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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第二章 理想と選択の代価
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第二章47 『命の重さ』

「俺なら――――」


「黒魔術を使う気じゃないでしょうね」


「っ……」


 けれど直後に飛んで来たアリスの鋭い言葉に黙り込んだ。

 みんなは既に疲弊し限界が近づいている。そしてアルの体は黒魔術の代償で蝕まれ限界すらも追い越している。立っていられるだけでも奇跡に近いのに、そこから更に自分を死地へ追いやろうと選択しているのだ。止めるのは当然だろう。


「確かに黒魔術の威力は途轍もないわ。本当の魔法な訳だからね。でも、その代償すら途轍もないって事はアルが一番よく知っているはずよ」


「……ああ。知ってる。一回目で血を吐いて、二回目でそれ以上の激痛を味わった。次辺りには心臓が潰れると思う」


 まともに戦えば死ぬ。死ねばアリシアが戦う理由を失くす。理由を失くせば負ける。負ければ連れ去られる。そんな流れになってしまうだろう。それをさせない為にも今はここに留まるのが先決。

 でもこのままじゃアリシアが全力を出せないと言うのも事実。


「けど何もしないんじゃ何も変わらない! このままじゃみんなが――――」


 何もしない事の恐怖は十分知っている。だから今こそ行動を起こさなきゃいけない。そう思っていた。しかしアリスからの強烈なビンタを食らうと言葉を強制的に遮断される。

 真っ赤になるくらいに強いビンタを受けた直後、アリスから激しい怒号が飛んで来て。


「――アルは自分を何だと思ってるの!?」


「え……?」


 そんな事をされるだなんて思わなかったから驚愕してしまって、震える視線でアリスを捉えると今までとは違う種類の怒りが向けられていた。ただの怒りじゃない。悲しみや後悔が含まれた、向けられているだけでも心が揺れ動く様な怒り。

 ずっと一緒にいたノエルでさえもそんなアリスは見た事がなかったのだろう。びっくりした表情でアリスを見つめていた。


「私達を助けたいって気持ちは分かる。でも自分を何だと思ってるの!? もっと……もっと自分を大切にしたいとは思わないの!?」


「自分を、大切に……?」


「確かに自己犠牲の考えは凄く理解出来るわ。仲間の為に命を賭けられるのも。でも、どれだけ自分の命を軽く見てるのよ!!」


 言われてから初めて気づく。思えばそうだ。アルはいつだって自分の命を軽く見定め、相対的に救おうとする人の命を重く見定め、そして天秤で図っては命を投げ捨てようとしてきた。それは村が焼かれた時も全く同じ行動を取っていて――――。

 アリスは思いっきり睨み付けると辛辣な言葉を投げかけ続ける。


「――自分の命すらも大切に見れない人に、誰かの命を大切にする資格なんてない」


「……っ!!」


「自分の命も相手の命も、全部等しく同じものなの。それが例え敵であっても同じ命なのは変わらない。だからこそ、軽々しく命を捨てようとする様な人に誰かの命を大切にする資格なんてないわ」


 全て等しく同じ物。……全く以ってその通りだ。

 今思い返してみれば、必ず助けるや絶対に死なないとか言いつつ、助ける為に自ら死のうとしていたっけ。確かに自己犠牲心は美しいしそう簡単に出来る物じゃない。でも、そう簡単に出来る物ではないからこそ自己犠牲の形を取って命を粗末に扱っていた。


 死に急いでいたんだ。いつでもどこでも。助けよう叫んでは等しい命を投げ捨てようとしていた。そこだけみればアルに英雄になれる資格なんてないのかもしれない。

 やがてアリスは肩をガシッと掴むと真剣な眼差しを向けつつも言う。


「自分の命を守りながら相手の命も守る。それが出来ないのなら英雄になんてなれないわ。自分すらも守れないような人間が誰かを守れる訳がないからね」


「自分すらも、守れない……」


「そうよ。いくら英雄に憧れても死んじゃ誰も守れないでしょ。アルがやろうとしてたのはまさにそれ。命は投げ捨てる物じゃないの。大切に扱ってこそ、初めて英雄になる資格を貰える。誰かを窮地から救っただけじゃ本当の救いとは言わない。……だから、自分を大切にして」


