第一章6 『神器の少女』
「っ……!」
目の奥を焼くかの様な光が解き放たれた瞬間、アルは反射的に腕で顔を覆った。そして激しい衝撃が届いたからバランスを崩し尻餅を着く。
目を瞑っている最中にも色んな斬撃音や爆発音が耳へ届き、目の前で激しい戦いが起きているんだとすぐに察する事が出来た。だからこそ次に目を開けた時に驚愕する。
「……え!?」
銀髪の髪をした少女が黄金の剣を手に黒装束の連中を一刀両断していたのだから。アルが今握っている黄金の剣と一緒の。髪とは真逆の黒いコートを着て、魔法などを出し黒装束の連中を圧倒していく。
いや、さっきまであんな少女はいなかった。となると可能性としては……。
――そんなまさか、な。
右手に握っていた黄金の剣を見つめる。
いくら神器とは言ってもそんな事にはならないはずだ。剣から少女が生まれて目の前の敵を倒しているだなんて。
でも目の前の光景に理由を付けるのならそれくらいしか無くて。
次々と増えていく黒装束を少女は圧倒する。それも雷や炎を合わせた複合魔術を使いながら。もう動く気力すらも残っていなかったアルはそんな光景をただ見つめ続ける。
本当に、何が何だか分からない。異世界様様である。
ただ一つだけ現状を把握できている事もあった。
――助かった、のか……?
一先ず助けられたっていう事実は確かだろう。少女が敵なら一番近くにいたアルを攻撃するはずだし。左目を潰され、左腕を刺されては折られ、右足を焼かれ、命からがら逃げて来た先で少女に救われる。そんな現状に困惑しつつも意識を朦朧とさせる。
きっと気を抜いたからだろう。疲れ切った精神が悲鳴を上げたんだ。
そうは分かっていても意識が眩むのを抑えきれず、少女が頑張っている中でアルは限界を迎えた。
どれくらい時間が経ったのかは分からない。でも、まだ自分が生きている事だけははっきりとしていた。床の冷たい感覚に意識が呼び覚まされて瞼を開ける。
すると目の前には少女の顔が映し出されて。
「あ、ようやく起きましたか」
「…………」
自分は仰向けになって寝転んでいる。なのに彼女は手足が届かない距離でこっちを見つめていた。即ち、浮いている。
実際に起き上がると空中浮遊で移動しながら距離を開けてこっちを見ていた。だからまずそれが信じられなくて驚愕する。
「えっと、浮いてる……の?」
「ええ。ばっちりと」
すると更に浮かび上がってはこの空間を少しだけ飛び回った。鳥や竜なら飛んでる所を見た事があったけど、人が飛んでる所なんて見た事がなかったから驚愕を通り越して戦慄した。
そんなアルを尻目にある程度まで地面に近づくとある事に気づいて咄嗟に手を動かす。
「あれ、左目……」
気絶する前までは潰されていた左目が復活していた。だからそれに対して驚いていると、彼女は人差し指をおでこに当てながらもさり気なくとんでもない事を言う。
「傷は全部直しておきました。火傷や骨折も」
折られた腕や酷く火傷した足も傷一つなく、手に付いた擦り傷さえも残されてはいない。彼女は改めてアルの前に立つとその容姿を露わにさせる。
長い銀髪に翡翠色の瞳。少し幼さの残る童顔ながらも厳しそうな雰囲気を放っていた。
そんな彼女は空中で手に持っていた剣を地面に指すと言う。
「……あなたの願い、受け入れました。これより私は“あなたの剣”となります」
「えっ。……えっ!?」
いきなり「あなたの剣」とか言われる物だからびっくりする。っていうかどんな手順を踏んだらそんな事になるのか。
……でも、願いを受け入れたという言葉に反応した。その言葉が死ぬ直前に聞いたあの言葉と似ていたから。だからいきなり彼女に詰め寄ると確信的な話を投げかける。
「もしかして君が俺を転生させたのか!?」
あの時の声はよく分からない。ただ、脳裏にその言葉が浮かんだだけ。男の声かも女の声かも分からなかった。
