第一章4 『よくある話』
あれから数年が過ぎた。あの時に感じた恐怖が具現化する事は全く無く、半ば無理やりにでもその事を忘れ去ったアルはいつも通り村を走り回った。
気が付けば体も更に大きくなり色んな事が可能になって行く。
十三歳になれば父の鍛冶に憧れ鉱石の勉強をする様になったし、十五歳になれば手伝いとして鋼を打たせてもらえるようになった。
父の姿を真似て剣を作るのは思ったほか大変だけど凄く楽しくて、一緒に汗を流しては同じ剣を作れるのが嬉しかった。元々父に憧れていたからこそ凄く楽しかったのかもしれない。
前世じゃ知識だけに収めていたからよく分からなかったけど、剣を作る作業は精密で多くの集中力を必要とした。やがて鍛冶師になりたいんて本末転倒な事も思う事があり、“剣を作りながら英雄になる”という形を憧れに捉える。
「父さん、どう!?」
「お~! よくできてるじゃないか!!」
そして十七歳。アルは生まれて初めて自分だけで剣を完成させた。切れ味や重さはもちろんだけど見た目にも気を配るらしく、よく本で見た剣を参考に実際に剣を作り上げたのだ。
すると父はグッドサインを出しながらも頭を撫でた。
「これでお前も立派な鍛冶師だな。ホント、よくやったよ」
「えっへん!」
初めて作った剣が良い腕前だったらしく、切れ味も絶妙で素晴らしいとの評価を受ける。そんな剣を作れた事を誇って思いっきり胸を張った。形や純度はまだ至っていない所がある様だったけど今はそれだけで凄く嬉しかった。
これから自分の作った剣が誰かを救うために振られるんだって考えるとワクワクしたから。
でも、アルはただ剣を作っていた訳でもない。いつか剣を握り冒険者になった時の為に独自ながらも剣の練習も行っていた。
時に他の冒険者から体の動かし方を教えてもらったりもして、長年に渡り着実とその力を見に付けて行く。母からは活発過ぎる故に未だ心配される事があるけど、それでも勢いと明るさで乗り切っては安心の笑みを浮かべていた。
その活躍ぶりがとある冒険者の話で広まったのだろう。「とても努力している少年がいる」と隣町などで噂が広まっては剣や技を教えにまた村に冒険者が集まった。赤銅色の髪をしている事とか鍛冶をしている事から《紅焔の子》と呼ばれているらしい。……いや、何で?
ちなみにまた数年越しに売り上げが右肩上がりだと代が変わった店主の人も大喜びしていた
けれど、冒険者並の力が身に付き自信も付いた今でも時々嫌な予感を感じる事がある。最初はよく分からなかったけど、その条件は次第と明確になって行った。
森に踏み入る時。それが嫌な予感を感じ取る時だ。
あの日からずっと変わらずに続いた感覚。それはどうやらアルだけじゃないらしく、他の村人や仲間も同じく感じていたらしい。
「もしかしたら盗賊かも知れない。まあ、何年も手を出さないってのは変な話だが……」
「盗賊?」
「金目の物を奪う為なら殺人も厭わない連中だ。今はこの村は隣町の支援もあって守りが頑丈になってるが、盗賊や魔物の襲撃で村が壊滅するなんてのは“よくある話”なんだ」
ある日、冒険者からそんな事を聞く。
……そりゃ、この世界は魔物や盗賊が存在する世界なんだ。そんな結果になったってしょうがないだろう。アルだって何度か見た事がある。
でもそう聞いた途端に背筋がゾッと凍り付く。もしかしたらって可能性も存在するから。
そう。盗賊や魔物の襲撃で村が壊滅するなんて出来事はこの世界じゃ“よくある話”に過ぎない。数々な物語に溢れたこの世界に存在する、“ありふれた結末”。
