第二章7 『変動する事態』
洞窟全体に激しい地鳴りが届いた直後、アルは咄嗟にメッセージが書かれているかの確認を止めて飛び上がる。フテラもその地鳴りにびっくりしたようで、水を飲んでいた場合じゃないと即座に飛び退いた。
「何だ、地震!?」
「アル、こっちに寄って!!」
するとアリシアがそう叫ぶから足を取られつつもアリシアの元へ駆け出す。そうしているとフテラもアリシアの元へ駆け寄ってしがみ付いた。
魔鉱石は硬度が凄まじい事で有名だから平気だとは思うけど、それでもここまで大きく揺れると流石に石に詳しいアルでも軽く動揺する。アルもしがみ付くとアリシアはバリアの様な物を張って防ぎ始めた。
「この地震、何かおかしい」
「おかしいって?」
「自然の揺れ方じゃない様な気が……」
バリアを張る最中でも振動は止まない。だから必死に堪えているとアリシアが急にそう呟いて、自然じゃないという言葉に何かが引っ掛かる。
「自然じゃないって、人為的にこんな自身が起こされたって事か?」
「わかりません。ただそんな予感がするって話で……」
「憶測の域は出ないって訳ね」
「はい」
憶測の域を出ないのなんて日常茶飯事だ。となれば実際にこの目で確認してみるしかない。……と言いたい所なのだけど、フテラがこの洞窟を全速力で駆け抜けられるとは思えない。デコボコしている上に足場だって悪かったし。
でもこういうのはすぐに確認しないとすぐに消えてしまうのが定番な訳で……。
「転移魔法ってあったりするか!」
「ある訳ないでしょ!?」
そりゃそうだ。アルだって昔大量の魔道書を読んで転移魔法は実在しない事を確認している。でも三百年も生きてる(?)アリシアなら知ってると思ってしまっ――――じゃなくて、そもそも物理的に無理なのだそう。
まあ、考えてみればそんなルーラみたいな魔法があったら必ず魔道書に乗っているはずだから当然なのだけど。
魔法の仕組みが「マナという物質はイメージによって動く」という性質上、物理法則に従っているらしい。そのままでも十分おかしいとは思うのは気にしちゃいけない。水素と酸素を好き勝手に操れる様な物だけど、そこまで追求したら「魔法だから」で返されるだろうし。
やがて天井の魔鉱石に大きくひびが入る。そんな事が起こるだなんて微塵も予想していなかったから驚愕していると、振って来た巨大な岩を弾き飛ばしたアリシアはすぐに手首を握る。
きっと危険だと判断したのだろうけどアルの中で何かの危険信号が発信されて。
「だぁ~もう仕方ないですね!」
すると急に浮遊してはくっついていたアルとフテラを無重力にさせる。まさかと思った時には既に飛び出す態勢を作っていて、アルの制止も聞かずに思いっきり空気の壁を蹴り飛ばし高速で洞窟の中を突っ切って行く。
「行きますよ!」
「ちょっ、まさかそのま――――へぶぁッ!?」
このままじゃでこぼこした地形にぶつかって肉片になる。そう思ったのだけど、バリアを張りながら移動していたらしく、一定の距離で小さい石などは粉砕しながらも突き進む。片腕だけでフテラを抱えながらも必死にその速度に耐え続けた。
「マズイ、本格的に崩壊し始めた」
「そんな!?」
その証拠として所々天井から石が砕け落ちているし、アル達が通った場所には巨大な岩が落下して道を完全にふさいでしまう。
果たして脱出できるだろうか。そう思いながらもアリシアの手を握り締める。
全速力で飛行しているから時間は全くかからない。けど地震はまだまだ続いている様で周囲には石が砕け落ちている。
やがてあの時と全く一緒の脱出をすると真っ先に異変に気が付いた。
「は……!?」
位置的には遥か彼方と言ってもいいくらい遠い。だけどそこには巨大な爆煙が立ち上がっていて、遥か彼方の距離でもその爆煙はしっかりと確認できる。
まさか、あんな距離で起った爆発なのに洞窟を崩壊させる程の地震が起きたのか。
「どうやら、あれが地震の元みたいですね」
「なっ、あんな距離の爆発なのにここまで振動が届く物なのか!? それも洞窟を完全に崩壊させる程の――――」
「逆に言えばそれほどの爆発があそこで起きたって意味です。隕石……っていう線はあまりにもかけ離れてるか……」
アリシアの言う通り隕石が降って来たのならまだ説得力も現実味もある。だけどいきなり隕石が降って来るだなんて普通はありえない。だからこそ原因が人為的な部類に含まれるのだけど、それがあまりにも現実味からかけ離れていて。
だからこそ異常な事が起っていると理解出来た。
「あそこまで行く事は出来ない。一旦街に戻ろう」
「そうですね」
――――――――――
「あ、アル! 無事だったか!!」
「ライゼ!!」
それから三十分後。
念の為飛行じゃなくてフテラの脚で戻った後、冒険者ギルドの目の前に立っていたライゼと合流する。それでライゼから何があったかを聞こうとしてフテラから降りるのだけど、駆け寄ると思いっきり肩を掴まれて体を揺らされる。
「何が起こってるかわ――――ぐがっ」
「中々戻ってこないから心配したんだぞ! 全くもう!! アルは本当に全くもう!!」
「分かった、分かったから!」
肩から手を引き剥して冷静さを取り戻させる。
そして落ち着かせると背後からフィゼリアとウルクスが回り込んでライゼを制止させた。だからその隙に息を整えながらも質問すると、フィゼリアが答えて。
「さっきの地震、何が原因だか分かるか?」
「少なくとも隕石なんかじゃないです。もっと別の、突如発生した所を見ると人為的に引き起こしたと思うけど……」
敬語とタメ語が入り混じる言葉を聞きながらも歯を食いしばる。
人為的にとは言ってもそこまでの――――隕石が降って来たと思うような衝撃を普通の人が出来るはずがないし、いくら魔術師がいたとしても難しいだろう。アリシアだってそこまでの爆発は引き起こせないはず。
となると残る可能性としては何かあるだろうか。
――アリシアでもあんな威力は不可能なはず。本に載ってた大賢者とかなら出来るのかも知れないけど、そんな人がこんな辺境の街に来るはずがないし、爆発を起こす訳もない。じゃあ誰が……?
