第一章18 『選択を急かす時間』
※今回、彼女の事を「ジン」という三人称で書いていますが、分かり易く書いているだけで実際にはまだ彼女に名前はありません。
「魔物が、無数に……?」
「ああ。そしてそれは核が消滅しない限り収まる事はない。つまり――――」
すると街から山までの間に刻まれた亀裂から魔物が沸き出し、様々な形をして出現した魔物は街を見るなり一斉に進撃を始める。足が遅い奴から速い奴まで様々だ。
だからどういう事なのかを思い知らされた。
本番はここからなんだって。
「この侵食現象を起こした奴は、山の中か向こう側にいるって事だ」
そうしていると一斉に向かって来る魔物を見て疲れ切った冒険者は驚愕のあまり武器を手から離してしまう。故に周囲からが武器が瓦礫の上に落ちる音が鳴り響く。
……当然だろう。世界的に有名な暗殺集団を相手にして疲労しまくった末に魔物の軍団を目の前にするのだから。アルだって軽い気持ちで冒険者をしていたら今頃同じ様に武器を手放していただろう。
けど今は違うから。
――やるしかない。やるしかないんだ!
力が抜けかかっていた手に今一度力を込めて剣を握り締める。
やるしかない。今この現状を生き残る為には、不可能でも何でもやるしかないのだ。生き残らなきゃ英雄になんてなれるはずがないから。
「来るぞ、構えろ!」
「っ!!」
ライゼの声でウルクスもフィゼリアも武器を構える。だけど他の冒険者は構えるどころか傍観する事しか出来なくて、全員の瞳には絶望だけが映し出されていた。
やがて絶望が伝染してこんな言葉も聞こえ始める。
「終わりだ……。俺達は、ここで死ぬんだ」
「やめろ。くるな。来るな……!!」
「やだ。ここが墓場なんて嫌だ!」
そんな言葉は他の騎士までにも伝染して、誰一人として死ぬ事がなかった騎士でさえも武器を手放してはその場に座り込んでしまう。だからそんな光景や放たれる言葉は前向きに立ち向かおうとするアル達の心をへし折って行った。
だからまたさっきみたいに叫ぼうとしたのだけど、アルよりも先に“彼”が叫んで。
「――諦めるな!!!!」
野太い騎士団長の叫びが冒険者全員の耳に行き届く。声のした方角を見ると返り血を鎧に浴びた騎士団長が瓦礫の上に立ちながらも剣を振りかざし魔物の群れに向ける。
そしてさっきのアルみたいに全員の士気を無理やりにでも底上げさせた。
「まだ帰る場所が残っているのなら。愛する者が残っているのなら。譲れぬ願いが残っているのなら。――死にたくないのなら、諦めるな!!」
「あの人……」
「立て! 前を向け! 今を生き残りたいのなら全力で抗え!! ――総員、構え!!!!」
すると少しした後に手放してしまった武器を今一度握り締める人が増え始めた。恐怖は恐怖のまま変わる事は無い。でも、それでも死ぬ事が怖いからこそ全員が立ち上がった。切っ先を震わせつつも向かい来る魔物の軍団を見つめる。
生き残るのなら、やるしかない。
やがて魔物の第一陣がついに目の前まで接近すると大きく叫んだ。
「攻撃――――――ッ!!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
全力で飛行して森の奥まで行こうとした時、森の中に大罪教徒がいる事を確認して即座に殲滅しようと大型の魔術を躊躇なく解き放つ。
黒色を纏った雷は一直線の線を描いた直後に大きく爆発する。
「早くしなきゃ」
侵食現象が確認された今、既に街は崩壊寸前。むしろ今防衛線が保てている事が異常なくらいだ。アルが死なない事を願いながらもいち早く侵食現象の核を討とうと飛行を始める。
ここまで広範囲に亀裂を刻む程なのだ。森の中にいたってすぐに見分けはつくだろう。
