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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第二章 理想と選択の代価
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第二章49 『絶望か後悔か』

 数日後。

 あの時の死闘が嘘の様に空は晴れ、アル達は疲労によって丸二日気絶したままだったらしい。その間、疲れていたはずのアリスとノエルとクリフが世話をしてくれていたのだとかなんとか。

 防衛戦を張っていたライゼ達は特に目立った傷も無く、竜が召喚されて以来は雑に大罪教徒が突っ込んで来ただけみたいだった。だからこそアル達の傷を見るなり戦慄していた。


 どうやら戦闘の音は隣町にも響いていたらしく、その異様さから次の日には街から調査隊が派遣された。それも騎士団長直々に。しかしノエルが自然ガスの大爆発とかいう雑な理由で押しきり納得させたらしい。……騎士団長、何故それを信じた。


 それから結界は完全に修復され残党も始末し、神秘の森にはもう一度完全なる安全が訪れた。それでも折れたり燃やされた木々が戻る事は無く、二人で相談した結果苗木を植えてもう一度育てようと言う決断に至ったようだ。

 運よく、と言った方が良いのだろうか。アルは誰よりも最初に目を覚まして状況を知った。そして次にとった行動はいつアリシアが起きていい様にと小屋とは距離を開けて過ごす事になる。


 「出来上がった物がこちらになります」と料理番組さながらの手順で準備された小屋に入ってはアリシアを寝かせ、付きっ切りでの看病……じゃなくて世話……でもないから……介護? が始まりずっとそこで籠っていた。


 アルが起きてから一日も立てばライゼ達も目を覚まし、状況を理解してはアリシアの気を使ってなるべく近寄らない様にはしてくれていた。今回に限っては元気で活発なクリフも理解して小屋には近寄るのを控えてくれる。

 状況を理解して、とは言ってもアリシアが《嫉妬の邪竜》という真実は一応隠してくれたらしい。これもアリスの気遣いだろうか。


 みんなも深くは聞かずに接してくれている。こうして隠している以上後々話さなければいけないのだろうけど、それでも今は少しでも気楽に過ごせるこの状況に浸っても文句は言われないだろう。……ただ、真実を知った瞬間に言われるだろうけれど。


 今になってようやくアリシアの気持ちが分かった気がする。助かる為に話したい。でも怖がられるのが怖くて話せない。そんなどうしようもない思いが渦を巻き、行き場のない感情が膨れ上がる。今のアルにとってそれを堪えるのは十分“鬼畜”と言える作業だった。

 でもアリシアはこれ以上の事をずっとずっと考え続けて来た。その深さはアルには絶対に分からない。だからこそアルは呟く。


 気づくの遅すぎだろ、と。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ん……」


 目の前に映ったのは大きな青空ではなく、宿屋の天井でもなく、見知らぬ天井だった。

 近くの窓から光が入って来ない辺り夜なのだろうか。

 どうしてこんなところにいるんだろう。そんな事を考えて今までの記憶を振り返ろうと脳裏で記憶を再生させる。だけどそれで結論を得るよりも早く彼の声が聞こえて。


「おはよ。アリシア」


「…………」


 その声でハッキリと目が覚めた。声の聞こえた方角へ視線を向けるとアルの瞳と視線が合い、少しの間だけ互いの瞳を見つめ合った。

 多くの光が灯った、とても優しい緋色の眼。見ているだけでも涙が出そうな優しさを持ち合わせている眼なのだけど、反射的に目を逸らしては重たい体を持ちあげて額を手で押さえようとした。……でも、持ち上げた左手に握られていたのはアルの手。


「これ……」


「握ってあげたら凄い穏やかな表情になったから。安心できるのなら握ってあげようと思って」


 彼の手から伝わる温もり。それを認識した途端に胸の中で何かがきゅっと締め付けられる感覚に襲われて右手を胸の前に持って行った。

 こんな感覚、初めてな気がする。どうしてこうなるのだろう。そんな事を考えようとするのだけど、ふと頭に浮かんできた疑問に気づくとすぐアルへと問いかけた。


「……あの後、どうなったんですか?」


「アリシアのおかげでルシエラは倒す事が出来た。アリスが向かった頃には既に灰になってたらしいけど。その後は――――」


 アルの口から事の顛末が話される。

 それらを聞いてアリシアは安堵するのだけど、やっぱりある感情がひたすらに胸を突き始めていて、話を聞いている最中でも奥歯を噛みしめた。相対的にアルの手から温もりを求めるかのようにぎゅっと握り締める。


 けれどそれに気づいた瞬間にアルの手から自分の手を引き剥そうとするのだけど、そうするのよりも遥かに早くアルの右手が優しく左手を包み込んでくれる。

 だから彼の表情を見ると今までのどの瞬間よりも穏やかで。


「大丈夫」


「…………」


 言葉はいらない、ってヤツだろうか。大罪に詳しいアルなら既に気づいているはずだ。アリシアが大罪である《嫉妬の邪竜》である事に。

 それを意識してから胸が更に締め付けられる。それも息が出来なくなってしまうくらい。

 アルはアリシアの感情を理解している様で、顔に出やすい今なら感情を浮かべるだけで何をしてほしいのかを実行してくれる。迷いに歯を食いしばれば手を包み、心の痛みに苦しんでいると優しい言葉を投げかけてくれる。

