第二章36 『入れ替わる攻防戦』
「しかし今の貴方に勝てると思ってます? 誰一人守る事の出来なかったあなたに」
「……やっぱりあの時に村を襲う様に指揮したのはお前だな」
「ええ。村を燃やし尽くしたのは私です」
「――――っ」
そう言われた瞬間に神器を握る手から音が出た。
今、目の前に村を燃やし尽くした張本人がそこにいる。そうとなれば殺意が沸き出ない訳がなく、今までにないくらい頭に血が上る感覚が訪れた。
「アル……」
心配したクリフがそう言ってくれる。そりゃ、アルの過去を知っていればそんな反応にもなるはずだ。英雄に憧れた事も、英雄になれない事も、どっちもしっていれば。
アリスとノエルもその事を知らなくたって殺意だけであらかたの事は予想出来るだろう。だからこそ二人ともアルに視線を向ける。
「どうします? 殺しますか? ――英雄に憧れた者が殺意に身を委ね、英雄らしからぬ形相になって?」
「あいつの言葉に耳なんか貸すな。呑まれるぞ」
「アル、しっかり」
みんなアルの事を心配してくれる。でも、それでも殺意は止まらない。柄を握る腕からは絶え間なく音が溢れ出してはその怒りを周囲に伝える。
分かっているんだ。今奴の言葉に耳を貸せばアルの憧れは滅茶苦茶に引き裂かれるって。きっとそのまま自己矛盾を抱えて生きる事になるだろう。この戦いに勝ったとしても、その代償はずっとアルの中で刻まれたまま残りつづける。
それを狙ってるんだ。アルが殺意に身を任せ自分の手で自分の憧れを滅茶苦茶に引き裂く事を望んでいる。
もちろんアルだってそうしたい。欲を言うなら肉片にでもしてやりたい。
だからゆっくりな歩みながらも奴に近づく。
「おい、アル!」
「アル!!」
でも、そんな事は絶対にしない。
神器を振りかざすと喉元に剣先を突き付けて思いっきり睨み付ける。
「――お前の挑発になんか乗らない。もう、何も違えない」
誰も死なせない。誰も殺させない。誰も悲しませない。そして、誰も独りになんてさせない。今のアルにある物はそれだけだ。それらが今のアルを突き動かしてくれる。
確かに奴の事は殺したい。八つ裂きにして、凄く酷い死を食らわせてやりたい。……でも、それは“英雄のする事じゃない”から。
「誰一人守る事の出来なかったって言ったよな」
「ええ。実際あなたは誰も何も守る事は叶わなかった。守りたいと思いながらも全てを望み過ぎて崩壊してましたね」
「今の俺が何も変わらないと思うな。お前の思い通りになんてなりはしない!」
すると背後にいた三人はいつ奴が動いてもカバーできる距離まで歩み寄る。きっとアルじゃ奴の攻撃は見切れない。だからみんなが守ろうと前に進んでくれたんだ。
しかし奴は不敵な笑みを浮かべて。
「じゃあ、もし入り口でさっき以上に強力な敵が出て来たとしたら?」
「アリシアがいる。そう簡単に負けると思うな」
「それはどうかな」
そう言った直後だった。激しい轟音と共に地面が大きく揺れたのは。
そのせいでバランスを崩すと一瞬で距離を詰めた奴は手に持った剣でアルの首を刎ねようと思いっきり振りかぶった。でも、即座にクリフが動いては奴の腕諸共斬り飛ばし。
「――させねぇって言ってんだろ」
次にアリスが奴の腹を蹴ると背骨を何本か折りつつも距離を開けさせる。確実に三本以上は折れたはずなのに普通の動作で立ち上がるとこっちを見て。
あまりの異常さに背筋が少しだけ凍りつく。
さっきの轟音と震動の正体は何だろうと思って音が聞こえた方角を少しだけで見つめた。――でも、信じられない光景につい二度見してしまう。
「は……!?」
神秘の森の出入り口には雲にも届きそうな黒い霧が旋回していて、竜巻の様に渦巻いては異様な雰囲気を漂わせていた。
そんな光景があるだなんて思わなかったから見つめているとクリフもその光景に驚愕する。
「んだよ、あれ……」
「おーおー。結構大きいですねぇ」
「――っ! お前、何した!!」
何か知ってそうな言い振りにアリスが反応すると強めな口調で言った。けれど奴は何も答えずに楽しそうな表情でその黒い竜巻を見つめている。だからアリスがもう一度問いかけるとようやくこっちを見つめては答えてくれた。
「何をしたか聞いてるの!!」
「何って、黒魔術ですよ。出入り口で突撃させた部下の血で発動させたんです」
「は……!? 今、部下の血って!?」
「ええ。彼らの使命は特攻して死ぬ事。そしてその血を使って私が黒魔術を使う。特攻させるのはせっかくなら皆さんの体力を少しでも減らそうかと思いまして」
そんな事を平然と言う彼に驚愕する。
……奴に情などといった物は微塵も存在しない。ただ己が目的の為に全てを利用する、以前アリシアが話していた人間と全く同じ人種だ。
「死ぬ事が使命って……。じゃあテメェは部下の命がどうなろうと知ったこっちゃねぇってのか!?」
「そうですけど」
「――――っ」
クリフの問いに普通の表情で答える。何の感情も浮かんでいない、素の表情で。
聞けば聞く程腹が立つ相手だ。最初は大罪教徒だからと言う理由で受け流していたけど、例え相手が大罪教徒であっても、命を雑に扱い己が為に使う事を何よりも許せなかった。
でも、誰よりも怒っているのはクリフで。
