第二章5 『新衣装』
「見せたい物って……例の?」
「そう。遂に完成したみたいだから、装備して行こうかな~って」
「装備?」
アルの言い回しにアリシアは首を傾げた。
稽古の合間にも地道に通っては職人と作り上げた“アレ”。それが遂に完成したのだから見せない訳にもいかない。
やや駆け足で歩きながらもとある所まで向かい、建物の前で立ち止まる。
「……服屋?」
「そう」
アルは早速扉を開けて店内に入ると真っ先にカウンターへと駆け寄った。すると店主の人はアルを見るなり用件を理解したようで、すぐさまカウンターの下に置いてあったらしい例の物を取り出す。
少し遅れてからアリシアがそれを見るともう一度首をかしげる。
「おじちゃん、どうだった?」
「おう。あんちゃんのおかげで随分と作るのが楽だったぜ。しっかしまぁ、何度も思ったがオーダーメイドとはいえあんちゃん自身がデザインしたとは思えねぇ」
「余計な言葉多くないか」
服屋の店主はそう言いつつも袋から服を取り出す。
その会話を聞いてびっくりしたのだろう。アリシアは目を皿にしながらもアルに問いかけた。
「えっ、まさか作ってたのってその服なんですか!?」
「ああ。今のままじゃとても冒険者とは言えないし、せっかくならオーダーメイドで唯一無二の物を作った方がいいかなって思ったんだ」
そう。アルが作っていたのは武器ではなく服。別に武器を作るなら作るで何も問題はないのだけど、武器は神器があるしアイテム等は作らなくても手軽に買える。だから冒険者っぽい服を作ろうと職人である店主にオーダーメイドを頼んだのだ。
大抵服のオーダーメイドは「どういう系の服にするか」というアンケートを取る事によって決めるらしいのだけど、今回はアルが服のデザインをして店主が作ってくれた。
デザインと丈が合わなくて打ち合わせをする時間もそんなにないから日数がかかったけど、そろそろ出発って雰囲気がある今で完成してよかった。
するとソレを読んだアリシアが時々アルのいなくる現象に納得して手を合わせる。
そして二人の反応を見て既に察していた店主が粋な――――と言うよりかは余計な計らいをしてくれる。
「嬢ちゃんが彼女かい。こりゃまた美人だことで」
「かっ、彼女!? 私は別にそう言うアレはじゃ……」
「……おじちゃん、あまり困らせないでやってくれ」
「はははっ。わりぃな、生憎そういう性分なもんで」
合間に地味な茶番を挟みつつもアルに完成した服を渡してくれる。
そして二つあるうちの少しだけ小さい方をアリシアへ渡すと、店主は気まぐれなのかまたはお節介なのか、こんな物まで渡してくれる。
「あんちゃん、コレもやるよ」
「えっと、何これ?」
「裁縫セットだ。あんちゃんは手先が器用みたいだし、この街を守ってくれた英雄サマだからな。これくれぇサービスしないと俺の気が済まねぇ」
「えっ、タダ!?」
「先払いできっちりとってあるから安心しな」
「それサービスじゃなくね?」
きっと服が破れた時に使えって事なのだろう。先払いで裁縫セットの分も払わされていた事に言いたい事が沸き出すけど何とか我慢する。
今は服が完成したんだからそれでいい。そう言い聞かせて店主に軽くお辞儀をした。
「とりあえずありがとう。助かったよ」
「おう。またいつでも来な」
そして二人揃って店を出る。本来ならこういうのって試着してから裾上げとかするのだろうけど、意外と高い文明レベルであるこの異世界じゃ試着室なんてない。だからこそ裁縫セットも渡されたのだろう。
詐欺じゃない事を中身を覗いて確認しているとアリシアが喋りかけて来た。
「……びっくりしました。アルが服を作ってただなんて」
「正確にはデザインだけだよ。実質その服を作ってくれたのはあのおじちゃん。俺は少し手伝いをしただけ。それにいくら手先が器用でも服を一から作るだなんて俺には無理だし」
「アルは鍛冶の方が得意なんでしたっけ」
「ああ。ちゃんとした設備があるなら何本でも武器を作れるぞ」
さり気なく鍛冶が得意という事を自慢しつつも宿の方角へ向かう。
確かに手先の器用さには自信がある。ペン回しだって当たり前に出来るし、あやとりなんか東京タワーを筆頭にほとんどの物を作れる。でも裁縫だけは出来る物の慣れなかったのだ。
そうして会話をしていると服を抱きしめたアリシアは呟く。
「プレゼント、って事でいいんですよね」
「……まぁ、そうなるかな。それにアリシアにはこの服が似合うって思ってたから」
するとアリシアは頬を薄く染めて更にぎゅっと抱きしめた。
きっと嬉しいのだろう。アルだって慕ってる人から「絶対に似合う」と言われながらプレゼントを渡されたら嬉しくもなるし、大切にしたくもなるはずだ。
アリシアにはまだどんな服かなんて分かっていないはず。なのに物凄く嬉しそうに微笑みを零すと言った。
「私、この服ずっと大切にします!」
――――――――――
「これ、本当に似合うんですか……?」
「絶対に似合うって! 大丈夫、前に「平気じゃない?」って評価受けたことあるから!!」
「不安になる事言わないでください!!」
宿に戻ってからは一時的に他の部屋で着替え、既に例の服を着たアルはアリシアが着替え終わるのを部屋の前で待っていた。
妙に物音が響くのを疑問に思いながらも待ち続けていると、少し控えめな声で合図が出るのですぐに部屋の中に入りその姿を確かめた。
