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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第二章 理想と選択の代価
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第二章2  『冒険者』

 あれから一週間。無事街の復興作業も手伝いがいらなくなるまで進み、後は職人たちが自分で何とかするとかなんとかと言って依頼は終わった。

 冒険者ギルドもある程度騒ぎが収まった事で普通の運営を開始した。

 それ以降色んな人が集まっては色んな依頼書を申請し、冒険者が協力しなきゃ達成できない事が沢山貼り付けられた。まぁ、ソレのほとんどが薬草採取とかだったのだけど。

 アル達はそんな薬草採取の依頼を引き受けまた川沿いを歩いていた。


 あんな事があっても依頼の内容や風景が変わる事は無い。この前歩いたばっかりの道には同じ花が咲き誇っては風に揺られアル達の行く道を示してくれる。

 青空も何も変わらない。道中でしていた会話さえも。

 でも、確実に変わった事ならあった。


「……浮かないんだな」


「浮かないって?」


「前は人目がなければ浮いてたじゃんか。それなのに今は普通に歩いてるからさ」


 以前のアリシアなら確実に浮遊して移動していたのに、何故か今は人目も無いのに歩いて移動していたのだ。歩幅を合わせて同じ道を歩いている。

 歩かなくても筋肉が弱まる事は無い~みたいな事を理由に歩くのを面倒くさそうにしていたのに、どうして今になって……。

 するとふにゃっと微笑んだアリシアは言う。


「今は、アルの横で歩くのが嬉しいから」


「っ――――」


 そんな事を言われたのは初めてだからつい面を食らう。

 あの時から急に距離が縮まったとは言え、やっぱりこうして好意を向けられるのは何だか慣れない。今までそう言った感情を向けられた事は一度だってなかったから。


「歩くのが嬉しい、か」


「ええ。こうしてアルと一緒に歩けることが嬉しいんです」


「そ、そっか……」


 何だか妙に照れくささを感じながらも歩き続ける。この一週間では心の距離だけじゃなく物理的な距離も近くなり、アリシアは肩がくっつく様な距離で隣を歩いていた。更にアルと一緒にいる時は妙にざわついて心が躍っている様な反応をするようになる。

 それが『好き』という感情から生まれる物なのはすぐに理解出来たのだけど、やっぱり慣れる事は出来なくて。


「「…………」」


 こういう関係になるのも初めてだから互いの間に静寂が流れ込む。どう話していいのかも分からないしどう接していいのかも分からない。

 だからなのだろうか、アリシアは話し出しにくい雰囲気を打ち破って問いかけて来た。


「そ、そう言えばアル、最近どこかに行く事多いですよね」


「えっ?」


「ほら、よく休憩中にいなくなる事あるじゃないですか。どこ行ってるんですか?」


「ああ、えっと……」


 やっぱり不思議がられても当然か。

 ……ここ最近、アルはアリシアを置いてあるところへ行っている。仕事を手伝ってるという訳じゃなく個人的な用事として。

 そうしている理由は一つ。それは――――。


「ざっくり言うと“ある物”を作ってるんだ」


「ある物? それって……?」


「出来てからの楽しみ」


 けれど密かに作っている物は途中でバラしてしまっては面白くない。だから一応シークレットにしつつもどんな物なのかを匂わせた。

 普通なら気になって当然の事だろう。アルだって彼女の立ち場だったら何なのかを聞くだろうから。でもアリシアは気にするどころかアルの計画に自ら手伝ってくれる。


「じゃあ、その時まで待ってますね」


「ああ。期待していいからな!」


 そう言うと作ってる物の完成を楽しみに待つと笑顔で答えてくれた。何だかお母さんに相手されてるような感覚になるけどソコは無視して意気揚々と前へ歩き続ける。

 その後はアリシアのおかげで会話も弾み、何も退屈しない薬草採取となった。

 これも以前と変わった事の一つかもしれない。


 アルも彼女に変えられたようで、前まで明るい表情はそんなにしなかったけど、今となっては彼女がいてくれたおかげで笑顔とまではいかずとも明るい表情を周りに振りまけるようになった。そう自覚すると着実と以前の自分に戻れている様な気がして凄く嬉しくなる。

 当たり前の様に、意識なんてする事もなく笑顔を浮かべていた自分に。




 内容が変わっただけで行動事態は何も変わっていない。ずっとそう思っていた。実際に行動事態は前の薬草採取と全く変わらない訳だし。

 前と同じならけれどギルドに戻ってから次の依頼を受けたはず。でも、今回はそのギルドに戻ってから大きく変動する事になる。


「あ、アルにアリシア! ちょうどよかった!」


「ライゼ、どうしたんだ?」


 ギルドへ戻った直後、何かソワソワしていたライゼはアルとアリシアを見付けるなりすぐに駆け寄って話しかけて来た。

 どうしたんだろうと思いきや何か紙を渡される。


「はいこれ」


「えっ、何これ」


「決まってるだろ。えっと、なんだっけ……」


「登録手続きの紙だろ?」


「そうそれ!」


 背後から言葉を投げかけて来たウルクスを肯定する。

 ああ、そう言えばここ一週間はギルドが機能停止してたから手続きが出来なかったんだっけ。自分達が見習いという事をすっかり忘れていた事に苦笑いを浮かべつつも手続きのカウンターへ導かれる。