けど彼女はアルの問いに困惑して。
「えっ。転生……? 知りませんけど……」
「……そっか。ならいいんだ」
転生させた張本人が見つかったのかも、と思っていたから少しだけ肩を落とす。けれどすぐに顔を振って状況を確かめた。黒装束の骸は一カ所に集められている。その他にも激戦の跡はそのままで、大きく地面や壁を抉っては魔鉱石の欠片が周囲に散らばっていた。
聞きたい事なら山ほどある。どういう事なのか、何が起きているのかとか。でも何よりも聞きたい事を彼女に質問した。
「えっと、君は?」
少なくともアルの知っている世界じゃ空を飛ぶ人間なんていない。そして剣から生まれる人間もいない。つまり彼女は人間じゃないという事になる。
すると彼女は地面に突き刺した剣を柄を撫でながら言った。
「私は、まぁ、簡単に言えば神器その物です。神器に封印され、そして解き放たれた存在。“神器を依代にした幽霊”って考えると分かり易いかも」
「幽霊って……。それに神器の中に封印されてたっていうのも……」
「言葉通りの事です。私は神器に封印された存在」
何か、よく分からない事になって来た気がする。彼女は何の感情も表に出す事なく喋り続け、常にツンツンした様な態度で喋り続けた。
「封印って、どうして?」
「まぁ色々と事情があって封印されていた訳です。そしてあなたとの“契約”が私を呼び覚まさせてくれた」
「呼び覚ますって……」
妙に明かされない情報に首をかしげる。
だけど現状は大体把握できたのは確かだ。まあ、到底信じられない内容なのも確かなんだけど。そのまま彼女は空中を動き続けると淡々と喋る。
「神霊に近しい私にとって神器は依代。そして契約者は存在の証。あなたは願いの為に私を求め、私は顕現の為にあなたを求める。それが私達の間に交わされた契約。……ですけど」
「けど?」
「あなたは私の知っている人間と違った。だから契約したんです」
「…………」
突如変わった口調と雰囲気。神霊と自分で言うからにはそれなりの理由があって封印されていたのだろうけど、彼女はそれ以外にも何か事情がある様に感じた。
流石に何も知らないで失礼かもしれない。でも、アルは彼女に問いかけた。
「君の知ってる人間って、どんなのだ?」
すると急に黙り込む。やっぱり無礼だっただろうか。……そう思ってもアルは知りたかった。彼女の瞳が曇っていた理由を。
少しの間だけ時間が経つと彼女は右手を押さえて言った。
「……自己の為だけに全てを使う。それが私の知ってる人間です。でもあなたは違った。あの時あなたは私の呼びかけに対して「どんな時でも笑える様な英雄になりたい」と言いました。それに」
「…………」
「願いが、私と似ていたから」
「――――!」
目を逸らした事で確信する。彼女もきっと今のアルと同じ様な結末を辿ったんだって。それがどんなものなのかは分からない。だけど確信できるから。
彼女はアルの前に降り立つとコートの裾を持って軽くお辞儀をする。
「これより私はあなたの剣になります。……我が運命は、汝と共に」
「…………」
普通ならこういうのは高揚感とかに満たされるパターンなのだろう。実際に契約とか言われている訳だし。でも、何故か一ミリもそう言った感情は沸かなかった。
だって、彼女の瞳はずっと曇ったままだったから。
どれだけの事が彼女にあったのかなんて分からない。けれどもし可能なら、その曇らせる物を払ってあげたい。
「なぁ―――――」
でもそんな悠長に話している余裕はなかった。問いかけようと思った瞬間に激しい地鳴りが二人を襲い、彼女は咄嗟に空中に飛びながらも天井を見上げた。
何が起こったのだろうと思ったのだけど、彼女はいち早く何が起こったのかを察して。
