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笑顔の代償  作者: 大根沢庵
第一章 願いの欠片
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第一章16 『開戦』

「――来るぞ!」


 あれから少しの時が過ぎた。

 その声を合図に前を見る。外壁の上へ上っていた冒険者は一斉に武器を手に取りいつ攻撃命令が出てもいい様にと構え始めた。だからそれを見て彼女も手を前に振りかざす。何か、揃ってみると一人だけ杖を持っていないから場違い感が半端ない。というか何も持ってないから周囲からの目線が既に痛い。

 でも彼女はまだ怯えているみたいだった。その証拠として腕が微かに震えている。


「大丈夫か?」


「大丈夫です。これくらい全然……」


 周囲に大勢の人間がいるからだろうか。憶測を立てるけど何よりも先に彼女を安心させることを選んだ。肩に触れると少しだけ呼吸が収まって安定する。

 続けて隣に立って言う。


「大丈夫。俺がいるから」


 するとちょっとでも安心したのか、腕の震えはなくなり深呼吸で息を整える。……どうして今になって怯えたのかは分からない。魔獣の群れを見た訳じゃないはずだ。だって、彼女の視線は常に森の方角へ向けられていたのだから。

 アルはあそこに何かがあるのかと睨む。


 ――あの森に、ジンが怯える程の何かがいるのか……?


 普通の魔獣などには全く怯えていなかった。じゃあ、あの森の奥にはこの距離でも彼女を怯えさせる何かがいる――――。

 まだ大罪教徒の存在は確認できていない。となればどこかに隠れているはずだ。最終的には自分達の手で血を集めに来るはずだし。


 ……隠れる? どこに? 魔獣の群れに隠れているのなら遠距離からの攻撃を警戒して当然だ。流れ弾で当たるかも知れないのだから。でもどこを見たって人影は見当たらない。

 そうなると魔法で隠れてたりするのだろうか。まだ出陣してないだけかも知れない。でも、何だろう、妙な胸騒ぎがアルを襲い始めた。何か見落としがある気がしてならない。奴らの策にハマっている様な――――。


「――攻撃準備!」


 その声で思考は遮られ、他の冒険者は一斉に武器や魔法を構えていつでも攻撃出来る様に準備した。もちろん彼女も翳していた手からは炎等の魔法を生み出しては組み合わせて複合魔術を作り出す。

 大量の魔獣は一心不乱に突き進み着々と“通常の射程範囲内”に接近していた。

 やがて攻撃が届くギリギリの距離まで近づいた途端に攻撃命令が出される。


「放て!!」


 瞬間、数多くの矢と魔法が魔獣の群れに向かって放たれた。彼女の放った魔術も群れの真ん中に直撃しては巨大な爆発を引き起こす。それもその風圧が立てなくなる程の強風となってアル達の元へ届く。

 多くの冒険者が態勢を崩す中で問いかけた。


「ちょっ、どんな魔法掛け合わせたらあんな威力になるんだ!」


「火種に適量の酸素を少々。壁を作って外側に水素とかそう言うのを集めてまた壁に閉じ込め一気に壁を開放して出来上がりです」


「料理!?」


「初級の技術ですよ」


「いや確かにそうだけどさ……!」


 確かに火に酸素を適量入れたりするのは初級の技術だ。この世界で魔法が使える人なら必ず一番最初に身に着ける技術でもある。そこから水素を集めて爆発の威力を増幅させるのも。

 だからと言ってこんな威力になるとは……。他の冒険者の攻撃と合わさった結果と思われるだろうから問題はないけど、単体でこんな威力を放ったらどれだけの大事になるかは分かったもんじゃない。


 地上を見下ろしてみると生き残った魔獣が煙から飛び出て接近してくるのが見える。それを確認した全員はまた攻撃出来る様に構え始めた。弓使いは常に矢を放ち続け、魔法使いは出来る限りの速度で大量の火を群れに向かって放ち続ける。

