第三章3 『別れ』
「そうじゃないかもって、どういう……?」
「オレは王都から来た。だからソルジア領域の事なら当然、他の領域の事も覚えてる。もちろんジルスもな」
クリフは自慢げにそう言うと木から離れてアルの前へと歩み寄る。そうしてアルの瞳をじ~っと見つめた。それもなぜかアルの両肩をガシッと固定しながら。
やがて何を言いたいのかを話してくれる。
「ある所にどこの国にも属さない《深淵の洞窟》ってのが存在する。冒険者をやってるんだからそれくらいは知ってるだろ?」
「……全然」
「そ、そうか。でそこにはある噂が存在するらしいんだ。それは――――“最深部には世界がある”」
「っ!?」
そう聞いた途端からアルはクリフの肩をガシッと掴み返した。それから何度か揺らすと嘘か本当かを確かめる為に何度も問いかける。
でも、返って来たのは曖昧な言葉で。
「それ本当なのか!? 世界があるって、本当に!?」
「落ち着け、あくまで噂でしかねぇんだ。誰も最深部にゃ到達した事がないから誰も知らねぇ。夢を見た誰かの妄言って可能性だってある」
「ああ、ご、ごめん。ちょっと先走った」
ハッキリとそう言われると冷静さを取り戻す。
ずっと気になっていた事だからって焦っちゃダメだ。そう言い聞かせてクリフの話を聞き続けた。
「情報としてもえらい曖昧だ。どこの国にも属さねぇから無法地帯って点もあるが、それはこの世界でどこよりも危険な場所だからだ」
「どこよりも危険ってどういう……?」
「どうにもその洞窟には大量の文字じゃ表せられねぇくらいの魔物が蔓延ってるらしい。現在確認されてる階層は五つ。いずれも進めば進む程手強い魔物がいるんだとさ」
「ああ、そう言う事か」
《深淵の洞窟》なんて初めて聞いたからあまり実感が沸かないけど、相当凄い所なんだろう。大量の文字でも表せられないくらいの魔物。それを想像しただけでも寒気がする。
けど、そんな話を聞いたら行かずにはいられない。何よりも気になる謎だったんだから。やがてアリシアの方を向くと彼女は頼もしい事を言ってくれて。
「私はアルと一緒でしたらどこでも行きます」
「……ありがとう」
でも今の話を聞けば止めるのは当然の話で、ノエルはすぐさま止めに入った。
同時にアリスもそこへ行くのは危険だと示唆する。
「ちょっ、本当に行くの!? 今の話聞いてた!? 流石に無謀だよ!!」
「ああ。でも、そうする事で色んな事が分かるかも知れないから」
「けど言うは簡単でもやるのは難しいわ。それに話じゃそこは文字通りの地獄と化してる。そこに飛び込むって事は、自殺しようとしてるのと同等なのよ」
「自殺行為なんていつもだよ。元よりこの世界に安全な場所なんてそうそうないだろ?」
そう軽口を叩く。微笑みを浮かべてはアリスに見せると、彼女はその微笑みを見て口元を緩ませた。やがて小さく呟く。それもアルにとっては褒め言葉みたいなことを。
「……ホント、英雄って誰も頑固なんだから」
アルだって分かってる。クリフから聞いた話じゃそこへ行くのは文字通りの自殺行為。ただ自覚出来てないだけで、そこへ行ったらきっと凄く恐怖するだろう。そんな予想が一秒で出来てしまうくらいに分かり切っていた。
でも、英雄の事、地球の文化の事、日本語の事、それらを知れるのなら挑む価値は十分にあるんじゃないだろうか。
「でもみんなはどうするの。流石に今回ばかりは付いて行きずらいと思うけど」
「一応相談はしてみるよ」
「……一応って事は元から二人で行く気満々なのね」
問いかけられた言葉に答えると呆れた表情が返って来る。
けれどそれでも行く価値は十分にあるはずだ。真実が知れるかもしれないんだから。そう思っているとクリフは呟いて。
「もちろんオレも付いていくぜ」
「……えっ!?」
笑顔でそう言われるからびっくりする。だってクリフは王都から派遣されたはずだ。それなのに普通の冒険者に付いていくってなると色々問題があるのではなかろうか……。
そう思ったからこそ素直に問いかける。
「な、何でそこまで?」
「何でって言われても、アルを気に入ったからだよ」
「……あの戦いのどこに気に入られる要素あったっけ」
「あまり卑下すんな。弱くても関係ねぇ、オレがただ気に入ったからするだけだ」
前に憧れた英雄の様な動機。クリフは満面の笑みでそう言うと腕を肩に回してアルを引き寄せた。……何か、いきなりクリフとの距離が縮まった様な気がする。
やがてあらかたの事を話し終わるとアリスはこれまでの話をまとめた。
「要するにアルは自分が転生した理由を知る為に《中枢回廊》へ向かうって事でいいのよね。その道中で《深淵の洞窟》に向かうと」
「ああ。それで合ってる」
「……頑固ね。自殺行為もいい所なのに」
するとアリスは呆れを通り越して軽く噴き出した。
こんなに簡単に言っていい言葉じゃないのは十分に分かってる。きっとこれをみんなに行ったら別れる事となるだろう。いくら英雄になりたいみんなでもそこまで無茶な事をするなら付いてこないはずだから。
その事を理解しているクリフは問いかけて来る。
「だがそれを選ぶって事はみんなと離れ離れになるって事だがいいのか? みんなに「死んで来る」って言ってる様な物だぞ」
「……そうだな。確かにその事を言ったらみんなは全力で止めると思う。でも、俺は諦めたくない。だからこそみんなと別れる」
