第二章27 『重なる違和感』
昼休憩中、突如銃声のような物が鳴り響いたので全員が飛び上がった。この世界の住人じゃ銃声なんて戦闘時の合図みたいな認識なのだろうけど、異世界人であるアルにとっては驚愕する程の出来事なのだ。だからこそ疲れ切った体を起こしてびっくりする。
「何だ!?」
「戦闘の合図だ、行くぞ!」
ライゼはそう言うと即座に自分の武器を腰に仕舞って駆け出し、フィゼリア以外のメンバーは全員武器を持って銃声が鳴った方向へ向かう。
ちなみにみんなは銃声だなんて認識していない。戦闘の合図が鳴ったと思っているだけだ。
「でもなんで戦闘が? まさか大罪教徒!?」
「だろうな。まぁ全貌は向こうに行けば分かる!」
大罪教徒ならそれはそれで好都合。クリフは奴らを倒す為にここへ来た訳だし、アルにとっては復讐のチャンスでもある。だからこそここで奴らが攻めて来るのはどちらに転んでも好都合という訳だ。
アルも神器を抜きながらも駆け抜けてその先の光景を見付けた。
でも、その先にあったのは想像とは違う物で。
「……え、何これ」
「大罪教徒じゃない? っていうか人間でもない……」
血塗れになって倒れていたのは黒装束でも白装束でも、それどころか人間ですらなかった。だからつい大罪教徒かと思っていたみんなはびっくりする。
そうしているとこの世界には存在しないはずの銃を持ったジルスは木の上から飛び降りて来て。
「見ての通り狼族だ。食い物の匂いを嗅ぎ付けて流れ着いたんだろ」
「食べ物の匂い?」
「俺達がここで食ってる木の実や肉は他の所と比べれば高級食材にも成り得る。だからこそ神秘の森の食い物は他の種族にとってまさに楽園となるんだ」
「ああ、楽園ってそう言う……」
さり気なく神秘の森が楽園と呼ばれている要因を知りつつも狼族が攻めて来た事に驚愕する。狼族の話はよくわからないけど、恐らく食べ物がなかったのだろう。だからこそここに流れ着いて来たと。
そして結界が壊されたから入って来たんだ。
「しかしマズイ事になったな」
「マズイって?」
「狼族が入って来るんなら他の種族も入ってくる可能性がある。中には話も通じる奴もいるはずだが、大罪教徒もここに入ってくるとなれば一層戦いが増えるぞ」
彼の言葉に少し考える。
そうか。みんな生きる為に今を生きてる。街の人みたいに安定した食事をとる事も出来ず、いつも飢えてる可能性だってあるのだ。だからこそきっとアル達が止めたって諦めたりなんかしない。生きる為には、時には相手を殺さなきゃいけない事だってあるから。
「オレは別に構わねぇぜ。それに防衛地点は一カ所だけ。みんなの力を合わせりゃ平気だろ」
「だといいけどな」
クリフは槍を振り回しながらも言う。しかしライゼは口元を引きつらせながらもそう返して前を見た。……その理由は目の前にある。
目の前に現れたのは騎士団。それもかなりの武装をした。
向こうから見れば元から神秘の森にいるアル達はただの不審者でしかない。だからこそ彼らはアルを見るなり一気に臨戦態勢に入った。
「――そこの者、何をしている!」
「どっから来たのかは分からないけど、話を聞いてくれそうにはないな」
「ああ。問答無用で襲って来るだろう」
奴らの視線だけで何をしようとしているのかが目に見えて分かった。そもそも調査に来るとしても大人数で来ちゃ調査の意味がない。人が増えればそれと比例して持っていく食糧も増えて来るし、そうなれば竜車や馬車を駆り出さなきゃいけなくなる。だから大人数で来るって事は、もとよりここに攻め込むつもりなんだろう。
それらを瞬時に見抜いたアル達は一斉に懐からある物を取り出した。
「俺達は冒険者だ! 近くの街から派遣されてやって来た!!」