 普通ならもう全滅していてもおかしくないのだけど、大型の魔物が傘になって上手く攻撃が通っていない様で。


「ジン、やれるか?」


「だからジンじゃないってば!」


 そう言いつつもさっきより威力の高そうな魔術を組み始めた。

 このまま大型の魔物が接近して全滅するよりは多少目立って殲滅した方が絶対にマシだ。それに騎士団直々のなんとかかんとかって言えば何とかなるだろうし。

 すると幾つもの属性を混ぜて作られた魔術がついに大型の魔物に向かって発射される。


「これで……どうだッ!!」


 薄緑色の弾丸は発射されるなり高速で向かい、魔物の硬化した皮膚に触れた途端から大爆発を起こした。それもさっき以上の威力と風圧で。

 だから多くの冒険者が隠れて風をやり過ごす中、彼女にしがみ付いたアルはその結果を見ようと目を見開く。――――そして背筋を凍らせた。


「え……?」


 あれだけの爆発が直撃してなおも消滅しない丈夫さ。その硬さに驚愕を通り越して戦慄した。他の冒険者もあの威力で倒れない事に腰を抜かしていた。

 けど、野太い声が周囲に響き渡って。


「後衛の遠距離が得意な冒険者は前へ!! 一斉攻撃すれば奴の装甲を破れるはずだ!!!」


 その声で後ろにいた冒険者も戸惑いつつ前へ移動した。門の前に立っては大型の魔物に怯えるけど騎士団長の声が彼らを突き動かす。


「攻撃用意!! ……放て!!!」


 そうしてまた彼女の攻撃を含んだ全冒険者の遠距離攻撃が炸裂する。するとさっきよりも格段と違う威力の爆発が起きて全員を軽く浮き上がらせた。

 瞬間、何かが砕け散る音に気づく。


「硝子……?」


 聞こえたのは大量の硝子が砕け散る音だ。

 彼女が指を指した先を見ると空間が少しだけ歪んでいて、それらは卵の殻の様にひびが入っては崩れていった。


「どうやら相手は強力なバリアを張ってたらしいですね」


「バリアって、んな大層な物どうやって――――」


 脳裏に大罪教徒という言葉がよぎる。もし奴らが本当に世界をも上書きする黒魔術を使えたなら、それくらいのバリアを張っても無理はない。

 何もかもが分からない中で考え続ける。やっぱり何か見落としてる気がして。


「シミュレーション」


「はい? し、しみゅれー……?」


 前世でよくやったゲームだ。ベッドから出る事が出来ないからこそ飽きるくらい沢山やって遊び尽くした戦略シミュレーションは。

 似てる。そのゲームで数多く経験した状況と。

 大勢のプレイヤーと共に作戦を考えては一緒に突っ込んだ作戦の数々を思い出せ。攻城戦の時、アルが必ずと言う程提案しては成功をおさめた作戦を。それは切り札の兵器を囮に影から潜んでは奇襲を仕掛ける作戦で――――。


 突如、目の前の光景が少し揺らいだ気がした。その現象に見覚えがあって即座に体が反応する。確か、光の反射で体が見えなくなる魔法で同じ効果が起ったはずだ。

 前方へ向けて剣を振り抜いた瞬間、何もないはずの空間から真っ赤な鮮血が噴き出して。


「っ!? 奇襲だ――――ッ!!!」


 そう叫んだ瞬間、何もない所から黒装束の連中が現れては錫杖や刀といった武器で冒険者を貫いていく。その他にも壁の内側に飛び込んでは騎士団に奇襲を仕掛けた。

 残った黒装束はアルと彼女を見るなりすぐに襲いかかり、主にアルを重点的に襲いながら刃を振りかざす。もうアルの首が狙いなのか血が目的なのか全く分からない。


「アル!!!」


 そこで彼女も助けてくれるのだけど状況は変わらない。それどころか足場が限られているからより早く追い詰められてしまう。この状況じゃ容易に魔法も使える訳じゃなく、流れ弾の事も考えると魔法での解決は絶望的。

 一応足場を使って何とか凌いではいるもののこれ自体も長くは持たないだろう。

 時には敵の武器も利用して攻撃されるのよりも早く真っ二つに切り裂く。


 ――まさか透明化の魔法で接近して来るだなんて……!


