第二章8 『憶測と推測』
「精霊術って……。使える人は一万人に一人の確率じゃなかったか!?」
「あれ、そんな確率だったっけ」
さり気なく精霊術の適正に驚きつつも会話を聞き続ける。既に魔法が主流となり精霊術が廃れてしまった訳だけど、それでもアリシアはウルクスの問いに答えて見せた。
「正確には精霊術を使う方法は二つです。生まれながらにしての適性があるか、精霊術を習うか。前者は文字通りの選ばれし者ですけど、後者は途方もない努力をした人こそが勝ち取れる力。だから精霊術を使う人は少ないんです」
「な、なるほど。確かに精霊術は魔術の五十倍難しいとか聞いた事あったし」
「そんな難しかったっけ?」
「何でライゼは魔術とかに関しての情報は詳しくないのさ……」
アルも英雄譚とか神器には詳しいクセにそう言う事は完全に知らなかった。……っていうのはどうでもよくて、今はアリシアの言った言葉で頭を回す。
魔術の五十倍は難しい。つまりあの時に迷いの森で精霊術を使える人が爆発を引き起こしたって事になる。
「要するに精霊術で作った結界と爆発をぶつけて相殺しようとしてる訳なんだよな」
「その考え方であってます。ただ、ウルクスが言った様に使うのは途方もない努力が必要ですが……。それもアルみたいな」
こっちを向きながらもそう言う。アルを例えに出すという事はきっと十年近くは根気よく練習しないとマスター出来ないって事なのだろうか。
精霊術が使えるからってあれだけの爆発が起こせる訳でもないはずだ。
魔法には魔法で対抗するように精霊術には精霊術で対抗しなきゃいけない。だからこそあれ程の爆発を引き起こすのなら精霊術の手練れが必要。となると、それを出来る人が所属している組織は……。
「……隣国の騎士団、って線はないかな」
「隣国? 確かグラノーデだっけ」
「え? ここそんな国境近いんですか?」
「えっ……ってそうだよな。分からなくて当然か」
そう話しているとまたアリシアが問いかけて来て、アルは戸惑いながらもその問いに答えた。まあ、アリシアは知らなくて当然だ。
「ここはソルジア王国の保有する領域の辺境。だから隣国のグラノーデ領域がすぐ近くにあるんだ。で、そのグラノーデ王国が黒い噂ばっかりでさ」
「黒い噂って……?」
「グラノーデは亜人差別が激しいんだ。だからそのノリで裏で独裁政治を行ってるんじゃないかって。まぁ、その噂も一部でしか流れてないんだけどな」
アルの説明にライゼが付け加えると大体の状況を察した。本当は奴隷制度が云々カンヌんっていう噂もあるのだけど、まあ、そこまでは話さなくてもいいか。
そこそこ国の対立を説明するとアリシアはやってる事のしょうもなさに呆れた様な表情を浮かべる。実際国同士の対立なんて簡単に言えば子供の言い合いみたいな物だし、まだ互いに手を出さない分マシだとも言える。
「でも、どうして騎士団なんですか?」
「王国の騎士団には必ず一人は魔導士と精霊術師がいるんだ。だからあり得る可能性としては王国騎士団なんだけど、その王国騎士団がそこまでする確信も無いんだ」
「……魔導士と魔術師の違いって何ですか?」
「基本的な定義だと魔術師は四つの属性を上級まで使える程度の強さで、魔導士は極大魔法を放てる程の強さ。ちなみに冒険者で魔法を使える人は魔法使いって言われてる。あと魔女は魔術師の悪い人みたいな感じ」
「なるほど」
またまた飛んで来たアリシアの問いに答えつつも考える。
確かにグラノーデ王国の騎士団が噂通りの連中なら普通に森の中であんな爆発を起こしても違和感はないだろう。でも、連中は腐っても騎士。仮に神秘の森に何かがあったとしてもそうする為の理由には及ばないはずだ。
それに吹き飛ばすのなら周囲の損害も考えて当然のはず。
「その線は低いな。ウルクス自身も言ってたけどそうする理由がないはずだ」
「だよねぇ……」
「じゃあ大罪教徒とか?」
「それも線は低い。あれ程の魔物を出現させる事が出来たとしても、あいつらの攻撃魔法は普通の冒険者並だ。とてもじゃないけど精霊術を使えるとは思えない」
次々と出て来る意見をライゼは一刀両断した。アルが一番睨んでいた大罪教徒でさえも。けれど彼の言う通りどの意見を出しても辻褄が合わずに没になるのが殆どだ。
神秘の森に何かがある事が機密事項だとしてもあそこまで大きな行動を起こしたら無意味にも等しい。きっと騒ぎを嗅ぎ付けた騎士団が明日にも調査隊を派遣するはず。だからそんな事はしないはずなのだけど……。
「明日、私達で確認出来ないですかね~」
「出来る事には出来るけど危険だ。こういうのは要請がない限り向かわないのが吉だろ。……普通なら、だけどな」
「何でこっちを見る」
「だってアルとアリシアは大抵普通じゃない事件を呼び起こしてるし、もしかしたらってさ。明日辺りにでも調査の協力が来るんじゃないか?」
「トラブルメーカーみたいな言い方するなよ……。それはない。いくら騎士団長に知られてるからってコネがある訳じゃないんだ。流石に夢の見すぎだよ」
ライゼの言葉に冷徹に返しつつも考える。でも、口じゃそう言っておきながらも脳裏じゃそうなる事を望んでいた。
