第一章7 『灰と硝煙』
不思議な洞窟をある程度まで戻る最中、彼女から様々な話を聞いた。彼女がかつての主人と契約していた間の話とか、その時の戦いの話とか。
まだ彼女が剣に封印された経緯は詳しく話されていない。でも彼女はそれを何の抵抗も無く受け入れたらしい。それからは彼の剣になって沢山の戦場を駆け抜けた。
その主人はやがて英雄と呼ばれる様になり、彼女は助ける為なら体が勝手に動くような彼に強く憧れたらしい。それから彼の背中を追いかけてひたすらに走り続けた。いつか彼と肩を並べて戦うために。彼の背中を追いこす為に。
だけど英雄と呼ばれても人間は人間。老いては死んでいってしまう。
その時に言った。「いつかお前に似た、心の底から英雄に憧れた奴が現れる。その時が来たら、頼む」と。その言葉を約束として胸に刻んだ彼女は自ら望み、この洞窟へ封印されたらしい。……でも、それ以外にも理由はあったらしいけど話されなかった。
それが約三百年前の話。的確な年数は彼女の覚えている年数とアルの覚えている年数で計算した。それまでの間彼女はあの空間に留まっていたらしく、ずっとアルの様な人間を待ち望んでいたらしい。
けど、最後に彼はこうも言い残した。
「いつかそいつがお前を救う」って。
「だから私はあなたと契約しました。それ以外にも予想外に私と似ていたからって事もありますけど……」
「気を使わなくてもいいよ」
アルが顔面から突っ込んだ水溜りを歩きながらそんな事を話す。アルが彼女を救う。その為にアルはこの世界へ召喚された――――? でもそういうのって大抵この世界に生きている少年で、わざわざ向こうの世界へ干渉する必要はあるのだろうか。
――俺が救う、か。
考えながらも自分がどれだけ傷ついているのかが自覚できる。どれだけ心から血が流れボロボロになっているのかが。
今のアルに彼女を救う事が出来るだろうか。心傷で今も憧れが不安定なアルに。
今まで人間関係とかで何度か人を救った事はあった。でもそれは村の範囲での小さな範囲で合って、彼女みたいに時を超えての救いは難しいだろう。
「あの、私――――」
「大丈夫。絶対、助けるから」
でもそれって逆に言えば救えるかもしれないからアルが選ばれたって可能性もあるんじゃないのか。アルが心の底からどんな時でも笑える様な英雄に憧れたから。だからこそアルが選ばれた。……そう考えると自然と勇気が沸いて出て来る気がした。
彼女を救う以前に誰も守れないくせに。
「……隠れて!」
そう言うのと同時にアルの体を押して壁の方へと押し付けた。すると黒装束が洞窟の中を駆け抜けては最深部へと一直線に駆け抜ける。それを見た彼女は厄介そうに軽く舌うちをしてみせる。
「もう嗅ぎ付けられた……」
「どうする?」
「仕方ない。魔法を使います」
彼女はアルの手を握ってその魔法を発動させた。すると彼女の姿が透明になり、それどころか自分さえも透明になっていった。ただぼんやりと確認できる程度でその他には何も見えない。
だから困惑するのだけど手首を強く引っ張って。
「さ、行きますよ!」
「ちょまっ!?」
空中浮遊する彼女に引っ張られて洞窟を駆け抜けた。道中でも黒装束は次々と洞窟の中へ入って来て、それらを触れないように交わしながらも出入り口を目指す。
やがて外から差すオレンジ色の光が見えると小さく言う。
「飛んで!」
「っ!」
そう言われるから走りながらも飛び上がった。すると自身の体が浮かび上がり、外に出てからじゃ空へと飛んで行ったのだ。そんな事になるだなんて思いもよらなかったから肝を冷やす。
そのまま手を掴んだまま村の方まで飛んで行った。
やがて少し乱暴だけど村の真ん中へ降り立つとその惨劇に口元を手で覆った。
「これは……」
「…………」