だからもし魔物が攻め入って壊滅したって「また起こったのか」という程度で片付けられてしまうのだ。それ程なまでにそんな悲劇はよくある事だから。
「……大罪教徒?」
「そう。世界を脅かす非常に危ない連中だ。神出鬼没だけどアルフォードも気を付けるだぞ?」
小さい頃に聞いた話だ。
この世界での歴史的な話になるけど、数千年以上も前に世界を七度滅ぼした最低最悪の咎人達……。この世界ではその人達を《七つの大罪》と呼ぶらしい。それぞれの欲求に沿い世界を滅ぼした咎人達はこんな風に呼称される。
憤怒の魔女。
嫉妬の邪竜。
怠惰の賢者。
強欲の悪魔。
暴食の鬼神。
色欲の精霊。
傲慢の魔獣。
と。
大罪教徒とはその大罪を崇め祀る団体らしく、その行動は常軌を逸していて常人とはかけ離れているらしい。どれだけ危険なのかって言うと見付けたらすぐに殺せって言われるくらい。
そんな集団も時に小さな村を襲うらしい。理由は何一つ不明だけど。
それから隣町の大図書館へ行って色々と調べてみた。目撃例が少ない故に情報もかなり少なかったけど、大罪教徒が村を襲う場合は必ず決定的な跡が残っているのだとか。それは必ず“霧”が発生する事。過去に赤い霧が出現してはその範囲内の村が壊滅した事から《赤霧事件》と呼ばれているらしい。
そしてその後というのが村人を集めて燃やし、頂点に置かれた人の手首に黄金の輪を付ける事。もちろんこれも理由は一切不明。
だから、それを見たアルは不安に駆られて森の中へと入り込んだ。……いや、入り込んでしまった。
みんなの笑顔を守りたかったから。みんなとの居場所を守りたかったから。大好きで、喧嘩も沢山する、あの居場所を。
あの村だけがアルを心の底から救ってくれた場所だった。あの場所だけが、アルを心から笑わせてくれた。
だから命に代えても守りたかった。それが英雄に憧れたからこそ出た心の叫び。
「どこだ……!?」
自分の大きな勘違いであってくれ。一生のお願いを使い果たす勢いでそう願う。これがアルだけの勘違いなら笑ってすまされる話になるから。
もし遭遇したなら一人で何とかしよう。そう考えた。
英雄は人知れず人を救う物でもあって、どんな時でも考えなしに誰かを助ける為に突っ込む様な馬鹿でもある。それが自分の中で描いた憧れの英雄だ。
でも、一人だけじゃ何も出来ない事は知っているはずなのにこんな風にして行動してしまっている。後先なんて何も考えずその場の発想だけで。
そんな無謀はとてもじゃないけど英雄だなんて呼べないだろう。
――探せ。気配や視線を感じるんだ。今までの狩りと同じ様に。
耳や感覚を研ぎ澄ます。どんな音も聞き逃しちゃいけない。足音、風、鼓動、息。それらを全て感じては索敵してこそ本物の狩人である。父がよく行っていた言葉だ。
これで感じ取れれば何かがいる事になる。そして逆に人の気配を感じるのなら、それは確率で――――。
パキッ。そんな枝を踏む音をアルは聞き逃さなかった。
「そこだ!!!」
だから即座に投擲用の針を投げつけた。すると草木の向こう側で鈍い音が響いては人が倒れる音を耳に受け取る。
その時に人がいた事に驚愕しながらもその草木の向こうへ突っ込んだ。
でも、その先では謎の黒装束が飛び出したアルを待ち構えていて。
「っ!?」
振り下ろされた刃は避けようとしたアルの左目を深く切り裂く。その痛みにもがいていると次の攻撃が首へと振りかざされて、視界の端でそれを捉えたアルは狩り用に設置していた罠を作動させる。
やがて振り下ろされた丸太に骨を何本も折られて黒装束は吹っ飛んで行った。
――まずい、このままじゃ……!