「俺と彼女も王国……ソルジア王国からの派遣でやって来た者だ! 敵意はない!!」
念の為の説得。
それぞれが先頭にいた騎士団長らしき人に向かって認識票を投げつけ、説得を開始した。互いに血を流さなければそれで済むしアル達がいる事で安全性も取れる。
……のだけど、先頭に立っていた男はアル達の認識票を踏み折ると叫んで。
「逆賊の言う言葉など信じるな! 正義は我らにある!!」
そう叫ぶと背後にいた仲間は大声を上げて雄たけびを上げた。
まるで洗脳されたかのような反応。その光景を見てクリフは全力で引いた反応を見せた。
「何か気持ち悪い連中だな……。洗脳されてるみてぇ」
「っていうよりそんな様な感じなんだろうな。噂じゃ恐怖で部下を縛り付けてるらしいし。まぁ、あいつらがどこの騎士団にいるのかは知らないけど」
「恐怖で縛り付けるねぇ。そんな事して何が楽しいんだか」
危機的状況かにいるのにそんな事を話していたからだろうか。先頭に立っていた男はアル達に何の躊躇もなく刃を向けると色々とまた叫んだ。
でもそれがあまりにも滅茶苦茶な言葉で。
「やれ――――ッ! この場を取り返すのだ!!」
「取り返すって、元からあいつらのものじゃないだろ……」
「何か本格的に狂ってるみたいだな。あいつらなんてここに来たのは初めてだろうに」
そうして全員が突撃しアリシアが神器を振り上げた瞬間だった。背後から矢の雨が降っては騎士団を足止めしたのは。
振り向くと木の上に立っていたノエルがあの時と全く同じように弓を構えていて、猛烈な視線で彼らを睨みながらも物凄い気迫と共に叫んだ。
「――即刻この場を去りなさい! さもなくば、お前達の首が胴体とおさらばする事になるわよ!!」
「おさらばって……」
地味に洋画みたいな言い回しで威嚇するノエルを見つめる。
しかしそんな気迫に当てられた騎士団は踏み入れようとしていた足を石の様に硬直させ、身動きが出来ずにいた。そりゃあんな気迫を真正面から受ければそうなるだろう。推定だけどアリシアよりも強い人達の威圧を受けているんだから。
ノエルは更に弓を引き絞って矢に何か術を施す。すると矢が命中した所はあり得ない程の威力で爆発が起こって。
「うわっ、何だこの威力!?」
「恐らく術でも施したんでしょう。空気を圧縮した系かと」
その威力に驚いているとアリシアの冷静な分析が返って来る。
騎士団はと言うと、その威力に腰を抜かして一歩も進めない様子だった。まあ当たり前と言えば当たり前の反応なのだけど。
「この者達は神秘の森の守護を手伝ってもらってる者よ。あなた達に敵意はない。そしてもしあなた達が攻撃するというのなら、それ相応の対応は取らせてもらう」
そうしているとアリスも歩いて駆けつけた。やがて指を鳴らしただけで全ての魔法の属性を出現させてさらに威嚇する。
普通の騎士団にいる魔導士でも全ての属性を同時に操るなんて事は高難易度の事だ。それなのにそれを指を鳴らしただけで出現させたアリスに騎士団は恐れを見せる。
「この人達は本当に森を守ってもらってるの。それに冒険者って事も分かったでしょ。今すぐ引くなら威嚇するだけで済ませてあげるけど?」
「こ、この私が……!」
「あんた達のしてる行為は完全なる略奪行為よ。それでも騎士な訳?」
二人の威圧に押されて騎士団長は完全に応答を停止させる。あまりの凄さにもう立ってる事でやっとなんだ。今の彼らにはそれ程の重さがのしかかってる。
けれど絶対に引く事はせず、一歩でも動かそうと表情を歪ませて足を震わせていた。
その様子に違和感を感じ取って、クリフが真っ先にその正体を見抜く。
「あいつら……操られてるな」
「操らっ!? ど、どういう事だ?」
