第二章39 『文字通りの命懸け』
「――――っ!!」
「なっ!?」
アルが突っ込んだ事で初めて驚愕した顔を浮かべる。自ら首をゲートへ突っ込んだアルは一緒に神器と右腕も突っ込ませ、即座に逆手に持っては思いっきり振り下ろした。
そして奴の右腕を斬り落とすと即座に体を引っ込める。
その瞬間からゲートは素早く閉じはじめていて。
……これで首が引っ掛かれば死ぬのは確定。引っ掛からなければ最低でも生きる事は出来るはずだ。もうこれしか道はない。奴の右腕を斬り落とすしか。
やがて間一髪で頭を引く事には成功した。これで最低でも死ぬ事は回避された訳だ。――でも、残された右腕は抜ける事が出来ずにそのまま二の腕の真ん中から引きちぎられた。
ゲートが絞められた瞬間、右腕には途轍もない激痛が訪れる。
「ぐっ!! あああああぁぁあぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!!!」
「アル!!」
切り落とされた右腕を必死に抑える。そうして自ら脇腹を切り裂いてまで錫杖から抜け出したクリフが駆け寄ると、振袖を破いて腕を思いっきり締め付けた。そのせいで肉が擦れて激痛が走るけど必死に耐え続ける。
そうしてクリフはアリスの方角を見てまた同じように腕を直してもらおうとするのだけど、その方角を見た瞬間に驚愕して。
「アリス! また腕……を……!?」
クリフが視線を向けた先から轟音と風圧が届く。だから霞む視線でアリスを見た。するとそこには竜の足に踏みつぶされた二人がいて、クリフの声に少しだけ反応しては握っていた神器を少しだけ動かす。
あの二人がやられた。その事実にクリフはとんでもない衝撃を受ける。
「嘘だろ。二人が、やられるなんて……」
「そりゃ、この竜は一味どころか十味くらい違いますからね。――古の大戦で脅威を振るった暴竜。それがこの個体なのですから」
「何だと……?」
「要するに再現したんですよ。黒魔術で」
その言葉にクリフが深い驚愕を受ける。古の大戦……。数々の本を読んで来たアルも少ししか知らないけど、大罪が生まれるよりも遥か昔に起っていた戦争だ。世界全てを巻き込んで数百年も続いたとか何とか。
そんな時代で脅威を振るっていた暴竜を再現する。嫌な話だけど黒魔術だからで片付いてしまうのが本当に怖い所だ。
やがて彼は竜にそのままいる様にと指示すると流派素直に従う。
「さてさて。流石に今のは驚きましたが、回復役がいないのなら流石に苦しいですよね。人間は腕が斬れたら治癒魔法がない限り治らない。でも私の様な者はこの通り」
すると奴は斬られた右腕を付け根とくっ付けると即座に細胞をくっ付けて完全再生を果たした。治癒魔法なんかとは比べ物にならない程の速度。それを見たクリフは初めて恐れる様な表情を浮かべる。
「いくら鬼族だからと言っても回復する速度には限度がある。そうでしたよね」
「……どうかな。もしかしたら見かけだけで既に痛みはなくなってるかもしれねぇぜ」
「まあどちらでもいい。私は彼を殺せればここに用は無いのだから」
そう言って冷酷な眼をすると無慈悲にもくっ付けたばかりの右腕を伸ばして黒い霧を集中させる。殺すのはアルだけ。そして奪うのは最低でもアリシアだけ。となればアルを殺せば即座にもう一匹の竜を相手してるであろうアリシアの元へ向かうはずだ。
そんな事、絶対に差せない。そうは言っても体が起き上がる事は無くて。
腕が切り落とされた状態じゃどうにもならない。せめて腕がくっついていればもっと色んな事が出来たはずなのに。
「どかないと死にますよ」
「死なねぇし死なせねぇ。絶対にだ」
クリフだって脇腹を斬られて骨も折れてるはずだ。それなのにアルの前に立っては庇おうとしてくれる。そんな彼女の背中をじっと見つめる事しか出来なかった。
……立たなきゃ。立って、戦わなきゃ。
神器は届かない場所にある。それでも動く事で奴の攻撃を誘導できるはずだ。それでクリフが助かるのなら――――。
そうして立とうとするとクリフが肩をグッと掴んで言う。
「大丈夫だ」
槍は折れた。体力も残ってないだろう。彼女に残されたのは魔法だけ。でも本物の魔法を物理法則に従う魔法で打ち破れるとは思えない。だから「駄目だ」って言おうとしたのだけど、クリフは強気な笑みを浮かべて振り返って表情だけで伝える。
絶対に大丈夫なんだって。
「何故そこまでするんです。彼は見捨ててもいい存在のはずですよ」
「見捨てたりなんかしねぇさ。こいつらは、オレを初めて受け入れてくれた人達だから……!」
クリフは槍を両手で握り締めると砕けた刃の部位を奴に突き付ける。
初めて受け入れてくれた人達……。その時に彼女がどれだけ嬉しかったのかなんて、きっとアリスにさえ分からない。でも、だからこそここまでする価値がある。
その気持ちは痛いほど理解出来た。
「絶対に死なせねェ! オレはただ守りたいモン守るだけだッ!!!」
「なるほど。覚悟は変わらないか……。じゃあ死ね!!」
すると奴は霧の中から眩い程の光を出現させてクリフに向かって撃ち出した。その瞬間、クリフは限界まで足に力を入れると全身全霊で地面を踏みつけた。爆発している所を見るとマナも溜めていたのだろう。
