第二章32 『危機一髪』
「――オラァッ!!」
かなりの距離を吹き飛ばされた後、クリフの一撃によって衝撃を大幅に減らす事に成功したアルは何度も地面に転がりながらも大きな木に激突してようやく停止する。多分これでいくらかひびが入っただろうか。
すぐにクリフが駆けつけてくれるのだけど上手く起き上がる事が出来なくて。
「おい、大丈夫か!?」
「な、なんとか……。ちょっと背中が痛いけど」
周囲を見渡しても特に見覚えがなく、本当に知らない所にまで吹き飛ばされてしまったんだと悟った。幸いと言っていいのか、吹き飛ばされる途中で折れた木々があるから戻る事は出来そうだ。……まぁ、かなりの距離を吹き飛ばされたから戻るのは大変そうだけど。
きっとみんなが戦ってる。クリフが戻らなきゃ防衛線も危ないだろうし、まだあいつが残っている中でアリシアだけで戦うだなんていくら何でも無理があり過ぎる。
「担いでやる。行くぞ!」
「ちょっ!?」
するとクリフは軽々とアルを持ち上げては背負ってくれる。アル以外が持たなきゃ途轍もない重さのはずの神器も片手で引きずりながらも持ち上げて一歩一歩前へ歩き始めた。それから速度を付けると次第と足が速くなって行く。
――しかし、ある事に気づいた途端に大きく飛び退いて。
「っ!?」
せっかく走り出せたのにどうしたのだろう。そう思った前を見た瞬間だった。久しぶりに絶望感を味わったのは。
何か途轍もない物が落ちて来たのは分かった。でもその落ちて来たのがよりによって今さっきまで相手をしていた魔物であって。
「嘘だろ、何で……」
「アルを仕留めに来たんだ。オレ達を吹き飛ばすのと同時に戦線を離脱して、安全な所で始末しようって魂胆だろ」
それってもう魔物なのか。アルの知っている魔物はこんな事はしないし、それどころかどこの本にも【考える知能がない代わりに物凄い凶暴】と書いてあるほどだ。いくら上級の魔物であっても書いてある事は同じだった。だからこいつも同じはずなのに――――。
クリフが後ずさりをする中でアルは呟いた。
「まさか、黒魔術から生まれたからこんな知能があるのか」
「その線が濃厚だな。魔物の出現自体が黒魔術みてぇなモンだが、こいつだけは確実に違う。その違いってのが黒魔術だ」
「……降りるよ」
「えっ?」
「神器を持って走るのなら持たない方が遥かに速い。そして俺は神器の重さを感じない。……だから降りる」
そう言いながらもクリフの背中から無理やり降りては神器を手に取る。クリフが抱えて逃げるよりかはそっちの方が互いに早く逃げられるはずだ。……背中に激痛が走ってるって点に目を瞑れば、だけど。
やがて一緒に後方へ逃げる態勢を取ると小さく会話する。
「一応聞くけど、方向感覚ある?」
「ねぇ。アルは?」
「案の定方向音痴だ」
「なら一緒だな」
これにより逃げれば防衛線へ向かう事が難しくなると確証が出来た。逃げれば迷うし追いかけられる。なら逃げる訳にはいかないし戦わない訳にはいかない。
要するにもう逃げ場はない。
最短で倒して最短で到着する。それが二人に課せられた使命だ。
――アリス、ノエル。どこにいる……!
そう思いながらも柄を握り締める。
このままじゃ絶対にやられるだろう。三人で攻撃しても核を当てるどころか体の内部に剣を突き刺す事すらも出来なかったのだ。二人でどうにかなるとは到底思えない。
だから残った可能性としてはアリスかノエルが助けに来てくれることなのだけど、それが絶望的なのも確か。
「呼吸はクリフに合わせる。好き勝手にやってくれ」
「いいのか?」
「俺に合わせるよりかはずっとマシだろ」
「……確かに。そうだな!」
そう言うとクリフは意気揚々と突っ込んだ。だからこそアルも後を追う。
クリフがアルの呼吸に合わせれば確実に動きが遅くなる訳だし、そうすればきっと動きを先読みされて攻撃されるだろう。あの魔物ならそれくらいやってもおかしくはない。
だからこそ無茶でも無謀でもアルが彼女の呼吸に合わせるしかないのだ。人間離れした動きには付いていけないだろうけど、それでもクリフの戦い方は微かでも身に染みてる。
「――――っ」
息を止めた瞬間に拳と神器を真正面からぶつけ合う。すると当然こっちの方が押される訳なのだけど、一秒でも抑えれば彼女が腕を伝い目を潰してくれる。だからその瞬間に危険な態勢ながらも受け流し、懐に潜り込んでは全力の一撃を腹に叩き込んだ。
――血が出てる? さっきは血が出てないってクリフが言ってたのに……。
そこから血が噴き出すも関係なし。入れ違いで突っ込んだクリフはたった今生まれた傷口にまた重ねて攻撃を叩き込むのだから。
「ったく固ェな! この高さどうにか何ねぇのか!!」
「少なくともアリシアの攻撃に皮膚は溶けてるみたいだった! 既に回復してるみたいだけど……」
「要するに硬く熱には弱い皮膚って事な!」
そう言うとクリフは左手に凝縮させた火の塊を出現させては前方に撃ち出し爆発させた。アリシア程ではないものの途轍もない威力。
熱い暴風に耐えた後に皮膚の様子を見るのだけど、その皮膚は到底“柔らかい”とは言えなさそうで。
