第三章4 『初めての王都』
「しかし、本当に良かったのか?」
「いいんだ。これで」
あれからしばらくした後、話を呑んでくれたジルスがそう問いかけた。だからアルはフテラを撫でながらも短く答える。
一度決めた事は曲げない。それが教訓だ。
出発するメンバーはアル・アリシア・クリフ・ジルスの四人。本来なら二人だけでも行く気だったのだけど、クリフがジルスの押しきってくれたおかげで二人が付いてきてくれる事となったのだ。
とは言ってもまずは状況報告。一度王都によってから《深淵の洞窟》に向かうらしい。伝書鳩も使えないからしょうがないと言えばしょうがないだろう。まぁ、方向的には王都の奥辺りにあるみたいだけど。
ちなみにフテラも一緒に連れて行く事になり、その間みんなはアリスから渡される走るのが好きな馬を使う事になった。
これに限ってはフテラを拒否し過ぎるとクチバシで腹を思いっきり殴られるから仕方ない。
「……別れの挨拶、しなくていいのか」
またジルスがそう問いかける。
正直な事を言えば別れの挨拶くらいしたかった。最後かつ永遠の別れになる可能性の方が多いのだから。でも、それをしてはいけない理由が明確にあって。
「俺達はまだ【ゼインズリフト】の団員だ。ギルドから少し離れるだけだし死ぬ訳でもない。だからいいんだ」
「……そうか」
微笑んで返すとジルスも納得する。
まだ不安は抜けきらないままだ。でも、みんながアルの帰りを待ってくれているのなら、それだけでも死ねない理由がより一層強くなる。だからこれでいい。
そんな風にして話し込んでいるとクリフは地図を取り出して道順を確認しようとした。
「んじゃ、そろそろ確認すっぞ~」
「確認?」
「一応最短距離で辿り着きたいからな」
そう言うとクリフは大きな地図を広げて地面に置いた。かなり書き込まれている辺り相当高いはずだ。そんな物を普通に持っているだなんて……。
やがて迷いの森から指先で線を描くと意外なルートを指示した。だってそれは森の中を突っ切る様なルートだったのだから。
「このルートで平気か?」
「いや、思いっきり森の中突っ切ってるんだけど……。それにちゃんと整備された道を行かないと迷う可能性だって……」
「ああそっか、アルは俺達のやり方を知らないんだったか」
するとジルスは自分達の乗って来た地竜を撫でるとどれだけ凄い地竜なのかを自慢しだした。のだけど、その能力が文字通りの高性能で。
「俺達の乗って来た地竜……名前をドラファって言うんだが、こいつは高速で森を走っても木々にぶつからなくてな。おかげで森の中を突っ切って最短で目的地に辿り着けるんだ。仮に魔物がいてもコレで迎撃すればいいだけだからな」
そう言って懐から銃を取り出す。
まぁ、彼らにしてはそれでいいのだろうけど、問題なのはフテラがそのドラファについて行けるかどうか。だからそう思っていフテラの方を向くとジルスはニヤ付きながらもある物を取り出した。
「そのフリューハって走るのは好きか?」
「ああ。前々から走るのは好きで喜んで馬車を引いてたよ」
「なら平気だな。彼にはこれを付けてやってくれ」
さらっとフテラが男だという事を見抜きながらもアルに魔道具を渡して来る。よく見てみるとゴーグルみたいな形をしていて、それが暗視ゴーグル的なのはすぐに分かったけどその性能が途轍もなくて。
「これは?」
「一言で言うのなら暗視ゴーグルって言った所だ。まぁ、口で説明されるよりも覗いてみろ」
「ああ、分かった。……ぬおっ!?」
そうして言われるがまま装着すると途轍もない光景が繰り広げられる。葉っぱのせいで薄暗くなっていた木々が鮮明に見えたかと思えば強調表示され、物凄く避けられやすい様な視界へと変貌しているのだ。
だからこそゴーグルを外すと驚愕した。
「なっ、何これ本当に魔道具か!?」
「魔道具だとも。人にも地竜にもフリューハにも装着可能な暗視ゴーグルだ。凄いだろ」
