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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第二章 理想と選択の代価
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第二章51 『アリシア』

「私がアルと会うまで、アルが生まれるより遥か前に、私が何をしてたか分かる? ――ずっと、人を殺してた」


 諦観にも似た声。そしてかれた喉の奥底から絞り出した言葉。

 そりゃ、大罪は幾つもの命を奪い世界を滅ぼしたからこそ付けられる名称だ。アリシアの背中には計り知れない程の罪と呪いが乗っているはず。


「私が世界を上書きした時も、上書きした後も、ずっと人を殺してた。それは大切な人を守りたかったからなの。でも、既に血に塗れたこの手じゃ誰も救う事なんて出来なかった……! 大切な人でさえも、この手で……っ」


「そんな事――――」


「ない事は無い! 全部記憶の中に残ってる! 何でわからないの!? 何で、そんなに、私を……!」


 ひたすらに綴られるアリシアの言葉。それを聞き続けて奥歯を噛みしめる。

 救いたい人は救えない。それは大切な人すらも自分の手で殺してしまうから。愛する人も憎む人も全てを壊し尽くす。その時の心境は、アルなんかには一生をかけたって理解出来るような物じゃないだろう。

 やがてアリシアは木に背中を預けると少しだけずるずると腰を下げる。


「何もかもが朽ち果てた世界でただ独り、憧れすらも無くして孤独に生きて来た。……そうよ。それが私の業よ。それこそ、大罪である私に相応しい結末なの」


「アリシア……」


「いつもそうだった。救おうって吠え続けて、その度に誰も救えなくて。結局私はいつも口先ばっかりの、何も出来ない出来損ないだった」


 出来損ない。その言葉はアルの胸に刺さって大量の血を流した。

 そんな反応なんて察する事のないアリシアは続けて言う。自分を責め立てる様に。自分を否定するかの様に。


「何もかもをなくして、空っぽになって、それでも何かがあるんだって外観を飾り続けてた。それが私。七つの大罪である《嫉妬の邪竜》」


 違うって言ってあげたい。そんな事ないって言ってあげたい。でも、そんな言葉を投げかけられたって嬉しくなんてないだろう。

 だいからこそ何も言えないままアリシアが綴る言葉を聞く事しか出来なかった。


「そんな私だから……空っぽだから誰も救えない。もう散々世界に言い聞かされたの。お前は誰も救えないって。誰からも望まれてないって。誰かと一緒にいる資格なんてないって。だから、一緒にいちゃダメなの」


「――――」


「私が無力で無能で空っぽだからみんなが死んでいった。その度に私は空っぽじゃないんだって、誰かを救えるんだって、そう言い聞かせて何度も繰り返してた。……アルの言う通りかもしれない。私は諦める口実に別れようって理由を作っていただけかも」


「――――――――」


「体に異常が起きてる事、アルでも分かるでしょ? 私と一緒にいるとそれが大きくなって最終的には死ぬの。……もう、誰も失いたくないの」


 やがて俯くと額を手で押さえてそう呟く。そう言われた瞬間から右肩を抑えた。確かに黒魔術を使った代償は既に現れている。――真っ黒な硬い鱗が右肩に生成されていたのだ。

 押し付けられる現実。それに潰される感覚はきっと途轍もないだろう。

 現に今アリシアの声や言葉が語っている。物凄く辛いんだって。


「全部全部、自業自得に過ぎない。私がいたからみんなは死んで、私は……」


「…………」


「世界がそう定めてるからこそ何かした所で何かが変わる訳じゃない。分かってる。全部、自分が悪いんだって事」


 ようやく全ての感情を出しきったのだろうか。喉が裂けるくらいに叫び散らかしたアリシアは、疲弊してずるずると座り込んだ。

 ……話の通りに行くなら、確かにアリシアが悪いだろう。全て自分が起こした行動で、全て自分が収束させた結末。何も出来ないクセして自分なら何かが出来ると信じ突っ走った結果が今の自分。文字通りの、自業自得。


