第一章20 『一筋の希望』
――助けてっ……!
「流石にそこまでされれば動けないでしょう」
地面に叩きつけられた直後、広がっていた氷に蝕まれて氷像みたいになってしまう。完全に捕まり身動きの取れない現状で彼は掌に炎を生成する。そのまま近づくと如何にも余裕ですよみたいな表情で続けた。
「痛いのが嫌なら投降をお勧めしますが?」
「する訳……ない……っ!」
「そうですか」
すると炎を業火へと変えて大きく振りかざした。身動きが全く取れない今じゃアレを真正面から受けて行動不能になるだろう。その後にきっと殺される。
でも、何も完全に詰みという訳ではない。
この状況から抜け出せる手段は既に考え着いている。まぁ、その手段って言うのは自分へのダメージが多いからやりたくないだけなのだけど。
「なら、ここでやられ――――」
「っ!」
目を瞑って氷に包まれる左手へマナを集中させた。
この氷をどうにかするには相手が解除するか、自然に解けるのを待つか、それとも内側から壊すしかない。けど四肢は完全に凍り付いて当然動けない。そして残念ながら腕力だけで壊せる程の力もない。だから残る手段としてはマナを一カ所に集めて爆発させる事だけ。
左手に炎のマナを大量に集めて爆発させると、その反動で左手の骨が粉々になりながらも体を包む氷を全て破壊した。
「な――――」
「らぁッ!!!」
そして脱出した事に驚愕する彼に向かって何の躊躇いも無く剣を振り下ろす。回避のせいで地面を大きく穿つ事になるのだけど、それでも飛び散った小石を風圧で吹き飛ばして牽制する。
直後に圧縮した炎を投げつけて巨大な爆発を引き起こした。
――っ! 左手が……!
彼を牽制したからってそれだけで安全が確保できる訳でもない。ボスが攻撃されれば部下が止めに入るのは当然の事で、周囲に待機していた黒白装束は一斉に飛び出して刃を構えた。だからこそ一振りで全てを切り裂き吹き飛ばす。
そうしている間にも左手には激痛が走り続けた。
ふと脳裏で届くはずもないのに助けを求める。
――お願い、誰かっ……!
体の一部にマナを集め一気に放出するというこの技術。本来なら体に耐えられる量を巡らせ身体能力を上げるという物なのだけど、許容上限を超えた状態で一気に放出すると莫大な威力と引き換えに体を壊す事となる。たった今やって見せたように。
内側からの衝撃に肉体が耐え切れず骨が砕けるのだ。それもあまり酷いと粉々に粉砕される程の危険性がある。
「まさかそこまでするとは……。それに無理やり引き剥したから皮膚も剥けて……」
「こんなの、死ぬのに比べればなんともない」
「死ぬ、ねぇ」
凍傷状態で無理やり氷を引き剥したから所々皮膚が向け、腕は目が向けられない程の傷を負う事になった。普通なら剣なんか到底握れない程の傷。なのに剣を握り締めては振り払う。
そこまでして死ねない理由があるから。
「私はまだ死ねない。まだ、願いを叶えるまで」
今だって分からない。果たしてこれを願いと呼んでいいのかなんて。
――英雄になりたい。それも既に何もかもを失い世界にすらも忌み嫌われた現状で。確かにジンの境遇はアルに似ている。けど、その規模だけは遥かに違った。天秤で比べてしまえばどうしようもなく傾いてしまうくらい。
守りたい物も守れないクセに英雄になりたいだなんて、強がりも甚だしいだろう。
「じゃあ私達があなたを捕まえると言ったら?」
「全力で抗う」
「そうですか。じゃあ……」
もう一度魔法を展開しては鎖を出そうと準備した。だから飛び去ろうと思ったのだけど、地中から出て来た鎖に四肢を縛られて身動きが取れなくなる。
「なっ!?」
「これでも抗えるかな!」
そうしてまた炎を振りかざすから、今度は鎖を斬ってこの状況を脱出しようと見切った。すぐさま剣を逆手持ちに切り替えて鎖を断ち切ろうとする。
でも、背中にナイフを投げられて意識が微かにでも逸れた。そのせいで振る位置がズレて鎖は断ち切れず、右腕だけが緩くなった状態で炎の拳に全身が殴られて大きく吹き飛ばされる。だから右腕で防御をしようとするも圧倒的威力に骨が折られて。
「っ――――!!!」
ボールの様に跳ねては木々に衝突し、最終的に大きな岩に抉り込むくらいの勢いでぶつかり停止した。その衝撃でまた吐血する。
駄目だ。動かなきゃ。そう思っても体は微かに震えるだけで微塵も動かない。
そうしていると追いついた彼が呟いた。
「なるほど。戦闘力その物は高いですが防御面では柔いと」
「っ……!」
「何と言うか、狂戦士みたいですね」
たった二回攻撃されただけでこの負傷。回復する隙なんか全く無くて、傷はどんどん深くなるばかりだ。
彼は動けなくなったジンの首を掴んで軽々と持ち上げる。すると力を入れては喉を絞めていった。息が出来なくなる。……意識が飛ばされそうになる。
必死に抵抗するも粉々になった左手と折れた右腕じゃ特に抵抗なんか出来ない訳で。
「大人しくしていれば痛い事はしませんよ」
「ぐ、がッ……!」
そう言われても必死に抵抗する。腕を掴んでも駄目ならと足で蹴ろうとするけど、彼は微動だにしない。それどころかダメージすら入ってないみたいだった。
次第と薄くなる意識の中でも気絶するまで見苦しく足掻き続ける。
――誰かっ……!
