第二章33 『不穏な空気』
アルとクリフが飛ばされた直後、アリシアは向かって来る大罪教徒を倒そうと魔術を展開していた。でも激痛から復帰したみんなが大罪教徒を一掃した事ですぐに行動を変える。
「みんな大丈夫!?」
「ギリギリ重傷は避けられた。まぁ、本当にギリギリだけど……」
傷口を見ると文字通りのギリギリである事が分かって、アリシアはすぐに治癒魔法をかけ始めた。完全回復はこんな時間じゃ無理に決まってる。だからみんなが動ける範囲で治癒を施すしかない。えらい荒治療だけど、そうでもしなきゃここは乗り切れないはずだ。
単に治癒と言ってもかければすぐに回復する訳でもない。マナで細胞を生成してる様な物なのだからマナが細胞に置き換わるまでかなりの時間を要する。それを三人分。次の攻撃時までにどれだけ治癒出来るかなんて分かった物じゃない。
一応背後からジルスが銃で援護してくれるのだけど完全とはいかない。
結局の所回復の時間は自分達でどうにかしなきゃいけないのだ。
「次来るぞ!」
「もう!?」
ジルスの声で前を向くとまたもや大罪教徒が走って来るのが見えて舌打ちする。本当の本当に手間が足りない。文字通り猫の手も借りたいって物だ。
しかし文句を言ったからって猫が手を貸してくれる訳がない。だからこそアリシアは左手で魔術を展開しつつも前方に撃ち出しだ。
「アルとクリフはどうした?」
「それが、さっきのデカイのに吹き飛ばされてそいつも跡を追って……」
「嘘だろ!?」
そう言うとライゼが深く驚愕する。そりゃそうだ。全員で襲いかかっても全然ダメだった相手がたった二人を追いかけて行ったとなればそんな反応になって当然だろう。
だからこそライゼは二人の跡を追おうとするのだけどジルスから制止されて。
「それじゃあ速く――――」
「まぁ落ち着けライゼ。あいつなら大丈夫だ」
「大丈夫って、あれだけ強かった奴なんだぞ!?」
「クリフはあんな奴なんかにゃ負けねぇ。数分もすりゃ戻って来るさ。鬼の強さを信じろ」
そう言われて向かおうとしていた足が止まる。
彼の気持ちも分からんではない。あれだけ強いのなら二人だけじゃ絶対に無理だってアリシアも思った。けれどクリフは鬼でアルは神器持ち。だからきっと大丈夫だって言い聞かせた。
同じ考えに至ったのだろう。ライゼは険しい表情をしながらもジルスの言葉を呑みこんだ。
「……分かった。信じるよ」
もちろんアリシアだって不安だ。今にも心臓が破裂しそうなくらい。だけどアルを信じる事が出来なきゃきっと誰も信じる事は出来ない。だからこそ今はアルを信じるしかなかった。
ライゼも苦渋の表情で前を見るとその迷いをぶつけるかの様に剣を振り回す。
「みんな、行くぞ!!」
「「応っ!!」」
そう叫ぶとウルクスとフィゼリアは威勢よく返事をして前を睨む。
構成的には三人が前衛。アリシアが援護。ジルスが後方支援という形で問題ないだろう。あまり前に行き過ぎると連携が滅茶苦茶になってしまう可能性が高いし。
少しだけ宙に浮いて左手を振りかざすと幾つもの魔法を展開して同時に発射する。
「遠くの奴らは私が相手をします! 三人は抜けて来る奴を!」
「了解!!」
神器を鞘に仕舞うと両手を広げて互いに魔法を展開させる。単体属性で行う攻撃が魔法で、複数の属性で行う攻撃が魔術。それは前に話した事だけど、通常は魔術を使うだけでも十分な集中力が必要な為困難な事だ。
魔術の並列展開――――。そんなの、普通の冒険者なら絶対使用する事なんて不可能な技術だ。けれどアリシアはそれをやってのけると左右に別々の魔術を展開させた。
それらを全て一つに凝縮して圧縮する。中に入っているのは可燃性の物質などで、それを風魔法じゃなくて薄い鉄で閉じ込めた。これで後は火種を用意すれば途轍もない威力が発揮されて周囲は吹き飛ぶだろう。
ソレを維持しながらも更に飛び上がって森の出入り口を見る。予想通り出入り口にはまだ大罪教徒が山ほどいた。……まぁ、どこから集めて来たんだって話だけど。
「ほんっと、ゴキブリみたいなんだから」
そう吐き捨てつつも右腕を伸ばす。人差し指と中指だけを伸ばし、親指を立たせて照準を作り、なるべく奴らの中心を捉える。すると右腕を中心に途轍もない威力の雷を纏わせた。
イメージするのはレール。そこに弾を挟んで、電磁気で限界まで加速させ撃ち出すんだ。
さっきの鉄を弾にし電磁誘導で極限まで加速させる。原理としてはレールが長い程亜光速まで加速できるのだけど、そこはもう限界まで出せる雷でどうにかするしかない。
“アリシアの覚えてる中で”上級に位置する魔術。
破滅的な威力を有する電磁投射砲。またの名を、レールガン―――――。
「ッ!!」
それを全力で撃ち出す。
すると着弾地点では途轍もない爆発が起きて周囲のものが吹き飛ばされる。ライゼ達の前にいた大罪教徒は全員が吹き飛んで行き、その衝撃波に当てられて肉片と化した。
やがて爆発が収まるとライゼは叫んで。
「なっ、何あの威力!?」
「レールガンです。けど、精霊術の結界があるとやっぱり威力が落ちますね」
