表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第二章 理想と選択の代価
74/167

第二章50 『    』

「え――――? 別れるって、どういう……」


「文字通りの意味です。アルの為にも私の為にも、別れましょう」


 アリシアがそう言った後、アルは急すぎる言葉に理解出来ず脳を必死に回転させた。どうしてそんな事を言う必要がある。だって、せっかくアリシアを救う方法が分かったって言うのに、何でいきなりそんな――――。

 そんな戸惑いを知ってか知らずか。アリシアは一人勝手に話し続ける。


「私と一緒にいちゃダメなんです。私と一緒にいればアルは不幸になる。今回だって私がいたせいでアル達を巻き込みここまで大事になったんです。だから――――」


「まっ、待って待って! 別れるってどういう事だ!? 一緒にいちゃいけないだなんてそんな事ないろ! もっと冷静になって考えれば、何か言い案が……」


「――もう何度も考えたんですよ」


 そんなアリシアを制止させて考え方を正させようとする。でも、即座に返って来た言葉を受けてアルの方が制止させられた。

 だって、そう言ったアリシアの瞳がこれまでより一番曇っていたのだから。


「何度も何度も、飽きるくらいに考えましたよ。……いや、何度も“繰り返した”」


 繰り返したという言葉に少しだけ反応する。

 そういう言い方をするって事はアリシアは既に大切な人を何度も失っているという事になり、そして今もまた同じことが引き起こされようとしているって事だ。

 だからこそ歯を食いしばる。


「繰り返したって……」


「そう。何度も繰り返した。何度も何度も何度も何度も何度も何度モ何ドもナンドモ……! みんな私のせいで死んでいった。私が関わったから。私が救われたいと思ったから。だから、私は誰かと一緒にいるべきじゃないんです」


 喉の奥から絞り出すかのような声。それを聞いてアルは拳を握りしめた。

 そんな事ないよって言ってあげたい。ずっと傍にいるって言ってあげたい。……でも、軽々しく“俺も”とか“分かる”とか、そんな形だけの言葉を投げかけられたって嬉しくないのを、アルは知っている。


「確かに私はアルと一緒にいた。それはアルを助けたかったからなんです。誰も助けられないクセして誰かを助ける夢しか見れず、現実すらも目を背けて救われるだなんて思いつつずっと生きて来た! 誰かを救う事も、誰かに救われる事も、誰かと一緒にいる資格すらもないのに」


「……誰が」


「――――」


「誰が一緒にいる資格なんてないって決めたんだ」


 迷いながらも捻り出した言葉。それを受けてアリシアは虚ろな目を向ける。

 何を言えば正解だなんて分からない。元よりこんな状況になったのなんて初めてだから。だから自分の思った事を口に出し続ける。

 それが密かに彼女を苦しめている事も知らずに。


「一緒にいると死ぬからって。誰がそんな事を決めた。それは……。それは諦める為の言い訳なんじゃないのか」


「――――っ」


「大切な人が死ぬ痛みは分かるよ。自分のせいで死んだから誰にも近づいちゃいけないって考えも。……でもそれは態の良い言い訳にしか過ぎない。どうにかしようって考えても現実はどうにもできない。だからこそ諦めようとしてるんじゃないのか?」


「――――っ!」


「きっと、俺にはアリシアの悩みは分からない。形は同じでも大きさが桁違いだから。軽はずみに“分かる”って言えない事も知ってる。……でも、その本質がどれだけ痛いのかは“分かる”」


 アルの痛みとアリシアの痛み。それは天秤で比べてしまえば片方に傾き過ぎて壊れる程に差があるだろう。だからこそ軽はずみに“分かる”だなんて言葉は使えない。

 散々悩んで、考えて、苦しんで、そこから捻り出した選択なのだろう。でもそれが心の望んでない選択肢だとしたら、アルはそんな選択を否定するはずだ。


「だからこそ今は留まるべきだ。一緒に考えよう。きっと別の選択肢は山ほどあるから、一緒にそれを考えれば、もっといい選択肢が――――」


 けれどその言葉はアリシアには微塵も届いてない事を知って言葉を止めた。今のアルの言葉は何一つ届かない。

 俯いては光の灯らない瞳で宙を見つめ、音が出るくらいに拳を握りしめるその姿が教えてくれる。


 ……元々、理解出来るはずがないんだ。アルはまだ十八年。前世も合わせればまだ三十七年“しか”生きていない。けれどアリシアは少なくとも二千年以上の時を過ごしている。

 人間如きが比べていい時間じゃない。簡単に語っていい時間でもない。

 もっと別の選択肢があるのは事実。二人でじっくり考えれば、何か別の、今はまだ言えないけど絶対に良い選択肢を見付けられるはずなのだ。でも人生の経験が語る現象をアルも知っている。だからこそ彼女の選択を完全には否定できなかった。


