第一章19 『続く激戦』
「大丈夫かライゼ!!」
「ああ、何とか……」
魔物の軍団が襲撃してからどれだけ戦っただろう。体感的には既に十五分が経過したけど、もしかしたらまだ五分も過ぎてないかもしれない。それくらい体感時間が滅茶苦茶になるまで戦っていた。
ライゼも魔物から強烈な一撃を脇腹に受けてしまい、どれだけ鎮痛と止血効果のある実を食べても治らないし、回復薬を使った所で飲んでいると途中で攻撃を受けてしまう。だから実質回復制限アリでの乱戦となっていた。
「第三陣、来るぞ!!」
「もう!?」
ウルクスとフィゼリアは今の所無傷だけど、散々無茶を押し通して動いているから体力的にも限界が近いみたいだった。みんなの士気を上げていた騎士団長ですらも息を上げている。
アルだって既に限界だ。剣を持つ腕は張り詰めて持てそうにはない。
だと言うのに魔物の群れは絶え間なく襲い続ける。
「ほら、ライゼ飲め!」
「むがっ!?」
「どれくらい続くんだ。流石にもう……」
「へばらない! 戦って!!」
第一陣は狼型の襲撃。第二陣は蜘蛛型の襲撃。そして第三陣は人型の襲撃。今回に限って敵は武装していて、鉤爪を筆頭に曲刀等を手に持っていた。
だからその姿を見た途端に何人かが諦観の声を上げる。
――この剣……神器だっけ。これなら何とかなるか……?
ふと自分の手に握られている黄金の剣を見つめた。全力で振るえば地面を穿つ程の威力を持ち、人間ですら強く振っただけで真っ二つになる程の切れ味を持ったこの神器。これなら、あの軍団を何とか出来ないだろうか。
そう思っていると森の方から激しい爆発音が響いて。
「なあ、あの爆発って……」
「ああ。多分ジンのやった爆発だろうな」
あれ程の爆発を起こすなんて、アルの知っている中じゃ彼女くらいしかいない。だからあれは彼女が誰かと戦っている合図なんだとすぐに察する事が出来た。
きっと彼女が何とかしてくれる。そう信じる事が出来たから叫べた。
「――まだ諦めるな!!!」
多分騎士団長程じゃないだろう。普通の冒険者であるアルにとってみんなの士気を上げるなんてほんの微かでもいい結果の方だ。いくら英雄に憧れていたって今の自分じゃまだ無理があるのだから。
でも、それでも吠え続けた。
誰よりも諦めが悪く。誰よりも戦えると。
「森へ向かった彼女が何とかしてくれるはずだ!! だから、それまで絶対に諦めるな――――ッ!!!!!」
この叫びがどれだけ届いているかなんて分からない。というか全員に届いているのかさえも不安だった。だって、彼らにとってアルの叫びはどうでもいい声の一つでしかないのだ。
すると騎士団長が再び叫ぶ。
「総員、立て!! 迎撃準備!!!」
その声で騎士団を筆頭にまた全員を底上げする。……だが、既に最初の時の様に上手くは行かなかった。もう全員が疲れ果て絶望している現状で、ただの叫びで火が付くなら既にこんな危機は乗り切っている。だからこそ士気を底上げする事は難しいと“思っていた”。
騎士団長は更に言葉を追加するとまた全員の士気を底上げした。
「――彼が戦えると吠えているのだ! 誰よりも先頭に立ち、敵を睨み、まだ戦えると叫んでいる!! お前達は苦しんでいる人を見捨てろと親から学んだのかッ!!!!」
彼がそう叫ぶと周囲から怯えながらも立ち向かう意向を見せた声が聞こえ、誰かが「やるぞ!」と叫んだ瞬間からもう一度全員が時の声を上げる。
だから三人共そんな光景を見て驚いた。
「すっご……」
「あんな雰囲気だったのに塗り潰せるのかよ……」
人をあそこまで駆り立てるカリスマ性。ただ叫んでいるだけのアルとは比べ物にならないくらいの大きな差だ。
みんなは叫ぶと先頭に立っていたアルを筆頭にして迎撃の準備を始め、半ばムキになっているとはいえ凄まじい熱気を見せていた。だからこそアルにだって火が付く。後いつまで持ち堪えればいいのかは分からない。けど、いつかきっと彼女が何とかしてくれる。そんな他力本願を信じて剣を構えた。
――信じるんだ。人間が信じられない中で俺だけはしん……じてたのかは分からないけど、それでも唯一頼ってくれたんだ。きっと大丈夫。
それに彼女にはまだまだ隠している力があるはずだ。アルもこの目で本気を見た訳じゃないから本当はどれくらいの強さなのか分からないけれど、それでも彼女なら勝てるはず。
彼女が神霊だからじゃない。神器に封印されていたからでもない。
ただ、根拠のない確信がアルの中で渦巻いていた。
「行くぞ!!!」
そう叫んだのと同時に先陣を切って人型の魔物へと攻撃を仕掛けた。曲刀で防がれてもこの剣なら何の問題もない。剣すらも滑らかに切り裂いてすぐに消滅させるのだから。
しかしすぐに敵を斬れるからと言って簡単に押しのけられる訳じゃない。いくら動きが遅い敵だからと言え攻撃力は強いし、数の対比で言ったら七対三と圧倒的に数で押されている。だからアルが強くたってどうにかできる問題じゃない。
フィゼリアやウルクスも流派に沿った動きで敵を殲滅していく。数多くの魔物を消滅させては足元にドロップアイテムみたいな小石を地面に落としていく。
――あとどれだけ。どれだけ戦えば終わるんだ。
士気の底上げだって一時の勢いでしかない。あまり長く続くとまた全員の士気は下がり諦観の言葉が上がる事だろう。そうなれば今度こそ修正は不可能。きっと全員が死を受け入れて絶望の中で死んでいくはずだ。
家族や大切な人達を殺した組織の手によって。全員が。
アルの中にある憧れは、どうでもいい人でさえも救えるような英雄なんじゃないのか。
――頼む、早く……ッ!!
