第二章3 『猛特訓』
翌日。朝から木剣が激しくぶつかり合う音が響き渡り、街の中で空き地となっている所ではアルとアリシアが稽古をしていた。そんな光景を三人は見つめ続ける。
アルの振るう剣をアリシアは余裕で交わすのだけど、彼女の攻撃は不規則かつ素早いから先読みをする事が困難で、二、三回撃ち合っただけで体にあざが出来てしまう。
「アルもアルで凄いよな。昨日の今日であれだけやられたのに続けるなんて」
「ライゼも同じだったでしょう。最初は強くなる為ーって何度も私に挑んで来たじゃないですか」
「まぁそうだけどさ」
稽古を見つつもライゼが呟き、その言葉にフィゼリアがそう返す。絶妙に気になる話題である事はさて置きアルは襲って来る件に集中した。
不規則な故に型みたいな動きは通用しない。どこから攻撃されても言い様に臨機応変に対応するしかないのだけど、言うは簡単でも実行するのは難しい。アリシアの剣は蛇のようにうねっては上下に激しく揺れアルの胴体を攻撃する。
「もっと全体を見て! 剣に気を取られ過ぎです!」
「ああ!!」
アルに戦闘の才能は微塵もない。それはあの時の戦いで敵に指摘された事だ。そしてそれを深く実感する。だからこそこうしてアリシアに剣を習っていた。
一応彼女の使う体の動かし方を教わったけど、上手く順応出来ていないから自分でも全く駄目なんだって自覚できる。そりゃこんな動きをしていればあんなに駄目だしされても当然だ。
――普通の人から見ればアルは確かに強いです。でも神器を持つ者として見れば雑魚も同然。まず最初に動作が大きすぎるんです。
試しに一戦交わってから言われた言葉。雑魚も同然という言葉に傷つきながらも今一度自分がどれだけ弱いのか再認識する。それから体の動かし方や視線の動かし方を教わり稽古に入り、そしてまた改善点を見付けて稽古する。
昨日は冒険者の正式登録が終わった直後からそんな事を繰り返し、怪我だらけになっては回復してもらい今日もこうして撃ち込んでいる。
――あの人にも言われた通り、腋が閉まってなかったり脚の動きも余分な動作が多い。改善点はまだまだありますね。
ダメダメなアルに対してアリシアは完全完璧。
舞の様な動きで綺麗に舞っては不規則に攻撃を繰り出し、先読みをさせない剣筋で何度もアルを滅多打ちにした。それに不規則だから攻撃パターンという物も存在せず、舞い散る花弁みたいに複雑な剣筋で何度も攻撃してくる。
それにずっと回転している様な攻撃だから受ける度に威力は増して行き、それによってアルの動きを先読みし不規則な攻撃を叩き込む。
厄介すぎる攻撃に苦戦しつつもアルは着実に実力を身に着けていた。
「ここだッ!」
「わっと」
攻撃を受けて弾かれた瞬間、その勢いを殺さずに回転して微かにでも威力を高めつつアリシアの攻撃を相殺させた。そうして互いに大きく弾かれると彼女は少しだけ驚いた表情を見せる。
けれどそれだけじゃ終わらない。また回転が始まる前に大きく踏み込んで距離を詰めてはアリシアの懐へと潜り込む。
「――甘いです!」
「あっ!?」
けど、直後にアリシアはバク転をしてアルの手元を大きく蹴り飛ばした。そんな事されるだなんて思わなかったから驚愕していると、起き上がりざまに剣を振られて木剣が弾き飛ばされる。
そして喉元に木剣の先端を突き付けられて決着が付いた。
今の動きにはライゼ達もびっくりしたようで、武器の手入れを中断し感声を零しながら見入っていた。
「今のは凄い動きだったな」
「アルの動きを先読みした結果ですね。私も出来ない事はないけど、あそこまで行くと未来予知みたい……」
やられた本人であるアルもそんな感覚に陥る。とにかくアリシアは全ての動きを読んでいて、それが未来視の能力と言われても違和感がない程の対応力を見せていた。
とりあえず一戦を終えると評価が伝えられる。
「うん、中々いい感じになってきましたね。まだまだ先は長いですけど、いい走り出しじゃないんですか?」
「先は長い、ねぇ……」
「だって今は基本的な動きだけですし、これが終われば次は過多を覚えて貰わなきゃいけないですから」
そう言えばそうだった。これ基本の動作を学んでるだけで本番にも至ってないんだ……。先が遥かに長い事に何とも言い難い感情が沸いて来るけど、それでもこれはやらなきゃいけない事なんだと抑え込んでアリシアの指示に従う。
強くなきゃ誰も守れない。だからこそ強くならなきゃいけない。意志の力だけで誰かが救えるのならアルはここには立っていないはずだから。
「基本的な動作は昨日伝え終わったばかりですから、後は実践あるのみですね。回数を重ねていけばなんとかなるはずです」
「ああ。わかった」
実践あるのみとはいえ後何回剣を撃ち込めばいいのだろう。今日だけでも数え切れないくらい振っては撃ち込んだけど、それでもアリシアに教えて貰った事の三割しか実践できていない。残りの七割はようやく要領が分かって来た程度。
そんな中でも諦めず剣を振り続けた。
「さぁ、忘れないうちにもう一度!」
「了解!!」
数日後。ライゼ達はお金稼ぎの為に依頼を受けに行き、残った二人は昨日と同じ様にして稽古に取り組んでいた。
変わった所と言えば訓練の仕方が変わった事だろうか。戦闘に関しての基本的な動きは“必要最低限”覚えられたという事で、今日は次のステップに行くらしい。……そう、“戦闘に関しての基本的な動き”は。
「今日は転んだ時とかの足の動かし方を教えますね」
「わ、わかった!」
確かこれもあの時に言われたっけ。バランスを崩した時の脚の動きに余分な動作が多いとか何とか。理由も分からず襲って来た彼だったけど、確かに彼の言う通りだった。アリシアの指摘するところは今の所全てが彼の言葉と被っている。
でも転んだ時とかと言っても自分で意図的に転んだんじゃ意味が――――。
そう思った時だった。急に地面が盛り上がったのは。
「……えっ? おわっ!?」
直後、足元が大きく盛り上がっては軽く吹き飛ばされ、上空で体を回転させながらも地面に激突する。いきなりそんな事をされるからびっくりして起き上がった。
けど既に訓練が始まっている事をすぐに悟って。
「戦場では不意打ち何て当たり前です! いつでも動き出せる様にしないと!!」
「ああ、わかった!」
とはいってもアリシアは様々な魔法を使ってアルを吹き飛ばし、その度に着地のコツを指摘してくる。そんな合間にもアルは着地の動作を最小限まで減らしてアリシアへ接近しようとするのだけど、風や地面を操る事でバランスを崩して足元をもたつかせた。
――脚だけに意識を向けちゃダメだ。全体を見て、死角をなくして、四肢の感覚だけで次の攻撃を感じ取れ……!!