 アリスの言葉は胸の奥底に突き刺さっては抜けなくなる。まさしくその通りだったから。

 ……そうだ。自分の命すらも守れないで誰かの命を守れる訳がない。英雄に憧れたって気持ちだけで全てがどうにかなる訳じゃないんだ。それなのに英雄に憧れたからと言って命を投げ捨てる様な自己犠牲ばかり行って――――。

 そんなの、英雄とは言えない。


「……ごめん。俺が間違ってた」


「分かってくれればいいわ」


 こうして生きているのはただ運が良かっただけだ。村が焼かれた時だって、森の異変の時だって、魔物が侵略して来た時だって、ルシエラの複製体を相手にした時だって、全て命を投げ捨てながらも周囲の人達に助けられただけ。

 命を大事に。これで戦い続けなきゃ。


「でも――――」


 覚悟は変わらない。アリシアを救う事も変わらないけど、この現状を突破しようという事も何も変わらない。

 だからこそ神器を握り締めると表情を入れ替えて言った。


「それでもやる事は変わらない」


「アル……」


「これでみんなを守れるのなら、アリシアを救えるのなら……命を大切にしながら戦う」


 アリシアが頑張っているんだ。それなのにアルだけ何もしない訳にはいかない。――行動を起こさなきゃ。そしてアリシアを助けるんだ。

 きっとこので先様々な感情がせめぎ合うだろう。その時に彼女を助けられる人間はアルしかいない。

 やがて握る剣神器から薄い光が漏れ始めた。そしてどこからか集まって来る黒い霧が周囲で旋回を初めては顔の右半分に紋様が刻まれる。


 力をセーブしながら戦う方法なんて知らない。というか元より未だ黒魔術を解除する方法すらも分からない。けれどここでやらなきゃ駄目だから。

 アルが黒魔術を使うんだと確信した途端に周囲の白装束は一斉に動き出し、真っ先にアルを殺そうと武器を振りかざしながらも駆け寄った。そりゃ、奴らの目的はここに閉じ込めてアリシアに本気を出させない事なんだから、逃げようとするなら止めるのが当然だろう。

 でもアルの方が速い。


「みんな集まれ!!」


 そういうと三人はアルにしがみ付くかのように集まった。

 奴らを一掃する事は不可能。最初はそうするつもりだったのだけど、アリスの言葉を聞いて考えが変わった。自分の命を命を守りつつみんなの命も守る方法。それは――――。


 ――上手く行ってくれよ。空間転移……!


 やり方なんて知らない。けれど黒魔術が本物の魔法と呼ばれるのなら、世界に接続した状態でイメージすれば。

 瞬間、足元にはゲートが展開されて四人は重力に従い落下を始める。そしてゲートをくぐった頃には武器を振り下ろしていた白装束の攻撃は互いに命中していて、大量の血を流しながらも自滅した。


 ゲートを繋げたのはどこでもいいからとにかく遠くの場所。地面の少し上に展開すれば落下ダメージもなく着地できると思ったのだけど、何せ初めてだからゲートの展開が上手く行かず、展開されたのは遠くの遥か上空だった。

 だからこそ三人は遥か上空から落下している事に驚愕する。


「なっ、上空!?」


「そりゃ初めてだからこんな物よね」


「言ってる場合か!!」


 ゲートをくぐった瞬間に遮断したから追手はないはず。けれど一安心できる状況でもなくて、アリスは着地に備えて全員を近くに寄らせては右手を翳した。

 やがて膨大な風を発生させると落下速度を限界まで軽減させ、多少の速度を残しながらも地面へと着陸した。そうして何回か転がっては即座に起き上がってあの状況から抜けられた事を確認する。