悲鳴を上げる体を無理やり動かして目に映る魔物を全て切り裂く。この中で唯一殲滅力があるのは神器を持つアルだけ。なら、少しでも多くの敵を倒さなきゃいけない。
例え体が壊れようとも。
……アルの願いが届いたのだろうか。ある程度離れた魔物以外を掃討し終った頃、足元に刻まれていた赤い亀裂は一気に一カ所に集まって消滅していく。
「え……?」
だからみんなが唖然として見つめていた。いきなり侵食現象の赤い亀裂が無くなったのだから。いきなりの事にアルを含めた四人も唖然としていた。けれど山の方から激しい爆音と爆風が届いた事でハッと我に返る。
「終わった、のか……?」
「亀裂が引いたって事はそう言う事だと思うけど、まさか本当に乗り切ったのか?」
そうしてしばらく現状を確認していると、背後の冒険者や騎士団から歓喜の声が大空へと打ち上げられた。
みんな疲れていたんだ。絶望していたんだ。だからこそ生き残れた事が嬉しかったのだろう。アル達だってもちろんその通り嬉しい。常に死と隣り合わせの状況から解放されたのだから。
解放された、はずだ。
「……なぁ、何か、様子が変じゃないか?」
「変って?」
「森の方角……」
ウルクスがそう言うので森の方角を見た。その先には時々炎や氷みたいなものが上空へと撃ち出されていて、いかにも戦闘中と言わんばかりの光景が繰り出されていた。
でも核を破壊したのなら戦闘は終わったはずだし大罪教徒の連中はそこまで魔法は使えない様子だ。なのにどうしてあれだけの魔法が――――。
――助けてっ……!
「っ!?」
突如脳裏に聞こえた彼女の声。一瞬だけ彼女の意識が送られて来た感覚に陥って額を押さえる。急にそんな行動を取るからライゼ達は心配してくれるのだけど、アルにはそれに答えてあげられる程の余裕なんか微塵もない。
「アル、どうしたんです?」
「声が……」
「声?」
脳裏で考え続ける。何で今になって彼女の声が聞こえたのかは分からないままだ。けど彼女が助けを求めた事だけは揺るぎない事実だ。
そしてそれを聞いてしまった以上無視する事は絶対にできない。
だから考えるよりも先に体が動き始めた。
「ちょっ、アル!? どこ行くんだ!?」
目指すは馬小屋だ。徒歩で一日。馬車で最低でも半日は掛かってしまうのだ。なら何も引いていない素の状態の馬で向かうしか一番早く向かう方法はない。
だから馬小屋の扉を叩いてフィゼリアの引いていた馬を探そうと思ったのだけど、探そうと思った瞬間からモフモフした何かにぶつかって体が大きく沈み込む。
「わぶっ! 何だ!?」
こんなにモフモフした馬はいない。だから何だと思ったのだけど、そこには何故か馬じゃなくて大型の鳥がそこにいて。
「フリューハだ。何でこんなところに……」
「ふ、フリュー……?」
「大型の鳥の魔獣ですよ。魔獣って言っても温厚な方で、何でも足が速いとか」
見た目はダチョウに羽毛を多く生やし少し丸っこくなった感じだ。さっき体が沈み込んだ所を見ると結構羽毛の量が多いのだろうか。脚は印象的には少し細い感じ。それでも物凄く強そうな雰囲気を放っていた。
馬小屋の中を見てみるとこの個体以外にも何匹か迷い込んでいるみたいで、中には馬と話していると思われるフリューハもいた。
……乗用の生き物は誰が乗っても抵抗しないように躾けられていると聞いた。もしこのフリューハも同じ様に躾けられているのだとしたら。
「きっと戦闘の音にびっくりして何匹か迷い込ん……アル?」
手を伸ばして頬に触れると気持ちよさそうに自らこすり付けて来る。それからクチバシをアルの頬にぐいぐいと押し付けた。人懐っこいのだろうか。
なら、もう他に手はない。
「ちょっ、乗るのか!? ってか乗れるのか!? もし飼い主がいたら……」
「その時は謝る! 子供の頃に何度か乗馬したから大丈夫なはずだ!!」
「んな滅茶苦茶な!」
背中に乗ると羽毛に腰が沈んでベッドみたいな感覚が訪れる。特に抵抗しないし、本当に人懐っこいか躾けられているのだろう。
手綱がないから少し掴みにくいけど、言葉が理解出来るのか、言うだけで自ら動いてくれた。
「頼む。俺を森の方まで運んでく――――れっ!?」
「クェーっ!!」
いきなり言う事を聞いてくれるだなんて思ってもいなかったからびっくりする。結構低かった屋根にぶつからない様に頭を下げるとすぐさま馬小屋から飛び出して指示通り森の方角へ走っていく。これは人懐っこいのかただ走るのが好きなだけか……。
馬より何倍も速い速度で移動するフリューハに呟いた。
「いいのか……?」
すると走りながらも後ろを振り向いて楽しそうに光る瞳でアルを見る。どうしていきなりあったアルの言う事をここまで聞いてくれるのかは分からない。けど、せっかく運んでくれるのだからありがたく乗らせてもらおうと目の前の森を睨んだ。
フィゼリアの言う通りかなりの速度で移動していて、馬車なら一時間はかかる距離を既に突破してさらに速度を速めた。荷台を引いていないって所もあるのだろうけど。
やがて彼女の助けを求める声がまた脳裏で強く流れた。
――お願い、誰か……っ!




