第二章41 『悪魔』
「いいかクリフ。普通の手段じゃ奴には通用しない。だからこそ普通じゃない手段でやるんだ」
「でも普通じゃないっつてもどうするんだ? オレに使えるのは炎系だけだぞ?」
「そこらへんは考えてある」
草むらに隠れながら二人で話し合い作戦を伝えていた。
今もあの二人は戦っていて、とてもじゃないけど介入できる余裕なんてなさそうだ。でも介入は出来なくても何かをする事によって転機を作り出す事は可能なはず。奴は真意が苦手みたいだし、その真意を深く叩き込めるような隙を作る事が出来れば――――。
「クリフ。やってもらいたい事があるんだけど、いいか」
「おう。何でも言ってみろ」
でも、何故かマナが使えないアルじゃこの作戦は成功しない。逆に言えばアルは知識に精通してるからマナさえ使えればとんでもない威力の魔法も使えるのだけど、それができないからこそクリフに頼るしかなかった。
「いつもどうやって魔法を生成してる?」
「あ? 火種に酸素を送り込んでから水素を入れて威力を増してるけど……」
「なら大丈夫かな」
水素と酸素さえ理解していれば何とかなるはずだ。難易度は当然高くなるのだけど、そこはもう無理やりにでも成功させるしかない。
炎に酸素を入れるのは初級中の初級。後は氷を生成させる事さえ出来れば――――。
「じゃあ氷を生成する方法は知ってるか?」
「確か水の分子を操作して生成するんだっけ。水素結合が何とかかんとか」
「直球に言うと氷を生成して欲しい。それも大量に」
「たいっ!?」
するとクリフは驚愕した。そりゃ、氷は水の分子を制御して生成しなきゃいけないのだ。普通の人にとっては十分に難しいと言える。でも水素と酸素の存在と水素結合さえ知っていれば生成する事自体は問題ないはずだ。
もちろん体内にあるマナを使うから大量は難しいかも知れない。でも、それが出来なきゃきっと転機は作り出せない。
アルの真剣な表情を見るとクリフは納得してくれた。
「……分かったよ。やってみる」
「よし。頼んだぞ」
そうして立ち上がると神器に手を触れる。その瞬間にクリフはアルの狙いを察するのだけど、制止させるまえに人差し指を立てて黙らせた。
介入何て到底できない。なら、遠くから介入すればいいだけ。
「俺が注意を引いた瞬間に氷をとにかく大量に生成してくれ。周囲を凍らせて身が凍えるくらいに。そこから限界まで火力を上げた炎を撃ち込むんだ」
「それって――――」
「極限まで冷やされた空気を極限まで熱して熱膨張を起こす。――出来るか?」
これはただの憶測でしかない。知識があると言っても熱膨張とか何とかの法則には詳しくないし、ただ“科学として知っているだけ”でしかないのだ。だからこそこれに限ってはただの希望的観測でしかない。
けれどマナは体力に比例して増えていく。もしアルの睨みが当たっているのだとしたら転機は作れるはずだ。
クリフは強気な笑みを浮かべると拳を伸ばして来て。
「ったりめーだ」
「頼むぞ」
アルも拳を伸ばしてコツンと合わせる。
やがて神器を両手で握ると真っ直ぐに構えて剣先を奴へと向けた。少しでも狙いが外れればアリスさえも巻き込みかねないけど、やらなきゃ何も変わらないのだ。
息を整えてイメージする。神器の本質を解き放って攻撃へと拡張する光景を。
奴はアリスとの激戦でこっちを気にする余裕なんてない。だからこそその隙を突ければ――――。もしかしたら余計なお世話かもしれない。ミスすれば状況は悪化する訳だし。
でも何も変わらないのが何よりもの問題だ。ずっとこのままいるよりも変化を与える方がずっと安全はなず。
――頼むぞ。
神器の中で会った竜に喋りかける。
この神器がどんな解放を見せてくれるのかなんて分からない。それどころかあの竜とはアリシアを助けると宣言しただけであの竜自体は何も分かっていないのだ。だからこそ神器解放を行うのは絶望的。
「アル……」
氷の準備を整えながらもクリフが呟いた。でもそれには答えずに集中する。