やっぱり。予想通りの光景だった。
人々は村の真ん中に集められては丸焦げに焼かれていて、一番上に右腕が立てられては手首に黄金の輪が掛けられていた。
その中にはもちろん知っている人がいる訳で。
「逃げるより一度焼いた場所なら誰も来ないって思いましたけど、酷い……」
彼女もこの惨劇に目を逸らしたくなったみたいだった。
けれどアルは目を背けずに近づいて何の躊躇も無しに触る。……だけど、指に触れた瞬間から灰になって床に落ちていく。
ソレと同時にアルの心も灰になって落っこちていった。
「ここが、あなたの?」
「ああ。生まれ育った場所だ」
その声で周囲の建物を見つめた。今も尚燃え続けている村の建物を。
文字通り何も残っていなかった。全てが燃やし尽くされ何もかもが無くなった、“よくある話”を辿った村の末路。そんな事実にアルは奥歯を噛みしめた。
「こんな俺に、何かが救えるのかな」
「……まだ救えるものならあります。これから出会う人、出会わない人でさえも、誰だって救える可能性を秘めてる」
「そう、だな」
こんなんじゃアルどころか彼女の方がよほど英雄っぽい。現実に打ちひしがれてるアルに対して彼女は優しい言葉を投げかけてくれているし。
奴らから逃げる為。それを分かっていながらもアルはここから離れたくて仕方なかった。こうしてここにいると、どんどん心が蝕まれていく気がした。でも自分の心を引き裂いてまで前を向いた。これは自分自身で向き合わなきゃいけない事なんだから。
死体の山からある物を探し出して手に取った。
「それは……?」
「ペンダント。父さんと母さんが大切に持ってた物だ。俺の初めて作った物でもある」
灰を払って翡翠色の結晶が不器用に埋められたペンダントを見せる。アルが生まれて初めて作り、そして二人にプレゼントしたペンダント。母と父曰く、一生大事にすると泣きながら受け取る程の物みたいだった。
三人が家族である証であって、いつかアルが旅へ出た時に渡そうと思っていた様子。
両親が死んでしまった以上、こうして自分で持っていなきゃいけない。それこそが死んでしまった両親との絆を結ぶ唯一の手段だから。
「災難、でしたね」
すると背後からそんな声がかけられた。
アルの瞳やペンダントと、無意識に流れていた涙で反応したのだろう。でも、今はそんな言葉であってもアルの救いになっている事だけは変わりなくて。
「……明日の朝には調査隊が派遣されるはずだ。今日はここで眠ろう」
「眠ろうって、大丈夫なん――――」
「大丈夫。いつまでもへこたれてちゃ、英雄にはとてもなれないから」
そうはいっても彼女から心配そうな視線を向けられる事には変わりなかった。……そりゃ、自分だって言っておきながら全然大丈夫じゃないんだから、そうなっても当然だろう。
正直な事を言えば自殺してしまいたい。こんな苦しい感情を抱えているのは苦しいから。
でも父の言葉がそれをさせてくれない。それどころか無理やりにでも背中を押してくれる。だからこそ前を向く事が出来る。
「倉庫がある。俺と父さんしか知らないから、そこなら夜中でも安全なはずだ」
「……はい」
そう言うなりアルは早速自分の家“だった所”に歩み寄り、木片をどかしては何とか倉庫がある所まで到達する。限界まで力を振り絞って重いハッチをこじ開けると彼女を先に中に入れ、自分が後に入って静かに閉める。
綺麗な所を見るとここまで手は回っていない様だった。
「ここは?」
「鉱石の保管場所。それと設計場所でもある。色んな所から鉱石を仕入れてはここに溜め込んで、そこの製図台でどんな剣を作るか決めるんだ。よく籠るからベッドとか缶詰も完備してある」
初めて剣を作った時はここに三日くらい籠ったっけ。そんな思い出に浸りながらも魔法用のランプを付けて毛布をはたく。アルとて英雄を目指した紳士だ。女の子に床で寝かせるつもりはない。