脚だけに意識を向ければ防御が疎かになる。だからと言って全体に意識を向ければ脚に意識が向かなくなり攻撃を食らう。どっちも行ってこそ初めて回避が出来ると言える……らしい。
けれど直感が良い訳でもないアルには至難の業となる。
何度も戦場を歩いて来たライゼ達なら容易な事なのだろうけど、今まで大した戦場も経験せず想定だけで剣を振って来たアルにとってはトンデモ級の難しさとなる。
だから何度も吹き飛ばされるし何度もダメ出しを食らう。
地面からの攻撃ならちょっとした動きで探知は出来るものの、それだけじゃフェイントの可能性があるし、確信が出来るまで咄嗟に行動は出来ない。
そんな風にしてアルは何度も上空へと打ち上げられた。
それから更に数日後。戦闘と回避の基本的な動きをまたもや“必要最低限”で覚えたアルはまた新たなステップを踏む事になる。
まぁ、今度は攻撃の基本的な動きなのだけど。
「もっと回転する事を意識してください! なんかこう、舞みたいな感じで!」
「こ、こうか?」
話し合いの結果アルはアリシアの剣術を教わる事になり、まずは彼女の使う剣術の基本を学ぼうという事になったのだ。
とは言え稽古でも実感したように彼女の剣筋は不規則かつ無限にある。だからいきなりそんな動きになる訳もなく、まずは攻撃する為の舞を習う事になった。
「片足を軸に回転して……そう、そんな感じです」
「なるほど。要領としてはダンスに近い感じなんだな」
重攻撃を繰り出す剣術なら踏み込みと剣の握り方を意識し、フィゼリアの様に素早い攻撃を繰り出すのなら脚と瞬発力を意識し、ウルクスの様に滑らかな攻撃を繰り出すのなら斬り込む角度を意識するらしい。
だが、アリシアの使う剣術はそのどれにも当てはまらない珍しい動きをする。
どれだけ攻撃を繋げるか。つまり連撃を長く繋げる事を意識するそうだ。
その為には一回で振り切るんじゃなくて舞の様に回転しながら攻撃を繰り出すのが基本らしく、その為の足取りとかを学んでいた。これに至ってはダンスと一緒だから“普通なら”すぐにできるはずだけど、前世でもこの世界でも踊った事なんて一度も無いから動きが硬いのなんの。
イメージは軽く舞えているのに現実はロボットダンス。
思ったよりも厳しい現実に歯を噛みしめながらも諦めずに踊り続けた。
「う~ん。アルはイメージに体が追い付いてないみたいですね……。じゃあこうしましょうか」
するとアリシアはアルの手を引いて顔を近づける。そして何が起こるのかと思いきやステップを踏み始めるから、アルも慌てて同じようなステップでアリシアについて行く。
突如始まったワルツの様な動きに戸惑いつつも動きを合わせた。
「また随分と違いますけど、これならある程度動きも一緒ですし、舞の動きに慣れるまでこれで練習しましょうか」
「まあ、それはいいんだけど……その、流石にちょっと近くないか?」
「そうですか?」
綺麗な翡翠色の瞳が目の前にあって、そんな瞳はアルの真紅な瞳を見つめ続けた。こういうのは初めての事だからいきなり顔を近づけされると少し緊張する。……あれ、今ウブな少年みたいな感想抱いた?
けれどアリシアはそんなアルを置いてけぼりにして純粋に手を繋ぎ踊っている事を楽しんでいるみたいだった。
確かにこうしているとダンスの動きに体が慣れてく気がするし、既に足の取り方は容量がつかめて来た。でもやっぱりこれだけ近いとドキドキするというか、緊張するというか。
やがてアリシアは咄嗟に手を離すとアルと距離を開けた。
「さぁ、そのまま踊って!」
「えっ!? こ、こうか!?」
だから今さっきの感覚を真似してそれっぽい動きで踊った。まだ舞とは到底言えないロボットダンスには変わりなかったけど、それでも動作の硬さは少しだけ取れたみたいだった。
その事にアリシアは喜んで手を合わせる。
「いいじゃないですか! 動きも結構やわらかくなってき――――あっ」
「わぶっ!!」
けれど次の瞬間、脚をつまづかせてアルは真正面から地面に突っ込んだ。