この神器の本質は何だろうか。竜だからブレスとかなのだろうけど、それでも攻撃出来ればそれでいいと決めつけてまた意識の底へ潜り込もうとした。
でもその最中で声が聞こえたからこそ中断して本質を解放させる。
――任せろ。
「……っ!」
すると、突如神器からは黒い雷が走ってアルの周囲へ飛び散って行った。これがアルの神器の本質……。どうしてこんなのが出るのかは分からないけど今は攻撃に集中させる。
この雷を動き続ける奴に射線を絞って放つ事が出来れば可能性はある。
だからイメージで雷を大きな稲妻に豹変させつつも神器に乗せて発射しようとした。
――神器、かい……。
直後、右脇腹を何かが貫いた。
何かは分からない。でも、ゆっくりと視線を向けると驚愕して。
「は――――?」
腹部の前で突如開いたゲート。そこから伸びていた錫杖。それがアルの脇腹を貫いていたみたいだった。でもどうして今になってゲートが……。そんな当然な疑問は背後から近付いて来た彼によって解き明かされる。
「させませんよ。せっかく面白くなってきたのだから」
首だけを背後に向けて彼を見た。それも物凄く驚愕した様な顔で。
……一緒なのだ。今アリスと戦っている奴と全く同じで、同一人物かと思えてしまうくらいに。だからこそどういう事なのかを確かめようとした。
そして視線の先で映ったのは長い白髪に前髪を真ん中で分けた青年で。
「良い情報が取れそうなんです。そう簡単に手を出されては困ります」
「……つまりテメェは奴の上って事だな」
「ええ。そうですね」
彼の言葉にクリフは思いっきり睨み付けた。けれど敵でありながらもどこか爽やかな印象を持たせる彼は口元を引きつらせうと不器用な笑顔を浮かべる。
やがて自分が大罪教徒のトップクラスだと認めると自ら名乗り出した。
「私の名前はルシエラ。大罪教徒のトップですね」
「――――ッ!!!」
そう聞いた瞬間からクリフは動いて拳を顔面に殴りつけようとした。神速で殴りつけようとしたのに対し、ルシエラは反応すると鎖でクリフの体を縛り付けて。
指先に小さな霧を集めると言った。
「血の気の盛んな人ですね。まぁ鬼だから仕方ないか。……少し黙ってもらいますね」
そう言って指先の霧を小さく爆発させた。
――瞬間、爆速で体が吹き飛ばされる程の爆発が引き起こされて互いに後方へと吹き込んで行く。その後方って言うのが戦っているアリスと被ってしまう。だからどうにかしようと思ったのだけど、気づいた頃には既にアリスと衝突していた。
「ちょっ、アル!? 大丈夫なの!?」
すぐに起き上がると傷を確認してくれる。でも、脇腹から絶え間なく溢れ出す血と腹の酷い火傷を見て戦慄した。
近くにいたクリフも引き寄せて即座に治癒魔法をかけるもルシエラは距離を詰めて来て。
「あらら。別にそこまで吹き飛ばす気はなかったのですが……まだ威力の調節にはなれないですね」
「……誰、あんた」
「分かり易く言うなら大罪教徒のトップです」
アリスが全力で睨みながらも問いかけると彼は表情も崩さずに言って見せる。
連撃が途切れてしまった事でさっきまで戦っていた相手には立ち直る十分な時間があり、錫杖を持ちながらもルシエラの横に並ぶとアリスを見下ろした。
「実は意識複製の実験中でしてね。まだ色々と至らないところがあるんですよ」
「意識の、複製……?」
「はい。要するに人造人間ですね。結構難しいんですよ? コレ」
するとルシエラは隣に立った奴の頭をポンポンと撫でる。
聞けば聞く程恐ろしい話だ。意識を複製するだなんて。「お前は俺の偽物だ」と言われた時、きっとどれだけの恐怖が訪れるのだろう。
――そう考えている最中だった。アリシアが神速で突っ込んで来ては間に割り込んで来たのは。
「みんなから離れろッ!!!」
大きな土埃を立てては遠慮なくルシエラの腹を切り裂いて内臓を破裂させた。それでも尚余裕そうな顔を浮かべるルシアラはアリシアを見るなり嬉しそうな表情を浮かべる。
その瞬間に理解した。今こそが最も危険な状況なんだって。
「――駄目だ!! そいつの目的はアリシア自身で……!!!」
「っ!?」