「……だからこそ、私達は一緒にいちゃいけないの」


 あれだけの感情を吐き出した末にようやくたどり着いた結論。

 惨めで、愚かで、見苦しくて、それでいて物凄く空っぽな言葉だった。何も乗っかっちゃいない。その言葉から本当にアリシアが空っぽなんだって見て取れる。


 全ての感情を吐き出したアリシアの息は荒いままで、まるでアルの存在そのものすらも否定するようにフードを被った。その行動が今の心境を表している。

 心の中に立ち入るなって。もう関わらないでほしいと。

 きっとアリシアはアルが失望してると思っているだろう。そりゃ、心の底から救おうとしてくれてる人に対して拒絶し、一方的に怒りをぶつけ、自分を失望させる様に惨めな言葉を乱雑に並べて感情と共に吐き出したのだ。普通なら失望して絶縁したって当然。


 でも、それでも、例え心から救いを拒絶されたって諦めたくはないから。


「アリシア」


「っ――――」


 優しく名前を呼ぶとフードを握り締める手がピクリと動いた。

 アルの言葉はアリシアには届かない。完全に理解している訳じゃないんだから。――でも、届かないからこそ、諦めきれない。


「顔を上げて」


「…………」


 そう言ってもアリシアは絶対に見せまいと顔を左右に振って否定した。今、自分の顔を隠しているフードだけがアリシアにとって唯一の逃げ場なのだ。だからこそ顔を見せる事を拒み続ける。

 けれどアルは彼女の手に触れると優しくフードを取り外して。


「……やっぱりそうだ。アリシアは拒んでなんかない」


 フードの中から見えた顔。それを見て心の底から微笑んだ。

 だって、あれだけ拒絶して、醜い本心をさらけ出して、裏切る様な最低の言葉を並べたのに、瞳には大粒の涙が浮かんでは多くの光が灯っているのだから。鼻を真っ赤にして子供の様な泣き顔を浮かべている無邪気な顔が、そこにある。

 そんな瞳が問いかけて来た。「そうしてこんな最低のクズにそこまでするのか」って。


「言ってたよな。全て世界が決めてるから、自分と一緒にいると死ぬんだって」


「……ええ。私と一緒にいるとアルは死ぬ。だから一緒にいるべきじゃないの。私は無力で、無能で、空っぽで、出来損ないだから、何かが起った時にアルを助けてあげる事が出来ない。何も出来ないから。だから私は――――」


「なら、俺がそんな世界を壊し尽くす」


 そう言うとアリシアは頬をピクリと動かしてアルを見る。

 諦めたくない。アルは、絶対にアリシアを救ってあげたい。使命なんかどうでもいい。ただ救いたいから救うだけ。


「アリシアが泣いて苦しむ様な結末を用意してるのなら、俺がそんな未来を上書きして、心の底から笑えるような未来に連れ出してあげる」


「何で。何で、そこまで……」


 当然の疑問だろう。あれだけの事を言えば普通なら諦めるはずだ。その言葉が本当の重みを持っているからこそ、救えないと悟らされる。

 でもアルは諦めたくなんてない。


「アリシアと一緒にいたいから」


「――――っ!」


「ずっと一緒にいたいから。一緒に泣いて、一緒に苦しんで、一緒に笑いたいから」


 アルが彼女を救いたい理由なんて、そんなちっぽけな理由だけでも十分すぎるくらいに事足りる。アルにとって唯一の心の拠り所であるのと同時に大切な人。それがアリシア。

 来ないでって言われても、ずっと一緒にいたい。笑える未来へと連れ出してあげたい。心の底からそう思える。

 やがてアリシアは地面の土を握り締めるとまた絞り出すように言って。


「何で分からないの。私と一緒にいると辛いばかりだよ? 最終的には死んじゃうんだよ? なのに何で、アルは分かってくれないの……?」


「アリシアといたいから。その他に理由は何もない」


 すると大きく息を吸ってはまた大粒の涙を流す。

 戸惑いを反映して不安定に揺れる視界は真紅の瞳を見つめ、また真紅の瞳も翡翠色の瞳を見つめ返していた。


「何で、そんなに……。私は、大罪で、世界を滅ぼした大悪党で……本来なら憎まれるべき存在なのに……。それに、何も出来ない。無力で、無能で、無才で、出来損ないで……。それなのに、どうして……?」


「だって――――」


 恐ろしいくらいに己を卑下し続ける。自分は惨めで愚かなんだってアピールしてはアルに失望させようと言葉を投げかけた。

 でもそんな言葉なんてアルには届かない。今までよりも確かな覚悟が此処にあるから。

 やがてハッキリと言った。今までずっと思っていた事全部。

 優しくアリシアの手を両手で包み込みながら。


「――アリシアが、大好きだから」


 無条件に投げつけられる親愛を受けて、アリシアは小さく体を震わせた。

 正直な所アルでさえもよく分からない。今までこんなにも誰かと一緒にいたいだなんて思った事はなかったし、家族以上に大切に思えた事も無かった。だから「大好き」という言葉を使っただけ。