「森を焼き尽くす気か……。しばらくここにいた方がいいでしょう」
「分かるのか?」
「ええ。これでも一応神霊なので」
そう言うと地面に降りて座る。ずっと空中に浮いているのも疲れるのだろうか。
それから彼女と向い合せで座ると、しばらくの間無言で見つめ合った。相手が神霊とかだから話す事が見当たらずにいたのだけど、次の地鳴りを合図に今さっきと同じことを問いかける。
「さっき、願いが似てたって言ってたよな」
「はい」
「君も英雄になりたかったのか」
でも英雄に憧れた女の子が神器にされたりするのか。さっきの戦闘を見るに魔術や剣術には凄い長けているみたいだったし、暴れすぎて封印とかなら納得も出来るけど、性格とかじゃそんな事をするような人だとは思えない。
すると彼女は頷いた。
「……ええ。詳しい事は言えないですけど、これなら何とか」
「話したくなければ話さなくてもいいんだぞ?」
「いえ。契約してくれる人が来たらいうって決めていたので」
彼女はまだ突き刺したままの剣をそっと撫でると、思い出深そうに語り始めた。でも、その内容はアルにとって妙な感覚を引き連れて来て。
「私の主人はかつて英雄と呼ばれた人です。私と契約を交わしては力を使い、自分ではなく他の人の為だけに力を振るいました。見返りは何も求めず人々に希望を与える。そんな姿に憧れたんです」
「英雄……」
「けど彼だって人間。いつかは老いていなくなる。だからその時に約束しました。この洞窟で、いつかきっと心のそこから英雄に憧れた人が現れる。その時まで待っていてくれって」
「洞窟を選んだ理由っていうのは?」
「…………」
「話せない、か」
別に今は詮索する理由もないから受け流す。それよりも英雄に憧れた人が現れるって言葉。それに引っ掛かって深く考え始めた。その言い方だとまるで、その英雄がアルをここまで導いたみたいだったから。
……あの声と何か関係があるのだろうか。願いを受け入れてくれたあの声と。
何だか長年考え続けて来た転生した理由が開かされている様な気がして、自然と頭を抱え込んだ。あの声は一体何を望んでいるのかって気になったから。
――その言い方じゃまるで俺を導いたみたいな……。
彼女と契約が成立したのも。この洞窟へ駆け込んだのも。全てが全て導かれていたのだとしたら、アルは多分その導きを決めた人を激怒すると思う。だって、アルから憧れ以外の全てを奪い去ったのだから。
何が起きようとしているのか。それを自然と察した気がした。
すると急に頭を抱えたアルを彼女は心配してくれる。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。それより……」
手元にある剣を握り締める。きっとこれはあの声が導いたのだろう。彼女と巡り合わせる為にアルを転生させ、そしてここへと導いた。
まだまだ謎は多い。けど、こうなってしまった以上アルにはやりたい事が出来てしまったのだ。一度忘れかけて、父の言葉で熱が灯り、そして今一度炎が燃え盛った願いが。
「――俺は英雄になりたい。既に何も守れなかった軟弱ものだけど、それでも英雄を諦めたくない。だから、力を貸してくれ」
全く、呆れてもいい程の他力本願である。一度なれないと思い知らされたからって誰かの手を借りて英雄になろうとするなんて。
すると彼女はアルの瞳を見つめながらも何の躊躇いもなく手を握ってくれる。
「ええ。喜んで」
捻れて曲がって砕け散っては再生した願いだけど、それでも彼女はアルの願いを受け入れてくれる。だから嬉しかった。まだ自分を認めてくれる人がいるんだって思ったから。
どんな時でも笑える様な人。それがアルの抱いた英雄像だ。
――でも、決して笑う事は出来なかった。何でかは分からないけれど。
心から英雄に憧れた少年は、心から笑う事が出来なかった。