「まだまだ火力が足りないみたいだな」
「ちっ」
すると隠す気も無く舌打ちした。
これ以上の火力を必要とするなら時間を稼がなきゃいけない。その時間を稼ぐための囮って言うのは……。
「俺が囮になる。その隙に攻撃してくれ!」
「分かった!」
そう言うと前に突っ込んでは再生しつつある半分だけ溶けた皮膚に切口を開けては体内に攻撃出来そうな空間を作った。そこへ一秒だけで完成させた炎を当てて思いっきり爆発させる。
けれどそれで終わりな訳がない。だからこそアルは思いっきり飛び上がるともう一度回転を重ねながらも遠心力を乗せた刃で袈裟斬りをする。効果がなくたって今は時間さえ稼げればいいのだから。
振り向きざまの攻撃を間一髪で回避しては多少無理な態勢からでも攻撃して再生に余計な体力を使わせる。
――核……。いくら攻撃したって核を攻撃出来なきゃ倒せない。どこにあるかも分からないけど、それ以前に奴の皮膚と中身を貫くような威力がないと……。
必死になって考える。奴の硬度はどうやったら破れるのだろうかと。
神器なら何とかなるかも知れない。この切れ味と重さなら。実際アリシアの斬り付けた刃を押し出したら首を斬る事には成功した訳だし、可能性はあるだろう。けれどソレ事態が可能かと聞かれると唸ってしまうのも確かだ。
クリフがこの神器の持ち主なら何とかなったかも知れない。あの力とこの切れ味が組み合わされば即行でみじん切りに出来るだろう。でも神器の主はこの中で最弱であるアルな訳で、クリフの持っている槍じゃとてもじゃないけど斬るだなんて事は出来そうにない。
だからこそ状況は苦しくなって行った。
そう思った瞬間。
「――あぶねェ!!」
「しまっ!?」
着地時に足を滑らせてバランスを崩す。奴がそんな隙を見逃す訳がなくて、思いっきり拳を振り上げては隙だらけのアルに向かって必殺の一撃を叩き込んだ。
咄嗟に左腕を前に出すも完全なる無意味。容易く骨が折られてはまた吹き飛ばされ、今度は木々にぶつかりながらも腕以外の骨を何本か折る。それから一回り大きな木に激突してようやく停止した。……でも、それと同時に多くの血を吐きだす。
「アル!!!」
クリフは魔物が動き出すよりも早く駆け出し、アルの元に駆け寄っては体を起こしてくれる。しかし抱えて逃げる事は出来ない。神器を置いて行く訳にはいかないし神器を持ちながら魔物よりも早くは動けないのだから。
だからこそクリフはアルを庇うかの様に立ち塞がると槍を構えた。
「駄目だクリフ! そいつに普通の攻撃は通じない! いくらクリフでも……!!」
「ンなのやってみなきゃ分かんねぇだろが!!」
彼女も分かっているはずだ。奴を相手にするにはあまりにも戦力差があり過ぎると。
いくら王都から派遣されたとは言え、手負いの仲間を庇いながら逃げる事はせず戦うだなんて、あまりにもリスクが大きすぎる。
ここはアルが動かなきゃ。せめて高速で走れるくらいに。
――くそっ。動け……!
無理を言わせて体を持ちあげると右手だけで神器を握り締めた。……重い。いつも両手で握ってるからあまり感じなかったけど、いくら契約主で重さが軽減されているとはいえ片手だけで握るのには少しばかり重かった。
でもこっちには子供の頃から鍛え上げた筋肉がある。筋肉モリモリとまでは行かなくても受け流しくらいは出来るはずだ。
「――――ッ!!!!」
次に奴が動いた時、アルも同時に動き出しては拳を真正面から受け止める。
それにクリフは驚愕していたのだけどアルが叫ぶので攻撃を初めて。
「クリフ!!!」
「っ――――」
彼女が動き始めた頃には右腕が限界を迎えて押し負けてしまう。甲高い音を立てて弾かれた神器は手を離さずとも後ろへ飛んでしまい、追撃は絶対に止められない様な態勢にされる。――だから弾かれた勢いをそのままに回転するとギリギリの距離で受け流した。
そうしているとクリフは奴の肩を足場に大きく飛び上がり脳天を捉える。
何をするのかと思いきや、槍の先端部分が動くと刃が白い光に包まれて妙な音を発生させた。多分音で刃を震わせ何かしらの魔法を織り交ぜているんだろう。
勢いよく落下しながら振り下ろすと魔物は体が文字通りの真っ二つになり、驚異の切れ味に驚いていると真っ二つになった魔物は何も反応せずに左右へ倒れた。――核も同時に真っ二つになって。
「あれ、その槍……。えっ、何それ怖っ……」
「音で震わせて切れ味を増させる仕組みがある。それに光を纏わせて超高熱で全てを切り裂く刃の出来上がりって訳だ」
「魔道具だったんだ……。通りで普通じゃない見た目だ」
ようやくクリフの槍の謎を知りながらも一安心する。時間的にはまだ五分も過ぎていないけど、精神的には十分負担が掛かっていたから。
体から力を抜いて尻餅を着くとクリフが肩を貸してくれる。
「……戻るぞ」
「ああ。そうだな」
ここまでやられておきながらもまだまだやらなきゃいけない事は沢山ある。それに戻ればアリシアが回復してくれるかも知れないのだ。どっちみち戻る事に損はない。
……のだけど、二人とも気づけなかった。そして忘れていた。
遠くの方からこっちを観察していた大罪教徒の存在を――――。




