第二章40 『転機を起こす瞬間』
一瞬の閃光が駆け抜けた瞬間に激しい衝撃が周囲に飛び散った。その衝撃が奴とアリスが激突した事によって生まれた衝撃で、それだけでもアルとクリフは吹き飛ばされそうな風圧が生まれる。
けれど足に力を入れるとそんな風圧を切り裂きながらも前へと進んだ。それを見たクリフがニヤつきながらも後を追いかける。
「――――ッ!!」
「アル……。よし、行くか!!」
クリフも同じ様に地面を抉る様な威力で地面を蹴り前方へと体を撃ち出す。
やがて奴の目の前にまで接近すると互いに奴を挟む形で停止し、回転しながらも攻撃を撃ち出した。するとそれに反応して見せては四方八方から霧のゲートを出現させては鎖を出し二人の攻撃を阻止する。
でも、その瞬間にアリスの刃が加速しては錫杖を断ち切り胴体から血を流させた。
「――――」
「らぁッ!!」
気合いを入れながらも回転すると連撃を繋げて引き続け胴体を斬り裂いた。アルとクリフも滑る様にして移動すると奴に向かって攻撃を仕掛け、当てるとまでは行かずとも防がせる事で体力と集中力を削いだ。その隙にアリスが連撃を繋げる。
「急に動きが……?」
「いつまでも負ける訳にはいかねぇからな!!」
アルはクリフの動きにはついて行けない。そしてクリフはアリスの動きには付いて行けない。だから付いて行ける範囲でアリスを援護するしかない。
互いでやりたい事を先読みしつつ足りない所を補う。まぁ、補うとは言ってもクリフが一方的に支援してくれるだけなのだけど。
「――――っ」
「なるほど。アイコンタクトですか」
奴は連携の秘密を一瞬で暴けば即座に黒い霧で視界を遮る。そこから鎖を出現させると二人を縛り付けて身動きを取れなくさせた。
――それも数秒だけ。
クリフは力尽くで引き千切り、アルは神器を逆手に持って断ち切った。そしてすぐさま奴を視界に入れるなり全力で攻撃を仕掛ける。
「全く、血の気が盛んですね……」
「こうでもしなきゃテメェは倒せねぇからな」
「ですが刃の無い槍でどうやって倒すつもりで?」
「そこは……こうやるんだよ!!」
するとクリフは砕かれた時から持っていた様子の刃の破片を奴の眼に思いっきり投げつけた。それによって左目が潰れ、アルはすぐさま左側に回って死角へ入り込む。けれど奴ならそんな程度の隙は逃さないのは当然の事で。
「それで死角を取ったつもりですか!」
「――そんなつもりはない!!」
もう一度出現させた錫杖で神器を受け止める。けれど息を止めた瞬間に一歩踏み込んでは威力を限界まで高めて錫杖を断ち切った。アルもその欠片を強く握り締めてはもう片方の眼に投げつけて失明させる。強く握り過ぎて左手からは血が出てるけど、そんな事は気にもせず柄を握り締めた。
その瞬間に真正面からアリスが神器を振り落とす。
それも、神器から純白の桜を舞い散らしながら。
――桜!?
剣から花弁が舞う現象。それに見覚えがあった。
あの時の戦いでもアルはあいつを相手にした時、最後の一撃でペチュニアの花弁が舞い散ったのを覚えてる。あまりにも綺麗だったから。
――剣から花弁が出る現象に何か意味でもあるのか……?
桜が出た現象は一瞬しか見えなかったけど、それでも脳裏であの時の戦闘を鮮明に思い出す程の衝撃は十分に持ち合わせていた。
だからこそその桜を見た瞬間に驚愕する。
でも、そんなの気づかないアリスはそのまま奴に向かって刃を叩き込もうとした。これである程度は動きが制限されてくれれば嬉しいのだけど――――。
しかしその瞬間に地面を蹴っては大きく距離を開けた。アリスの桜に反応して。
「……?」
「何だあいつ、急に距離なんか開けて」
明らかに様子がおかしい。だから距離を詰めようとしたのだけど、奴はまるで近づくなと言うかのように足元から鎖を出現させてゆく手を阻んだ。
その行動だけで何が狙いなのかをアリスが悟る。
「なるほど。そう言う事ね」
「そう言う事って?」
「あいつは真意に近づくのが嫌いなのよ」
「し、真意……?」
「コレの事」
初めて聞いた真意と言う言葉に戸惑うとアリスは神器から舞い散る桜を見せてくれる。剣から花弁が舞うと現象を真意と言うのだろうか。それはそれで何か違う気がするけど。
だけどその真意って言うのがどれだけ凄い物なのかは次の行動で理解出来た。だって、アリスがそのまま剣を横に振るとそれだけで全ての鎖が切り裂かれ周囲の木々は強く揺らされるのだから。
「なっ、何だこの威力!?」
「これが真意よ。まぁ、詳しい事はコレが終わってから話す。今はこっち」
そう言うとアリスは剣先を奴に向ける。すると剣先を向けられた瞬間に目を細めて真意を嫌うかのような反応をして見せた。
やがて喉から絞り出す様に言う。
「真意……!」
「どうやらあなたの弱点は真意みたいね。何でそんなに怯えるのかは知らないけど。……でも、そこまで恐れるって事は真意が嫌いなのよね?」
「――――っ」
「ここからが私の全身全霊。この攻撃を受けても耐えられるのなら耐えてみなさい。――大嫌いな真意を受けてね」
アリスは腰を限界まで捻っては神器を思いっきり振り払った。するとその衝撃波は飛ぶ斬撃として空気を伝い、奴の腹を切り裂き背後の木々を真っ二つに切り裂いた。