……でも、森へ向かったのはこの為じゃない。
あの時。他の冒険者と一緒に遠距離攻撃を放とうとした時、確かに感じ取った。この森の中に心の底から恐怖する様な存在がいるんだって事を。
最初は勘違いだって言い聞かせて無視していた。でも魔物を倒し終わった辺りからまたその威圧がこっちにまで届いて心を震わせる。きっとソレを野放しにしたら全てが滅ぶ。そう思えるくらいジンの心を震わせた。
「一体どこにいるの……?」
さっきまでは心から震わせるくらいの威圧を放っていたのに、今になって全く何も感じない。だから違和感を感じてよく観察し続けた。
この森の中には絶対張本人がいるはずなのだから。
でも、突如森の中から伸びて来た鎖に足が捕まり無理やり移動させられて。
「しまっ……ぐっ!?」
途轍もない力で振り回される。空を飛んで抵抗しようとするも鎖は絶対に足を離す事はなく、それどころかより一層力を強くしては地面へと叩きつけようと大きく振り上げる。
だから慌てて足元の鎖を斬るのだけど、その時には既に途轍もない速度で地面が迫っていて。
「――――ッ!!」
落下ダメージを相殺する為に剣を振るうも完全には相殺できない。だから全身が強く地面に打ち付けられ、口からは血が逆流して飛び出した。
それからボールの様に地面を転がり木に激突する事でようやく制止する。
今の一撃だけでかなりやられたけどすぐに立ち上がった。奴らがすぐによってくると思ったから。……そして運悪くその予想は的中してしまう。
「……やれるモンならやってみなさい」
右手には黄金の剣。左手には幾重にも魔法を掛け合わせて生成した複合魔術。目の前に現れた数十人の大罪教徒を相手に戦おうと姿勢を低くする。
こんな所で殺されてたまるか。まだまだやりたい事、叶えたい願い、それらが数え切れないくらいあるのだから。
「私はそう簡単には殺せないわよ」
強気な口調で話しながらも左手を振りかざす。すると魔術を更に強化して色んな色が入り混じった神秘的な炎を業火へ生まれ変わらせる。
それを見た奴らが少しだけ後ずさりをするけど、もう遅いと迷わず前方に撃ちつける。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
叩きつける様に左手を振ると炎は前方に向かって広範囲に爆発を始め、やがて一直線上に巨大な道が出来る程の威力を持ってして奴らを消し炭にした。
でも背後にもいる事を知っていたからすかさず剣を振り抜く。背後に存在していた木々さえも切り裂いては飛ぶ斬撃で白装束を真っ二つに斬る。するとどこからか出現して来た奴らも背後から襲いかかり、ジンの一振りによって全員が肉片と化した。
けれどいつまでもここで足止めを食らっている暇はない。こうしている内にもアル達は魔物の軍団をせき止めているのだから、今最も侵食現象を止められる者としていち早く核を壊さなきゃ。
だから高くは飛ばずに低空飛行で先を急ごうとする。
しかしこの前とは違った様子で何十人も立ちはだかっては足止めされて。
「こんのっ……! 邪魔!!」
魔法で一掃したって変わらない。消し炭にすればする程黒白装束の数は増えていき、足止めを食らっている間にも周囲には魔物が沸き始めていた。
更に厄介な事に魔物は大罪教徒を襲わない。理屈はよく分からないけど奴らを無視してこっちに突っ走って来る事だけは確かだった。
「ぞろぞろと増え続けて……!!」
口の中が焦燥の味で広がっていく。
早くしなきゃという言葉が頭の中で渦を巻きジンを急かすのだけど、奴らが森の奥へ向かう事を阻止しては足止めする。
