第二章25 『それぞれの歩む道』
「つ、疲れた……」
「お疲れさま。はい水」
芝生に倒れ込んだのと同時にライゼが水を渡してくれて、すぐに受け取ったアルは半ば顔にかけながらも貪る様に水を飲んだ。
周囲ではアリスとノエルが夕飯を作ってくれていたり、ウルクスはその手伝いをしていたりと、それぞれで楽しそうにやりたい事をやっていた。
休憩の合間にナナの事は全て聞いた。彼女が世界から産み落とされたバグだという事も含めて、名前しか覚えていない事、その他の全ては全くの謎という事も。
未だに信じられないけど何もない空から落ちて来た現象についてはそう説明するしかない様だ。黒魔術が関連していたにしても記憶はあって当然のはずだし、ナナが目覚める前に感じた事を聞いた事で世界から産み落とされたバグの信憑性が更に上がってしまったのだから。
「で、そのナナの調子はどうなんだ?」
「順調だよ。今はフィゼリアと一緒に旅の話をしてる。ほら」
そう質問するとライゼは指を差しながらも答え、アルはその指先を視線で辿り二人を見た。のだけど、その先にいた二人は本物の姉妹の様で、その違和感の無さに思わず軽く噴き出してしまう。
フィゼリアから旅の話を聞くナナの瞳は光に満ちていて、まだ見ぬ世界の話を聞いて興味津々の様だった。……その瞳で子供の頃の自分を思い出す。
「ナナにとって自分の知る世界はこの森だけで、今この森から出る事は不可能に近い。だからこそ興味があるらしい」
「そうだよな。言わば鳥籠に囚われてる様な物なんだから」
ふと、ナナに過去の自分を重ねて思い出す。あの頃は村の外の世界なんて全く知らず、外の世界の話は村にやってくる冒険者からしか聞けなかった。だからこそ話を聞くのが凄い楽しかったのだ。
今の彼女はその時のアルと全く同じ目をしてる。外の世界に憧れる目を。
「……なぁ、ライゼ」
「ん?」
「ライゼは何で英雄になろうと思ったんだ?」
無意識の内に零れた質問。朝、クリフから過去の話を聞いてからずっと気になっていたのだ。みんなはどんなふうにして英雄を目指しているんだろうって。
唐突の質問に対してライゼは少しだけ困惑を見せたのだけど、やがて冷静さを取り戻してからはすぐに思いのままを口にしてくれた。
「小さい頃から父が英雄の童話とかを読み聞かせてくれててさ。聞いてる内に英雄が大好きになったんだ。そしたら憧れる様にもなって、誰をも助けられる英雄になりたいって思える様になった。だから俺は【ゼインズリフト】を立ち上げた」
「……そっか」
元から比べるのも失礼な話だけど、アルやクリフと比べてしまえばどうしようもないくらい傾いてしまう様な動機。でも、そんな小さな動機でもここまでの行動を起こす。それが憧れなんだって再認識した。
アルよりも遥かに純粋な憧れ。それを聞いて少し羨ましくなる。
だってアルが英雄に憧れたのは自由に憧れた事の延長線上でしかなくて、救われなかったからこそ救いたいっていう意思も当初は少ししかなかった。
だから、少し羨ましく思う。
「圧倒的な力に対し、勝てるはずもない、自分だけのちっぽけな力で逆らう。その物語に強く憧れたんだ」
「ちっぽけな力……」
ライゼが憧れたのは王道の英雄譚みたいだった。数々の仲間と共に圧倒的な力に立ち向かい、そして困難な壁をみんなと共に乗り越える。王道だけど一番人気のあるパターンだ。その話にはアルも強く憧れたっけ。
そんな風に話していると引き寄せられたウルクスが混ざり込んで来る。
「何々、英雄譚の話?」
「ああ。何で英雄になりたいのかって話だ」
「英雄になりたいのか? う~ん……」
するとウルクスはアルが質問するのよりも早く考え込んではすぐにパッと答えを出して見せた。それがライゼと似ていて、今までその理由を知らなかったらしいライゼは少しだけ驚くような表情を浮かべる。
「僕はちっぽけな力で圧倒的な力に抗う《叛逆の英雄》に憧れたかな」
「あれ、ウルクスもそうなのか?」
「そうだけど……もしかしてライゼも?」
そうして互いに確認すると趣味が合う事が発覚して腕を組んでいた。英雄譚は数々ある為色んな人が色んな英雄譚に憧れ、誰もが同じ英雄譚に憧れるとは限らない。だからこそこんな身近に同じ英雄譚が好きな人がいてくれて嬉しいのだろう。何か変な腕の組み方へと変えている。
そんな光景をアルは楽しそうに見つめていた。
……アルの憧れた《自由の英雄》。それは大した冒険がなければ他の英雄譚みたいに大きな盛り上がりも無い為、憧れる人はあまりいないらしい。憧れるのはアルみたいに自由を縛られた人程度。それも他の英雄譚に流れ着くらしいから、最終的には《自由の英雄》に憧れるのはごく一部の層みたいだけど。
やがて話し合いが終わると二人の注目はアルに向いて。
「アルは何の英雄譚に憧れたんだ?」
「えっ? えっと……《自由の英雄》に……」
「自由の……って確か、何者にも縛られずに自由奔走に世界を巡っては人助けをする話だっけ」
控えめに言うとウルクスは記憶を探りながらも呟いた。その言葉に頷く。
一般的にもそこまで広がってなくて、図書館に一冊あるかどうかの代物だ。英雄譚がまとめられた本になんか数十ページで終わる程度の知名度。だから覚えてないと思ったのだけど、二人はその話をしっかりと覚えていて。