 やがてカウンターの少し前で止まるとライゼに耳打ちされた。


「念の為に言っておくが、ランクと言っても差別される訳じゃない。正確に言うとランクって言葉そのものは公式じゃないんだ」


「えっ? そうなのか?」


「そうそう。何処かの誰かが依頼達成数がランクだ~とかほざいてそれが広まっただけ。冒険者は冒険者。それだけで基本的に差別はない。それを忘れないでくれ」


「わ、わかった」


 ついてっきりSランクとかFランクとかで分けられると思ったのだけど、そう言う訳でもないらしい。登録すれば誰でも冒険者になれる辺り、そこはゲームのアカウントを作るみたいに容易な物なのだろう。

 この世界はレベルやステータス、職業の概念も無いみたいだし何だか安心する。

 そしてアルとアリシアはカウンターの前に立つといかつい顔のおじさんに言った。


「あの、冒険者の正式登録をしたいんですけど!」






「凄く簡単に出来てしまった……」


「ハンコ押されて証明書みたいなの渡されただけでしたね」


「俺達が気張り過ぎただけなのか……?」


 手順はこうだ。紙を渡し、依頼達成の数がノルマに達成したからハンコを押す。そこから証明書的なのを作り渡される。はいそれで登録完了。

 ちなみにカードみたいな物で渡されるのかと思いきや金属製の札だった。

 思ったより遥かに簡単な手順で驚愕しているとライゼ達が駆け寄って話しかけて来る。


「思ったより簡単だったろ?」


「あ、うん。でもこんなに簡単だと偽装とかされたりしないのか?」


 渡されたカードは通行手形にもなる~みたいな事を言われたけど、あそこまで簡単に作られるとそんな心配が沸いて仕方がない。

 だからそう質問すると詳しそうなウルクスが自慢げに解説を始めた。


「その札は特殊な魔道具で作られてるから偽装は出来ないんだ。それに文字を刻むにしても専用のものが必要だし」


「へぇ~……」


「何はともあれ、無事登録できたみたいでよかった。それは自分達が冒険者である証だから、絶対に失くさない様にな。まぁ、失くしても一応再発行は出来る訳だけど」


 なるほど。要約すると認識票――――ドックタグみたいな物なのだろう。っていうかその認識で間違いないはずだ。形状とか書き方からしてドックタグと酷似しているし。

 普通ならカードで済ませるはず。なのにどうしてわざわざこんな軍隊みたいな事をしているのだろうか。


 ……何だか所々地球の文化が混ざっている気がして違和感が脳裏を突く。


 首に提げられる様なので一応首に提げ、名前が刻まれた認識票を見つめる。これで初めて会った人でもアル達が冒険者だと分かる様になっているのだろう。

 そうして正式に冒険者となると、ライゼは両手を大きく広げていった。それもこれからアル達がどうするのかを。答えなんて彼ももう知っているはずなのに。

 だからライゼのノリに乗っかりつつも選んだ。


「さて。二人はギルドって言葉が二つあるのは知ってるよな」


「ああ。確か、多くの人が集まる建物を冒険者ギルドって呼んで、個人で立ち上げたグループの事もギルドって呼ぶんだよな」


「その通り。で、この業界では数多くのギルドが存在し誰もがそのギルドに参加出来る様になってる。まぁ、ギルドマスターが否定したら入れない訳だけど……。それで俺達もギルドを立ち上げてるんだ」


 そう言えば一番最初にもそんな事を言ってたっけ。名前は忘れたけど。

 ライゼは人差し指を天井に向けて自信満々な表情になるとハッキリ言った。そのギルド名と活動目的を。


「名は【ゼインズリフト】! 活動目的は人助けをして英雄になる事!!」


「確か昔の英雄譚のタイトルだったよな」


「ご名答。そして正式に冒険者となった今、二人にはギルドに所属する権利が与えられたって訳だ。どこのギルドに所属しようと二人の自由!」


 答えは全員分かり切っている。なのにそれっぽい雰囲気を出してライゼはアルとアリシアに選択肢を与えた。分かり切っているのにそんな茶番をするのが実にライゼらしい。

 だからアルはライゼが台詞を言い切るのよりも早く選んだ。


「故に――――」


「ゼインズリフトに入ろうかな。……分かってるくせに」


「だってこういうの一回やってみたかったんだもん」


「子供か」


 そうツッコミつつも手を伸ばした。前はライゼ達の方からよろしくと握手を求めて来たけど、今度はこっちから手を差し伸べたかったから。

 するとライゼは笑顔で手を握ってくれる。力強く、そして頼もしい手で。

 ……きっと、こんな信頼関係にも憧れたのかもしれない。


「改めてよろしくな。ライゼ」


「ああ。よろしく!!」


 この日、今まで見習いだったからどこのギルドにも属さなかったアルとアリシアだけど、初めて正式な冒険者となりギルドへと加入した。

 小さい頃に憧れた冒険者についになれたのだ。

 色んな所を旅して、色んな人を助けて、自由気ままに旅をする冒険者に。もちろん完全に理想と同じ冒険は出来ないだろう。既にやるべき事は定められている訳だし。


 でも、だからこそこれからが楽しみだった。きっと辛い事が待っているかも知れない。悲しい事が襲って来るかもしれない。それでもアルはそんな道をずっと前から憧れていたから。

 今日。今この時。新しい冒険者が誕生したのだ。

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