「アル……」
もちろんみんなとは離れたくない。けれどこれはもう決意してしまった事だから。
この話が終わったら話すつもりだ。だから、みんなと別れるのはその時。
「決めた事は曲げねぇ、か?」
「ああ。それが教訓でもあるからな」
父が残してくれたある意味での『呪い』。それが今になってアルに苦しみを与えている。……覚悟は出来ていても、やっぱりみんなと別れるのは辛いものがあるから。
ふと、アルも気になる事があってクリフに質問する。
「そう言えばクリフはいいのか? 元々は大罪教徒を殲滅する為にここに来たんじゃ……?」
「最初はそのつもりだった。でも気が変わった。まぁオレ達は性格とか評判も相まってかなり決め事は緩いから全然平気だろ。寄り道なんてよくある事だしな」
「寄り道で死ぬかも知れない所に行くのか……」
「オレから言わせりゃ二人は死にに行こうとしてるもんだ」
軽く背伸びをしたクリフは肩にポンポンと手を置くとみんながいる所へと歩いて行った。一応ジルスに報告でもするのだろう。一応相棒でもあるし。
だからアルもみんなに報告しようと小屋の方角へ戻って行く。
その最中でアリスから声をかけられて。
「死んだら元も子もないわよ」
「分かってる。でも、もう決めた事だから」
何度も聞かれて飽きた気がする。でも、向こうにとっては何度も聞くくらい心配な事なんだ。それ程なまでにアル達は弱いと言われている。
……それでいい。弱くたって、目標に近づけるのなら構わない。
やがてみんなの元へ戻るとアルは話しかけられるよりも先に話し始めた。
「あ、戻って来た。実は――――」
「聞いてくれ、みんな」
するとライゼは黙り込んでアルの表情を見る。みんなもその真剣な表情を見て何か大事な事を話しだすと理解したのだろう。それぞれが口を閉じるとアルの話を真剣に聞いてくれる。
でも、その後の反応はやっぱり予想通りで。
「《深淵の洞窟》って知ってるか?」
「ああ。どこの国にも属さない特殊な場所だろ? 一定の冒険者が憧れるっていう、攻略者が誰もいない伝説の洞窟。それがどうした?」
「俺とアリシアはそこに向かう事にした」
「……えっ?」
ハッキリそう言い切ると目を皿にしてそう言われる。
やがてアルの言った言葉の意味を理解するとライゼは真っ先にアルの両肩を掴むと何度か揺らして正気なのかを確かめた。
「ちょっ、正気か!? あそこ滅茶苦茶危険なんだぞ!?」
「分かってる。でもそこに行くほどの価値を見出したんだ」
「価値ってなんの……!」
「言っても信じられないと思うけど――――異世界から転生する答えがあるかも知れないからだ」
そう言うとみんなは驚愕してアルを見つめる。そりゃ、いきなり異世界転生なんて言われればそんな反応にもなるだろう。
アルはライゼを見つめ返すと睨むような眼つきで言った。
「誰に何と言われようと止める気はない。付いて来るのなら頼もしいけど、みんなもそこまでは出来ないだろ?」
「それは……っ」
「自殺行為なのは俺も分かってる。でも、そこまでする程の価値があるから行くんだ」
決意の籠った瞳にみんなは圧倒されたみたいだった。
ライゼもその言葉に圧されて数歩だけ引き下がる。いくら仲間意識の強いみんなだってそこまで行けば付いてこなくなっても当然だろう。
みんなも死ぬ気なんて毛頭ないのだから。
「本当に、死ぬ事になってもか」
「……真実が分かれば他の事も分かるかも知れない。だから行く」
「えっ? 他って、どういう……?」
「この世界でも俺以外に異世界から転生して来た人がいるかも知れないって事だ。真実が分かれば今までの不可解な点は全部謎が解かれる。……まぁ、みんなにとっては当たり前の事なんだけどな」
異世界人だからこそ起る常識のズレ。前の世界じゃ命は奪っちゃいけないとなっているけど、この世界じゃ生きる為には命を奪わなきゃいけないんだ。……最初は凄い怖かった。自分は人を殺したんだって思ったから。
でもそれが当たり前の世界なのだ。理想や夢の反対側にはあり得ないくらいの危険が潜んでいる。この世界の住人はいつもソレと背中合わせで生きている。
「アル、一体何者なんだ……」
「この世界じゃない異世界から転生して来た人間だよ。それ以外には何もない」
やがてアルはもう一度真剣な表情を浮かべてみんなを見る。そうしてライゼを見据えるとリーダーである彼に問いかけた。これからどうするのかを。
「――俺は《深淵の洞窟》に向かう。みんなはどうする?」
「俺達は……」
その質問にライゼは黙り込む。もう止めようとしても無駄だという事は知っているはずだ。だからこそ深く考えこむ。
行かせれば死ぬだろうし、自分達も行けば死ぬだろう。
故にライゼは一つの選択肢を選んだ。形そのものは定型文のままでも中身は違う選択肢を。
「例え二人が俺達と別れたとしても、それでも二人はギルド【ゼインズリフト】の団員だ。だからギルドリーダーとして命令する。……絶対に死なずに帰って来てくれよ」
「……了解」
そうしてアルは微笑みを浮かべて敬礼で返した。
ライゼ達が一時的な別れを選ぶことは分かっていたけど、それでもやっぱり少しだけがっかりするものがある。けれどみんながまだアルの事を仲間と捉えてくれている事。それが嬉しかった。
だからこそ約束する。
絶対に生きて帰るって。