 それでも「大好き」に酷似した感情を抱いていた事だけは確かで。


「辛い事があるのなら一緒に抱える。泣きたいのなら一緒に泣き喚く。笑いたいのなら、飽きるくらい大声で笑う。……そんな当たり前をアリシアを過ごしたいんだ」


「なん、で……」


 涙は絶え間なく流れ続ける。

 拒絶する理由もされたい理由も十分理解出来る事だ。でも、アリシアを拒絶した時、今の自分が自分じゃなくなるはずだから。

 やがてアルは過去の出来事について話し出して。


「……ずっと独りだった。生まれてからずっと、何も出来なくて、何かをしようとしても全員から否定されてた」


「ある?」


「この世界に生まれてもそれは一緒。何も出来ない俺が変わろうとしたって、出来損ないなのは変わらない。だから仮面を被って何かが出来ると装っても、何も変われなかった。……でも、そんな中でも出来損ないな俺を変えてくれた人がいる。無力で、無能で、無才で、空っぽだった俺を変えてくれた人が、ここにいる」


 そう言ってアリシアを見た。

 ずっと、彼女には謎を残し続けて来た。今こそその謎を解き明かす時。アリシアの過去を知ったのだからこっちの過去も話さなきゃ格好が付かないから。


「ずっと隠して来た事だ。――俺は異世界から来た異世界人。ここじゃない世界で一度死に、そして名前を代償にこの世界に赤ん坊として転生した」


「え……?」


「名前がない事に共感したり、妙な反応をしたり。その理由が付くだろ」


 ついに明かした秘密。けれどアリシアは目を皿にするとそれが信じられないと言う様な反応をした。……当然だろう。いくら何でもそんな事を言われれば困惑するに決まってる。

 信じられないはずだ。なのに、アリシアは納得して。


「そういう、事だったんですね」


 するとアリシアは俯いて今までの言動の全てに納得してくれる。

 到底比べ物になんてならない経験だ。アリシアからすればそれでもまだまだ“そんな程度の話”となり、いくらそんな事を話されてもアルの救いを受け入れる気にはならないはずだ。

 その証拠として奥歯を噛みしめたまま俯いている。


「ずっと、苦しかった。せっかく生んでくれたのに、親には何も返す事が出来なくて、笑う事も出来なかった。ただ、謝る事しか出来なくて。それで……それで……っ」


 思い返す程に涙は溢れ出る。後悔で埋め尽くされた記憶だから、思い出す度に後悔が胸を付くんだ。もっと別の方法があったんじゃないかって、何度もそう思う。


「愛してくれたのに何も返す事が出来なかった。その他にも何も出来なくて、いつも自分は出来損ないなんだって、たった独りっきりで自分を責め続けた」


「アル……」


「だからって俺の言葉がアリシアに届くとは思ってない。……でも、言わせてくれ」


 アルはアリシアの手をぎゅって握り締めるとしっかりと前を見る。不安定に揺れる視界をまっすぐに見据えて、今までずっと言いたかった事を、何のためらいもなく口にした。

 これが本当の想いだから。


「アリシアは、独りじゃない」


「――――っ」


 そう言うとまた大粒の涙が頬を伝い、地面に小さな染みを作ってはすぐに消えていく。すると耳まで真っ赤にしては恥ずかしそうに視線を動かし、最終的にはまた俯いてしまう。

 凄い辛かった。そう言ってる少女がいるのなら、アルは心の底から救ってあげたい。例え救いを拒んだとしても、拒絶されたとしても、それでも少女のいる暗闇から救いだしてあげたい。


「一緒にいちゃダメなの。また、死んじゃう……」


「死なないよ。アリシアと一緒にいたいから。英雄になりたいから。それにもし死ぬ未来が待ち受けているのなら、そんな未来なんて全部捻じ曲げちゃうからさ」


「誰かと一緒にいる資格なんてない。幾つもの罪を背負って、二千年かけても償えない私なんかに、一緒にいる資格なんて。ましてや、誰かに大好きなんて言って貰える資格なんて……っ!」


