を浮かべたかと思いきや一気に距離を詰めて話し出した。けれどいきなりの事で反応出来ずにいると男は頭を掻いた。
「ああ、わりぃわりぃ。二人にとっちゃ初めての事なのか。そりゃすまなかったな。……だが、こんな時間にこんなところへ来る二人もいけないぜ?」
「ああ、すいません。仲間がここで待ってろっていう物ですから」
「そうだったのか。その仲間はえらく大雑把な性格なんだな……」
そう言うと男はこっちの事情を把握して訂正した。
にしても助けて貰えてよかった。この男が来なかったらアリシアの手によっておじさんの頭が溶けきっていただろう。
アリシアも友好的に接してくれる彼に警戒心を解いた様で普通の顔を浮かべていた。
「しっかし、何でよりによってこんなトコを?」
「仲間が戻るまでここで待ってろって言うので」
「はははっ。そうかそうか! そりゃお二人さんも大変だな! 俺も仲間に似たような奴がいるからその気持ちはよ~く分かるぜ」
すると彼はアルの話に同調するどころか自分側の事も話してくれた。だからその話を聞いている内にこっちもさっきまでの恐怖心を忘れて和んで行けた。きっと人を笑わせられる才能のある人なんだろう。
そんな愉快な彼の話を聞いていると周囲に座っていた男達も立ち上がって。
「おいおい、俺達だけ無視なのは少し寂しいじゃねぇか。せっかくなら俺達も相手にしてくれよ」
「悪いな。俺はそんなに軽く拳を振るったりはしねぇ」
――今さっきおじさんに振るっときながらどの口が言う……。
彼も酒が入ってるのだろうか。妙に言動が滅茶苦茶な事にびっくりしながらも彼の話を聞いていると、男達は暴走してとんでもない行動を起こした。まさしく夜の酒場と呼べるような行動を。
「ならお前さんに拳を振るわせてやるよ!!」
ある男は拳を振り上げながらも突っ込んできて、ある男は椅子を振り上げて突っ込んできて、ある男は空の瓶を振り上げながら突っ込んで来る。
だからびっくりするのだけど、彼はニヤリと口元を引きつらせると言った。
「お二人さん。こういう時の対処法を教えてやるよ」
「えっ!?」
「まずは店主に謝罪! ――おっちゃん、損害はこいつらのツケでな!!」
「あっ、はい!」
彼はカウンターに立っていた店主にそう言うとグッドサインと眩い笑顔を向けた。そして言われた店主は困惑しながらもグッドサインで返す。でもそのころには既にかなりの距離を接近されていて。
でも、彼は拳を握りしめると続けて言う。
「その次にこう叫ぶ!」
「この野郎さっきから余裕そうにしやがっ――――」
「正当防衛ィィィィィッ!!」
――それ正当防衛じゃなくね!?
撃ち出した正拳突き一番前にいた男の腹に直撃して吹き飛んだ。それを見た他の男達は一瞬だけ立ち止まるのだけど、彼の余裕そうな表情を見るなりまた苛立たせて走り出した。
「最後にこう叫べ! ――地獄がテメェらの行先だァァァァァァッ!!」
「いやもうそれ犯罪者! 正当防衛ですらないから!!」
止めようとしても彼は拳を振るっては周囲の男共を吹き飛ばした。体型がよくて中には太っている人もいるのに、彼は筋力に物を言わせて次々と襲い来る男達を殴っていった。その光景を唖然として見つめる。
「つっよ……」
「まぁ、王都ですからね」
アリシアもそんな理由で自分を納得させた。それはそれで違う気もするけど、まぁ、いいか。こんな状況になれば理屈も何も関係ないだろうし、最終的には男達が損害を払う事になるのだから。……アルも十分強引な理由で納得させる。
そうしていると抜けて来た男がアリシアへと手を伸ばした。
だからこそ反射的にアルも手を伸ばしてその腕を掴む。
「女一人も守れねぇのかテメ――――」
「アリシアに触るな」
そう言うとアルも彼と同じように筋力に物を言わせて振り回しては男達のいる方角へ投げつけた。すると彼は軽く口笛を吹いてその力に感心する。
やがてアルの隣に並ぶと問いかけた。
「坊主、名前は?」
「アルフォード」
「そうか。俺はクロード」
彼――――クロードは自ら名乗ると楽しそうな表情を浮かべて構えた。だからアルも流れで構えるのだけど、いつの間にか一緒に戦うみたいな雰囲気になっている事に気づいてすぐに構えを解いた。……のだけど、その頃には時すでに遅く。
「……あれ、今戦おうとしてた?」
「どの道もう逃れられねぇぜアル坊。一人に手ェ出したらこいつらは止まらねぇ」
そうして前を見ると男達はアルを含めた二人を殴ろうと突っ込んできていた。それもかなりの量で同時に。だからぎょっとするのだけどクロードはニヤつくと言って。
「構えろアル坊、来るぞ!」
「えっ!? 俺は戦う気は――――」
「――まずはテメェからだヒョロガリ!」
瞬間アルの中で何かが斬れる音がした。その時には既に脚が動いていて、突っ込んで来た男の顎を思いっきり蹴り上げると勢いで吹き飛ばしながらも叫んだ。
その光景を見てクロードは更に楽しそうにする。