「これは確かに凄い……」
試しにフテラへ装着させると、彼はその瞬間から周囲を見渡して視界の変わり様にびっくりしているみたいだった。これなら確かにフテラでも森の中を駆け抜けられそうだ。
少しの間だけそうしているとクリフはその内に地図を片付けて地竜の背中に付いているバッグにしまってしまう。
「んじゃ、早速行くとするか。道はオレに付いて来れば大丈夫だから安心してくれ」
「わ、分かった」
そう言ってフテラの調子を確かめると甲高く鳴いては意気込みを表した。アルだから付いて来てくれるのか、走りたいから付いてきてくれるのか。そこらへんはよく分からないけど足があるだけでも十分だ。
だからこそ二人でフテラに乗ると軽く頬を撫でた。
「頼むぞ、フテラ」
「よろしくね」
するともう一度甲高く鳴く。クリフとジルスも既に準備は整っている様で、アルが頷くと前に乗っていたジルスも頷いた。
もうそろそろ出発だって事になるとアリスが現れて森の外までの案内役をしてくれる。
「……準備は整ったみたいね?」
「ああ。バッチリだぜ」
「それじゃあ付いて来て。森の外まで案内するわ。こっちの方角でいいのよね」
アリスを筆頭にみんなで後を付いていく。なんだかこの森から離れる事にしみじみとした感情を覚えてしまうけど、また戻って来れると思うとその寂しさも少しだけ消えていく。……まぁ、死ぬかもしれないけれど。
そんな風にして迷いの森を抜ければ地竜とフテラは一気に駆けだした。方位磁石を頼りに森の中を駆け抜ける様だ。
そうして、アルはみんなと離れて死ぬかもしれない旅へと足を踏み入れた。
――――――――――
とある休憩中の出来事。ジルスはアルとクリフが周囲の偵察へ行っている内にアリシアへと話しかけた。
「アリシアの嬢ちゃん、ちょっといいか」
「はい、何ですか?」
再出発の準備をする為に地図とか荷物とかを纏めていたアリシアだったけど、ジルスが喋りかけて来た事で一時的に手を止めて振り向いた。
するとジルスは鋭く言う。
「これは念の為なんだが、クリフにゃ気を付けた方がいいぜ」
「えっ?」
けれどそう言われる意味なんて到底分からないから首をかしげる。
クリフは敵な訳じゃないのだから警戒なんてしなくてもいいはず。どうしてわざわざそんな事を言うのだろう。……その疑問は次の言葉で紐解かれる。
「アルはクリフにとっちゃ初めての友達だ。バリア張っておかねぇとそのうち取られちまうかもだぜ」
「……えっ!?」
――――――――――
夜。
王都の壁が見えた頃にはすっかりと夜になっていて、肌寒い風を全身で受けながらもようやく目的地が見えて来た事に安堵のため息をついた。
「よ、ようやく見えた……。よく一回の休憩だけで着いたな……」
「そりゃ普通なら三日も掛かる道を全部突っ切って走ったからな。森があるとどれだけ厄介なのか分かっただろ?」
「ああ。存分に」
馬車を全力で飛ばしても三日もかかる道を半日で駆け抜けた。それ程なまでに通って来た森は厄介なのだろう。実際整備された道で行くのなら三日もかかる訳だし。
それならまだ全然マシな方だろう。
やがてアルは小さく呟いた。
「にしても腰痛っ……」
――――――――――
あれから数分も立てば王都の入り口に辿り着き、アル達は普通よりも手早い手続きを済ませた後にフテラを預けて街中を歩いていた。
まさに田舎と都会の差。改めて自分が田舎者だという認識を刻みつつも人気の多さに酔いそうになっていた。
「さすが王都。人の多さが桁違いだ……」
「そりゃ三区分の大きさがアル達のいた街と同じ大きさなんだ。総体的に人も多くなるさ」
建物の窓からは多くの光が溢れ出し色とりどりの人が街を行き交う。冒険者の数もかなり多く、戦闘服のせいで普通の街なら浮きやすい印象の冒険者だけど、人数のおかげでアル達は違和感なく街中に馴染んでは歩けていた。
やがて王都の中心にあるドでかい城を見ると何度目かの溜息を零す。