「資格がないのなら俺が与える。許されないのなら俺が許す」


「世界にすらも嫌われた。誰からも嫌われた。私に、味方なんていない」


 そう言う度にアリシアの体は小さく震える。その度にアルは優しい言葉を投げかけてアリシアの凍り付いた心を優しく溶かした。

 これでいい。アルは例え世界を滅ぼして七つの大罪と呼ばれた少女であっても、それでも彼女と一緒にいたい。ただ心がそう望むから。

 だから、アリシアの体を優しく抱き寄せた。


「世界の誰もがアリシアを敵だって言っても、俺だけはアリシアの味方で在り続ける。俺は、誰よりもアリシアを知ってるから。だからもう絶対に悲しい思いはさせない。絶対に後悔なんてさせない。――アリシアが大好きだから」


「――――っ!」


 震える体を抱きしめる。確かにみんなにとってはアリシアは敵で、殺されて当然と言うだろう。それでもアルはそんな彼女と一緒にいたい。いなきゃ、心がどうにかなってしまいそうだから。

 やがて頭を撫でると囁いた。


「よく、頑張ったな」


「――――っ!!」


 体どころか声すらも震える。ずっと抑えていた嗚咽はどれだけ抑えようと喉の隙間からこぼれ出てしまって、アルにその声を聞かせては行き場のない掌を震わせていた。だからこそもっと強く抱きしめるとついに感情が途切れて本心が零れ出る。

 アルの服を強く掴むとアリシアも体を抱き寄せて、ただひたすらに優しく与えられる『救い』を受け入れていた。


「辛い事があったら一緒に抱える。悲しい事があったら一緒に泣き喚く。嬉しい事があったら一緒に飽きるまで笑う。だから、もう大丈夫だぞ」


「っ……!」


「辛かった事、悲しかった事、これからは俺も一緒に背負わせてくれ。全部、俺がやっつけるから」


「うんっ! うんっ……!!」


 アリシアと一緒にアルも涙を流し続ける。

 ようやく与えられた救い。長い様で、短い様で。そんな感覚を抱きながらも心の底から安堵する。もうこれでアリシアが辛い思いをしなくなるのなら、凄く安心できるから。


 感情が制御できない。アリシアは今まで抱えていた痛みや苦しみを涙としてアルにぶつけ、またアルはずっと救いたかったっていう感情を同じく涙としてアリシアにぶつける。

 ……情けない。アリシアを救うんだって言いながら、こうして自分自身もアリシアに救われているのだから。


 アリシアを救う事が出来た。それがアルにとっての救い。今まで誰も救う事が出来なくて、何一つ出来なくて、出来損ないだったからこそ、塞ぎ込んだ心が望んだ「誰かを救いたい」という願い。それが今ようやく叶ったんだ。

 凄く嬉しい。でも、同時に凄く恥ずかしい。

 アルの憧れた英雄は泣いている少女に笑顔で手を差し伸べる様な人間だ。それなのに笑顔で手を差し伸べるどころか、こうしてアルも大泣きしながら救われているのだから。


 アリシアはずっと泣き喚き続けた。涙が渇ききるまで、感情を吐き出し終わるまで、ずっと二人で体を抱きしめながらも泣き続けた。

 きっとライゼ達にも聞こえるんだろうなぁ。そう思いながらも嗚咽を漏らす。


 やがて鳴き声は静かに止んでいき、森の中には風が草木を揺らす音が響いていた。そんな中で静かな寝息も周囲に届く。

 アルは泣き付かれて寝てしまったアリシアの体を抱きしめながらもその寝顔を見つめた。

 何も知らない、子供の様な無垢な寝顔を。前髪を少しだけ撫でるとアリシアは表情を緩ませて温もりを求めるかのようにアルに抱き着く。

 そんなアリシア持ち上げると小さく呟いた。真上に輝く星々とお月様を見ながら。


「……父さん。俺、自分なりの英雄になれたかな」


 しかし答えが返ってくる事なんて決してない。でも、生きていたらきっとこう返すだろうって事だけは予想できた。そのせいだろうか。どこからか父の声が聞こえた気がする。

 「そこで終わりじゃないだろ」って。

第二章はこれにておしまいになります。よければ感想など寄せて下さるとモチベーションに繋がりますので、ぜひよろしくお願いします!(YouTuber感)

今回は一話だけの更新となりますが、次回からはちゃんと二話ずつ更新していきますよー!

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