第二章18 『鬼』
「ん。何かお前は他の奴らとは違うみたいだな」
「…………」
そう軽く言いながらも槍を喉元に突き付ける。鋭い刃はアルの首元を捉えては鈍い光を反射していた。やがて何も言わないアルを見つめていると退屈そうに言う。
「なぁ~んだ。大罪教徒がいるっつ~から来たのに、とんだ大外れじゃねェか」
「大罪、教徒……?」
「そうそう。お前らがこの森に来たって報告を受けて来てみれば……まさかこんな弱腰な奴がいるとはな」
「…………!」
その瞬間に察した。この少女は勘違いをしてるって。
恐らく王都とかそこらへんから派遣されたのだろう。そしてアルを大罪教徒だって勘違いしている。まあ森に入って奴らの死体があるなかでアルがいたなら勘違いをするのも無理ないけど。
このままじゃ殺される。そう思ったから何とか誤解を解こうとするのだけど、彼女は全く話を聞いてくれなくて。
「ま、待て! 俺は大罪教徒じゃない! この森に派遣されて――――」
「お前の言う事を誰が信じると思う」
「――――っ!!」
今の彼女はアルの事を完全に大罪教徒だと思い込んでいる。そして世界的に危険視されている暗殺集団と思われれば、誤解を解こうとしてもこうなるのは当然の結果であって。
冷酷な表情で見下ろす彼女の瞳を見つめた。
――何か、何か誤解を解く方法はないのか……!?
そうして視線だけで周囲や自分の体を見下ろす。大罪教徒じゃないと証明するにしても言葉だけじゃ足りない。決定的な何かがなきゃ彼女は止まらないだろう。その証として今まさに刃を首へ通そうとしているし、刃が当たっている所からは微かに血が溢れ出している。
やがて槍を大きく振り上げると言った。
「じゃ、死んでくれ」
「っ!!」
けれどこのまま死ぬ事なんて出来ない。だからこそ神器を持ち上げると間一髪の距離で受け流し、その衝撃波と風圧を受けて距離を開けた。
信じられないのは分かってる。それでもアルは必死に呼びかけ続けた。
「待ってくれ! 俺は大罪教徒じゃなくて、近くの街から派遣された――――」
「そんな剣持ってて信用出来るかよッ!!」
けれど全く聞かずに槍を振り下ろしては地面を叩き壊す。飛び退いても今度は左手で炎の弾を生成して投げつけ、ソレを切り裂いた瞬間に大きく爆発させた。
確かに、例え辺境の街から派遣された人だとしても、あんな威力の攻撃を余裕で耐える程の剣を持っていたら怪しまれて当然か。向こうから見れば大罪教徒のトップクラスに見えていてもおかしくない訳だし。
少女にしては強引過ぎる戦い方に苦戦しながらも呟く。
「マジか……」
全く筋肉質を感じさせない細い腕でもその力はアルに迫る物があり、何十年もかけて鍛え続けたアルの筋肉を余裕で越えていく。こんな細い腕のどこからそんな力が……。
そう考えていられる暇はない。だって、隙があればとにかく連撃が飛んでくるのだから。
「ホラホラどうした! そんなんじゃ当たんねぇぞ!!」
「ぐっ!?」
彼女の動きは人間の領域を遥かに超越していて、人間じゃ――――恐らく神霊であるアリシアでも出来ない動きをしながらアルを確実に追い込んでいく。それもとんでもない力で。
でも力技ならアルだって自信がある。何十年も鍛え続けたこの筋肉があるんだから。
だからこそ無理をしてでも一撃を受け切ると思いっきり力を振り絞った。
「っ!」
「こんのッ!! 負けるかァァァァァァァッ!!!!」
すると微かにでも彼女の槍を押し返して、弾くとまでは行かずともほんの僅かだけ距離を開ける事に成功させる。その瞬間に互いの蹴りが交差して互いの頬を蹴り飛ばす。そんな脚のクロスカウンターをしても尚踏ん張ったアルは次の攻撃を全力で受け切る。
それどころか頬に掠めながらも受け流すと反撃までして見せた。
「さっきとは別人みたいになったな……。ま、いいか。オレは殺すだけだ!」
「だから違うんだってば!!」
「――その言葉は危機飽きたっつーの!!」
攻勢に出ても彼女を説得しようと剣を振り続ける。刃での攻撃じゃ互いを傷付ける事は出来ず、それどころか攻撃が命中するのは斬撃後の隙を埋める為の体術だけだった。
だから互いに蹴りや殴りが命中する中で少量の血を吹きだしながらも戦闘を続ける。
――あいつの動きは人間離れしてる。でも、動作そのものは単純で読みやすい!!
