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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第二章 理想と選択の代価
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第二章24 『英雄に憧れた鬼と臆病者』

 アリスとジルスが小屋の方へ向かった後―――――。


「ほら、取れたぞ」


「ありがと」


 クリフが型結びした目隠しを外してくれて、ようやく視界が自由になった事を喜びつつも大空を仰いだ。さり気なく置いてかれた二人はその場に座っては同じ様に空を見つめ続ける。蒼く広がっては果てしい蒼穹を。

 いつ血が飛び散ってもおかしくない状況なのに、鳥は羽ばたいて自由に空を飛びまわっている。そんな光景を見ていたクリフが呟いて。


「……オレ達にも翼があったらさ、どこにでも羽ばたいて行けるのかな」


「ん?」


「鳥を見る度に思うんだ。鳥人族みたいに翼があればどこにでも自由に飛べて、どんな人でも助けられるのになって」


 いきなり投げかけられた問い困惑する。

 でも、彼女の言っている事は十分に理解出来た。アルだって大きな翼があったらあの時の様なことにはならなかったはずだから。

 けれど人に翼が生える事は無い。だからこそアル達には夢を見る事しか出来ないのだ。


「クリフは英雄になりたいのか?」


「まぁ、そうだな」


 質問するとそんな言葉が返って来て、今までの性格とかでとてもそんな風には見えなかったからついびっくりしてしまう。

 本来なら失礼な反応なのだけど、クリフは笑って見過ごすとむしろ自慢するかのように胸を張って自分の行いを話して見せる。


「はははっ。そんな反応になっても仕方ねぇよ。だってオレの性格上英雄を目指してるだなんてとても思えねぇからな」


「ま、まぁ。というよりクリフは単純に戦う事が好きなのかと……」


「それもある。ただ、人を救う事に憧れたんだ。罪を背負い尚、過去や罪に対面しつつも自分自身に抗い、人を救う背中にな」


 罪を背負い過去と向き合いながらも自分自身に抗った英雄――――。恐らく罪殺しの英雄譚に憧れたんだろう。過去に人殺しの咎を背負いながらも人を助けようとし、色んな物に抗いながらも憧れをひたすらに追いかけた英雄だ。

 英雄譚の数は数多くある。だから様々な人の境遇に当てはまる話も多くて、英雄に影響される人も多いらしい。多分、彼女もその一人だ。


 けれど細かくまで言えば彼女がその英雄譚の主人公と似た境遇だったからこそ憧れたって事にもなる。クリフも罪や過去と対面しつつも自分自身に抗い、人助けをしようとしているのだ。短い言葉だけでもそれを悟ったアルは何て言おうか少しだけ迷い果てる。

 やがてクリフは倒れ込むと輝く眼で青空を見つめながらも言って。


「見て分かる通り、オレは鬼族の血を濃く引いてる」


「ああ。最初に見た時はびっくりしたよ。本当の鬼が現れたって」


「そりゃこんな角してるんだ。最初はみんなびっくりして腰抜かすさ」


 初めてクリフと会った時、精神的に追い詰められてる事もあって彼女を本当の鬼だと認識した。このままじゃ絶対に死ぬって思ったからこそ、ギラリと瞳に鋭い光を走らせるクリフに恐怖を抱いた。でも蓋を開けてみれば人懐っこいオレっ娘の少女なのだ。だからこそそのギャップにも十分と驚き戦慄したっけ。

 明るい口調で話していたクリフだけど、次の瞬間から少し声のトーンを変える。


「……お前達は違うんだな」


「違うって、何が?」


「今までオレを見た奴らはジルスを除いて全員が恐れ離れて行った。関わってると食い殺されるとか。怒らせるとその場で頭をもぎ取られるとか」


「それは、《暴食》の影響で?」


「ああ」


 世界に住む命を食らい尽くした《暴食の鬼神》――――。きっとみんなそれを知っているからこそクリフを恐れたんだろう。鬼が関連してるし、彼女の戦い様を見ればもっと恐れても仕方がない。

 そもそも鬼族自体既に絶滅危惧種みたいな扱いをされているし、もとより魔族として認識されている為差別の対象になっているんだ。

 やがてクリフは右手を伸ばして太陽へを伸ばすと続けた。


「故郷でもオレは鬼の血を多く引いてるみたいでな。先祖返りって言われてた。だから、いくら同じ鬼とはいえあまりにも強力過ぎたオレの力に誰もが恐れた。……迫害、されてたんだ」


「クリフ……」


「そんな中で罪殺しの英雄譚がオレの眼に入った。そこからだ。誰からも救われないからこそ、誰かを救う事に憧れたのは」


「…………」


 明るい表情とは裏腹に抱えていた過去にアルは戦慄する。“救われないからこそ救う事に憧れる”。その心理は凄く共感できた。アルも誰かを救うどころか自分すらもどうにかする事も出来ず、ただ何かが出来る事に憧れていたから。


「昔、村に大罪教徒が攻め入った事がある」


「……!」


「圧倒的な数と力に仲間は倒れ、オレはそれを見てる事しか出来なかったんだ。でも、その時にオレの中の血が目覚めた。……その血は数千年も前の先祖の戦い方を教えてくれて、オレは一人だけで奴らを殲滅する事に成功した。その頃には全身真っ赤の血塗れで、それが自分の血なのか、相手の血なのか、区別できなかったよ」