 戦う合間に接近してくる群れを見た。こうして大罪教徒を相手にしている内に群れはどんどん接近し、囮であった切り札は崩壊した前線を縫って街に入る。きっとそういう寸法なんだろう。そうして大量虐殺するついでにアルの首を取るはず。


「大丈夫かアル!」


「ライゼ!?」


 上って来たライゼに助けられつつも引き続き襲って来る黒装束に抵抗し続けた。けど、このままじゃどの道迫って来る魔獣の群れにやられて全滅するはずだ。“よくある話”を辿る事になってしまう。

 そんな事だけは絶対にさせたくない。だからこそアルは一つの可能性に賭ける。


「ジン、魔獣の群れ頼めるか!」


「わかりましたけど、ジンじゃないってば!!」


 すると彼女はタイミングを見て外壁から飛び出し惜しみなく飛行しては接近してくる魔獣の群れへ向かって飛んで行った。

 そんな光景を見れば驚くのは当然で。


「あれっ!? ジン飛べたのか!?」


「驚くのは後! 死ぬぞ!!」


 そう言うとライゼは意識を黒装束に向けて剣を振り続ける。

 でも、彼女がこの場から離れるとアルを殺そうとしていた半分の黒装束は彼女を追い、のこりの半分は数で二人を押し潰そうとした。

 だから初めてながらもそれなりの連携で黒装束に抵抗していく。完全には避けきれず武器が四肢を掠めては血を吹きださせながら。


「――させない!」


「――させねぇ!」


 最後に街の方へ飛び込もうとした黒装束の背中へ敵の武器を投げつけ、更にこっちも飛び込んではその黒装束をクッション代わりに地面へ叩きつけた。

 けれどまだ騎士団や後衛の冒険者が交戦してる黒装束が数多くいる。それらを全部倒してからがようやく一息つけるかつけないかの境目だ。


 背後からは途轍もない爆風が全員を襲ってはバランスを崩させる。彼女も雷とか炎を混ぜた魔術で攻撃している様なのだけど、そこそこ苦戦しているらしい。魔物にダメージは入っているものの中々倒れなかった。


「何で急にこいつらが来たんだ!?」


「透明化魔法だよ! 光の屈折で体見えなくするヤツ! あれで近づいて来ては奇襲して来たんだ!!」


「なるほど。要するにあのデカいのは一時の囮って訳か!!」


 互いに背中を守りながらも襲いかかって来る黒装束を一掃する。前に戦った奴らより動きが鈍かったから何とか戦えるけど、その分反応速度はずっと上がっていた。だから攻撃が防がれてのカウンターで脇腹が刃に貫かれる。

 それでも相手の武器を握り締めて身動きが出来ない内に斬り伏せる。


「アル、これ!」


「何コレ、止血的な?」


「噛んで飲め!」


 するとライゼから妙な種を貰って言う通りに噛んで呑み込んだ。それからしばらくすると痛かった脇腹から痛みがすっと引いて体の動きが軽快になる。

 触ってもなんともない限り、鎮痛剤的な物なのだろうか。


「痛みが引いた……。それに血も少しだけ止まって……?」


「鎮痛と止血効果のあるきっちょ~な実だ! よく依頼報酬でもらえるヤツ!」


「それ本当に貴重なのか!?」


 貴重なクセして報酬で貰える事に突っ込みつつ襲い来る敵を斬り続けた。

 最初は文字通りの乱戦だったのだけど、しばらくすると黒装束の数が減ってはある程度の余裕が生まれて来る。

 やがてようやく第一陣と思われる黒装束は全滅させられた。


「はぁ……! はぁ……! これで、最後か?」


「だといいけど」


 その頃には体力がそこそこ削られたライゼが息を切らして問いかける。アルは山育ちで体力があるから平気だけど、彼は少しキツイのかも知れない。

 剣を杖にして息を切らす彼の背中を撫で続けた。

 ……のだけど、シャリン、という音に気づいて音が響いた方角を見た。


「は――――!?」


 一息ついていた騎士団も、その後ろにいた冒険者も、奴らを見て驚愕する。だってあれだけの数を出撃させれば流石にもう人員がいなくなったっておかしくない。むしろ数だけみればあれが全勢力って思えるほどだ。

 なのに奴らは外壁の上に立って全員を見下ろしていた。


 様々な武器を持った、白装束が。

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