「誰がヒョロガリじゃ――――ッ!! こちとら十年以上筋トレ積んでんねんぞ!!」
「アル!? あ、あんなに怒りっぽかったっけ……」
自分でも思う。こんなすぐにキレる様な性格だったっけ。多分十年以上も付けた筋肉にヒョロガリって言われた気がしたからこんな怒ったのだろう。
クロードも同じ様に蹴りで男達を一掃するとその強さに男達はようやく怯みだした。そりゃ、見た目はただの冒険者なのにここまで力に物を言わせてたら明らかに普通じゃないと判断されるだろう。
やがて突っ込んで来る男達を見てアルは足元に落ちていた木の棒を拾う。
「あっ、冷静に冷静に……。一先ずこれでいっか」
「来るぜ!」
するとアルは木の棒を剣に見立てて回転しながらも攻撃した。その不規則な攻撃に男達は反応出来ずにどんどん首に攻撃を食らって気絶していく。
そしてクロードはというと、空手の様な攻撃で男達を一掃していった。独特な動きだけど強さは確かだ。何と言うか、表現するなら風の様に滑らかな動きをしている。古武術って奴だろうか。
そしてしばらくの間二人で暴れまわれば男達は全員再起不能となり、周囲には気絶した男達がまとまって横たわっていた。これが二人で起こした光景となると少しびっくりする。
更にその中にはアルも交じっている訳で、その半数がアルの仕業だと思うと改めて強くなっている事に感心した。
やがてクリフ達が戻って来るなり驚愕した。まぁ、当然だろう。
「アル、戻ったぜ~……って何だこりゃ。全員気絶してるじゃねぇか」
「よかった、やっと戻って来てくれた……」
そうしてようやく見知った人が戻って来てくれた事に安心して全身の力を抜いた。いつもならここで駆けつけるはずなのだけど、クリフはクロードを見るなり大きな声を上げてびっくする。そして彼もクリフを見ると目を皿にして。
「あ、クロード! 何だこんな所にいたのか!」
「クリフ、久しぶりだな」
「えっ。二人とも知り合いなんですか?」
アリシアがそう問いかけると二人は同時に頷いた。
背後からジルスが歩み寄るとかつては同じギルドだった事も話だし、三人がどんな関係だったのかも喋ってくれた。
「俺達は元々ギルドを組んでたんだ。だが風評被害とかも相まって事実上の解散を果たした。まぁ、普通に仲はいいから今でもたまに飲みに行くんだけどな」
「じゃあどうしてクロードも一緒に来なかったんですか?」
「言ったろ、事実上の解散だって。だからクロードは一匹狼で俺達はコンビを組んだ。そしてコンビだから二人だけで派遣されたんだよ」
「な、なるほど……」
前も話していたけど、鬼と一緒にいる事の風評被害はそれなりに酷いのだろう。それもギルドが解散される程。……まぁ、《暴食の鬼神》と関連付けられるのだから仕方ないのだけど。大罪に関連付けられるだけでもそれ程の影響が出るのだ。
アリシアの正体が世間に知れ渡ればどうなるか分かった物じゃない。
「しっかしまぁ、随分と暴れた物だな。損害額とんでもねぇぞ」
「正当防衛さ。それにツケはこいつらに払わせるからな」
そうしてクロードはどこからか縄を取り出すと男達を縛っては逃げられないようにする。いくらツケが男達にあったとしてもここまでされると流石に申し訳ないというか何というか……。荒っぽい性格でも妙に律儀なクリフは何か言うかと思ったのだけど、彼女は何も気にせずカウンターに座るとさり気なくエールを頼んだ。
「クリフはクリフで気にしてないし……」
「そりゃこんなの王とじゃ日常茶飯事だからな」
「えっ、そうなの!?」
「そうだが」
その言葉にびっくりして聞き返すとジルスはそれが普通とでも言う様な表情でそう返した。いや、王都じゃ本当にこんなのは日常茶飯事なのだろう。だからこそ二人とも耐性が付いてるんだ。もっとも、アルとアリシアはそんな耐性なんてないから戸惑うばかりなのだけど。
やがてクロードはクリフ達がアル達と一緒にいる事を察すると今までの話に納得する。
「ああ、アル坊の言ってた仲間ってクリフの事だったのか」
「そういうクロードさんも似たような仲間ってクリフの事だったんですね……」
「もう敬語じゃなくていいさ。……そうか。二人とも仲間を見付けたんだな」
するとクロードしみじみとした表情でそう言う。きっと仲間だったこともあって別れたのが寂しかったのだろう。実際会えた事がそんなに嬉しいのか、ジルスと仲良く腕まで組んでいる。
そして少しだけ時間が経つと問いかけた。
「しっかし、報告とは言え二人が伝書鳩も飛ばさずここに寄るだなんて珍しいな。ついでにどこか行ったりするのか?」
「ああ。ある所に行く途中なんだ」
「その場所ってのは?」
「《深淵の洞窟》」
そう言うとクロードは面を食らった様な表情をした。それが普通の反応である。
……なのだけど、クロードは目を輝かせると言って。
「《深淵の洞窟》に向かうってマジなのか!? じゃあ俺も連れて行ってくれよ!!」
「……えっ?」
クロードは引くどころかむしろ食い気味に目を輝かせていたのだった。