 血が戦い方を教えてくれる。あまり現実味のない言葉だけど、それでも実際にそんな出来事が起ったからこそ彼女は生きているんだろう。先祖返りで鬼の血が濃かったから生き延びる事が出来た。戦わずして生き残ったアルとは真逆だ。

 あの時に大罪教徒だと言って言葉も聞かずに攻撃してきたのはそれがあったからなのだろう。


「それからオレは村にやって来たジルスに拾われたが、見た目と噂から孤児院とかに預けられる事はなかった。だからオレに色んな事を教えてくれたのはジルスなんだ。……何も信じられない中で、ジルスだけが唯一オレの味方をしてくれた」


「ジルス、優しいんだな」


「あいつは馬鹿みたいなお人好しだからな。……その過去があって、オレの見た目があるからこそ色んな人は離れてく」


 鬼ってだけでも魔族と《暴食》との関係性を疑われるのに、血塗れになるまで戦った噂があれば、そんな反応にもなるだろう。基本的に温厚でも魔族は魔族。危険以外の何物でもない。だからみんな離れていくんだ。

 クリフは喉から絞り出すような声で続け、両手を大きく広げて寝転がる。


「最初は凄い寂しかった。普通に触れ合って、話し合って、そんな関係を夢見たのに叶わないんだから。でも途中で仕方のない事何だって諦めて、ジルスと相棒として生きて来た」


「クリフ……」


「そんな最中だ。初めてオレを避けずに受け入れてくれたのは」


 誰からも避けられる中で受け入れてくれる人達。その温かさはきっとアルにだって分からない。クリフはふとアルを光の灯った視線で見つめた。


「あんな酷い事までして、制止の言葉も聞かなかったのに、お前は……お前達はオレを受け入れてくれた。それが何よりも嬉しかった」


 普通なら助かったとしてもクリフの事を恐れて近づかないだろう。それどころか拒絶するかもしれない。……もちろんアルだってそうだ。あそこまでボコボコにされて、一方的に恐怖を植え付けられて、あの時の彼女は本当の鬼にしか見えなかった。

 でも、拒絶なんて事はしない。したくない。誰かに拒絶される苦しみは、きっと物凄い辛いはずだから。


「どうして受け入れてくれたんだ?」


「…………」


 その返答に少しだけ迷う。苦しいはずだからって理由もあるけど、まだ自分が気づいていないだけで他にも理由はあるはずだ。その理由は何なのかって聞かれると困惑する訳だけど。

 仮にその理由を付けるとしたら何だろうか。アルが彼女を受け入れられた理由は――――。


「多分、似てたからかな」


「似てた?」


「そう。大罪教徒に恨みを持ってる所とか、狂った様に戦う所とか」


 アルも大罪教徒を目の前にして軽く暴走した。絶対に殺すって事しか考えられなくて、英雄になりたいっていう憧れすらも忘れ、血を流してもひたすらに斬る事しか出来ない。そんな姿がアルに似てたんだと思う。

 既視感みたいなものだろうか。


「俺も二週間に村をあいつらに焼かれたんだ。その件で生き残ったのは俺だけ。でも俺は戦う事なんて出来なくて、血を流す痛みにしか耐えられず、村から背を向けて逃げて行った。……戦ってないって所だけ違うけど、似てるだろ?」


「アル……」


 過程が違うだけでアルとクリフは境遇が似てる。それを本能とかそう言うので感じ取ったのだろう。根拠も何もない事だけど。

 クリフと同じ様にしてアルも芝生に倒れ込み空を見つめた。


「英雄に憧れてたんだ。何者にも縛られず、自由に人助けをするような背中に。だから森に何かがいるかも知れないって思い込んだ時に一人でどうにかしようとして、全てを望み過ぎて破綻した。多分、真逆だけど、境遇は似てるって思ったんだ」


「……凄いな。二週間前にそんな事があったのに、あれだけ明るく振る舞えるだなんて。オレにはとてもじゃないけどそんな事は出来そうにねぇや」


「ただ強がってるだけだよ。本気で英雄に憧れたくせに誰も守れないんだから」


 言葉通り、心はまだ傷ついたまま癒えてなんかいない。そんな中でも弱気を吐く自分を食い殺して、必死に強がって生きているだけだ。

 自分でも分かる。まだ奥底は少ししか変わってないんだって事は。だからこそもう少ししたらまた弱気を吐く自分が生まれるだろう。――でも、強くあろうと、理想を目指そうとする心その物は間違っていないと信じているから、強がる事が出来る。

 けれどクリフは言って。


「強がる、か。オレも強がれたら変わってたのかな」


「……強がるのはいいとおもう。でも、その代償は途轍もなく重い。自己矛盾と共に生きていくのは、物凄く辛いから」


「でもそれをやる程の覚悟があるんだろ?」


「まぁ、そうなる、かな。父さんが残してくれた「諦めるな」って言葉がいつでも勇気をくれるから」


「ならそれでいいんじゃねぇか? 自分の行きたい道を行く。己の理想を突き通してこそ英雄って呼ばれるからな!」


 彼女はそう言って起き上がる。

 その視線が見つめる先には戻って来たアリスとジルスがいて、目覚めた女の子についての話し合いは終わったみたいだった。こっちも丁度互いの過去について話し終わるとクリフは続けて言った。


「アルならなれると思うぜ。自分の憧れた英雄に」

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