「普通ならここで逃げるのが当然だ。二人のかけてる威圧は本能が逃げろって言う程の威圧なはず。それでも逃げないって事は、それ以上の恐怖があるのか、操られて本能が歩ませてくれないかのどっちかだ」
クリフの言葉を元に彼らを見てみると、確かに全員が眼を剥き出しにしては息を荒くし、物凄く恐怖してるんだと目に見えて分かった。
しかし絶対に退こうとはしない。みんな恐怖で全身が埋め尽くされても足を震わせ前進しようともがいていた。……明らかに異常である。騎士の誇りなんてそれっぽい言葉で片付けられるような物ではない。彼らのソレは狂気にも迫る程だ。
だからこそクリフは苛立ちを見せる。
「いるんだよなぁ。自分じゃ何もしねぇクセして他人に何かを押し付ける様な腰抜けが。そんな奴ァ絶対に許せねぇ」
「同感だな。他人に強要するくせに何もしないのは俺も許せない」
その言葉にライゼも同調の意を示して拳を固く握った。
きっとこのままやっても何も進展しないだけだ。なら何か進展するきっかけを作らなきゃいけない。そのきっかけって言うのが……。
「アリシア。威嚇って出来るか?」
「出来ますよ。出来ます、けど……犬みたいに言わないでください!!」
アリシアに頼むとそう切れられながらも前に出た。そして二人の威圧と共に鋭い眼つきで彼らを睨み付けると、更に重い威嚇を重ね合わせてより一層彼らの表情を深い物へと変貌させる。
でもそれでも逃げる事はしなくて。
「なぁなぁ、もうやっていいか?」
「もうちょい待てよ……」
「えぇ~っ。退屈だぞ!!」
待ちきれないクリフはジルスに戦闘の許可を求めた。しかし即行で却下された事で文句を言いながらもぶんぶんと槍を振り回す。
のだけど、しびれを切らしたクリフは一人で前に出て。
「んじゃあ攻撃しなきゃいいんだよな」
「え、お前何する気だ?」
「面倒くせぇからこうすんだよッ!!」
すると地面を強く叩いて前方を粉々に粉砕した。それによって騎士団は身動きが出来ないまま倒れ込み、更にそこからクリフ自身が苛立ちを直接彼らにぶつける。
なんか、操られてるだけでも可哀想なのにここまでされる彼らに悲壮感を覚える。
「戦いたくねぇんなら去れ! 戦いてェ奴はオレが相手してやる! さぁ、やるのか、やらねぇのか、どっちだ!!!」
「ひっ。ば、化け物! 鬼ィっ!!!」
それがきっかけでようやく逃げる決心が出来たのだろう。彼らはクリフの事を散々言いながらも尻尾巻くって一人残らず逃げて行ってしまった。だからこそ一人も残らなかった事にクリフは残念そうな深いため息を零す。
「はぁ~……っ。ンだよつまんねぇな」
「だが逃げただけでもよしだ。いつまでもあのままじゃ流石にこっちも困るからな」
「あ~あ。暴れたかったなぁ~!」
クリフはあまり重くは捉えてないみたいだけど、今の出来事は十分ヤバい出来事だ。だからこそ見ていたみんなも、ノエルやアリスでさえも深く考えこんだ。
騎士団を丸ごと操る事が出来るだなんて絶対的に不可能だ。そんなの内部から崩壊させない限りは絶対に。でもそれをやってみせたって事は、彼らの守っていた街は既に……。
それ以外にも攻め入って来る勢力が増えたって事にもなる。
より一層厄介になった事にアルは軽くため息をついた。
大罪教徒だけでも協力だと言うのに、これからは色んな種族と今みたいな奴らも相手にしなきゃいけないだなんて。
事態は次第と大事になって行く。そして何か大きな事件が起こりそうな気がして止まなかった。いやまぁ迷いの森の結界が破られただけでも王国が動く程の事態なのだけど。
だからアルは何が起ろうとしているのかを考えようとした。
大罪教徒の本当の狙いは何なのかを。騎士団を操ったのは誰なのかを。




