第二章38 『絶望』
「竜ってマジか!?」
「うっそ……」
驚愕で体が動かなくなれば鎖は周囲を旋回してアルとクリフの身動きを取れなくさせる。それはアリスとノエルも同じで鎖に囲まれていた。きっと全力で斬ればどうにかなるはずだ。でも、そうした後の脱出はどうする。
やがて奴は竜の頬を撫でると楽しそうに言って。
「私の目的は神器を奪う事です。そして――――“彼女”を奪う事」
「っ!!」
その言葉に反応する。
前々から予想……というか確信は出来ていた訳だけど、やっぱり大罪教徒の目的はアリシアを奪う事なんだ。
――道理で、今まで奴らが派手に出て来る訳だ。
ようやく掴めた矛盾の理由。今まで奴らが街に奇襲を仕掛けたり、街中で奇襲を仕掛けたり、その他にも目撃例が多くなったのはアリシアを奪う為だったんだ。
本当はこんな事を考えるべきじゃないだろう。でもアルはどうしても考えずにはいられなかった。聞かずにはいられなかった。
「お前らにとってアリシアは何なんだ!? どうしてアリシアを奪いたがるんだ!!」
「元から彼女の事は狙ってたんですよ。そこへ貴方が邪魔に入っただけ。だから殺して奪おうとしてるんですよ。――こんな風にね」
すると回転し続ける鎖の間からその内の一本がアルの脇腹を貫いた。それは貫いただけじゃなく常に移動し続けるから体内の肉を抉って激痛を発生させ続ける。だから咄嗟に断ち切るのだけど、その時には次の鎖が左腕を貫いていて。
――引き込まれる!?
左腕を貫いた鎖を断ち切れば今度は左足を掠って血を吹きださせる。それを断ち切れば今度は脳天を狙って突き刺されそうになった。
そんな風にしてアルだけを固執して狙い、上手く身動きが取れない中で甚振って殺そうと鎖を突き出して来る。クリフも断ち切れない代わりに弾くのだけどそこまで効果は無くて。
「テメェこんな卑怯なマネして恥ずかしくねぇのか!!」
「別に? 全然恥ずかしくないですけど」
「ほんっと、クソ最低な奴だな……!」
するとクリフは苛立ったように槍を扱って周囲の鎖を振り払った。それもたった一振りだけで。これで自由に身動きが取れるようになったと嬉しがるのだけど、その瞬間から竜からのブレスが飛んで来て驚愕する。
――これでようやく身動き……がっ!?
「あぶねェ!!」
蒼い炎は真っ先にこっちへ向かって飛んで来て、咄嗟の判断でクリフが庇ってくれた事で回避に成功する。そうして間合いを見たアリス達も鎖の檻から脱出した直後から攻撃を開始し、あろう事かただの蹴りだけでも竜を蹴り飛ばした。
そしてノエルは隙だらけになったアリスに向けられた霧の奔流を複合魔術で阻止する。
「ノエル、二人をお願い!」
「わっ、分かった!!」
即座にノエルへ指示を出すと素直に従ってはアルとクリフの前に立ってくれて、奴の攻撃を守る様な立ち位置に立ってくれた。
けれどもう一度不敵な笑みを浮かべると言って。
「……確かにそのメンツなら私を止められるでしょう。でも、彼女の場合はどうかな?」
「アリスは絶対に負けない。限界を超えてもあの竜を倒す。一度――――」
でもノエルがそう言う途中にアリスが吹き飛んで来ては真横で大きな土埃を立てた。だから、そんな事になるだ何て思わずに驚愕して吹き飛んだ方角を見つめた。
そんなはずはない。だってあのアリスが数秒で吹き飛ばされるだなんて事は――――。視界を向けた先にいたアリスは額から血を流していた。
「アリス……? アリス!?」
「くっ、うぅ……っ!」
次に蹴飛ばされた竜を見てみると今にも口を大きく開けてブレスの発射準備に入っていて、その射線は完全にアル達に固定されていた。
だからノエルは即座に手を振りかざすのだけど奴がそれを邪魔するかのように錫杖を振りかぶる。そしてソレを邪魔する為にクリフが接近し、即行で復活したアリスが血を流しながらも突っ込んでブレスを真正面から受け止める。
そんな風にして一瞬にして起きた事は全てブレスの衝撃で吹き飛んだ。
「っ!?」
アリスがブレスを相殺した衝撃はアル達を全員吹き飛ばす。だけどそんな中でも奴はアルを殺そうと魔法で作った錫杖を思いっきり振りかざして脳天へと狙いを定めた。
そこへ思いっきり蹴り上げると腕を弾いて隙を作り、クリフが背後から刃がないはずの槍で力だけで胴体を貫く。
「クリフ!!」
「おう!!」
そう叫ぶとクリフは奴が身動きを取るよりも早く奴をこっちへ吹き飛ばした。だからこそアルは居合の構えを取ると思いっきり胴体を切り離した。
一歩踏み出しては高速の斬撃を繰り出して下半身と上半身を別れさせる。
《桜木流》六ノ型:名残花。
でも、その直後に下半身が離れたはずの奴は風で思いっきりアルを吹き飛ばして。
「――嘘だろ!?」
巨大な拳に叩かれたかの様に吹き飛ばされ、特に抵抗も出来ずに足が地面へ付くのを待った。しかし背後にいたのは爪を剥き出しにして腕を振り下ろす竜と、その攻撃を受けようと神器を構えていたアリスで、激突してしまったアリスはバランスを崩して前進。そして鉤爪の攻撃を受けて胴体から血を吹きだした。
――これが狙いだったのか!?