「諦めちゃダメだ。絶対に」


 だからこそ口から出る弱々しい言葉。

 父の言葉を借りてもなお、アリシアの心を揺れ動かす事は出来ない。


「諦めないで手を伸ばせば届くはずなんだ。伸ばして伸ばして伸ばし続けて、それでも届かなければもっと伸ばして。その光は、いつかきっと掴めるはずだから」


「……じゃあ、いつ掴めるって言うんですか」


「っ――――」


「何千年も伸ばし続けて、それでも掴めないその光は、いつ掴めるって言うんですか!?」


 飛んで来たアリシアの怒号。それを受けて黙り込む。

 何も言い返せなかった。何千年も生きて、その間ずっと絶望のそこで希望を求め続ける。その痛みをアルはまだ知らないから。

 アリシアは感情を爆発させると大いに取り乱す。


「何十年も何百年も何千年も! 生きて生きて生き続けて、その度に光を追い求めて来た!! でも駄目なの! 全部、全部目の前で消えていっちゃうの!!」


「――――」


「諦ちゃダメ? ――諦めたくなかったに決まってるでしょ!? 諦めたくなかったから何度も繰り返した! 諦めきれなかったから何度も繰り返した!!」


「っ――――」


「じゃあ何? アルは何度も何度も繰り返してそれでもダメで、だけど絶対に諦めたくなくて、それでも繰り返して来た事を諦めって言うの!?」


「っ――――!」


「私だって諦めたくない! 出来る物なら何とかしたかった! でも無理なの! 世界が否定するの! 私の起こした行動は全部全部全部、悪い方向に転がって揉み消されちゃうのよッ!! もう、どこにもない……先に続く道がどこにも続いてないの。私だって、救えるのなら、救いたかった……!」


 あまりにも重い言葉。アルなんかが到底計り知れる様な物ではない。

 アリシアは取り乱しては大粒の涙を流し続け、背後の木を叩いてはその衝撃で微精霊を驚かし周囲の光を消してしまう。それに比例して魔鉱石の光が彼女を照らした。


「あの人が大切だったから……! あの場所が大好きだったから……! 私なら救えると思った。私なら変えられると思った。でも、この世界はそんな単純には出来てない。だから、私は大罪なんて呼ばれて、みんなから忘れ去られて……っ」


 何て言えばいいのだろう。アルは言葉を見失って黙り込む。彼女の事を何も知らなかった――――いや、知れなかったアルに、彼女を救う事が出来るだろうか。

 アリシアの感情を受け止められるのはアルしかいない。そうは思ってもその感情は辛く、痛く、寂しく、悲しく、そして切ない物で、何も知れなかったアルが受け止めるにはあまりにも大きすぎる物だった。


 大切な人を奪われた恨みで世界を滅ぼした。そんなの嘘に決まってる。だって、現にアリシアはこんなにも優しい女の子じゃないか。大切な人を救おうとして、大好きな場所を守ろうとして、ただその結末が悪い方に転んだだけ。アリシアの芯はアルなんかよりも比べ物にならないくらいの“優しさ”で出来ているんだ。

 どうしてそんな彼女がそこまで苦しまなきゃいけない。ひたすらにそう思う。……簡単に同情されたって心には響かないだろう。でも、素直にそう思った。


 息を切らし涙を流し、そこまで感情をぶつけても決して収まる事は無い。二千年もの間に溜め込んだ物は一度崩壊しては絶え間なく溢れ続けた。

 だからこそアリシアは感情を絞り出す。


「アルに分かる? 大切な人が何度も何度も目の前で殺されるの。それも、全て自分がいたから。自分が行動したせいでみんなは死んで自分だけが生き残る。……その痛さが、アルに分かる?」


 分からない。分かると簡単に言える事でもない。

 確かにアルは自分が先走ったせいで家族や村人は無残にも殺され、灰になった家族をその眼で収めた。でも“そんな程度”の痛みじゃアリシアには到底届かない。形は似ても規模が違い過ぎるのだ。アリシアの事を完全に理解してあげられるのなら、アルも二千年もの間を生きて大切な人を何度も失わなきゃ、きっとアリシアの事は完全には理解出来ない。


「もう、疲れたの。何度も何度も繰り返して、ようやく見つけた大切な人も失いそうになった。……だから今度こそはもう間違えたくない。だから、私は誰とも一緒にいちゃいけないの。いる資格なんてない」


