第二章20 『新しい謎』
二人と協力関係を結んだあと、ジルスは気絶したままのクリフを連れ、入って来る大罪教徒を狙うと言って唯一の入り口である結界が崩れた所に待機する事となった。そしてアル達は少しでも安全が確保されたが為に神器の謎を暴くのに集中していた。
まあ、集中と言っても一方的にアルが頑張らなきゃいけないだけで、ライゼ達には特にする事もないのだけど。
「――なるほど。要するにアルはその竜がいたからこそアリシアが外に出る事が出来たって予想したのね」
「ああ。まだどんな関係があるのかは分からないけど、少なくとも竜とアリシアには繋がりがあるみたいだった」
アルはアリスとノエルと一緒にあの時に経験した事を全て伝える。本来ならここにアリシアがいるべきなのだけど、まだ精神的に不安定な今じゃ傷つけてしまう可能性があるという事で席を外して貰っている。彼女もその方が助かると言っていたし。
でもアリシアの知らない所でアリシア真実を探ろうとする。その行為はアルの心に疑念を積もらせ続ける。
「竜と繋がりね……。元々神器には竜が宿ってて、そこにアリシアの魂が封印されたって事なのかな。だからこそ竜とアルが契約した時に弾かれて顕現したとか?」
「でもそれじゃあアリシアが同じ神器を持ってる説明にはならない。それにアリシアは初めて会った時に契約を交わしたって言ったんでしょ?」
「そう。あの時、アリシアは完全に契約が交わされたって言ってた。でも契約時に現れたのは竜の方。だから最初はアリシアが竜の姿をしてるのかって思ったんだけど、今回の件でそれは全て否定された」
アリシアと竜は別の個体。ならどうしてアリシアが契約と言ったのか。どうして契約したのは竜なのにアリシアが出て来たのか。……まだ考える事は山ほど残っている。
全て彼女に聞いてしまえばそれで済む話なのだけど、まだ精神的に安定していない今、無理やり吐かせるとどうなるか分かった物じゃない。だからこそ今は近道を使う事は許されなかった。
「本人に聞ければいいんだけどな……」
「…………」
無意識の内にそう零してしまうとアリスから視線が向けられる。だから姿勢を正して他の事を言おうとするのだけど、既にしてしまった発言は取り消せない訳で、アリスから言葉をかけられた。……のだけど、それはアルを応援する様な言葉であって。
「人は近道があればそこを使いたがる。心理その物は間違ってないわ。……でも、大事なのは結果じゃなくて過程だと私は思う。何があって、何をしたからこそ真実に辿り着くか。……その過程を歩む覚悟は絶対に捨てちゃだめよ」
「……なんか、ゴメン」
「怒って言ってる訳じゃないし、いいわよ。ただそう在って欲しいだけ。私と同じ道は歩んでほしくないからね」
さり気なくアリスの過去が気になる事を言いながらもそう言う。
そうだ。結果だけを追い求めていたら近道を通ろうとするのは当たり前の心理。でも、大事なのはその過程なんだ。――結果だけを求めてどうなるのかは、十分知ってる。
顔を左右に振って頬を叩くと気を入れ直して考え直した。
弱音は無しだ。近道も無しだ。過程を歩む覚悟は、今のアル達を生かしてくれる原動力そのものなんだから。
――心からの救済なんて簡単じゃない。だからこそ英雄は輝けるんだ。……アリシアを助ける。心の底から助けて、謎を解いて、彼の英雄が託そうとした意味を探るんだ。
どうして英雄がアリシアを眠らせアルを導いたのか。それを知るのなら行動しなきゃいけない。何もしなければ何も変わらないのだから。
だからこそ今は考え続けるしかない。それが真実に近づく為の過程で――――。
けど、アリスとノエルが突如空を仰ぐからアルも釣られて上を向いた。その瞬間に理解する。二人が何に反応したのかを。
「何か落ちて来てる……」
「なになに?」
アリスが睨んだ先を見つめると、確かに何かが上空から落下して来ているのが見えた。だから何だろうと思って目を凝らしていると……人、だろうか。何もない空から人がまっさかさまに落下して来ていた。
だからアリスはそれを確認するなり全力で地面を蹴っては落下地点へと向かっていく。
「ちょっ、アリス!?」
「私達も行くよ!」
「え? え!?」
ノエルは手首を握ると同じ様に腰を低くして飛び出す体制を作った。だから嫌な予感がして手を振り解こうとするのだけど、そう思い至った頃には既に弾丸の如き速度で森を駆け抜けていて。
あまりの速度で体が浮かびながらも叫んで恐怖を発散する。
っていうか何をやったらこんな速度で移動できると言うのか……。
やがて飛行して来た何かが人影をキャッチするとアリスが急停止し、ノエルも全力のブレーキをかけ、ただ手を繋いでいるだけのアルは途轍もない遠心力に引っ張られながらも力なく顔面から地面に突っ込む。なんか、コレに関しては連れて来られた意味絶対ないと思う。
そうして少しの間だけ経つとアリスは言って。
「アリシア……」