「いいですよ」
「あれ、何か控えめ?」
そして彼女の姿を見つめる。
赤を基調とした少し大きいローブに身を包み、その下にはピンクの薄着で少しだけブカブカのズボンを履いていた。ちなみにローブの胸元にはシンプルなブローチが二つ付けられていて、そこから紐で結ばれている。その他にも様々な模様が描かれている。
……のだけど何故かお腹の部分を隠していて。
「どうしたんだ? お腹なんて隠して」
「いや、あの、それが……」
「……?」
するとアリシアは耳を真っ赤に染めながらもお腹の部分を見せてくれた。そして何故お腹の部分を隠していたのかが明かされる。
その理由に最もだと納得しながら頷いた。
「ああ、なるほど……」
多分店主が寸法をミスしたのだろう。着ていたシャツの丈が少し短くておへそが丸見えになっていた。これは確かに隠したくもなる。でも服装は完璧に丈を合わせておへそは出ないようになっていたはずだけど……。
そんな薄れた心無い記憶を辿っているとアリシアは呟いた。
「これ、こういうデザインじゃ――――」
「違うから! 設計図にはちゃんとへそも隠してあったから!! 多分おじちゃんがミスったんだと思う!!!」
へそが隠されていたら魔術師にしか見えないのだけど、へそを出しているせいで豪快なイメージが付与されている。元々は剣を装備しても違和感がないようにデザインした訳だけど、これじゃあ完全に強豪な女剣士にしか見えない。
けれどアリシアはアルの姿を見た途端にそんな恥ずかしさを投げ捨てて服装に見入った。
「あ、それ、アルも同じ服……?」
「ああ、せっかくなら似たような感じにしようかな~って。デザインも少しだけ違ってるんだ」
そうしてアルの服装もアリシアに見せてあげる。
服装はほとんど同じだけど違う所と言えばローブの模様と下に着てる服だけで、女性用のシャツから男性用に変わった他、それ以外の変化は何もない。ツンツンしていた最初なら怒られると思ったけど、今のアリシアは逆に服がお揃いな事を喜んでいるみたいだった。
……のだけど問題はそこじゃない。
「しっかし、そのお腹をどうするべきか。報酬を山分けしたお金は全部使い切っちゃったし、裁縫セットを使ってもそれじゃあどうにもならないだろうし……」
「…………」
アリシアは改めて自分の服装を鏡で確かめる。
他の冒険者と比較するなら“まだ”露出は控えめになっている方だ。言い方は酷いけど凄い人なんかほとんどビキニみたいな装備でいる事もあるみたいだし。まだへそを出してるだけのアリシアは比較的健全な方とは言えるけど、個人の価値観からすればへそを出してるだけでも十分露出と成り得る。
だから自分の服装を確認するとまたへそをお腹で隠す。
「ライゼ達に新しい服、買ってもらおうか。その程度だったらみんなも……」
「―――ぶです」
「えっ?」
「大丈夫、です」
するとライゼ達を探しに行こうとしたアルを引き留めてそう言う。振り向いて彼女の表情を見ると顔を薄赤く染めつつもそこに立っていて、お腹から手を離すとその手を腰に当てて自慢げに胸を張る。
「べっ、別にこのままでも平気です!」
「……無茶しなくてもいいんだぞ?」
「してない!!」
きっと迷惑をかけない為に強がってるんだろう。確かにまだ“常識の範疇の露出”に留まっているとはいえ、アリシアの価値観で見れば十分恥ずかしい事のはず。それでもアリシアは胸を張ると平気だと主張した。
これはお言葉に甘えるべきか服を買うべきか……。
散々迷った挙句にここまでやってるんだから乗ってあげようと言う結論に至った。
「じゃ、じゃあそのままでお願い出来るかな」
「わかりました」
そう言うと如何にも平気ですよと言う様な態勢で答えた。その姿に何だか悲壮感みたいな物を覚えつつもそんな視線でアリシアを見る。
するとそんな視線を受けたアリシアは前に手を振って視線を打ち消す。
「……そんな可哀想な子を見る様な眼でみないでください!」
「ああ、ゴメン。何か悲壮感があるなって」
「だからやめて!?」
ツッコミを入れられつつも考え方を変える。経緯や結果はどうであれようやく冒険者らしい身なりになったのだ。それなら全力で自分達に課せられた使命を全うしなきゃいけない。……少し強引だけどそうやって自分に言い聞かせた。
「……髪型、変えてみるか?」
「えっ」
「そのままロングなのもいいけど、せっかくなら髪型もイメチェンって事で」
「じゃ、じゃあ、お願いします」
そう言うとアリシアは鏡の前に椅子を持っていき自分から座ってくれる。だからこそ彼女の背後に立って髪をいじって様々な髪形を試した。
アリシアは元から髪が長いから色んな髪型が可能だし、赤と白だから上手く強調されてきっといい感じになる……はずだ。
やがてサイドポニーの髪型にするとストップをかけて。
「これはどうだ?」
「あ、いいかもです。コレ好きかも」
「じゃあこれにしようか」
そうして右側にサイドポニーを作るとアリシアは嬉しそうに髪を揺らして何度か確認していた。最初はポニーテールとかの方が似合うと思ったのだけど、これもこれで中々合うかも知れない。
髪型が決まるとアリシアは髪をいじって微笑んだ。
そして早速行動に移すべく部屋の扉を開けると、アルは意気揚々と言った。
「じゃあ、行っか」
「はい!」
やがて最後に気遣った言葉を残す。
「まだ普通な方だから大丈夫だぞ」
「分かってます!!」