そこへ突っ込んで来た奴がアルの腹を突き刺して竜諸共突き刺す。
図らずとも凄まじい連撃……。それを実際に受けて血を流しながらも驚愕する。
勝てない。そう悟った。
「アリス!!」
「アル!!」
するとノエルはアリスを助けようと、クリフはアルを助けようと動いてくれるのだけど、それぞれが竜のブレスによって阻まれて近づけない状況を作り出されてしまう。
魔法で作った錫杖を引き剥そうと必死に力を入れるけど微塵も動かず、それどころか更に深く捻じ込まれて肉が抉れるばかりだ。
だからこそ自分に当たる可能性があっても神器を高く振り上げて脳天を狙う。
「こんのッ!!」
「おっとと、危ない」
そうして距離を離すから錫杖を抜き、飛び出す血と共に奴に向かって投げつけた。けれどそれをキャッチして回転すると逆に投げ返される。
飛んで来る錫杖を回避するために体を捻っては神器を振り下ろすと、奴も抵抗して霧の中から本物の錫杖を取り出しては腹で受け止めた。
「これでわかったでしょう。私には勝てないと」
「全っ然分からないね! それに勝てないから戦わないってのは絶対にしない。戦わなきゃ勝てないから戦う。負けられないから戦うんだ!!」
……実力差が天地の差だなんて元から知っていた。アリスが吹き飛ばされた時点で。
それに、いくら一度殺した相手だとは言え前よりも格段に強くなっているのだ。戦い方を知っていたのだとしてもその動きはまるで別物。いわゆる化け物だ。まぁ、一度殺しても復活する時点で十分化け物なのだけど。
「負けられないから戦う、ね」
すると奴は口元をニヤつかせる。それを見てまた何かが起るんだって悟ったのだけど、その何かを探るよりも早く奴は行動に出て。
急に足元が無くなったかのように落ちては全体重をかけていたアルのバランスを大きく崩す。それだけでも異常なのに一瞬にして背後へ回った奴は錫杖で背中を大きく切り裂いた。
「なっ――――」
――いつの間に回り込んだ!?
その答えは足元に記されていた。
奴の立っていた場所にあった黒い霧。そして背後の少し上辺りにあった黒い霧。……恐らく転移魔法だ。足元と背後にゲートみたいなのを展開してバランスを崩すついでに背後に回って背中を斬ったのだろう。
そんなのまさに、
「「本物の魔法だ」って顔してますね」
「っ!!」
振り向きざまに神器を振り回すと大量の火花を散らしながらも受け止め、吹き飛ばされる事なくその場で神器の威力に耐えて見せた。
そうしてつば競り合いにまで持ち込むと自慢話の様に言って。
「黒魔術は世界に干渉して行う魔術です。ので、それが引き起こす現象は正真正銘本物の魔法なんですよ」
「本物の、魔法……」
「ええ。黒い霧が起こす現象は全て本物の魔法。物理法則に従う通常の魔法じゃないんですよ。だからこんな事も出来る」
すると奴はアルの神器を弾いて霧を発生させる。そこから飛び出て来たのは一本の腕で、ソレは一直線にアルへ伸びては首を掴もうと思いっきり手を広げていた。
捕まれたら絶対にマズイ事になる。そう分かっていながらも回避する事は困難で首を力強く掴まれてしまう。
「っ!?」
「これは空間を繋げて転移するって魔法でしてね。こうして離れた相手でもこうして捕まえる事が出来るんですよ」
伸びて来たのは奴の腕だ。距離を離したから手を伸ばしても届かない距離をゲートで埋め、少し離れた所に手を出現させる事で無理やり届かせている。それをみたクリフはアルを助けようと走って来てくれるのだけど、同じ様にして離れた位置に出現したゲートから錫杖が飛び出ては彼女の脇腹を貫く。
「ンだこれ……っ!?」
「大人しくしていれば痛くはしないのに。……さて」
そう呟くと奴はアルをゲートの中に引き込もうと思いっきり手を引いた。だからこそ普通なら腕が折れるくらいの力で奴の手を握り締める。
必死に抵抗するアルの表情を見ては楽しそうな表情を浮かべて。
「このままゲートに顔を出した状態で閉じたらどうなるんでしょうねぇ?」
「――――っ!!」
奴の狙い。それはアルの顔だけをゲートに突っ込んで閉じさせる事だ。その状態で完全に閉じられれば首と胴体はおさらばしてアルは死ぬだろう。今度こそ確実に。
焦る表情を浮かべるとゆっくり、ゆっくりと引き込んでは確実に殺そうとする。
「ゆっくり絞めるか素早く絞めるか、迷いますねぇ。貴方としては苦しみたくないんでしょうけど、ここまで逃げ回ったんです。仕返しはさせて貰いましょうか」
「何が仕返しだ……っ! 今まで何人も殺しておいて言える事じゃないだろ!!」
「確かにそうですね。でもそれも世界の為だとしたら?」
「お前の言う世界の為だなんて言葉を誰が信じる!!」
例え神器を投げ飛ばしたとしても奴は手を引っ込めない。胴体を斬ったばかりなのに即時再生して突っ込んで来るんだから、きっと神器が脳に刺さったとしても決して動かないはずだ。
となれば後は腕を斬るくらいなのだけど……。
――ゲートの太さは明らかに全身が入る大きさじゃない。どうすれば助かる……!
この状況を抜け出す手段は――――実は浮かんでいるのだけど、かなりリスキーというかハイリスクな賭けとなってしまう。それに失敗したら絶対に死ぬし。
死んだらアリシアは奪われるだろう。目的も分からない様な奴らに、独りは嫌だと嘆いていたアリシアが。
そんなのお断りだ。
――もう、どうにでもなれ!!
だからこそ、アルは自らゲートの中に突っ込んだ。
 