「決めた。テメェは必ず殺す。オレの手で!」
「やれるものならやってみるといいです。ほら」
すると挑発するかの様に両手を広げて無防備な身体をさらけ出す。駄目だ。それは罠だ。そう分かっていても、クリフは止まらなく突っ込んでしまう。
「ならお望み通りやってる!!」
「待てクリフ!!」
さっきとは立場が逆転しているけど、ユウの制止も聞かずにクリフは突っ込んで槍を大きく振りかざした。そうして振り下ろした瞬間――――刃は奴に触れる事すらなく粉々に砕け散る。
砕けた刃の破片を見つめるクリフの視線は次に奴の表情へ向けられて。
「がッ――――」
「クリフ!!!」
思いっきり蹴り飛ばされた彼女を受け止めて後ずさる。その瞬間からアリスは足元に巨大な氷を生成させて奴を閉じ込めた。
深い傷ではないらしいけどクリフは刃が砕けた事に驚愕していた。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ。でも槍が……」
「神器の攻撃すらも耐えた槍が折れるのか……っ!」
クリフの槍はアルの全力で振るった神器を真正面から受け止めた。それも受け流す事なんて一切せずに。だから奴の攻撃には余裕で耐えると思ったのに、まさか粉々に砕け散るだなんて。
武器がなきゃ戦えないのと同じだ。だからこそクリフはまだ驚愕が抜けずに壊れた槍を見つめている。
「スペアとかあるのか?」
「あるにはある。でも、それは荷物と同じところに」
「そりゃいきなりこうなれば持って行ける暇もないだろうな……」
ふと、まだ渦を巻いている黒い霧を見つめた。向こうがどうなっているかだなんて分からない。けどあれ程の轟音と地鳴りがなるんだからそれをする程の相手がいる事は確実。正直言ってアリシア達の事がかなり心配だけど、今はアリシア達よりも自分の心配をしなきゃいけない訳で。
――武器を取らせに行くか? でもどこにいるかも分からない今じゃいつ戻って来れるかなんて分からない。それに吹き飛ばされるから戦う場所も常に変わる。だからと言って刃がなきゃどうにも……。
必死に考えた。砕けたのは刃だけだから戦えない事は無いだろう。でも刃がない状況で戦えば決め手に欠けるのは揺るぎない事実。そんな中で奴を倒せるかどうか。
奴はまだ本気を出していない。それなのにあそこまで強い敵を相手に三人で――――。
「考え事は済みましたか? 早くしないと出入り口のみんな、死んじゃいますよ」
「死ぬよりも早くあなたを倒して向かえばいいだけの話よ」
「言いますねぇ。じゃあまたやりますか? さっきみたいな戦いを」
きっとアリスとノエルは相手の強さに気づいてる。だからこそ全力を出すはずだ。精霊の全力に人間が付いていけるだろうか。
やがて前に立っていた二人は動き始めると共に連携を組み始める。
「今度は手加減なしよ」
「わかった!」
その瞬間、アリスは瞬間移動かと思うような速度で移動すると全力で刃を振り下ろした。衝撃だけでも地面が抉れるくらいに。
微動だにせずそれを受けると次にノエルの魔術を真横から受けて爆発に巻き込まれる。すると爆煙によって周囲が見えなくなるのだけど、その中でも絶え間なく金属音と雷や炎の音が耳に届いた。そして爆煙が振り払われた思えばアリスの神器は奴の首を真正面から突き刺していて。
「すっご……」
見ているだけの二人はそう呟いた。
たった数秒で奴の首を刃を通す事が信じられなかった。さっきまでは三人で攻撃しても歯が立たなかったというのに。つまり、これが二人の本気って事なのだろうか。
そう思った瞬間にアリスは奴の首を刎ねる。
「嘘だろ、首を刎ねやがった」
「前はこれで死んだけど、今回はどうか……」
そもそも一度死んだのに復活してくる時点で十分におかしい話なのだけど、もうここまできたら関係ない。死んだか死んでないか。それだけが今の勝敗を決める。
のだけど、そんなアルの望みを掻き消すかのように奴は吹き飛んだ首を掴んだ。
「まさかこんなにも早く首を斬られるとは思いま――――」
「まだ終わってないけど」
アリスはそう言うと思いっきり蹴り飛ばして木々を何十本も薙ぎ倒した。ただの蹴りでそこまでなるのか……という疑問はさて置き、アリスはまた剣先を向けると幾つもの魔方陣を展開させる。
それが前に見せてくれた神器解放なんだと気づいた頃には既に虹色のビームが放たれていて。
「――消飛べ!!」
そう言うと自身すらも吹き飛びそうな勢いで剣先から広範囲にわたって撃たれる。そのビームは触れる物全てを消却しては灰すらも残さず一直線に伸びていった。
以前とは比べ物にならないくらいの威力。これが神器解放の全力なのか。
ビームの中には当然奴も含まれていて、巻き込まれてはその姿は塵と化して消えていく。――――そう思っていた。
やがて神器解放が終わると射線には奴以外の全てが消し炭になっていた。だからこそ驚愕する。
「は……!?」
「あんな攻撃食らっても生きてんのかよ……」
奴の立っている所からV字にビームが分けられていて、それがビームを弾いた証拠なんだとハッキリ伝えていた。
そして奴は消し炭になった錫杖を握っていて。
「今のは流石にびっくりしましたね。だが、まだ遠い」
不敵な笑みを浮かべながらもそう言った。