ライゼの言う通り要請も無しに自分達で行くのは危険なはず。もしあの爆発を騎士団が引き起こしていたとしても、危険な事には何も変わりないのだから。行くのなら武器や防具が支給される正式な要請があってからの方がリスクは低い。
「でも気になるのも確かだ。アルも行きたくてたまらないんだろう?」
「まぁそうだけど……」
本当の事を言えば今からでも確認しに行きたい。でも急いで道具や装備の見落としがあれば一大事になりかねないのだ。もどかしいけど、仮に行くとしても今は地道にしっかりとした準備をするしかない。
しかも行く事になっても問題点はまだまだあって。
「それに俺達にはまだ馬車がない。だから行くには最低でも馬を借りなきゃいけないぞ」
「あ、そっか。フテラは最低でも二人乗りだからな……」
そう。馬車がまだ支給されてない以上全員であそこへ向かう事は難しい。だから今すぐにでも向かうのならもう一匹の馬を借りて、アリシアが空を飛びながら向かうのが一番手っ取り早い。しかしそれ程のお金の余裕があるのかと聞かれるとそれも微妙。
きっと誰かが残るだなんて事はしないはずだ。全員が英雄に憧れているのだから、全員が現地に向かうと手を上げて当然。
いくら考えたって憶測の域を出なきゃ効果はない。だから確信を得る為には現地に向かわなきゃいけないのだけど、その為の脚が足りない。
どこから考えてもすぐには行動出来ない事にもどかしさを感じながらアリシアに問いを投げつけた。
「アリシア。洞窟から脱出した時みたいに誰かと一緒に飛ぶって事は出来ないのか?」
「あれは風魔法で半ば無理やり浮かせてるだけで、完全に飛行できる訳じゃ……」
「なるほど。二人乗りだったか」
となればどんな手段があるだろうか。
それからはみんなで色々と意見を出し合うのだけど、その度に駄目だしが押し付けられて全てが否定されてしまう。だから最終的にいち早く準備して出発しようと言う結論に辿り着いて即座に行動に移そうとする。
やがて外へ出るとライゼはみんなに指示を出した。
「俺とウルクスは装備類を買出しに行く。だから三人は必要そうな道具を頼む。明日まで準備を整えるんだ!」
「了解!」
今すぐに行けないんじゃ明日にかけるしかない。もしかしたら今日中に誰かが現地に向かうのかもしれないけど、それでも無駄足だったって構わなかった。あそこで何かが起った事だけは確かだから。
だからそれぞれで行動しようとしたのだけど、アリシアの様子がおかしい事に気づいて立ち止まる。
「……アリシア?」
その言葉に反対側の道へ走り出そうとしていたライゼとウルクスも立ち止まった。アリシアはただ立ち尽くしたまま何も喋らずにいて、視界の先にも誰かがいる訳じゃなかった。故にここでも何かが起ってるんだって察する事が出来た。
腰にある剣の柄へ手を動かすと反射的に全員もそれぞれの武器に手を触れる。
「一応聞くけど、まさかな事ないよな。何かが起こるだなんて……」
でもアリシアは答えずに目を瞑って何かに集中しだす。
何もないはずだ。だってここは街の中だし、何かがあるのなら外からの事なはず。だから大丈夫だろうと信じた。
そしてこれはフラグだろうと思った。
……残念ながら、そんな予想は当たってしまって。
「嘘だろ。街の中だし昼真っただ中だぞ!?」
「流石にここまで来ると驚きを通り越して呆れるね」
裏路地から現れた複数人の白装束。すると奴らはアル達を見るなりそれぞれ懐から武器を取り出して構え始めた。
まさか街中で戦闘をしようとは誰が思うだろう。――いや、というより大罪教徒に常識を求めるのが間違っているか。常人からかけ離れた人殺しの暗殺集団。それが奴らなのだから。
――明らかに奴らの動きは矛盾している。今までは神出鬼没だったのに、ここ最近でこんなに現れるとは。しかも今度は街の中だなんて……。
街の中が奴らの一番嫌っていい場所だと言ってもいいはず。今までの襲撃カ所をまとめた本にも街の中は一度も無かったし、目撃例も一つさえなかった。それに街中で事件を起こせば必ず誰かが駆けつけて見られる。だからそれを嫌うはずなのに、どうして――――。
裏を返せば奴らにとってそこまでする何かがあるという事だ。
街中で姿を見られて尚、そんなリスクを冒しても達成したい目標がアルかアリシアのどっちかにある。
「来るぞ!」
「ッ!!」
その瞬間に奴らは一気に姿勢を低くして飛び出す態勢を作った。だけどソレを見たアリシアは既に行動に移していて、手元に出現させた幾つかの炎の塊を高速で前方に投げつける。
すると大きく爆発しては爆煙が周囲に現れ、その中から突進して来る姿が見える。だからこそアルも即座に動き始めて飽きるくらい特訓した歩法で飛び上がった。
狙うは脳天。慈悲は微塵もない。
「――らァッ!!!」
奴らは見かけたら最優先で殺せと知れ渡っている連中なのだ。だからみんなは迎撃するのに何のためらいも無かった。もちろんアルだって。
やがて刃を振り下ろすと、文字通り街中で突如発生した戦闘を告げる火花が散った。