……と思ったのだけど、彼女にはベッドなんか必要ないらしくて。
「ベッドは君が――――」
「私は浮かびながら寝れるので大丈夫です」
「あ、ハイ」
「それにこっちの方が何かあった時に対応しやすいですし」
「はい」
床と空中ってどっちで寝かせるのがいけないのだろうか。そんな事を考えつつも腰を掛ける。何か、今日は色々と起り過ぎて凄く疲れた。肉体的にも、精神的にも。
力なく横たわるとまた心配の言葉をかけられて。
「大丈夫で……。大丈夫な訳、無いですよね」
「ああ。ちょっと疲れた」
今は普通に喋ったり動く事が出来るけど、最初は考える事さえ出来なかった。きっと直接村に向かわないで洞窟に入ったから考える時間が増えて耐性が付いたんだろう。あのまま村に向かってたら、きっとアルは今頃死体の山に追加されていたはず。
すると彼女はこんな事を言って。
「番なら私に任せて、ぐっすり眠ってください。絶対に守って見せますから」
「……ごめん」
どっちが救おうとしてるのか分からない。何もかもを投げ捨てたくなる気持ちを押さえて彼女の言葉に甘えた。
目を閉じるとすぐに睡魔が襲って来て、アルを暗闇の世界へと誘って行く。
本来ならアルの方が彼女に気を使うはずなのに。そう思いながらも深い眠りの世界へと意識を落として行った。
―――――――――
翌日。何の夢も見る事なく目覚め、一番最初に彼女の顔が映った事で意識がハッキリとする。階段から入る光が白いので朝と判断し、重い体を持ちあげた。
「おはよう、でいいのかな」
「おはようございます」
すると彼女は昨日と何も変わらない位置から動いてハッチの方を見上げた。そのまま目を閉じて魔法らしき物を発動させるとしばらくの間黙り込む。きっと探知系の魔法でも使っているんだろう。
その憶測も正しくこっちを見ると言った。
「今朝より数が少ない……というより全くいない所を見ると、退いたみたいですね」
「えっ。分かるのか?」
「はい。これでも極大魔法までなら余裕ですので」
それに対してアルが反応すると自慢げに胸を張って喋り出した。こうして自慢げに話している辺り、結構明るい子なのかもしれない。
さらっととんでもない単語を出しつつも話を続けた。
「……で、どうしますか?」
「奴らがいないのなら外に出る。で、街に行って何があったかを説明するんだ」
ベッドから降りると床に置いていた剣を握って部屋を出ようとする。のだけど、流石にこのままじゃ勘違いしかねないの倉庫に置いてある中でちょうどいい鞘を選んで剣を収めた。
ハッチを開けると天から差す太陽がアルを照らし、焼け焦げた村に光を届けていた。……まぁ、その光を受け取る人も全員丸焦げになっている訳だけれども。
死体の山の前へ立ち寄って合掌をした後、絶対に振り向かないように早歩きで村を後にする。ちなみに彼女も同じく合掌していた。
そうして互いに無言のまま村を出るのだけど、その時に丁度思い出した事があって彼女に質問した。
「そうだ。まだ互いに名乗ってなかったよな」
「あ、ええ……」
「俺の名前はアルフォード。アルって呼んでくれると嬉しい」
「はい……」
でも、名前の話になると彼女は途端に声を小さくさせた。だからどうしたのだろうと思って首をかしげるのだけど、次に彼女は耳を疑うような事を言って。
「君は?」
「名前は……ない、です」
「……は?」
一瞬「ナイ」という名前なのか、と思ったけどすぐに無の方の無いだと悟って困惑する。いや、だってそんなの可笑しいじゃないか。誰にも何にも必ず名前と言うのが存在する。なのに彼女だけないだなんて――――。
聞き間違いだと思った。
けど次の言葉が確信させて。
「私に名前はありません」