脳裏で必死に考え続ける。っていうかどうして急にあんな爆発を引き起こしたのだろう。見た目ならただの森だったし、普通の何もない森に爆発を起こさせるなんて普通ならやらないはずだ。
……でも、それって逆に言えば何かがあるからこそ爆発を引き起こしたんじゃないのか。
「フィゼリア、地図ってどこにある!?」
「えっ? 地図なら――――ってそう言う事ですね!」
そう言うとフィゼリアを筆頭に残りの二人も気づいて一気に宿の方へ走り始めた。爆発したと思われる場所が特別な場所なら、そこを狙いそうな組織で絞って行けるかもしれない。そう踏んだ。
やがて宿屋の扉を開いて荷物が置いてある自分の部屋に駆け込むと即行で地図を引きずり出し、真ん中にある机に広げて見せた。
「街から見えた方角はここからだったよな。って事はこうして線を引いて……」
「洞窟が大体この辺りにあって、そこから確かこの方角だったから、こうしてこうやると……」
地図を広げるなり指で線を引いて爆発した場所を特定しようとする。こういうのは三本くらいの線があった方が特定しやすいのだけど、もうここまで来たら関係ない。大体でも場所が分かれば何とかなるかも知れないのだから。
するとアルの引いた線がライゼの線と被って。
「大体ここだな。ここは……迷いの森か」
「迷いの森?」
爆発地点はあらかた予測が出来た。でも迷いの森と言う言葉が出て来た途端にアリシアが反応し、今一度アリシアが三百年の間眠っていた事に気づいて一から説明する。
「一度入ると方向感覚が失われて半永久的に彷徨う事になる森だ。その森は円状に広がってて、内側には神秘の森っていう《楽園》とも呼ばれる森が存在してる」
「迷いの森は神秘の森を守る様に生えてて、一説じゃ迷うのは精霊術で施された結界のせいだって噂もある。ただ戻って来ないのは本当だから誰も近づかないだけ。……でも、精霊に気に入られた人間なら方角も見失わずに内側へ進めるらしい」
「何か複雑なんですね……」
アリシアが眠ったと思われる時間と《世界衝突》が起きて世界地図を書き換える事になったのが大体三百年前。アル達が今立ってるこの場所も書き換えられた場所の一つだから、アリシアが知らなくたって当然だろう。
「だけど何でこんな所で爆発を引き起こすんだ? 仮に森を消滅させるにしても放火をすればいい話で、わざわざ爆発させる必要もないのに」
「あ、そっか。爆発なんて場所を知らせるだけでいい事なんて何も……」
ウルクスの言葉で気づかされる。そうだ、森の話に変わってからずっと迷いの森を消す為って考えていたけど、そんな事をする必要はない。
なら何の為に爆発を引き起こしたのだろう。普通なら何かを吹き飛ばしたりとか打ち壊したりとかだけど、森なのにそんな対象があるとは――――。
「……かい」
「アル?」
これに限っては本当にただの予想でしかない。と言うより爆発なんかでそんな物が壊せるとも思えない。だけど、迷いの森で爆発を起こすのならこれくらいしか理由が考えられないのも事実。単にアルの頭が固いだけなのかも知れないけど。
アルは自分の思いついた考えをみんなに伝えると大いに焦り散らかした。
「結界を壊す為ならどうだ」
「「……!」」
すると全員が息を鋭く吸った。
もうこれくらいしか考えられる余裕がない。もし本当にそうなら大惨事になりかねないのだから。でも、その憶測には大きすぎる問題点が存在して。
「でも単なる爆発で結界を壊す事が可能なの……? っていうか結界が張ってあるのかも分からないのに何で……」
「しかし結界がある態で話を進めると合点がいくのも確かだ。爆発で壊せるとは思えないけど」
「アリシア、そこらへんどうなのか分かるか?」
そうしてみんなの視線はアリシアへ集中した。
最初は少しだけ困惑していたのだけど、やがて深く考えると答えを出して。
「……ありえます」
「えっ!?」
「あの爆発が精霊術で引き起こした物なら、ありえます」