そこから一瞬で距離を激しい金属音を鳴らして真正面から衝突する。
「ごめんね二人とも! この戦いだけは私にやらせて!!」
「わっ、分かった……」
凄まじい戦いぶりに二人で戦慄した。
二人の間に飛び散って行く衝撃波でロクに近づけそうにはないし、互いの為にもその方が良いだろう。今だけはクリフが参戦したとしてもきっと邪魔になってしまうはずだ。
アリスの振るう刃は既に神域の域に達していて、奴の錫杖に当たる度に錫杖は砕けていく。更に真意のおかげなのだろうか。威力が特段に強化された分例え避けたとしても奴の体からはどんどん血が溢れて行った。そして攻撃時の衝撃波は周囲の木々を薙ぎ倒して。
神器を地面に突き刺しながらも吹き飛ばされないよう必死に踏ん張った。
「あれが真意ってやつなのか……!?」
「真正面からやりあってもこの衝撃波って、最早笑えて来るな」
そうしているとクリフが呟いた。
確かに真正面から撃ち合っているのにこの衝撃波じゃそんな反応になったって当たり前だろう。軽く風が発生するくらいならわかるけど、軽くどころか木々が薙ぎ倒されるくらいなのだから。
アリスの剣筋は文字通り舞い散る桜の様に不規則で、その動きに若干の既視感を覚えながらもその戦いを見つめた。しかし、クリフは空を見上げるとノエルを見て。
「どうやらもうオレ達の出る幕はないみたいだな」
「ああ、確かに」
竜と竜の戦いだなんて介入できる訳がないし、だからと言ってあの神速の連撃について行けるとも思わない。というかクリフが無理と言うのならアルにも無理だ。
竜と奴がどうにかなるのならアル達は出入り口に向かった方がいいだろうか。その方が向こうの戦線は安定するだろうし、もうここにいる理由もほとんどない。どっちみち不安になるのは変わりないだろうけど。
二人で同時に頷くとこの場を離れる事を決意する。ここにいても二つの戦闘には参加出来ないし、それなら防衛線で戦った方がずっとみんなの役に立てるはずだ。
そう思ったから動き出す。
でも、その直後に遠くの方から竜が投げつけられて、その衝撃だけでもかなりの距離を飛び上がった。
「なっ、何だ!?」
突如吹き飛んできたもう一匹の竜。どうしてこんなところに投げつけられたのだろう。そんな疑問は吹き飛んで来た方角を見て理解する。
上空にいたアリシアと目が合ったのだから。
「アリシア!」
「アル!!」
名前を呼ぶとアリシアも同じ様に返して急降下してくる。そして両手を大きく広げるから高速で突っ込んで来るアリシアを受け止めてその場で何度か回転した。
しかしアリシアの右腕だけ何故か袖がなかった事にすぐ気づいて。
「アリシア、袖どうしたんだ?」
「ああ、ちょっと食べられちゃいまして……」
「食べられた!?」
「アルも似たような事があったみたいですね」
でも、そう言われてから両腕を見つめては自分の方が凄い事に会っていた事を自覚する。時間差はあれどアルは両腕とも欠損した訳だし、だからこそどっちも袖がない事を今一度確認した。今は何とも無くても当時の感覚を思い返して背筋をぞっとさせる。
けれどクリフがすぐさま方向修正をして。
「……にしてもこの竜何なんだ? 今は死んでるみたいだが、どうしていきなり空から?」
「蹴り飛ばしました」
「さり気なくとんでもねぇ事言うな……」
基本五十トンもある竜を蹴り飛ばしたとなればそんな反応になっても当然だ。アルだってその言葉だけで凄いびっくりしているし。
言いたい事は色々あるのだけど、今は言いたい気持ちを押さえて他の事を質問する。
「……戦線はどうなってる?」
「竜が出現して私が囮になってました。それ以来離れっきりなのでどうなっているかまでは……」
「そっか」
こういう時に魔術が使えたら便利なのだけど、今は精霊術の結界があるから仕方ない。戦況が分からない以上無事であるようにと祈るしかなかった。
やがてアリシアは上を向いてノエルを確認し、次にアリスを見ると何も説明されずに状況を把握して見せる。
「こっちは互いに十分そうだから二人は防衛線に戻ろうとしてたって訳ですね」
「そう言う事だ。どっちにある?」
「この方角をまっすぐに進んで行けば着きます!」
「そうか。ありがと!」
そう言って進もうとした。アルが走り出すとアリシアも後を追いかけて来るのだけど、少しだけ立ち止まっては振り返って。
「……って行こうとしたんだけど、アリシア」
「はい?」
「ノエルの援護を頼めるか」
「……!!」
アリシアがここに来た以上、もしかしたら何かが変わるかも知れない。竜と奴を相手にするのなら竜の方は絶対に無理だ。だからこそアリシアにそう言った。
すると彼女はアルの狙いを悟ると頷いてくれる。
「分かりました!」
「頼むぞ。さて、俺達はというと……」
「まさかあの戦いに入り込む気か?」
「入り込む気はない。って言うかそんなことしたら一瞬で肉片になっちゃうからな」
言葉通り一瞬にして肉片と化すだろう。アルとしてもそんな悲惨な事にはなりたくない。だからこそアルは拳を握ると言った。
「俺達だけで転機を起こすんだ」