「――――?」
その声で前を見る。するとアリスの目の前には人影をキャッチしていたアリシアがそこにいて、こっちに気づくなり近寄っては人影の正体を見せてくれる。
「見て、アリス」
彼女が腕に抱えていたのは小さい女の子で、とてもじゃないけど空を飛べるような子だとは思えない。それに上空には飛竜とかも飛んでなかったし、突然この少女が落下して来たとしか説明のしようがない。
二人も同じ事を思ったのだろう。顔を合わせると困惑した様な表情を浮かべている。
「空から落ちて来たって事は、飛行魔法でも使ってたって事でいいのか……?」
「それにしては幼過ぎる。まだ十四も行ってないでしょう。こんな女の子が何もない上空から落っこちて来るだなんてあり得ない」
「でも実際に空から落ちて来た訳だし……」
四人で一斉に空を仰ぐ。仮に何かに乗っていたのなら落下すれば必ず助けに来るし、それがないって事は自分で飛行していたとしか説明のしようがない。その他の憶測も全てがこの年じゃ不可能な事だ。
一体どこから来たのか。そんな事を必死に考える。
「もし。もしかしての話だけど、何もない上空から落ちて来たって線はないか? 転移魔法的なアレで……」
「この世界にそんな便利な魔法は存在しない。マナ自体が物理法則に従ってる時点で物質を瞬時に他の場所に転移させるだなんて事は不可能に近いわ。無理やりやるとゲル状になって終わるだけ」
アルの憶測を即座に否定しつつもさり気なく“人がゲル状になる”と、目撃したらトラウマになりそうな事を言いつつ考え続けた。
が、少しだけ頬をピクリと動かすと呟いて。
「……黒魔術」
「え? 何?」
「黒魔術なら、出来るかも知れない」
その言葉で全員が黙り込む。黒魔術――――。それはかの大罪である《嫉妬の邪竜》が使用し、世界を終焉にまで追い込んだ禁忌の魔術。
でもいくら黒魔術と言ったって魔術と言うからにはマナを使うはず。だから物理的にも転移魔法だなんて出来る訳がない。と思っていたけど、ノエルはその言葉に解説を加えた。
「でも黒魔術も魔術な訳だし、マナとか……」
「普通の魔法ならマナを使う。でも黒魔術は“世界に接続して行う魔法”なの。その接続する為の代償が血肉にな訳で、それが達成されるとどんな事でも思い通りに叶う。だから黒魔術なら可能性はある」
「そんな!?」
大罪の話で世界を上書きしたって書いてあったから凄い魔法なんだろうなとは思っていたけど、世界その物に接続して行う魔法なんて、そんなの絶対にありえない。だってそんな事が出来たら本当の魔法じゃ――――。
いや、魔法ならそれが普通なんじゃないのか。
物理法則じゃ到底できない様な事をする。それが本来の魔法の定義なはずだ。なのにどうしてこの世界の魔法は物理法則に従っているのか。
確かに何もない所から水や炎を出せるだけでも十分に魔法の域にとどまっている。でも、言ってしまえばマナと言うのは水素や酸素の“代用品”でしかない。それらの代わりにマナを使って科学的に魔法を起こしているだけ。
……もしかしたらアルの当たり前をこの世界に当てはめるのが間違っているのかもしれない。でも、それなら超常を超えるのが当たり前の魔法なんて言葉を付けるだろうか。
「仮に黒魔術を使ったとしても、どうしてこんな子が……?」
「分からない。ただ確かなのはこの子が黒魔術の影響を受けてるって事だけ」
アリスとノエルは戸惑うアルを置いてけぼりにして考え続けた。
黒魔術の方が遥かに魔法と言える。ただ代償があまりにも非人道的過ぎるだけ。だからこそアルは確証の無いまま考え続ける。どうしてそんな風になってるんだろうと。
「とりあえず保護した方がよさそうね。詳しい事は彼女から聞きましょう」
「うん」
二人はそう話しながらも頷いた。そんな中でようやくアリシアが黙り込み続けるアルに気づいて肩を軽く叩いてくれる。そのおかげで我に返りつつも咄嗟に状況を振り返った。
「……アル?」
「あ、ごめん。なんだっけ」
「一先ず戻るみたいですよ」
「ああ。分かった」
そう言って歩いて行くアリシアを追いかけた。
黒魔術なら転移魔法を使える。それは世界に接続するからで、好き勝手に世界を上書きしたり何でも願いが叶える事も可能。そうだとしても何故あんな小さな女の子を……。
考えなきゃいけない事は沢山あるのに、次々と出現する謎に頭を抱えそうになってしまう。そんな悩み事を見抜いてか否か、アリシアは不安そうな視線をこっちに向け続ける。
「アル、大丈夫ですか?」
「大丈夫。心配ないよ」
そう言いながらも考え続けた。アリシアの事や、神器の事や、魔法の事や、今回新たに落ちて来た少女の事を。
やがて広場へ戻ると心配したみんなが一斉に駆け寄ってはアリスの抱えた少女を見た。そして当然何が起こったのかと分からない様な表情を浮かべる。
そして、アリスが話した事によってこれからどうするかの打ち合わせが始まった。