最終的に誰かが助けに来てくれる事を願って他力本願を神様に祈った。けどこんな状況で助けに来れる人間なんて誰も居ないはずだ。ましてや侵食現象が収まった今、全員が疲れ果てて倒れ込んでいるはずだ。さらに飛行すれば何とかなるだろうけど、徒歩はもちろん馬でもまだ森に届く所にはいないはず。
だから助けを望むのは絶望出来。それに、人間は常に自分の事に必死で他人の事なんか構えない。人間はそう言う生き物なのを知っている。
――アル……!!
もう力も入らなくなって行く。……本当に死ぬのだろうか。彼は投降というからにはどこかに連れて行く気なのだろうけど、それでも絶対に良い所には連れてかないはず。そんなの、自分の中ではもう死んだも同然。
自分はじゃうにもできない。後はただ苦しみの中で必死に耐えるだけ。
早く助けて欲しい。そう願っても誰も来ない。こんな絶望的な状況で助けてくれる人間なんて、きっとだれも―――――。
そう考えていたからこそ、彼が来た時に驚愕した。
突如目の前に現れた人影。その人影は手に持った剣でジンの首を握り締めていた腕を斬り落とし、苦しみから解放しては彼の方を蹴り飛ばして一気に距離を離した。
やがて力なく倒れた体を支えるとついにその姿を見せる。
赤銅色の髪に凛とした顔立ちを。
「大丈夫か!?」
「あ、アル……!?」
時間的にも絶対に届かない様な距離だったのに、それでもこの場へ駆けつけたアルは奴の一瞬の隙を突いて助けてくれた。
侵食現象が収まるまで街からは移動できないのは確定的。だからといて一番早い馬を全力で飛ばしても一時間はかかるはずだ。なのにどうしてこんな短期間で……。そんな疑問は放って置いて話は進んで行く。
「よく頑張ったな。えらいぞ!」
「えっと……」
「後は逃げるだけだ! ……って言いたい所だけど、それは無理なんだろ?」
「ええ」
アルは蹴り飛ばした彼を見る。傷の度合いや一人だけ雰囲気が違う事から見て彼が傷つけた張本人だと確信したのだろう。アルは剣を握り締めると彼を睨み付けた。
そして睨まれた彼は未だに余裕そうで。
「増援ですか。まぁ、何人増えても一緒ですが」
「どうかな。やってみなきゃ分からないだろ」
「そうですかね」
アルも既に限界みたいだった。立っている足はフラ付いているし、向けている切っ先は微かにでも揺れている。だから強がりながらアルも自分と同じように限界を迎えているのだとすぐに悟った。
なのに絶対に引く事はせず剣を両手で握り締める。
諦めないと視線だけで彼に伝えてメラメラと燃え盛る様な瞳で睨み付ける。
「邪魔をしないのなら見逃しますが?」
「冗談言うな。俺は彼女を助ける為にここにいる。ここまで来て逃げる訳ないだろ。――それにお礼参りはしなきゃいけないし」
「私に勝てるとでも?」
「勝てなきゃ誰も守れない」
すると彼は初めて武器を握る。奴らと同じ錫杖を手にしては指先を器用に扱い高速で回転させた。
限界を迎えたアルと未だ余裕な彼。この状況で有利なのは圧倒的に彼の方だ。勝ち目なんて到底ない。それなのにアルは全く怯えずに剣を握り締める。
震え何てない。アルは何も恐れていないのだ。
「アル……」
「後は俺に任せてくれ。……大丈夫。今度こそ守り切るから」
何もかもを失い、尚も前を向いて絶対に諦めない背中。それを見つめて思い出す。自分がどんな背中に憧れていたのかを。
ただ助ける背中に憧れた訳じゃない。現実を思い知らされても、残酷な未来を映されても、それでも見苦しく惨めに抗い進み続ける背中……。その背中に憧れたんじゃないのか。
「どうやら何を言っても無駄みたいですね」
「ああ。もう何も失わないし失わせない。そして、誰も死なせやしない」
「望み過ぎて崩壊したとしても?」
「崩壊なんかしない。全部救うって決めて、全部守るって決めたから」
それがアルの覚悟なんだろう。一度は何もかもを失ったからこそ揺るぎなく固まる決意――――。その決意は過去のジンみたいにこれから先にある修羅の道を見定めて、どれだけ自分が否定したって絶対に道から逸れる事は許さない。
どれだけ辛い事なのかをジンは知っている。どれだけ苦しい事なのかも知っている。
……でも、アルはきっと止まらないだろう。その背中が教えてくれる。この憧れは絶対に止まる事は無いって。
「なら細かい事を言わずに戦いましょう。私と貴方の正義を賭けて」
「そうだな」
そうして互いに睨み合った。一瞬でも気を抜く事を許さない威圧。それは周囲の黒白装束やジンにまで行き渡った。
流れ込む静寂。
それを、アルの蹴りが打ち破った。




