第二章21 『世界の迷い子』
「動きてぇ~! とにかく何でもいいから体を動かしてぇ~!!」
「しょうがないだろ。奴らが来なかったんだから」
夜。ジルスとクリフも戻って来て、みんなで炎を囲みながらも少しだけ話し合っていた。ちなみに空から落ちて来た少女はフィゼリアの隣で寝かされている。そんな中でクリフは寝転がると退屈そうに左右へ体を振り、そして彼女へジルスが突っ込みを入れた。
見た目に反して苦労人なのだろう。クリフを宥めては落ち着かせる。
「そんなに体を動かしたいなら今からでも森の外に行けばいいだろ」
「一人だとつまらねぇだろが!」
「子供かッ!!」
そんなやり取りを六人で見つめる。ちなみに夜の間はアリスが入口の監視をするとの事で、今は席を外している最中だ。残ったノエルはみんなの世話役とか何とかで色々と準備している。
やがてクリフはアルを見るなり詰め寄って両手で肩を掴む。
「なぁアル、昼みたいにまたやり合おうぜ! あの時みたいにまた――――」
しかし意気揚々と輝く瞳でアルを見つめていたけど、ある程度まで言葉を言うと急にピタリと体を止まらせた。……その原因はアルの背後にある。本気で殺そうとした相手なのにもかかわらずここまで近寄られれば殺意の一つや二つは沸いて当然だろう。アリシアにとってアルは唯一の心の拠り所なわけだし。
だからこそ背後から立ち込める鬼神の如き覇気に当てられて凄い好戦的なクリフでさえも顔を青ざめた。
やがてクリフの前へ出ると拳を鳴らしながらも言う。
「そんなに戦いたいのなら私が相手してあげますよ? ぜ・ん・りょ・く・で」
「あ、えっと……」
「馬鹿な奴」
そんな光景を見ながらジルスがそう呟く。
アリシアの殺意は次第と強くなっては周囲にいた動物を遠くへ追いやった。その殺意に当てられてさっきまでデカい態度だったクリフの反応は小さくなって行く。まあ、神霊の全力な殺意に当てられたらそれくらいになって当然だろう。アルだってちょっとした威圧だけでも腰が抜けそうだったのだから。
「さぁどうします? やるのかやらないのか」
「え、遠慮しておきます……」
「遠慮しなくてもいいんですよ。私なら存っ分にお礼参りをする事が出来ますし」
「既に目的が変わってるぞアリシア」
そうして鬼神の如き覇気をクリフにばっかぶつけている中、最早ボコボコにするのが目的になっている事にライゼがツッコむ。
アルも制止に入る事でようやくアリシアも止まり戦闘にはならずに済んだ。
好戦的みたいだけどこうして遠慮する辺り、第一印象である戦闘狂みたいな感じじゃないのだろう。ちょっとボーイッシュなだけでオレっ娘属性なだけみたいだし。
やがて背後からノエルが近づくと呟いて。
「凄い殺意がすると思ったけど、やっぱりアリシアのだったんだ」
「ノエル、何してたんだ?」
「ちょっとした準備をね」
すると彼女は例の少女に歩み寄ってはおでこを触ったりして何かを確かめ始める。だから何をやってるんだろうと思って首をかしげると、ノエルは額を触っただけで人間じゃないと確信を得た。
「……うん。やっぱりこの子人間じゃないみたい」
「はっ!?」
そう言うと一番近くに座っていたフィゼリアが反応する。そりゃ、どこからどう見ても普通の女の子に人間じゃないなんて言われたら困惑するはずだ。
しかしノエルは少女の体を持ちあげてその証拠を見せ全員を驚愕させる。
「ほら」
「「――――っ!?」」
耳の上辺りにあった小さな角。クリフほどの大きさではないけど、それでも確かに人じゃ絶対に生えない物だと確信する事が出来た。そして少女が人間じゃなければ獣人でもなく、魔族だいう事も。
基本的に魔族は絶滅したと思い込んでいい種族で、非常に好戦的だと話が残っている事から見付ければ即座に逃亡しろとの言い伝えが世界中に残る程だ。それは英雄譚程ではないのだけど。それでも魔族だという確証を得た瞬間に各々の手は武器の柄に引き寄せられる。
「アリスは初めて見た時から人間じゃないって疑ってたみたいだけど、まさか本当に魔族だったとはね」
「で、でも何で魔族がこんなところに? それに魔族が空から落ちて来るとか、どんな事があったらそんな事に……」
「何も分からない。この子から聞いてみない限り」
アルは無意識の内に手を柄へ持って行った事にようやく気付き、咄嗟に手を離して警戒心の強さにびっくりする。
やがてノエルは少女を草のベッドへ戻すと真剣な表情をして伝える。
「さっきまでアリスと話してたの。この子はどこから来たのかなって」
「そ、それで?」
「その結果私達は――――この子が世界の迷い子なんじゃないかって予想した」
世界の迷い子。初めて聞いたその言葉を脳裏で何度か繰り返す。
みんなもその言葉については初めて聞いたみたいで、顔をしかめては頭の上にはてなマークを浮かべていた。だからこそどんな意味なのかを説明してくれる。
「簡単に言うと世界そのものが生んだ“バグ”なんだって」
「――――っ!?」
「ば、ばぐ? 何それ」
ノエルがバグという言葉を使ったのに驚愕する。だけどその言葉を続けて初めて聞いたみんなは首をかしげた。