 形だけなんて柔らかい言葉じゃ片付けられないくらい、泣きたくなるくらいの優しい言葉。


 でも、その優しさを否定する様な言葉を反射的に言ってしまう。


「――大丈夫な訳、ない」


 物凄い小声で零れ出た言葉。だけど周囲は静かな故にその言葉はアルの耳に届いてしまい、彼は頬をピクリと動かした。

 ……今、自分がどれだけ不安定なのかを自分自身の反応で悟る。

 その反応を見た瞬間から鼓動が大きく跳ね上がっては不安感が駆け上がるのだから。


 きっと自分でも知らないくらいの深い場所で何かが囁いているんだろう。彼の優しさは受け取っちゃいけないと。

 確かにアルの優しさは凄く心が穏やかになって、凍り付いた心がその優しさで溶かされる感覚に陥る。でもアリシアが関わればきっと彼は不幸になるはずだ。だから今は彼を拒絶しなきゃいけない。でも拒絶した先に待っているのは果てしない孤独と絶望なのをアリシアは知っていて――――。


 いつだってそうだ。アリシアは誰かの優しさを受け取りたいクセにないがしろにしてしまい、その優しさを失ってから初めて気づく。……英雄の時もそうだ。

 彼は今アリシアを救おうとしてくれている。孤独の中で救われる気持ちを理解しているから。アリシアが誰にも救われなかった事、誰とも一緒にいられなかった事、それらを全て知っているから。そして、彼が心から英雄を目指しただアリシアを救いたいと思っているから。

 使命だからって理由じゃない。純粋に心が無垢だからだ。


「私は……」


 でも、そんな優しさを拒もうとしている。

 アリシアは誰かに関わると不幸を呼び起こすんだ。実際、アリシアが狙われているからこそここまでの事件が起きてしまった。みんなを傷つけ、アルが死ぬ様な事を引き起こして……。だからこそアリシアは誰かと一緒にいるべきじゃない。


 じゃあこれを断ったらどうなるだろう。世界に追われる身となり一人孤独にいつも怯えては逃げ続けるのだろうか。――でもこの世界に完全な逃げ場なんてない。だからいつか必ず追い詰められて殺される。その時、アリシアはどれだけ救いを断った事を後悔するだろう。


「ずっと……」


「アリシア?」


「――――っ」


 奥歯を噛みしめる。

 いつまでこんな矛盾を抱きかかえて生きていけばいいのだろうか。最初はこの事を話せば楽になるだろうと思っていた。思い込んでいた、の方が正しいかもしれない。

 けれどその先に待っていたのはまたもや矛盾。

 救われたい。でもアルと一緒にいればきっとアルを不幸にさせてしまう。そんなアリシアに一緒にいられる資格なんてあるのだろうか。


「…………」


 大切な人を守る為に拒絶するか、一時の幻に身を投げ込むか。そんな二択を迫られて戸惑い果てる。どうするのが正解なのだろう。何を選べば、いい方向へ辿り着ける?


「アル」


「どうした?」


「少し、外に行きませんか」


 アリシアの真実を知っても尚拒絶しないのは、彼の心から出る優しさもあっての事だろうけど、元から《嫉妬の邪竜》を信じてたっていう面もあるのだろう。

 だからこそこの選択は残酷かも知れない。――それでもアリシアはそう選ぶ。


「いいけど……何で急に?」


「せっかくですから、神秘の森の空気を堪能したいなって」


「ああ、そう言う事か。今なら安全だし大丈夫だって行ってたし、行こっか」


 そう言うとアルは何の抵抗もなくアリシアの言葉を受け入れて外へ出た。それから魔鉱石のランタンを持って森の中へ入ると、アリシアは彼の手を掴んで更に森の奥へ入って行く。やがてしばらく進んだ所で立ち止まるとその光景に小さく息を零して。


「わぁ……。これ、逆にランタンいらなかったかもな」


「そうですね」


 微精霊ってやつだろうか。蛍火のような小さな光が辺り一面に浮遊しては薄緑色の光を放って周囲を照らしていた。その光景は実に神秘的で、神秘の森という名の通り物凄い綺麗な光景が作り出されていた。

 でも、その光景とは相対的にアリシアの心は暗くなっていて。


「アル。少しお話があるんです」


「……うん。何?」


 するとアルは明るい表情でアリシアを見つめた。

 きっと彼は大罪について質問されると思ってるはずだ。この状況だし今までの反応からしたらそんな話になったっておかしくない。

 だからこそハッキリと言うとアルは目を皿にして驚愕して。


「ここで、別れましょう」



「――――は?」


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