そう睨みながらも次の攻撃が来るであろう場所に神器を移動させる。するとその場所に槍が叩き込まれて大きく耐性を崩される。
……そう。例え予測する事は可能でも受ける事は不可能に近い。彼女の腕から生み出される力はあまりにも莫大で、アルが両手で神器を握り全力で攻撃しないと受け切れない程だ。更にアルの攻撃には神器の威力も加算されてるんだからソレを抜きにすると実力差はとんでもない事になる。
「――死ね!!」
「っ!?」
神速の突きがアルの脇腹を掠めてはその風圧だけでも皮膚を微かに引き剥す。戦えば戦う程彼女の動きは速くなって行き、反応速度も加速していく。
そして物凄い殺意を放つその姿はまさしく――――鬼。
角も相まって彼女の戦い様は本当に鬼の様だった。
やがて彼女は歯を食いしばって絞り出す様に言う。
「お前が。お前達がどれだけの人を殺して来たか分かってるのか!! どれだけの人がお前らのせいで悲しんだから分かってるのか!!!」
「――――っ」
彼女から向けられる様々な感情。それを受けてアルの剣筋は微かにでも戸惑いを見せた。その瞬間に強烈な一撃を貰って吹き飛び水溜りの上を転がった。
立ち上がっても防戦一方なのは変わらず、彼女は顎を思いっきり蹴り飛ばすと今度は回し蹴りでまた吹き飛ばされる。
「こんのッ……!」
「―――――ッ!!!」
カウンターを狙おうとして受け流しても体術を挟んでは吐血させ、せめてもの反撃である倒れザマの蹴り上げも間一髪で回避し、立て直したアルの肩を槍で突き刺す。
「ぐ……ッ!!」
「この程度で死ぬんじゃねェぞ」
そう言って引き抜くとまた蹴りを食らわせた。
このままじゃマズイ。そうは分かっていても未だ誤解を解く方法が分からなくて、痛みが全身を駆け巡る中で必死に考え続ける。
――この殺意……。きっと俺みたいに大切な人を殺されたんだ。
彼女の向ける殺意はあの戦闘でアルの放った殺意によく似ていた。だからこそ分かる。彼女がどれだけアルの事を殺そうとしているのかが。
せめてもの反撃を交わした彼女は持ち手の部分で手首を弾いて大きく隙を作った。そこから何回かの連撃を入れてアルを打ちのめしていく。
――ヤバい。何か大罪教徒じゃない証拠を見せないと……!
やがて大きく吹き飛ばすと足の力だけで大きく飛び上がり、真上に差す太陽を背後に槍を振り回していた。彼女の眼で分かる。次で殺すって。
また死を身近に感じながらも必死に考える。
――死ぬ。このままじゃ死ぬ。何かないのか。何か何か……っ!!
瞬間、手が半ば勝手に動く。
それと同時に彼女の降下も始まり、途轍もない速度で落下してはダメージで動けなくなったアルの脳天を突き刺そうと刃を定める。
絶対に死ぬ訳にはいかない。死ぬのなら、それは英雄になった時って決めてるんだから。
だからこそアルは胸にかけてあった認識票を投げつけた。
「っ――――」
一瞬だけその認識票が彼女の視界に入った直後、刃は想像も絶するほどの威力で振り下ろされた。……左耳に掠るくらいの距離で、地面に。
力なく横たわっては息を荒くするアルを見つめ、彼女もまた息を切らしていた。
やがて小さく呟く。
「ぇ、それ、認識……。えっ。何で、お前が……」
「だから大罪教徒じゃなくて、近くの街から派遣された冒険者なんだよ」
「…………」
彼女はのしかかりながらもアルの瞳を見つめる。
一先ずは助かった……でいいのだろうか。ウルクスの言う通り肌身離さず持ってて本当に良かった。認識票がなかったら絶対に今頃脳天を突き刺されていただろう。何か、ここ最近で何度も死を間近に感じる事が多くなった気がする。
しばらくの間、互いに息を切らしながらも互いの瞳をじっと見つめ続ける。彼女は虚ろで真紅の瞳を。アルは金色で驚愕の色を浮かべる瞳を。
やがて彼女は唾を呑んで状況を把握すると素直に謝った。
「……すまん。ちょっと、暴走してた」
そうすると少し離れて手を差し伸べるのだけど、握られないと思ったのだろうか、すぐに引っ込めようとしてしまう。――でもアルは何の躊躇いもなくその手を握って見せる。
だからまた驚いた表情を浮かべてアルを見つめた。
「いや、いいよ。俺も同じ立場なら暴走してたと思うし。っていうか、暴走した事あったし」
「お前……」
アルは口元を拭うと血の混じった唾を軽く吐いて立ち上がる。
彼女は何て言えばいいのか迷ってるのだろう。アルを見つめながらも言葉を探してモジモジとしていた。……まあ、自分勝手に勘違いして暴走して、何の罪もない相手を一方的にボコボコにして、更に肩を槍で突き刺せば、誤解が解けた時にそんな反応になるのは無理もないだろう。
肩の激痛に顔を歪めると焦った様な表情を浮かべ、周囲に目線を映してから布を取り出してアルの肩に巻き付けてくれる。
「……本当にすまん。ここまで酷い事して。つ、罪滅ぼしとしていくらでも殴ってくれ!!」
「いや、そこまでは……」
「気が済むまで殴ってくれて大丈夫だ!」
「いやだから大丈夫だって――――」
瞬間、真横から飛んで来た何かにヘッドショットをされて意識が飛ばされる。だから慌てて倒れ込む体を押さえると、何かが飛んで来た方角を見つめてようやく安堵する。
視線を向けた先からは、アル以外の全員が走って来ていたのだから。