ふと脳裏に本での記憶がよみがえる。奴らは黒の装束服を着ていて、必ず集団で行動しているとか何とか。つまりゴキブリを見たなら三十匹いると思え方式で考えるとまだまだ残っている。
すぐに他の奴らも探しつつ村へ戻ろう。そう考え着いた。つい十秒前まで一人で何とかしようとか思っていたくせに。攻撃されて一気に恐怖が体を支配したから――――。
でも左目を切り裂かれた痛みでロクに動く事もかなわなくて。
――くそっ。痛い。痛い痛い痛い痛い。
右目で見える血の量に驚愕する。これ、全部自分から流れ出た血なのか。
動かなきゃ。奴らを倒す為でも、村に戻る為でも、どっちみに体を動かさなきゃいけないのだから。けど左目の痛みは全身に巡っては動かなくなってしまう。もがきながらも血を流し続け、落ち葉などを真紅の血で濡らして行った。
左目が焼ける。左目だけ何千度の炎に焼かれた鉄球を押し付けられているみたいで、それだけでも意識が飛んで行ってしまいそうだった。
今までよりも強い痛み。それにやられてアルは落ち葉を強く掴んでは染み込んだ血を絞り出して手を血塗らす。
「いか、な、きゃ……っ!」
奴らの存在が確認出来た以上この村は危険だ。どれだけ防衛力が高くたって、世界的殺人組織に村程度の戦力で勝てるとは到底思えない。だから今出来るのは早く伝えて村人を逃がす事だけ。もし村が焼き尽くされてもまた一から始めればいいと村長だって言っていたじゃないか。
そうだ。全部無くなったってみんながいれば大丈夫。みんながいれば、アルはまた笑う事が出来るはずだ。
――動け! 動け動け動け動け……ッ!!
痛みのせいで色んな感覚まで狂い始める。平衡感覚が狂い立つ事が困難になっていった。次に聴覚もおかしくなり、周囲から色んな足音が響いては激しい耳鳴りがアルを襲う。目眩も同じく視界を奪っていった。
そんな中でも精一杯足掻く。早くしなきゃみんなが――――。
――違う。これ、物音じゃない。足音だ。
周囲から聞こえる複数の足音。……そう言う事か。近くにいると思った黒装束に襲われないのは草木に上手く隠れられているからなのだろう。周囲からは見えないからこそアルはまだ生きている。
でも方向を悟った瞬間に鼓動が一層速くなる。
だって、全員の向かっている先が村の方角なのだから。
「まっ……で!!!」
一人でも多く制止させようと声を張り上げた。けれど自分の中では喉が裂けそうなくらい叫んでも、現実では誰にも聞こえない程度の声量しか出ていなくて。
次々に罠が作動する音が聞こえる。みんな森を知らないから罠が作動されてるんだ。
「待てッ!!!!」
ようやく前進し始める身体。立ち上がれないから這う事で奴らの後を追った。大丈夫。みんなや父ならきっと大丈夫だ。そんな淡い事を信じながら。……そうする事でしか心を保てそうになかった。
もしこれが自分のせいで動かしてしまったのなら。そう考える。
アルがみんなを守ろうと森に入ってしまったからこうなったんじゃないだろうか。現にこうして黒装束を村の方へ誘導してしまっている。
ふと脳裏に蘇る。この世界に存在する“ありふれた結末”を。“よくある話”を。
嘘だ。そう信じて進み続ける。みんなが簡単に死ぬわけがない。だって冒険者だって沢山いた訳だし、きっと抑え込んでいるはずなのだ。淡い期待を信じながらも進み続けた。
でも、その願いが届く事は無かった。
森に入ったのが昼。そして森から出たのが夕方。道中で何度も気絶してはすぐに目覚めてを繰り返していたからだろう。時間が経つ度に痛みは馴染んで感覚を取り戻して行った。
そして森から抜け出した時に見る。
村が焼き討ちにされている光景を。
「ぁ―――――」
数多くの物語が存在するこの世界で、一部の冒険者や村人が辿る“ありふれた結末”。突如現れた魔物や盗賊の襲撃によって村は壊滅し誰一人生き残る事は無い。文字通り全てが奪い去られては何も残らぬ終わりを描いた、“よくある話”。
この日、アルはこの世界に生まれて初めて死にたいと思ったかもしれない。大切で、宝物で、かけがえのない、心から笑顔になれる場所を奪われたから。
だからそんな場所が焼き払われている光景を見つめ続けた。だから絶命の時に上げる絶望の叫びを聞き続ける。
「うそだ」
嘘じゃない。現実だ。
「嘘に決まってる。幻なんだ」
幻でも何でもない。これがありふれた当然の結果。
そう絶望している時だった。隣に誰かが立ったから生き残りであってほしいと願いを込めて振り向いた。家族であってほしいと。
でも、目の前に映ったのはナイフを振りかざす黒装束だった。