――すると撃ち出された光の弾は起き上がった地面の欠片に当たって巨大な爆発を引き起こした。その爆発を真正面から受けたクリフは吹き飛ばされずに耐え続ける。
「ほぉ……。地面を割って防ぎましたか。ならこれはどうかな」
そう言うと奴はさっきよりも霧の量を多くして渦を巻かせた。だからそれだけでもとんでもない威力が来るのだと分かった。
クリフの表情からはもう策はないという事が分かる。
きっと次で何か行動を起こさなきゃ二人とも丸焦げになるだろう。アリシアを守る事が出来ずに。
と思っていたのだけど、“ある事”が起っている事に気づいて目を奪われた。
奴もアルとクリフの視線を追ってその方角を見る。そして、驚愕した。
「は……?」
竜の足元では蒼白い光が溢れ出してはその足を押し返す。竜の重さは大体五十トンくらいだったはずだ。ちょうどマッコウクジラと同じくらい。それなのにそんな重さもある竜を押し返すだなんて、余程の事がない限り不可能だ。
……でも、裏を返せば余程の事が起っているという事にもなる。
するとノエルは小さく呟いて。
「ごめんねアリス。……約束、破るね」
「全く。もう、好きにしなさい」
そう言ってアリスが許可を取ると光は更に強まっては竜を完全に押しのけた。だからそんな現象になるだなんて思いもしなかった奴は目を皿にする。
光の中から現れたのは――――薄緑色の竜だった。
「竜? えっ、今ノエルが喋ってて、それで……」
「もうここまで来ると何でもありだな」
痛みは自然と熱に変わっているから苦しむ事は少なくなった。ただ、その代わりなのか右腕からは全身を蝕む程の灼熱が迸っているけれど。
やがて薄緑色の竜は召喚された方の竜を睨み付けると零距離でブレスを撃ち込んで致命傷を食らわせる。そんな光景を見ていると額から血を流したアリスが駆け寄って来て。
「アル、大丈夫!?」
「何とか大丈夫だけど……あの竜は……?」
「あれはノエルよ」
「のっ、ノエル!? あの竜が!?」
治癒をかけながらも答えるとクリフが当然の反応をしてみせた。そりゃ、少し人懐っこくてアホの子っぽいイメージがあるノエルがあんな竜に変身したらびっくりするだろう。アルだって凄いびっくりしている。
クリフは奴が攻撃してこない様に全力で警戒しながらもアリスの言葉を聞いた。
「ノエルは聖竜族唯一の生き残りなの。もう生まれてから三千年は経つらしいわ」
「聖竜族って確かもう絶滅してるはずじゃ……」
「ずっと隠れてたからね。見つからなくても当然よ」
聖竜族。それは通常の竜や邪竜とは違い神聖な力を持った竜の事で、他の竜族とは違い神様的な感じで崇められたりされてるらしい。本には既に絶滅したと書かれていたはずだけど。
でも、聖竜族の証である薄緑色の鱗――――。それだけが確信を伝えていた。
その話を聞いていた奴はこの事に関しては流石に参ったようで肩を竦めていた。
「……参りましたね。ここまでは予想してませんでした。まさか彼女が聖竜族の生き残りだったとは」
「でしょうね。私も始めはびっくりしたわよ」
気が付けば腕の治癒も半分までが終わっていた。ここで襲ってこない辺り、やっぱりアル達を殺す事は容易だという事なのだろうか。奴はノエルと竜の戦闘に見入っていた。
するとアリスは小さく呟いて。
「ったく、命懸けなのに」
「えっ?」
その言葉にクリフも反応する。
命懸けって事は、あの状態を維持するだけでもそれなりのエネルギーを使うのだろうか。そうじゃなきゃアリスがそんな事を言うだなんてあり得ない。
やがてノエルが竜に強烈な一撃を入れると鱗が何枚も剥がれて地上へと落下した。
「中々強いじゃないですか。――この時代の生まれじゃないですね」
「そうよ。なんたってノエルは《大罪世代》の一人。古の大戦よりも過酷って言われた世界を生き抜いて来た彼女の実力、舐めたら痛い眼見るわよ」
さり気なく言った《大罪世代》という言葉にこの場にいた全員が反応した。
確か《大罪世代》と言うのは約四千年前から生きている生物の事で、世界中にも片手で数えられるくらいしかいないと言っていた。ノエルがその一人だっただなんて――――。次々と明かされた情報に驚愕していると治癒を終わらせたアリスは立ち上がる。
「さ、終わったわよ。それにしても無茶な事するわね」
「ああ……」
そう言われながらも腕を振ってから神器を握った。
何はともあれこれで戦う準備は整った。いつの間にかノエルが竜の相手をする事になっているけど、それでもアルは奴に向き直ると神器を向ける。
「回復は終わりましたか?」
「待ってくれたおかげでな。――今まで殺した分の罪、償ってもらうぞ」
「償う気なんて毛頭ないですよ。私はまだ死ねないのだから!」
すると黒い霧を使わずに体に変化をもたらした。
髪を白くすると瞳を紅くしてこっちを睨む。そして奴から放たれたオーラの異常性に気づくと無意識の内に一歩だけ引き下がろうとしてしまう。
「彼女も本気を出したようですし、私も本気を出しますよ」
「そう。なら私も本気を出そうかしら」
そう言うと食い気味にアリスが返答する。神器を構えるとクリフも槍を構えた。
全員の準備が揃うのを待つと奴は準備運動の様に錫杖を振り回し、やがて姿勢を低くすると言った。
「行きましょうか。――そろそろ潮時です!」