「あそこが王様のいる城……」
「王様の住居兼王国騎士寮だな」
「えっ、城と騎士寮がくっついてるのか?」
「ああ。他にも騎士寮はあるんだが、俗に言う聖騎士だけがあそこに集まってるんだ」
聞いた話とは少しだけ違ってびっくりする。本とかじゃ城の周りに騎士寮があるとか書いてあったのだけど、何か事情があるのだろうか。まぁ一緒の方がいいとかそういう考えだろうけど。
そうして歩いている間にアルは気になる事が出来て問いかけた。
「……聖騎士と王国騎士の違いって何なんだ?」
アルのイメージじゃ神聖な力を持ったのが聖騎士だ。でもこの世界のマナは物理法則に従っているのだから神聖が何とかかんとかの話は無理なはず。だからその定義が曖昧だったのだ。
やがてジルスは少しだけ考えると答えてくれる。
「聖騎士ってのは、まぁ、強くて偉い騎士の事って思えば大丈夫だろ。要するに城に住む騎士の事。王国騎士は王国の中に本陣を構える騎士の事だ」
「あれ、あんまり捻りないんだな」
「シンプルな程凄さが伝わるって考えらしい」
もっと特別な力が関わってるとかそういうアレじゃないのか。少しだけ期待したが故に少ししょんぼりしつつも喋りかけて来るクリフの話を聞いた。
少し進むとクリフは横にあった酒場を指さして言った。
「オレ達は上と話して来るから、二人はそこ酒場で暇つぶしでもしててくれ。夜には変な奴もいるが、そう言う奴は喧嘩っ早い奴が大抵片付けてくれるから大丈夫だ」
「それ大丈夫なのか……?」
そう疑いつつも二人とは別れつつも言われるがまま酒場へ入った。すると目の前には村や街とは比べ物にならないくらいの人が飲んでいた。それと同時に酒臭さも襲って来る。
だから鼻を摘まみつつもなるべく端の席へ座ると普通の飲み物を注文した。
「と、とりあえずオレンジで……」
「かしこまりました」
話が終わるのは大体十五分くらいあれば十分だろうか。それまでの間に何も無ければいいのだけど……まぁ、こんな状況でありきたりなイベントが起きない訳もなく、周囲のゴツイおっさん達じゃ若いアル達は格好の的なのだから当然絡まれる。
オレンジジュースがテーブルに置かれるなり誰かが軽く噴き出した。
「ぷっ。おい見ろよあいつ。こんな時間に来てるクセに酒も頼まねぇんだぜ」
「しかも冒険者じゃねぇか。あんなケツの青いガキがここに来るなんて余裕そうだな」
「うわ、何かこっち来た……」
一人のおじさんが指の骨を鳴らしながら近づくと反射的にアリシアが立ち上がりそうになる。でもアルが制止させるとなるべく平和的に解決させようと話し合いに持ち込んだ。
「あ、あの~、何かご用でしょうか?」
「こんな年端もいかねぇガキが大人ぶってここに来るたァ納得いかねぇな~って思っただけだ。もうこんな所に来ねぇ様に痛めつけて教えてやろうか?」
「遠慮しときます」
「綺麗な笑顔で言うな!」
そう言うとおじさんはテーブルを強く叩いた。
まぁ、夜と酒場の条件が揃えばこんな輩が来ても当然だろう。おじさんは思いっきりアル達を睨み付けても変ないちゃもんを投げつけた。
「俺はガキの冒険者を見てると無性にムカつくんだ! テメェらみたいなケツの青いガキがここに来るのはもっとムカつくんだ!!」
「酒臭っ。あと無茶苦茶……!」
叫んだおじさんの息がくさくて反射的に鼻を摘まむ。けれど彼はその行動で更に腹を立たせて額に血管を浮かべさせた。
やがて彼の怒りが頂点にまで達するとついに拳を振り下ろす。だからこそアリシアは何の躊躇いもなく左手を振りかざすとそこに炎を集めて見せた。
……のだけど、おじさんはいきなり白目をむくと倒れ込んで。
「おいおい、こんな子供に襲いかかるだなんて大人げねぇぞ」
その背後に立っていた男を見て驚く。その男は黒い戦闘服を着ながら笑顔でそこに立っていたのだから。でも何よりもびっくりしたのはその髪の毛。
この地域じゃ珍しいはずの真っ赤な毛先をしていたのだから。