けれどその頃には数え切れないくらいの鎖が出現してアリシアを縛り付ける。それもクリフの時よりも十倍くらいの数だ。
すると身じろぎ一つすらも出来なくなってしまったアリシアに対してルシエラは高揚した表情で鎖を引っ張った。
「まさか目標が自分から近づいて来てくれるとは、運がいい」
「くそっ、何これ……!」
「一緒について来て貰います。抵抗しないのなら痛めつけませんが?」
「抵抗するにきまってるでしょ!」
しかしアリシアは握った神器を回転させると複数の鎖を断ち切り、後は腕力だけで引き千切って見せる。でもルシエラは攻撃を回避するとゲートを開いた。そしてそこへ蹴りを入れると吹き飛んだのは――――アルだった。
「テメェなにしやがる!!」
「何も抵抗するので仕方なしにですよ」
するとルシエラはクリフとアリスも縛り付けて身動きを取れなくさせる。そして痛みで動けないアルに対してまたゲートを出現させると錫杖で腕を貫いた。
奴はきっと抵抗し続ける限りアルを甚振るつもりなのだろう。それも死ぬまで。
アリシアもそれを理解すると止める様に促した。でも、奴がそんな程度で止める訳なんて無く。
「なっ、い、今すぐ止めて!」
「大人しく付いて来てくれるのならいいですよ」
「それは……!」
「続けるのならこうです」
そうして腕から錫杖を外すと今度は起き上がろうとしたアルに対して肩を貫いた。――ルシエラは始めてみたばかりなのにアリシアにとってアルが特別な人だと認識している。だからこそ死ぬまで止めないはずだ。アリシアが大人しく付いて行かない限り。
「死なせたくなければ付いて来て下さい」
「……っ!」
「ほらほら、早くしないと彼、死んじゃいますよ?」
アリシアを説得しつつもアルを串刺しにして血を流させ続ける。最初は痛みが凄かったのだけど、しばらくたつと痛みは引いて熱さだけが残っていた。もうすぐ死ぬって証なのだろうか。
薄れる視界でアリシアを見る。すると彼女は涙を流しながらもこっちを見つめていて、もう焦点すらも定まってない瞳を見て奥歯を噛みしめた。
やがて言ってしまう。
「……分かった」
「――――っ」
行かせるな。そうは分かり切っていても体は動かない。ただ大きな血溜りに倒れる事しか出来なかった。全て自分の血で作り出した血溜りで。
アリシアが抵抗を失くすとルシエラは鎖を緩くして動けるようにする。
そうして彼について行こうとするアリシアを見ている事しか出来なくて。
――駄目だ。行かせるな。守り切るんだろ……!
近くに転がっていた神器を握り締めた。このままじゃ絶対に後悔する。でも、だからと言って体は動かないのだ。ただ見苦しくもがく事しか出来ない。クリフとアリスも助けに来ようと必死に足掻くのだけど、どうしても幾重にも重なった鎖は引き千切れない様子。
――独りにしないんじゃなかったのか……っ!!
せめて一撃。そう思って神器を握り締める。
意識すらも掠れるけど、仮にたった今神器解放をする事が出来るのなら――――。
ふと、一瞬だけ五感が消える。
アリシアは俯いたままこっちを見ずにルシエラの後を付いていこうとする。それが現状では最善の選択だ。でも、それは自分の意志を捻じ曲げなきゃいけない訳で。
前にアルは「独りにしないで」と言われた。そして「独りにはしない」と返した。「一緒にいる」と、そう誓った。
だからこそ全てを消滅させる一撃が放たれる。
「っ!?」
「……? ――アル!?」
その攻撃を回避したルシエラは初めて驚愕の表情を浮かべ、こっちを見たアリシアも驚愕していた。それどころかその光景を見ていたクリフとアリスも、鎖を引き千切るのを忘れるくらい。
不思議な感覚だ。こんな事は初めて起ったのだから。
傷があった所をなぞりつつもルシエラを見る。
「何故、あなたが、それを……」
顔の半分は黒い紋様で染まる。
周囲には真紅の光が漂い、明らかに異常な雰囲気を醸し出していた。そしてその中でふらつきながらも立ち上がる。
自分自身でも認識した。その条件下の中で相手を殺意の籠った視線で睨み付ける姿はまさに、
悪魔なんだって。