「そうそう。盛り上がる所もそんなにないから世間には広まってないけど、それでも英雄譚は英雄譚なんだよな。人助けをしようとする意思。それそのものは《自由の英雄》が一番強いって思ってる」
「ライゼ……」
フォローの為か、はたまた純粋に自分が覚えているのか。ライゼは知れ渡っていない物語の事をペラペラと話しては自慢げに語っていた。
しばらくするとアルの話したい事をあらかた話し尽くしたライゼは視線を向けて来て。
「でも何で今更そんな事を?」
「ああ、えっと」
その答えにアルは少しだけ迷う。
何て言おうかと頭を回転させるのだけど、最終的に流れ着いた結果は今さっき二人がやってみせたように正直に答える事で。
「少し気になったんだ。みんなはどんな意志を持って英雄になろうとしてるのかなって」
「そう言う事か。なら存分と聞かせてやってもいいぜ?」
そう言うと胸を親指で叩きながらも自慢げな表情を浮かべる。まあ、彼にとって英雄譚は今の自分を作ってくれたものでもあるだろうし、話せるネタは十分にあるのだろう。
普通なら面倒くさいと言って断る所だけど、前からそう言う話を聞くのが好きだったアルは意気揚々とその話を受け入れる。
「じゃあ聞かせて貰おうかな。ライゼの憧れを」
――――――――――
夜。
アルが見てない範囲で色んな事があったのだろう。みんなは満腹になるなりすぐに眠ってしまった。……普通特訓とかで疲弊したアルが一番最初に眠るんじゃないのか。そう思いながらも体が重い中でハッキリと目が覚めてる事に顔をしかめていた。
っていうのもきっと脳裏で考え事をしていたからだろう。
そんな中で起き上がると同じだったらしいアリシアが話しかけて来る。
「寝れないんですか?」
「ああ。ちょっと色々考えこんじゃってさ」
そう言うとアリシアは自分から進んでアルの隣に座った。何というか、この森に来てからはあまり近くにいた事がないから数日ぶりでも久しぶりに感じる。
焚火の光に当たる中でなんて言えばいいのか戸惑った。
何を話せばいいのかもわからないし、何の話題を出せばいいのかも分からない。……だから、アルはみんなにも聞いていた事をアリシアに聞いて。
「どうして、英雄に憧れたんだ?」
「っ――――」
すると軽く体を硬直させる。
アリシアにとってそれでも過去の話となる。まだ信頼に足る相手じゃない為話しがたい所もあるだろうけど、それでもアリシアは憧れについて話してくれた。
「前も話した通り、助ける為なら勝手に体が動く、そんな英雄に憧れました。……けど、理由は他にもあるんです」
「他にも?」
以前聞いた言葉にまた別の言葉が付け足されて少しだけ反応する。今その言葉を付け足すって事は、やっぱり信頼を掴めてきたって証拠なのだろうか。
しかしそうは言っても状況が変わる訳じゃない。アリシアはぼんやりとした瞳で焚火の炎を見ると淡々と語り始める。
「あの人に憧れるずっと前……。英雄とは呼ばれてなかったですけど、その頃からずっと憧れてた人がいました」
「その人って言うのは……?」
「――大罪です」
「っ!?」
予想の斜め上過ぎる回答に驚愕する。だって、前に図書館であれだけ大罪教徒の事を否定していたのに、どうして今になって大罪に憧れるだなんて事を……。
アリシアは手を組むと続ける。
「かの大罪は世界を終焉にまで導きました。けど、言い換えるのならそこまでする程の何かがあったのかって考えに至って、密かに大罪に憧れたんです」
「で、でも前に大罪を凄く否定して……」
「あれはまぁ、演技みたいなものです。周りに言うとどうなるかも分からないので」
「そう言う事か……」
前にした事は演技だったことに驚きつつも納得する。確かにアルも大罪の話は気に入りながらも周りには嫌いだと言う様にふるまって来たし、やってる事は一緒だったのだろう。
やがてアリシアは前を向くと大罪に付いて話し始めて。
「世界を食い尽くした《暴食》。世界を粉々に破壊した《色欲》。世界を核まで破壊した《怠惰》。私はそれらの大罪が、その……好きなんです。アルもあの時に《嫉妬》の話が何とかって言ってましたよね」
「あ、ああ。俺は《嫉妬》の話が好きだ。確かに嫉妬自体は悪い事だ。恨みで人を殺す事も。でも、俺はそれ程なまでにその人を愛せるって凄いと思った」
「愛せる……」
好きな人を奪われて相手を殺すだなんて事はこの世界じゃよくある話だ。でも、《嫉妬》は好きな人を奪われたからこそ世界を滅ぼした。裏を返せばそれ程なまでにその人を愛していたって事になる。だからこそそこまで愛せるなんて凄いと思ったのだ。
そう言うとアリシアは小さく微笑む。
「……これは、二人だけの内緒ですね」
「そうだな」
何と言うか、また彼女にとってアルへの謎を残してしまったような気がする。ここまで彼女が自分の過去について話そうとしているのにこっちからは話さないなんて、流石に一方的過ぎるだろうか。
そろそろアルも自分の真実を話さなければいけない時が来るかもしれない。
やがてアリシアは頭を肩に寄せる。
「あ、アリシア?」
「少しこうさせてください」
「……わかった」
その後は少しなんかじゃなくしばらくの間こうしていた。アリシアがこのまま寝るまで。
ずっと。