……なんだかこの世界を本当に疑う様になってきてしまった。今まで生きて来た中でどの本にも、誰の言葉からもバグだなんて言葉が出て来た事はない。だからこそノエルからその言葉が出て来た瞬間に驚愕した。
「えっと、バグって言うのは欠陥とかそういう意味を持つんだって。だからこの子は世界が間違って生んだ存在なんじゃないかって。それを“世界の迷い子”って呼んでた」
「世界の迷い子……」
その言葉にライゼは考え始める。
今まででもこの世界が地球上の文化やちょっとした要素を取り組んでいた事には気づいていた。OKやNOと言った単語が存在しない事にも。だからバグだなんて言葉も絶対に使われないのだと思っていた。しかし、実際に今目の前で使われた訳で。
遥か過去にその言葉が存在して、今じゃその言葉が死語になったとかじゃまだ理解出来る。しかしいくら本を読んでもそれらしき言葉は全く出て来なかったし、むしろアルにとっての未知の言葉が出て来るばかりだ。
だからこそ今起っている現象に驚愕する。
「つまりアリスの嬢ちゃんはこの子が親も無く生まれて来たってのか?」
「そうみたい。まあ、その点は私もありえないって言いたくなるんだけどね……」
ジルスがそう問いかけると自分も分からないとノエルが返した。
でも、そんな事あり得るのだろうか。だって生命には必ず親が存在する。雛なら鶏が。オタマジャクシにはカエルが。まあ、突き詰めれば原点はどっちなのかって話になるけど、それでもこの少女も生き物である限りその定義には必ず当てはまってあるはずなのだ。
もし当てはまらないのなら少女は文字通りただの“作り物”になってしまうのだから。
しかし、ノエルは落ちていた枝を使って地面に木の絵を書くと解説を始めて。
「私にもよく分からないんだけど、私達の魂は果実みたいに枝状で別れて保管されてるんだって。細い枝に繋がれた魂。それが私達。そしてその細い枝は幾億にも重なって巨大な運河を作り《世界の中枢》へと流れていく……。それがこの世界の構造らしいの」
「世界の、中枢? 誰がそんな根も葉もない事を……」
「さぁ。でも仮にそうならこの子が世界の生んだバグだって事も納得できる」
やがてノエルは木の絵にもう一つだけ枝を伸ばし、その先端に丸を書いて何度かトントンと叩いて見せる。
子供が生まれれば新しい枝が生まれ、そこに新しい果実が宿る。そんな表現で間違いないだろう。――なら、完全なる異世界から割り込んだ場合はどうなるのだろう。その魂は枝に繋がっているのか。それとも正真正銘の害虫――――バグとして認識されるのか。
「人は老いれば死ぬ様に果実も腐れば地に落ちる。なら、一つの枝に二つの果実が成った場合は?」
「――――っ」
「同じ親から双子が生まれようとも全て一つの枝に管理されてる。でも、二つの果実が宿った場合、必ずどちらかを切り離さなきゃならない」
「その切り離された方が、この子って事なのか?」
「アリスはそう予想してる」
理由は分からんでもない。果実も両方に栄養が行って二つとも育つより、片方を切り離して栄養を集中させた方が遥かにいい方向へ転がるから、世界もその方法を選んだって事なのだろう。だからこそ少女は世界から切り離され親も無くしてこの世界に生まれた――――。
少し無理やりな説得で自分を納得させる。
でもそれと同時に納得は疑問も連れて来た。どうして普通の精霊であるアリスがそんな事を知っているのかって疑問を。
かつて英雄と一緒にいたといってもそれは自分の中での英雄で、恐らく英雄譚に残っている様な英雄じゃないのは確実だ。なら尚更どこからそんな話を……。
いくら考えても分からないのなら今はいい。そう決めつけてその思考を切り捨てる。
「切り離された、ね。他にも気になる所はあるけど、今はその認識でいった方がよさそうだな」
「詳しい事は後から聞けば大丈夫だろうしね」
事の重大さにはみんな気づいているはずだ。元よりこんな小さな女の子が何もない空から急に落ちて来たのだ。それだけでも異常なのに、更にこんな事まで説明されて、明らかに普通じゃないと知っているはず。なのにみんなはいつも通りに振舞っていた。
きっと、暗いままじゃやっていけないからなんだろう。
「……もう夜も遅いし、寝たら?」
「じゃあそうしようかな」
タイミングを見計らったノエルの言葉に全員が反応する。入口の監視はアリスがやっているし、もしもの時にはノエルとアリシアがいてくれる。更にはジルスとクリフもいるし、だからこそみんな安心して寝むる事が出来た。
もちろんアルだって。
――バグの事と言い、世界の中枢の事と言い、この世界はどうなってるんだ?
幼い頃に夢見た明るい世界は蓋を開けてみればずっと真っ暗で、いつ誰が死んでもおかしくないという残酷な世界だった。それだけに留まらず《七つの大罪》や《世界の中枢》という言葉も新しく出て来るのだ。もう、頭の処理が追いつかない。
……逃れる様に瞳を瞑る。このまま考えると頭が爆発しそうだったから。
でもそんなアルに追い打ちをかけるかのように、目の前に映った世界は大量の情報を引き連れて来る。
だって、目の前に映ったのはあの時に似ても似つかぬ、どこかの村がありふれた結末を辿る映像だったのだから。