「アリシア……」


「私だって一緒にいたいよ。アルが救いとか関係なく一緒にいたいって言ってくれた時、物凄く嬉しかった。それだけでいいの。私にはそれだけで十分。そう言ってくれるだけで、私は救われた。独りでだって、どこでも生きていける」


 前にアルが言った言葉……。確かにアリシアを救いたいとかは関係なく、ただ純粋に一緒にいたいとあの夜に言った。それは本当で嘘じゃない。

 その言葉がどれだけアリシアを救ったのか。きっとアルにも分からないだろう。

 でも、それでもアルは諦めたくない。だってアリシアはまだ心の底から救われた訳じゃないのだから。英雄譚にも書いてあった言葉がある。

 【英雄は誰も見捨てない。困ったり悲しんでいる人がいたら助けちゃう人なんだ】って。


「だから、ここで別れよう? 私を大切に想ってくれた事。ずっと一緒にいたいって想ってくれた事。その記憶があるだけで、私はどでも生きて行けるから」


「アリシア」


「私もアルを大切に想ってる。一緒にいたいって想ってる。だからこそ別れなきゃいけないの。きっと、私といるとアルも死んじゃうから」


「アリシア」


 何を言っても届かないだろう。アリシアの為に考えて捻り出した言葉なんて、彼女には何一つ届きやしない。簡単に届くのならアリシアはとっくのとうに救われているはずだから。

 だからこそアルは何も考えず、心の底から沸き出た言葉をアリシアにぶつける。


「誰が一緒にいると死ぬって決めたんだ?」


「それは……世界がそう決めてるの。私が誰かと一緒にいて、その人の事を大切に想えば想う程、世界は残酷な結果を用意する。いつだってそうだった。だから、アルは私と一緒にいちゃいけない」


「絶対にそうなのか? もっと別の選択肢が用意されてるんじゃないのか?」


「そんな訳ない。世界がそう決めてるからこそ私は大罪にまで転げ落ちた。誰も救えないクセに救うんだって惨めに足掻き続けて、それなのに全てを救おうとしたから。分かってるの。私には誰も救えない。救う資格も一緒にいる資格もないって。全部、世界がそう決めてるから」


 世界がそう決めてる。その言葉でアルの脳裏で前世の記憶が蘇った。

 生まれた頃から病弱で、何も出来ず、書き殴る様に謝る文字を書く事しか出来なくて、お礼や笑顔すらもまともに出来ないクセして家族に働かせて辛い思いをさせた。そして、最後には生んでくれた親に対して何も出来ないまま死に――――。


 ふと、口からアリシアにとって最大限の侮辱である言葉を吐き出した。

 今までの話を聞いてそんな事は言っちゃいけないって分かってた。でも、どうしても言わずにはいられなくて。


「それは諦めだ」


「は……?」


「諦めてない。だからこそ別れる。……それは、諦める為の口実に過ぎない」


 するとアリシアは瞳を更に曇らせて失望の色を浮かべる。それから血が出るくらいに拳を握りしめて沸き出る怒りを抑えようとしていた。

 当然だろう。アルにとってはアリシアから「英雄になれない現実から逃げて英雄になれるって吠えてるだけ」って言われてる物なのだから。

 やがってアリシアは小さく呟く。


「諦める為の、口実……?」


「そうだ」


「――ふざけけないでッ!!」


 突如発された怒号。それと同時に背後の木に拳をぶつけると亀裂を走らせた。

 その怨念じみた声を聞いて少しだけ驚くけど、でも、アリシアの言葉を聞いていく内にアルは冷静さを取り戻して行って。


「アルなんかに私の何が分かるって言うの!?」


 怒りが溢れ出す。噴火した感情は収まる事を知らず、アルを思いっきり睨みながらも乱暴な口調でひたすらに自分の感情を吐き出し続けた。……当たり前だ。それが普通の反応に過ぎない。

 その感情をアルは全て真正面から受け止める。


「私が今までどれだけ悩んで苦しんだかアルに分かる!? 何度も何度も繰り返し続けて、何百年も何千年も考え続けて、同じ結末を辿って、大切な人を死なせて! もう誰も死なせたくないの! もう誰も死んで欲しくないの! だから別れようって思った! その選択を諦めなんだって、アルはそう思ってるの!?」


「――――」


「私は、私は……っ!!」


 やがて怒りが頂点にまで達したアリシアは大きく叫んだ。それも、まるで自分自身を否定するかのような言葉を。


「もう誰とも一緒にいたくないのッ!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