「あれで威力が落ちてるのか……」
小さく呟くと本来の威力を想像して表情を青ざめた。まぁ、ライゼ達の様な冒険者はあんな爆発なんて肌で経験した事はないから当たり前か。
地上に降りると真っ先にウルクスが声をかけて来る。
「で、でもあれだけの魔術を展開してマナは大丈夫なのか?」
「まだ余裕です。もう二、三発なら行けるかも……」
「ひえっ」
撃っておいて自分でもまだマナが残っている事にびっくりする。三百年も眠っていたから大分感覚がくるっているのだろうか。
あれだけの威力の魔法を撃てば少しくらいは控えめになると思ったのだけど、奴らは怯むどころか逆に勢いを付けるとライゼ達に突っ込んで来る。だからみんなはそれに対抗すべくそれぞれで刃を振り下ろした。
「ったく! 本当に大罪教徒って何人いるんだよ!」
「これじゃあ文字通りキリがないね。何かもう死ねば死ぬ程増えるんじゃないかって思えて来る!」
「実際黒魔術が使えるんだからそれくらいやってのけていいんじゃないですか?」
さっきの一撃で数が劇的に減ったからだろうか。みんなの戦いぶりにはかなりの余裕がある様に見えた。その証拠として会話まで出来ているし。
ジルスも後方支援をする事で戦線はさらに安定化していく。
これなら任せてもいい感じはするけど、油断は禁物。安心した時が一番危ないんだって事をアリシアは知っているから。
――せめてアリスかノエルがいてくれれば……。
戦闘中だが一瞬だけでも空を見上げる。
二人のうちどっちかがいてくれれば確実に戦線は安全となる。それにあれ程の爆発は森全体に行き届いているはずだから、仮に今まで気づかなかったとしても既に気づいているはずだ。なのにどうしてここへ来ないのだろう。作戦は覚えているはずだ。
――何か、嫌な予感がする。
確信はない。でもそんな気がした。
あの二人が来ないはずがない。となれば残る可能性は“二人が来れない程の何かが起っている”という事だけだ。
あれ程の威力を出せる神器を持った精霊であるアリスが。隕石と思えるくらいの威力を出せる相手に一人で大丈夫と豪語するノエルが。二人共足止めされるくらいの――――。
もしそうだとしたならとんでもないどころの話じゃない。あの二人を足止めできる程の敵がいるのなら大問題だ。まだ戦った事は無いけど、多分アリシアが全力を出したとしてもアリスを倒す事は出来ないだろう。何と言うか、彼女から伝わって来る気みたいなのでそう判断できる。
だからこそアリシアは内心で大きく焦り始めた。
「アルもクリフもアリスもノエルも全然戻って来ないし、これ作戦に沿って言うなら絶対に戦線崩壊してるよな」
「作戦に沿っていうなら、だけどね」
ライゼも戦いながらそう呟く。
作戦なら前衛六人と援護二人と後方支援一人という構成だった。しかし今は前衛三人と護衛一人と後方支援一人という状況だ。作戦に沿って言うなら本当に宣戦崩壊している。
倒しても倒しても数が減らない。そんな状況にみんなも次第と焦りを覚える。
「あとどれくらい続くんだ……」
「敵の数が分からない以上確認のし様がないですからね」
みんなの体力だって無限じゃない。早い所ケリを付けないと圧倒的な数にこっちが潰されてしまうだろう。だからと言ってマナも銃弾も有限。一気に全てを使用したからと言って敵を完全に殲滅できる保証もない。
「敵の数が分からないってここまで精神的に来る物なんだな」
「もういっその事「敵は無限にいる~」って考えた方がいいんじゃないか?」
「ははっ。そっちの方が楽そうだ……」
「台詞と表情が一致してないよ」
あまりの現状にライゼも苦笑いを浮かべる。
けれど気持ちはすごく共感できた。アリシアだって索敵魔法が使えない今、大雑把でも敵の数が確認できないのだ。だから精神的に凄い来る。
やがてもう一度さっきの様な攻撃をしようと思い至った時だ。
「っ!?」
「何だ!?」
突如発生した地鳴り。そのせいで全員はバランスを崩しては地面に手を突く。アリシアは少し浮かぶ事でバランスを保つけど、何が起きているかを確認する為に大きく飛び上がった。
そして何が起こったのかを確認する。
「アリシア、何が起ってるか分かるか!?」
「――戦闘です! ここから五キロくらいの所で戦闘が起ってます!!」
「そんな所で戦闘?」
「アルはそこまで遠くに飛ばされてなんかいない。だからあれは、多分アリスとノエルが戦闘してるかと……」
そう言うと全員が驚愕する。そりゃそうだ。ただでさえアリスとノエルがやって来ないだけでもおかしい状況だと言うのに、その二人を足止めする程の戦闘が起っているのだから。
けれど爆煙を見るにさっきのレールガン並の威力が発揮されたのは確実。
「一体何が起ってるの……?」
アリシアはその爆発した場所を見つめた。向かう事が許されないからじれったいけど、せめて無事でありますようにと祈る。
仮にあの二人がやられる事があれば、その時はアリシア達の完全敗北だから。
でも、直後にそんな心を揺さぶるかのように一際大きい爆発が引き起こった。