隙を見て突っ込もうとしても鎖で足を掴まれ引き戻されるし、だからと言って戦えば次々と数が増えて対応出来なくなってしまう。
次第と怒りも沸き立つ中で剣に風魔法を乗せ周囲の敵を一掃する。
「今度こそ――――っ!?」
でも次の瞬間、今までとは違う類の攻撃が真正面から神速で撃ち出された。それに反応する事は出来ても防御する事は難しく、咄嗟に顔を覆った左腕と左肩を深く切り裂かれて地面に墜落した。
顔にも掠り微かに血を噴き出す。
やがて地面に抉り込みながらも制止したジンに向かって巨大な炎が降り注ぐ。
「ぐ……! うぅぅ……ッ!!」
神器で受ける事には成功するけど威力が凄まじく、更に地面に抉り込みながらもその衝撃だけで周囲の地面が相対的に盛り上がった。
――この炎、実体がある。剣の腹には確かに炎の重みが存在し、中心には何かが圧縮された様な物が見て取れた。
そうして必死に耐えているとどこからか声が聞こえて。
「随分としぶといようですね」
「っ……!?」
「少しだけ威力を上げてみようか」
パチン、と指を鳴らした瞬間に炎は蒼くなり更に威力は上がって行った。その瞬間から腕に掛かる負荷が途轍もなく大きくなり骨がミシミシと悲鳴を上げる。
ほんの微かでも意識を逸らせば潰れるだろう。そう直感したから必死に頭を動かす。どうすればこの現状から脱出できるのか。どうすればこの危機を抜けられるのか……。
――やるしかない!
わざと剣を斜めにして受け流そうとする。でも真横の零距離で爆発したらジンは跡形もなく消し飛ぶのは確実。だからこそイメージだけで魔法を組み合わせ少しでもダメージを減らそうと壁を作った。
瞬間、真横で途轍もない爆発が起きてその炎に呑まれる。
「ぐあぁぁッ!」
左腕が酷く火傷する。皮膚がぐちゃぐちゃになっては血が吹き出し、衝撃で体が浮き上がるのと同時に血の雨を降らせた。やがて鈍い音を立てて地面に落下すると回復魔法もかけずに剣を杖に立ち上がる。
そんな姿を見て彼は称賛した。
「ほぉ。それまでの傷を負っても回復を優先させずに立ち上がるのか」
「っ……!!」
せめて顔でも拝んでやろうと眩む視界で声の主を確認した。奴は黒装束の姿で他の連中とは違い、顔を出してこっちを見つめていた。暗い茶髪に鋭い瞳。老けたライゼってイメージだ。
彼は余裕そうな顔を向けながらも話し続ける。
「こんな状況でも仲間を救おうとするのは素晴らしい心意気だ。だが、君はこの攻撃に耐えられるかな」
「耐えられるも何も、私は助けたい人を助けたいだけ。だからあなたには勝つ」
「じゃあ受けてみるがいい。私の攻撃を!」
そうして手を振りかざすと幾つもの氷を生成して撃ち出した。何の変哲もない普通の攻撃――――。だから飛び退いて攻撃を回避するのだけど、その瞬間に何が狙いなのかを理解した。氷がぶつかった所から次第と周囲が凍り付いて行くのを見て。
故に炎で氷を溶かし尽くした。
「――らぁッ!!」
「ほぅ。じゃあこれはどうかな!」
すると次は魔方陣を展開してそこから紫色の鎖を飛ばして来る。咄嗟に空中へ退避して追尾してくる鎖を切り裂くのだけど、切り裂かれても尚生き物の様に追って来る鎖から逃げる為に空中を飛び回った。
しかしそうしていればさっきみたいな斬撃系の魔法が行先を読んで撃ち出される。
「こんのっ……!」
数々の魔術で抵抗して必死に耐え続ける。こんなに動き回っているのに彼は一歩も動いておらず、むしろ楽しそうにこっちを見上げていた。
どうにかして一矢報いる方法はないのか。そう詮索し続ける。
けど、足元に鎖が絡まってはさっきみたいに振り回されて。
「やば――――!?」
そうしてジンは地面へと叩きつけられた。それも地面を侵食する氷がある場所に向かって。