「……助かった、のか?」


「みたいね。ホント、黒魔術様様だわ」


「黒魔術ねぇ。――あっ、アル!!」


 そんな風に会話をしているとクリフはアルの体を抱き起し、そしてどれだけの代償がアルを蝕んだかに驚愕した。

 目や鼻から大量の血を流していたのだから。


「ちょっ、アル!? 大丈夫なのか!?」


 クリフが腕に抱えては何度か体を揺らしてくれる。その振動で薄れていた意識が少しだけ戻るのだけど、擦れた視界じゃほとんどの物を見る事が出来なくて、見えるのは目に涙を浮かべるクリフの顔だけだった。

 血涙でもしてるのだろう。視界は真っ赤に染まり見える光景が歪んでいた。


「おいしっかりしろ! アル!! 気を保て!!」


「くり、ふ……」


 命大事に。ゲートでの逃亡はそれを重視した結果だ。白装束を相手にするのなら一撃じゃ倒せないから数秒間黒魔術を使わなきゃいけないし、追われないと言う利点を考えたとしてもアルの命を重視するのなら絶対にするべきではない。だから一秒しか黒魔術を使わない逃亡を選んだのだけど、それでも代償は途轍もなかった様だ。

 体に激痛が走るけど何故かもがく程の痛みじゃない。多分、脳の感覚が麻痺して通常の痛覚を届けられてないんだ。まぁ、そっちの方が助かるのだけど。


 少しの間だけするとアリスとノエルも駆け寄っては傷を見てくれるのだけど、その酷さにアリスが初めて恐怖する様な表情を浮かべた。

 そしてすぐに治癒魔法をかけてくれるのだけど厳しい表情なのは変わりなくて。


「アルは助かるのか?」


「正直微妙ね。黒魔術の代償は体への侵食だけど、治癒魔法は欠損した細胞を修復する物なの。だから侵食された部分は治せない。流血をなくせればいい方かな」


「そんなっ!?」


 何が体を蝕んでいるのかはアルでさえも分からない。でも話からするに良い物じゃないのは確かだ。元より代償なんだから良い物じゃないのは確定なのだけど。

 もう一度薄れていく意識の中で自分自身に問いかけ続ける。


 ――駄目だ。意識を保て。絶対に沈んじゃいけない。死んだら、英雄にはなれないだろ……!


 ふと拳を握る。だけどそこにはクリフの手が握られていて、彼女の手を強く握り締める形で意識を保とうとしてくれる。クリフの手から伝わって来る微かな温かさ。それだけがアルを引き留めてくれていた。

 けれどそれだけじゃ足りない。この代償から逃れる為に、何か別の方法が――――。

 すると急に痛みが無くなって意識が戻って行った。


「……?」


 何だろうと思って傷を手当てしているアリスに視線を向ける。その先に映ったのは儚く舞う純白の桜で、アリスは真意を使いながらも手当をしてくれていた。


「アリス? それ、何の意味があるんだ?」


「真意は色んな効果を上げる能力があるの。火だったら業火に。剣だったら神剣に。それは治癒魔法も例外じゃないわ」


「……真意って、一体何なんだ?」


「詳しい事はこれが終わってから!」


 クリフの質問を受け流したアリスはそう言いながらも険しい表情を続ける。そうしていると次第に流血はなくなって行き、痛みも引いて意識が半ば強制的に引き戻された。

 やがてクリフが体を起こしてくれるとアリスの顔よりもある物が目に入る。


「あ――――」


 未だ霞む視界に映った光景。その先ではアル達が退避した事を知ったアリシアが全力で黒魔術を発動しており、全てを焼き尽くすかの勢いでルシエラを追いこんでいた。……それが普通の竜ならカッコイイで済んだかもしれない。

 全身が黒く《嫉妬の邪竜》であるが故にその光景は地獄絵図とかしていた。


 だから、それがアリシアなんだって事を、アルは一瞬でも忘れてしまった。

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